動き出す世界
「それで師匠、聖女様は無事なのか?」
それはこの場の誰もが気にしていたことだろう。
もし聖女の身に何かあったのならば世界的な恐慌は避けられないし、サーニャにとっても本当のお母さんに当たる。気にならないはずはない。
「ご存命ではあらせられる。今はまだ、な」
「そう仰られるのには、何か理由がおありですか?」
続けてメディナさんがセントシュタットの代表として質問する。
師匠と面識がある分、やり取りは一任されたようだ。そんな彼女に対し、師匠は質問を予想していたかのようにあっさりと答えた。
「理由はサーニャ殿が身に着けておる、その首飾りじゃ」
「えっ、これですか?」
師匠に言われ、身に着けていた首飾りを確認するサーニャ。
確かあれは出会った時からずっと付けていたように思う。サーニャにとって大切なものだとは思っていたが、もしかして聖女様に所縁のあるものなのだろうか?
「それは『血族の鏡』という魔法道具でしてな。血のつながった者同士の安否を確認するためのものですじゃ。元々はサーニャ殿を聖地から逃がす際、聖女様が万が一に備えて持たせたものです。血族が無事であれば、飾りの宝玉が青く光るのです」
確かに首飾りの宝玉は青く輝いている。存命と判断した理由はこれか。
「そして聖女様の持つ首飾りの宝玉も、また青く輝いておったのです。ですのでワシらはサーニャ殿の生存を確信しておりました。しかし侍従であったサーニャからの連絡が途絶えた為、何かしらの問題があったとも」
「つまりは、聖女様もサーニャを探していたってこと?」
「さよう。故に捜索のためワシが聖地を離れることとなったのじゃ。……よもやその隙を狙われるとはな、オリアスの奴め」
俺の質問に答えながらも、師匠は歯噛みし悔しさを滲ませた。
オリアスが内通者であったなら、侍従のサーニャさんが逃げる場所も知っていはずだ。襲撃を行って連絡が取れないようにした後、師匠が捜索に出払ったタイミングで魔物を手引きすれば簡単に聖地が落とせると考えたのかもしれない。
「そうすると、オリアスはかなり前から計画を立てていたってことか?」
「あぁ、聖地であやつと対峙した際に問い詰めたわ。幼少時には既に魔物側から接触があったと言っておった。つまり聖地の守りは、もう何年も前に破られておったという訳じゃ」
「まさか、あのオリアス様が……」
メディナさんは未だに信じられないといった反応だ。オリアスを大僧正に推薦したのも師匠だってことだから、よっぽど信頼のおける人物だったのだろう。
「今のオリアスは元々の力に加えて、魔物たちの力も取り込んでおる。その強さは過去のあやつをも遥かに上回る。ワシも挑みはしたものの、このザマじゃ」
室内が重苦しい空気に包まれる。
大魔導士である師匠にここまで傷を負わせたのだから、その実力は疑うべくもない。それほどの力を持った相手と今後は戦っていくことになるのだ。
「……まあ、聖地を離れて悪いことばかりではなかったがな」
場の雰囲気を変えるためか、師匠がそんなことを言いつつ俺の方を見た。
「へ……?」
「未熟とは言え、次代の大魔導士を見つけることが出来たのは幸運じゃった。まあ、どこぞのバカもんは修行の途中で逃げ出しおったがの」
うぐっ!
