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くず鉄拾いのアリサ  作者: かべるね
ハイウェイ(約44,900字)
92/92

#Ex.09 刑期

 トフィーが放り投げた骨は音を立てずに鉄格子の間をすり抜けて窓枠の向こうに消えていった。さらに一本。もう一本。四角形に切り取られた青空は壁にかけられた絵画のようだった。お伽話の世界へと飛びこんでいく白い棒切れ。一つ。またひとつと灰色の部屋から解き放たれていく。コントロールを違えて壁面にぶつかってしまうと拾い上げてまた投げた。

 数十分かけて骨を投げ尽くすと最後に残った頭蓋骨をトフィーは両手で持ち上げた。それは格子のすきまを通れないので持ったまま牢屋を出た。監獄棟の裏手に回り草地に散らばった遺骨の中に頭蓋骨を置いて仲間入りをさせた。トフィーは周辺を眺めた。それから空を見て深呼吸した。真っ白な綿雲が頭上を通り過ぎていくところだった。


   □


 監獄棟に戻るとスヴェトナが待っていた。仏頂面で腕組みをしている。

 何か見つけたのか。

 どうして?

 長いこと牢屋の中にいたろ。

 自由にしてあげてたの。

 何を。

 ここにいた人を。


 スヴェトナはため息をついた。彼女の足元に置かれているペール缶にはこの施設で見つけたお宝が山になっていた。真空包装された包帯。缶詰。裁縫用の糸。洗剤。それから一冊の本。彼女は無言で本を手渡してきた。トフィーがまだ読んだことのない物語だった。

 礼を述べた。ありがと。

 次があったら少しは手伝えよ。

 うん。

 宙に浮いた沈黙を手に取るかのようにスヴェトナは指を開閉させた。首を振って独房の中に視線を向ける。くたびれたベッド。床に染みついた黒ずみ。格子がはめられた明かり取り。壁面に刻まれた小さな印に目を留める。四本の斜線を横切るように一本の直線が石で刻まれている。それが何十と並んでいる。

 トフィーも中に入って彼女の隣に立つ。

 スヴェトナが呟いた。……日数を数えてたんだな。

 そうみたいね。


 スヴェトナは手を伸ばして独房の主が刻んだ証を指でなぞった。トフィーも真似して触ろうとしたが直前になって引っ込めた。もう一方の手で指を包む。胸元のペンダントが熱を持っている。紺碧の魔鉱石が呼吸を乱している。


 スヴェトナはしばらくトフィーを見下ろしていたが目をそらして牢屋を出た。ペール缶を持ち上げたとき給仕服の袖口がほつれて糸が伸びているのが見えた。トフィーは反射的に糸をつかんだ。立ち去ろうとしていたスヴェトナが振り返り形の崩れた袖口を見てコラっと声を上げた。

 これ直すの面倒なんだぞ。

 ごめん。

 トフィーは手を離した。糸はだらりと垂れ下がった。

 スヴェトナが頭をぽかりと叩いてくる。

 笑いながら謝るな。

 ごめんってば。

 ……アリサが待ってる。さっさと行くぞ。


   □


 外壁の四隅に設けられた監視塔からは通過収容所の全貌が窺えた。囚人が寝泊まりするバラック。列車の引き込み線。ゴミ焼却炉。外れには集団墓地も見えた。トフィーは引き出しから見つけた双眼鏡を目に当てて複合施設の一棟一棟を観察していた。


 ……期待はしてたんだけど。アリサが云った。ここじゃないみたいだ。

 くず鉄拾いの少女は管理棟で回収した書類をめくっていた。タイプされた何千人もの名前が彼らの人生の残り香を漂わせていた。

 スヴェトナが腕を組んで壁に寄りかかる。

 オーデルだけでも数十か所以上あったんだろう。

 ひょっとしたら百を超えるかも。誰にも正確な数は分からない。

 撤退時に完全に解体された場所もあるよな。

 証拠隠滅のためにね。

 だな。――それだと発見は難しいと思うが。

 幸運を待つしかない。

 何でそこまで。

 私の父さんの旅の軌跡でもあるから。

 軌跡。

 うん。再生機で記録できたらとても嬉しい。

 スヴェトナはああと声を漏らしてうなずいた。


 トフィーは双眼鏡を机に置いて首からさげたペンダントを取り出した。今では(あお)い宝石は温かな光を放っている。トフィーの身体と同じように。ありがとうアリサ、スヴェトナ、と二人に呼びかける。――いいの。あくまでついでだし。わたしのお父さんはもう土の下。アリサのお父さんが大切に弔ってくれた。きっと安らかに眠ってる。起こしちゃったら可哀想じゃない?


 アリサはうなずくことも首を振ることもせず名簿に視線を落としていた。スヴェトナはオーデルの大平原を横切る地平線に目を凝らしている。二人の息遣いや体温がトフィーには触れずとも伝わる。もう一度、――双眼鏡を覗く。監獄棟の裏手を見る。ここからでも頭蓋骨が見える。

 双眼鏡を下ろして独り言のように少女は呟く。

 …………さっきね。ある人を自由にしてあげたの。

 うん、とアリサの声。

 壁に印をつけてた。ここに来てから何日目か忘れないように。――前に本で読んだの。収容所の看守を勤めていた人の回顧録。囚人の心をへし折ったのは身体への拷問じゃない。精神の拷問だったって。自分がいつ出られるのか誰も手がかりを持たなかった。刑期が伝えられることは一切なかったの。

 スヴェトナが身じろぎして袖口から垂れた糸を指でいじった。

 トフィーは続ける。……その人は書いてた。いつまで投獄されるのか分からない。これこそが囚人を心の芯からくたびれさせ最も堅固な意志さえも打ち砕いた。それだけでも収容所の生活は苦悩で満ちていた。

 横でアリサが青空に視線を移していた。咳払いにも似た音を喉の奥で鳴らした。


 トフィーは喉の渇きを覚えた。話を結んだ。……わたしもね。実を云うと分からないの。二人のおかげであそこから出る勇気はもらえたけれど。でも終わりはまったく見えないんだ。わたしはいつまで生きることになるんだろ。ほんとうに不死なのかな。試してないだけで……。――二人と同じくらい長生きしたいけど。でも二人の何倍も生きてひとりぼっちになるのもヤだな。……そんな感じっ。

 最後の言葉だけ声を高くしてトフィーは笑ってみせた。そう、そんな感じと言葉を連ねる。


 スヴェトナとアリサが視線を交わすのが分かった。従者の少女はトフィーのリュックから一冊の本を取り出す。この施設で見つけた戦利品。ページをぱらぱらとめくってから閉じる。それから本の角でトフィーの頭をコツンと叩く。

 あいたっ。

 ――今夜は私が読み聞かせしてやる。アリサは疲れてるだろ。

 えっ――、いいの?

 たまにはな。

 いつもイヤがるのに。

 代わりに服の修繕をしてもらうぞ。元はと云えばお前が引っ張ったせいだ。

 やったわ。


 本を持つスヴェトナの手をトフィーは両手で包みこんだ。少女の体温はトフィーよりも低い。それでも血流が命の灯を運び続けていることは指先に感じられる。少女の身体はトフィーと同じくらいに痩せている。それでも骨は数多の負荷も乗り越えて彼女の肉体を支え続けている。

 少女は監獄棟を見下ろす。

 収容所の群島は国中に広がっている。

 牢屋では今もなお人びとが刑期の終わりを待っている。

今回もお読みくださり心から感謝いたします。

本当にありがとうございます。

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