思い返せばあそこから
セリヌンティウスのつぶやき
「あの頃は私も若かった。」
私は、薄暗く湿気た牢の片隅で、頭を抱えるように座り込んでいた。
(メロスは本当に帰ってくるのだろうか?)
頭に浮かぶことは、まずそれだった。
あの男は、気の良い奴だ。
それなりに付き合いもある。短気だが嘘を嫌い、まっすぐな性根をしている。
もちろん、メロスのことは信じている。
だからこそ身代わりとして牢に入ることを引き受けた。
最初のうちは、そう考えていた。
ただ、まっすぐ前だけを見て考えるには、ここは暗すぎる。
時間が経てば経つほど、後ろ向きな考えが脳裏に浮かんでは消えていくのだ。
どんな奴であろうとも、命が掛かっている状況で心変わりをしないとは言い切れない。
メロスの勢いに乗せられて、引き受けてしまった部分もややある。
そもそも、なんでこんなことになったのだろうか・・・。
その日は、いつも通り淀んだ空気の朝だった。
住み込みの弟子の尻を蹴飛ばし、時には撫でまわし、威風堂々親方としてしごいていた。
そんな折、街からほどほど離れた草原で羊飼いを営むメロスが訪ねてきたのだ。
「よう、久しぶりだな。我が友セリヌンティウス」
メロスとは十数年の付き合いで、性格こそ反対なものの不思議と馬が合った。
私が弟子の身分だった頃は、メロスを口実に親方から離れ
メロスの家へ遊びに行ったり酒を片手に夜の街を練り歩いたものだ。
シティボーイたる私が、純朴なメロスに爛れた生活を教えてあげた日々よ・・・。
4年ほど前にメロスは親を亡くし妹・ベレニスと二人で羊飼いを継いでからは、羊ばかりを追い回し、メッキリ会うことが少なくなっていた。
それが急の来訪である。
「やあ、我が友メロス。本当に久しぶりだね。歓迎するよ。」
話を聞けば妹が結婚するそうで、その買い出しに来たとのことだった。
相手は同じ、羊飼いらしい。
メロスは妹バカで、たいそう大事にしていた。
私も、よく構って遊んでやったから覚えている。
ベレニスはとても柔らかく笑う娘で、愛らしかった。
私にとってもよき妹分だったから、自分のことのように喜びメロスの肩を叩いたのだが・・・
奴と来たら、妹可愛さに相手と殴り合いを演じたらしい。
「あのニヤケ面に、しこたまぶち込んでやった」
戦果を話すメロスは、すがすがしい笑顔だった。
「酷いな、キミ」
そこまでしたのに、認めたのは何故だい。
急に顔をしかめて
「あいつ、俺に対して反撃してこなかったんだ。ずっとニヤケ面を保ってたんだぜ」
「へぇ。そりゃすごい根性だ。私だったら、相手が君でも煉瓦で頭をカチ割るけどなぁ」
「待てよ、殴り合い・・・?」
「俺でもそうするだろうぜ。しまいにゃ、ベレニスに泣かれてよぅ」
私のつぶやきを流し火搔き棒が尻を狙ってどうのこうの、ぶつぶつと垂れ流している。
先ほどから盗み聞いていた弟子が、火搔き棒の件から胡乱げな目を向けてきた。
やたらと自身の尻を擦っている弟子を視線で追い払い、メロスに問いかける。
「なんにせよ、おめでたいことじゃないか。それで、ここに来たのは愚痴を吐きに来ただけかい」
「それもある・・・が、違え。街の様子が変だから聞きに来たんだ」
「お前の家に来るまでに、幾つか噂を聞いてよ」
「王が乱心したとか、重心を反逆罪で殺してるとか、人質を要求しているとか」
真面目な顔をでまくしたてるメロスに
「事実だ。昨日も一昨日も、処刑場に臣民が吊るされてる」
「賢臣・アレキスも7日前に吊るされた」
「とんでもねぇ話だ。イカれてらぁ」
「大きな声で批判するのはよせ」
「今はどこに目があり、耳があるかわからない」
「キミは良くも悪くも田舎者だ。早めに買い物を済ませて街を出たほうがいい」
「・・・。わかった」
「久しぶりにあえて、嬉しかったよメロス」
私は、この時から間違ってしまった。
メロスのおつむが、ああまで短絡的だとは思っていなかったのだ。
弟子のつぶやき
「尻を重点的に狙ってくるのはまさか・・・」