「そ、それは本当に反省してます……。でも、早く世界を見てみたかったんだ」
「はぁ……まあ良い。ティルヴィング様とも出会えたようじゃし、旅をすることでいちおう成長もしておるようじゃしの」
「師匠の目から見て、俺ってちゃんと成長出来てるかな?」
「昔よりは、な。当たり前のことじゃぞ? 人は成長するものじゃ。成長しとらんかったら、杖で尻を叩いてやったわい」
そう言って師匠は素振りするように腕を振った。
あれ痛いんだよなぁ。魔法使いなのに、どうしてあんなに力が強いのか。まあ師匠が褒めてくれるなんて滅多にないことだ。ここは素直に喜んでおくとしよう。
「だいたい事情は分かったわ」
と、これまで黙って話を聞いていたティルが口を開いた。
「聖地は既に落ちている。これを受けて世界的にどう行動するかはニンゲンの王たちに任せるしかないわね。それで良いかしら、ヘインズ?」
「はっ! 直ぐ王に現状を報告し、今後の対応策を練って頂きます!」
ティルの言葉を受けたヘインズさんが答え、メディナさんや第一師団長も連れだって部屋から出て行った。セントシュタット王がどのような判断をするのか気になるけど、今後世界的に大きな動きがあるのは間違いなさそうだ。
そしてセントシュタットの人たちが退出した後、ティルは改めて師匠の方に向きその様子をじっと見つめた。
「ワシがどうかしましたかな?」
「フリッツの師匠に会ったらもう一度こいつの修行を頼もうと思っていたんだけど、その体じゃ無理そうね」
そう言って話を終わらせようとしたが、聞いた途端に師匠の目の色が変わった。
「いえ! こやつが未だ未熟なのも、ワシが逃がしてしまったことが原因。是非とも鍛えなおさせて下さいませ!」
「師匠、無理すんなって! サーニャの治療でも追いついてないのに、魔法の修行なんて出来るわけないだろ」
今にもベッドから起き上がろうとする師匠を無理やり押しとどめる。ぐっ、相変わらず無駄に力が強い。
「えぇい、離せ! 元々はお前が逃げたのが悪いんじゃろう!」
「それは悪かったと思ってるけどさ、真剣に心配してるんだって! 俺は師匠に生きていて欲しいんだよ! 修行は完全に治った後でいくらでも受けるからさ!」
「む、むぅ……」
そこまで言うとようやく大人しくなった。暴れる元気があったことは少し安心したが、それでも本来なら絶対安静なのだ。
「ま、アタシが認めるまでは絶対にやらせないけど」
それなら早く言ってよ……どうせティルの言うことなら聞くんだしさ。
「事情は聞けたし、今はゆっくり眠りなさいな。次に目覚めた時、世界はきっと大きく動き出すわ。あなたの力が必要なの。分かるわね、大魔導士ガザック?」
「……承知いたしました。お言葉に甘えさせて頂きますぞ」
そう言って師匠はこれまでの騒がしさが嘘のように、ゆっくりと目を閉じた。直ぐに寝息が聞こえてきたので、やはりまだ辛いのだろう。
「助かったよ、ティル」
「アンタも今日はもう休みなさい。世界情勢が動き出すのに、そう時間はかからないいはずよ。その時にはアンタの力も必要なの。分かるわね、大魔導士フリッツ?」
それは師匠に向けた言葉と同じだったが、より重い響きとなって届いた。
大魔導士――改めてティルからその肩書で呼ばれ、心が大きく震えた。同時に、それに込められた責任が一気に圧し掛かってくる。
「今の俺にとっては、やっぱり重いな、その肩書は……」
「そう? じゃあ一人前になるまで別の肩書で呼んであげる。何が良いの?」
と言われても、自分を肩書で名乗ったことなんて――
「あっ」
「決まった?」
「……魔剣士」
「魔剣士? あぁ、ペスタでサーニャにそう名乗ったことがあったわね。……良いんじゃない、アタシの存在もアピール出来てるし」
「はは、何だそれ」
珍しくティルが俗っぽいことを言ったので、少しおかしくて笑ってしまった。もしかしたら、俺のことをフォローしてくれたのかもしれない。
「それじゃあ魔剣士フリッツ、休むわよ……あと、どうしても大魔導士の名が重いようならアタシに言いなさい」
「え?」
「半分背負ってあげるから」
「……ありがとう」
その後、師匠を静かに休ませるために俺たちは部屋を出た。ティルの言葉は嬉しかったが、いつまでも彼女の優しさに甘えている訳にはいかない。
時は待ってくれないのだ。――世界は、間違いなく動き出す。
今回で第二章は終了でございますー。
次回からようやく世界をめぐる……はず、恐らくは。
RPGで船が手に入ったあたりですかね。先は長い。




