[44]接触事案
ベージェスは襲来する大型怨人、超大型怨人を次々と討ち取っていく。
だがこのままでは埒が明かない。
怨人の個体数は底が知れない。一方で体力やマナ・エスは有限。しばらく戦線を維持することはできても、いずれは物量で押し切られることは想像に難くなかった。
「各員!!」
ベージェスは部下の騎士全員に聞こえるように声を張り上げる。
「俺はアレを叩く!! 他は任せるッ!」
断続的な怨人の襲来。
そのわずかな時間を使い命令を通達する。
ベージェスが「アレ」と鋒を向けた先にいるのは小型怨人。姫個体の可能性があるシルエットだ。
部下は詳しい説明を求めることもなく全員が「了解ッ!」と即答し、同時にベージェスもすぐさま駆け出す。石灰のように白い地面を爆ぜるように駆け抜け、一気に小型の怨人との距離を詰める。
まず遠距離から斬撃を試みた。
――出し惜しみは無しだ。
ベージェスが出せる最大威力の斬撃を放つ。
その衝撃波によって霧は吹き飛び、霧散していく。
そして、小型の怨人にも斬撃が到達する。
……が。
その中にたたずんでいた小型怨人はまるで意に介さない。
斬撃は命中した。
大型怨人であれば一発で、超大型であろうとも数発で倒せる威力の攻撃が、間違いなく体の芯をとらえていた。
だが英傑の放った斬撃は、小型怨人の皮膚をかすかに傷つけ、うっすらと切り傷を付けた程度にとどまった。両断はおろか、吹き飛ばすことも、体勢を崩すことすらできていない。
さらに。
その傷はまたたく間にふさがり、一瞬で傷跡が消えた。
怨人という異質極まる存在の中で、その個体はさらに異常だった。
ベージェスは一気に距離を詰めると、渾身の一撃を武具にのせ、頭頂部からまっすぐ縦に両断するべく振り下ろす。
しかし。
「――ッ!」
気がつくとベージェスの体が宙を舞っていた。
小型の怨人は頭部から生えている腕を使い、ベージェスの渾身の一撃にあわせたカウンターを見舞った――かに思われたが、そんな高尚な動きではなかった。
傍から見た小型怨人の動きは、羽虫でも払うかのように手のひらを振っただけだ。
英傑をまるで意に介さない、異常な個体。
「これが、姫……個体か?」
ベージェスは空中で体勢を整え地面に着地すると同時に、誰に問いかけるでもなく小さくつぶやいた。
古の時代に怨人の大規模侵攻を引き起こし、数多の国を滅ぼしたと言われる存在。それが目の前にいるというのだろうか、と。
ベージェスは魔法による遠距離攻撃術式を発動させると、すぐに小型怨人に向けて放つ。
直撃。
しかし小型の怨人はまるで何事もなかったかのように無傷で、かつベージェスに見向きすらしない。
小型の怨人は目隠しでもしているかのように、耳元から腕が生えて目を隠している。だが左の中指だけ欠損していて、そこから瞳がかすかにのぞいている。その視線の先は城塞都市にのみ向けられているようで、一度たりともベージェスに向いていない。
――知性があるなら何が目的だ?
ベージェスは別の遠距離攻撃を試みながら、同時に姫個体の目的について考える。
姫個体自身は無秩序に暴れるつもりはないようだ。
だが奥から次々と現れる大型の怨人はベージェスや周囲の騎士を露払いするかのごとく一路驀進してくる。
その猛攻をかいくぐり、ベージェスは何度も姫らしき小型怨人に向け、あらゆる攻撃を試みる。
しかしめぼしい戦果は得られない。一点集中の攻撃によってかすかに傷つけることもあるが、一瞬で回復されてしまう。
すでに万策が尽きようとしている。
だが騎士として、死ぬよりも先に諦めるという選択肢は存在しない。
――もし知性があるならば、言葉は通じるか?
