幕間2 ~ノークリッド王宮にて前編~
フリッツたちが街へ新しい装備を受け取りに行っている中、ティルは王宮へと向かっていた。この国の女王であるセリカから、お茶でもどうかと誘われていたのだ。しかしティルは話の本題が別にあることを、何となくではあるが悟っていた。
滞在を始めてから既に一か月以上経ち、王宮の中の移動ももはや慣れたものだ。見知った顔の兵士に許可をもらい、すいすいと玉座の間へと歩を進める。
「あらティルヴィング様、ようこそおいでくださいました」
そして部屋に入るなり、昔から知る少女――いや、もう既に自分よりも遥かに立派な身体つきになった女性へ向けて口を開く。
「本当にお茶を用意したのね。どうせ口実なのだから、わざわざ用意する必要もなかったでしょうに」
ティルがそう言うと、セリカは少し残念そうな表情を見せた。一緒にお茶をしたいという気持ちは、彼女にとって決して方便などではなかったからだ。
「少し言葉が悪かったわね……。ごめんなさい、適当にアナタのおすすめを淹れてくれる?」
「はい、もちろんでございます」
ティルが申し訳なさそうに謝ると、セリカは満面の笑みを浮かべていそいそとお茶の準備を始めた。
「変わらないわね……」
「はい? 何か仰いましたか?」
「いいえ、何も」
そう答えつつも、ティルは遥か昔のことを思い出していた。かつて少女の姿をしたセリカに、同じようにお茶を淹れてもらったことを。
※
「で、アタシと二人きりで話したいことって?」
一通りお茶とお菓子を楽しんだ後、頃合いを見てティルが口を開いた。
「実は、お渡ししておきたいものがありまして」
ティルの問いに、セリカは手をかざし何やら呪文のようなものを唱え始めた。やがて呪文が終わると、その手元には一輪の花が収まっていた。
「これは……」
ティルがその花を見て息を飲む。それは四百年前――前代の大魔導士様であるマリクが死亡した際に欲し、それでも手に入れることが出来なかったものだ。
「お察しの通り、神樹の花でございます」
「そう、この時代に咲いてくれたのね……」
そう言いつつ、ティルは差し出された花を手に取る。ただそれだけで、指先からはとめどないほどの生命エネルギーが溢れてきた。
「さすがに千年分の生命エネルギーとなると、大したものね」
かつてティルが欲した時に手に入らなかった理由。それはこの神樹の花が千年に一度しか咲くことのない、幻と呼ばれるほどの品だからだ。故に周期が合っていなければ、どれだけ欲しても手に入れることは不可能なのだ。
「本当は四百年前にお渡しできれば良かったのですが……」
そしてセリカも、かつてティルがそれを欲した理由も把握していた。だからこそ、あの時渡せなかったのをずっと悔やんでいたのだ。
「あの時、花が咲かないと知った時のティルヴィング様のお顔を今でも覚えています。ですから、どうしてもこの時代に渡しておきたかったのです」
「そう……」
セリカがずっと気に病んでいた事に申し訳なさを覚えつつも、ティルは手にした花を呪文で自らの体内にしまった。
「ティルヴィング様。言う必要は無いかと思いますが、使いどころは――」
「分かっているわ。この花の使いどころは慎重に見極める。まあ、使うような事態にならないのが一番なのでしょうけれどね」
「そう、ですわね」
セリカの言葉に、ティルは体内にある神樹の花の存在を確かめながらそう答えた。
そう、使う事態にならなければそれが一番良いのだ。この花は確かに膨大な生命エネルギーを秘めている。これを使えば、例え聖女であるサーニャが癒せない状態でも回復させることが出来るだろう。ありていに言えば、瀕死の状態からの蘇生も可能なのだ。
しかし例え蘇生出来たとしても――その先の結果もティルは嫌というほど知っていた。
「ま、いざという時の保険が出来たのは素直に喜ばしいわね。だけどね、セリカ」
「はい?」
ティルは立ち上がり、キョトンとしているセリカに近づいていく。そして真横に立つとその手を振り上げ、かなり力を抜いた状態で振り下ろした。
「てい!」
「あた! ティ、ティルヴィング様、何を……?」
とつぜん頭をはたかれて目を白黒させるセリカに、ティルは厳しい口調で告げる。
「何をじゃない。アナタ、神樹に自分の存在の力を渡して強引に開花を早めたでしょう!」
「そ、それは……」
何とか言い訳をしようと頭を働かせるセリカだが、やがてティルに言い訳は通用しないと諦めたのか素直に白旗を上げた。
「……やはりティルヴィング様に隠し事は出来ませんね」
「当たり前よ。どれだけアナタのことを見てきたと思っているの」
悪戯がバレた子供の様に笑うセリカに、ティルはため息を吐きつつも先ほどはたいた頭を撫でた。
「ふふ。こうされていると、本当に昔に戻ったみたいですね」
「立派に成長したかと思ったけど、根っこの部分は変わらないんだから」
そうして二人はお互いの顔を見てほほ笑んだ。その様子は遥か昔に二人が初めて友誼を結んだ頃と、何ら変わりはなかった。
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