聖地陥落
「しかし、そうなってくるとセレスティナ様や聖地が今現在どうなっているか考えねばなりませんな」
一息ついた後、メディナさんが重々しく呟いた。
「最悪、聖地が魔物に落とされていることを考えなければいけないわね」
誰もが頭に思い浮かべながら、それでも口に出せなかった言葉。しかしティルは空気を読むことなく、あっさりと口に出してしまう。
「そう、ですな……」
「だとすれば、ここ最近の魔物の動きも納得で出来る……か」
「聖地が落ちたとなれば、我々は一体どうすれば……」
そして彼女の言葉は、ただでさえ張り詰めていた室内の空気をさらに重くした。
マズいな。特に意識した発言ではなかったんだろうけど、これ以上は士気にも関わってくる。何か空気を換えるような、そんな言葉が言えたらいいんだけど……。
そう思っていた時だった。
「静まれ! 狼狽えていても事態は好転せぬだろう!」
再び放たれたヘインズさんの一喝で、沈みかけていた場の空気が一変する。その効果は凄まじく、先ほどまで浮き足立ってい将兵たちは直ぐに静まり返った。
そうだ、今は狼狽えている場合じゃない。
「ティル。聖地が魔物に落とされたって言うけど、あそこには結界があるんだ。いくら魔物たちでも、そう簡単に落とせるとは思えない」
彼女の考えも分かるが、聖地の結界が破られるとはどうしても思えなかった。
「外からなら、そうかもしれないわね。でも内側から攻められたとしたら?」
「内側から? それこそ考えられないよ。だって魔界門は結界の外だし、中から攻める手立てなんて……」
――ないはずだ。そう言おうとした時、一つの可能性が頭に浮かんだ。だがあまりにも現実的ではなさ過ぎて、直ぐにその考えを除外する。
「なら、聖地に魔物を手引きした裏切り者がいたとしたらどうかしら?」
だけどティルの口から発せられたのは、その除外した考えだった。
「ティル、それは……」
「フリッツ。悪魔っていうのはね、ニンゲンが考えている以上に狡猾な生き物よ。少しでも心に隙があれば、そこからあっという間に蝕まれてしまう」
反論しようとするも、そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。なんせ彼女は何百年何千年もの間、ずっと悪魔たちと戦い続けてきたのだから。
だけど口を閉ざした俺の代わりに、意見する人物がいた――メディナさんだ。
「お言葉ですがティルヴィング様。聖地に仕えるのは、それこそ生まれた時より信仰に生きてきた者たちです。そこから離反するなど、とても考えられませぬ……」
宮廷魔術師の立場であれば、聖地にも訪れたことも一度や二度ではないはずだ。そこに住む人たちのことも、どれだけ高潔か知っているからこその発言だろう。
しかし、その言葉に対してもティルは首を横に振った。
「確かに真正の聖職者であれば、たとえ上級悪魔の誘惑であっても耐えることが出来るでしょう。でも、魔将の中にはいるのよ……。恐ろしく狡猾で、ジワリジワリとまるで遅効性の毒のように人の心を蝕んでいくヤツが」
その言葉には、確かな実感がこもっていた。
「もしかして、心当たりでもあるの?」
「えぇ、正直この予想は当たって欲しくはないんだけどね……。それでもアイツは、もう何度も大戦を生き抜いている。前回の大戦でも、結局トドメはさせなかった」
その言葉はこの場にいる全員に、少なからず衝撃を与えた。なにせ魔王ですら生き残れなかった戦いを、何度もくぐり抜けてきた悪魔がいると知ったのだから。
それにティルがここまで警戒する相手だ。厄介であることは疑いようもない。
「人に化け、味方すら身代わりにし、時には自分より高位の魔物を罠にはめ殺したこともあったわ。まさにお手本のような悪魔ね」
「その悪魔が、聖地に仕える人を唆した可能性があるってことか」
「聖地が落とされたと仮定するなら、だけどね。その場合、疑うべきは結界を直接どうにか出来る大魔導士か大僧正のどちらかだと思う。メディナ、その二人について何か知っていることはないかしら?」
一通り見解を述べた上で、ティルはメディナさんにそう尋ねた。
「お二人とも、とても優れた方でいらっしゃいます。大魔導士の座につくガザック殿は、先代聖女様の時代から聖地に仕えるお方。古今東西の魔法に精通しており、フリッツ殿とは異なりますが『聖地の大魔導士』に相応しい実力をお持ちです」
「先代聖女から仕えてるってことは、結構な歳ね。それで、大僧正の方は?」
「大僧正のオリアス殿は、若い身でありながら抜きんでた才覚をお持ちです。剣術では既に聖地で勝てる者がおらず、魔法もガザック殿が認めるほどの実力をお持ちです。それこそ、マリク様の後継者になられる方だろうと噂になるほどでした」
な、何か話を聞くだけでも凄そうな人たちだ。二人とも実力、名声、地位の全てが揃っている。そんな人たちが果たして聖地を裏切るだろうか?
オリアスって人なんか、俺よりティルの使い手にふさわしいんじゃ……。
「はぁ……。念のため言っておくけど、アタシは使い手になるニンゲンをちゃんと選んだつもりよ。オリアスっていうのがどれだけ優秀か知らないけど、アタシを扱えるのはアンタしかいないの。それだけは忘れるんじゃないわよ」
「あ、うん……」
もしかしなくても、フォローしてくれたのだろうか?
こんな状況で不謹慎ではあるけど、今の言葉は何というか……とても嬉しかった。ちゃんと選んで使い手に決めたと言われたのは、たぶん初めてだと思うから。
「それに、怪しいとすればそのオリアスね。あの悪魔が一番好みそうな人間だわ。だとしたら――」
俺の気持ちを余所に、ティルが言葉を続けようとしたその時だった。
「か、会議中に失礼いたします!」
部屋の扉が弾かれたように開き、慌てた様子の兵士が中に駆け込んできた。そしてもたらされた報告により、事態は急速に動き出していくことになる。
何やら長くなったので途中で切ったら、変な引きになってしまった気が……。
次のエピソードは早めに投稿できると思います。