思いつく限りの選択肢を考え、ベージェスは試みる。
再び小型怨人との間合いを詰め、強力な斬撃を振り下ろす。渾身の一撃が小型怨人の指先ひとつで防がれたのと同時、ベージェスは口を開く。
「我が名はベージェス・ムラギリウス! ラザネラ教会ベギンハイト支部教会、騎士団長だ! 貴様は古代より怨人の頂点に君臨すると云われる怨人の姫か!?」
もしも姫個体が知性を有し、人の言葉を理解する存在であれば、何かしらのリアクションがあるかもしれない――という思惑は、駄目で元々だ。
実際、ベージェスの言葉に一切の興味も関心も示さず、姫個体が口を開くことはなかった。
ただ、鬱陶しそうに大きな腕を振るう。ベージェスの攻撃を脅威と感じている訳ではなく、まるで耳元で蚊が飛んでいる不愉快さから来るような、乱雑な動きだ。
――やはり駄目か。
その間にも怨人は次々にオドの霧から出現し、ベージェスや他の騎士を襲う。
*
ベージェスと騎士たちは次々現れる怨人の猛攻に対し、なんとか対応している。だが体力は確実に消耗し、部下の騎士の中には脱落者が出始めていた。
幸い、まだ死者は出ていない。ベージェスは負傷者はすぐに下がらせ、壁上に待機させている衛生兵に診させる。
だが。
このままではジリ貧。
それは火を見るより明らかだ。
終わりも光明も見えない戦い。
そこに身を投じていると――
「おい」
不意にそんな声がベージェスの耳に届く。
それは低くとも明瞭な女性の声で、間違いなく、姫個体と思しき怨人から発せられたものだ。
「邪魔をするな」
姫個体は続けざまに口を開く。
それは、ベージェスら騎士に向けられたもの――ではなかった。
姫個体の前方、なにもないはずの空間が縦に裂かれ、中から何者かがのそりと現れた。子供のラクガキのような目と眉が描かれた純白の布を頭から被った、女性らしき人物だ。
その異質な女性は不浄の地を踏みしめると、軽い足取りで小型の怨人に近づいていく。
その光景を前に、周囲にいる全ての怨人が動きを止める。微動だにしない。それまで途切れることなく現れていた怨人の出現も止まった。
動きが止まったのは怨人だけではない。
周囲の騎士たちも含めてだ。
ベージェスを含むすべての騎士が、その人物の気配を感じ取った瞬間に視線を奪われた。
全身が総毛立ち、嫌な脂汗がドッとあふれてくる。視界が歪んでいると錯覚するほどの重圧は、呼吸をすることすら忘れてしまう。それが極めて異質な存在であることを魂のつま先から毛先に至るまで感じとり、まるで蛇に睨まれた蛙のように気圧されてしまっていた。
布を被った謎の女性はそんな騎士たちを無視し、姫個体に接近すると顔を近づけ耳元で何かを囁く。
いや、そのように見える素振りをしただけで、実際はどうか分からない。
直後、姫個体の口元が一瞬だけ舌打ちした――ように見えた。
次の瞬間、布を被った女性はすぐに顔を離すと、間髪入れず断裂した空間から伸びてきた手にその身を任せ、空間の中へと戻っていき――そのまま姿を消した。
と、同時に、騎士たちは体の自由が戻ってくる。拘束されていたわけではないが、気配が消えたことで本能に余裕が少しずつ戻ってきたためだ。
呼吸を忘れていた一部の騎士がむせ込み、大きく肩で息をしている最中、小型怨人は踵を返す。
時を同じくして城塞都市の壁内から謎の光が立ち上った。
それは一瞬の出来事で、まるで落雷が天に昇ったかのようだった。
強烈な光へ吸い寄せられるように振り返った騎士のひとりが、こちらへ飛行型の怨人が向かってきていることに気がつく。
「団長ッ!! 背後からも来ます!」
ベージェスは姫個体と周囲への警戒を怠らないように注意しつつ背後を確認すると、城塞都市の上空からこちらに向けて降下してくる1体の飛行型怨人を目視する。その怨人は驚異的な速度で迫っていた。
ベージェスは身構える。
小型怨人に背を向けるのは危険だが、どちらにせよ有効打は残っていない。ならば先に機動力に優れた飛行型怨人から討伐するべきだ――と、ベージェスは判断した。
飛行型怨人は地上すれすれまで降下すると、超低空飛行で突き進んでくる。その飛行によって発生する衝撃波はすさまじく、周囲に舞い上がっている土煙の量が尋常ではない。
この怨人も極めて強力な個体だと判断し、ベージェスは最大出力の魔法攻撃を準備する。
が、ベージェスの体が再び宙を舞う。怨人や衝撃波が到達するよりも先に、横から強烈な衝撃を受けた。
ベージェスが空中で体勢を立て直しながら衝撃の原因を探ると、元いた場所に姫個体が立っていた。その頭部から生える巨大な腕で突き飛ばしたのだと察する。察するが、体勢を立て直し攻撃を敢行するまでのわずかな時間で、飛行型怨人が到達していた。
飛行型怨人はベージェスや他の騎士には目もくれない。
超低空飛行のまま姫個体の脇を通り抜け――姫個体は、まるで走っている馬に飛びのるかのごとく、頭部から生えた巨大な手で飛行型怨人の側面を掴んだ。
姫個体の、怨人にしては小さな躯が宙に浮く。と、同時、飛行型怨人は体躯を90度回転させ、姫個体を躯の上部に乗せた。
小型怨人は頭部と腰から生えている大きな三本の腕で飛行型怨人の肉をつかむと、まるで椅子にでも座っているかのように足を組む。
そして。
飛行型怨人はさらなる加速を見せ、一気に高度を取り始める。
時を同じくして、周囲にいた騎士には飛行型怨人の発生させた衝撃波が到達し、彼らの矮小な肉体を吹き飛ばしていた。
ベージェスが再び不浄之地に足をつけ、辛うじて体勢を立て直した時、姫個体とおぼしき小型怨人も、飛行型怨人も、オドの濃霧の彼方に消えていた。
*
ミグは飛行型怨人を3体討ち取ったが、残り1体を逃してしまった。だが深追いはしない。追っても追いつける速度ではなく、この都市から追い返せるのであればラザネラ教会の心象としても問題ないだろうと結論づけたからだ。
しかし情報は欲しい。
至誠の体を空中でたたずませたまま、ミグは鬼道を用いて視界を望遠させる。
ピントを西方の最前線に向けると、そこには怨人と戦っているはずの騎士達が静止しているのが見えた。なぜか周囲の怨人も動きを止めている。
――いったい何が?
そんな疑問の直後、何やら白く大きな布の様なものを頭から被った人物がいることに気がつく。その後ろ姿だけでは何者か分からないが、怨人と騎士が戦っている戦場にいるのは場違いに思えた。
直後、空間が断裂し謎の人物はそこに吸い込まれ、姿を消した。
――なに……今の?
ミグは混乱をきたさないよう必死に思考を制御しながら、同時に情報収集にも勤める。
――あれは……。
謎の人物が消えたその奥に、小型の怨人が見えた。
「『怨姫――!?』」
その特徴はミグが知る人型彁依物『怨姫』のそれと同一だった。
――まずい。やっぱり姫個体がいた……すぐにここから離れないと……。
リッチェを抱えヴァルルーツを回収し、一目散にこの都市を離れる。生存率だけを考えるならばそれが最善手だ。テサロの肉体は置き去りになるが霊体はすでに回収している。あとはこのままレスティア皇国に帰国すれば、リネーシャ陛下なりエルミリディナ殿下の使える死霊術で蘇生することが可能だ。
そう判断を下そうとする……直前。
西方戦線に向かっていた飛行型怨人は怨姫の元に到達すると、怨姫を回収し、そして――
『えっ……。……逃げ、た……?』
ミグの知る記録の中にも『怨姫が逃走した』とするものがあった。千年以上の昔、かつてリネーシャ陛下が討伐を試みた際、殺しきれずに逃げられたとする記録だ。
ならば怨姫が逃走という選択を取るのは決して前例がないわけではない。
だが、なぜそのような行動を取るのかが分からない。この場にリネーシャ陛下はいない。英傑程度の相手に怨姫が後れをとるとは思えない。
――そもそも怨姫は何のために姿を現したの?
過去、リネーシャ陛下は何度も不浄之地で怨姫を捜索した。しかしこれまでに見つかった前例はない。かつての『撃退』も、怨姫による神託之地への大規模侵攻の折だ。目撃情報ですら、ここ数百年間はまったくない。
――本当に知性があるのなら、怨姫の行動には何らかの意図があるはず。
無論、知性があるが故の気まぐれと言う可能性もある。では全てが気まぐれだったのだろうか。6体の飛行型怨人はいったい何の目的で上空を占有し、そして街の往来に降下させたというのか。なぜ2方向から怨人を仕掛けたのか。その全てが『気まぐれ』と断ずるには腑に落ちないことが多すぎる。
――何かしらの目的を、達成した? あるいは失敗が確定した? 割に合わないと判断した……?
もし怨姫の目的が至誠だったならば、彼はまだ無傷でここにいる。そして飛行型怨人は、間違いなく至誠を視認していた。視認できるようにミグが意図して近づけたのだから。
――至誠が目的……じゃない? ってことは……
『もしかして、探していたのは……ニコラ・テスラ――?』
至誠が目覚めた際に接触してきた『超越者』と思しき人型彁依物『ニコラ・テスラ』。
同格の存在と思われる『怨姫』がその存在を追っているとすれば、わざわざ姿を現したことことも腑に落ちる……と言えるかもしれない。
だが情報があまりにも足りない。
憶測に憶測を重ねた推論は、もはや空想の域だ。
「諦めた……と言うことでしょうか?」
至誠は口元の自由が戻っていることに気がつき、ミグの思考に割って入る。
『分からない……。けど、そう願いたいところだね』
怨姫を乗せた飛行型怨人の速度は凄まじく、すでに至誠たちよりも高度をとり、高高度の雲の中に消えていった。
もし怨姫の狙いがニコラ・テスラだった場合、至誠を追って怨人が『神託之地』深くまで侵攻してくることはないだろう。
ニコラ・テスラを追って内陸へ――というシナリオも完全に否定できないものの、脱兎の如く姿を消した様子を見れば、その可能性はかなり低いように感じられた。
説明できない箇所や、判然としない部分は多々残っている。
とはいえ、これ以上考えても答えは分からないし、時間の無駄か――そう、ミグが結論づけようとしていたところに、至誠が「そういえば――」と口にする。
「ニコラ・テスラに会った際、確か『干渉を受けている』と言ってました。彼らの間で何か、争いが起こっている……と言うことでしょうか?」
『なんとも言えないね……ウチらじゃ、知らないことが多すぎる。超越者は千年以上もリネーシャ陛下が追って、まるで尻尾がつかめないような存在だしね。リネーシャ陛下が『地上最強』、ラザネラ教の神ラザネラが『天空の支配者』だとすれば、超越者は『天上の存在』とでも言うべきかな。真理にもっとも近い存在ってのが定説になるような、超越的存在だからね」
*
ミグの話を聞いて、至誠は空を見上げる。『天上の存在』と聞いて、天文学が好きな至誠は宇宙を連想した。
――もし天上イコール宇宙なら、超越者とは宇宙人だったり……するのだろうか?
現代日本で生活していたころならば、至誠は宇宙人が存在しているとは思わなかった。いや正確には「宇宙のどこかで同じような知的生命体が生まれているだろうが、光速ですら遅すぎるほどの広大な宇宙空間を渡って交流することは無理だろう」と考えていた。
だがこれだけの非科学的な経験を積んだ後だ。
魔法という非科学的な存在、人と類似した種族の存在、怨人という化け物の存在。異様な世界の様相。
ならば宇宙人だけが「存在し得ない」「あり得ない」と断じられようか。
いや、できないだろう。
至誠は不謹慎だと自覚しながらも、宇宙人の可能性に少しだけロマンを感じた。
――けど今は……。
「ミグさん、今は先にリッチェさんのところに戻って、ヴァルルーツさんと合流しませんか?」
『そうだね。そうしよう』
今は世界の理について考察すべきタイミングではない。
そう気持ちを切り替え提案すると、ミグもその意見に同意し、地上へと降下を始める。
そして危機が去った至誠は、これまでのこと、そしてこの後のことについて考えを巡らせはじめた。




