[38]リッチェ・リドレナの追想 中編
ラザネラ暦6076年12月13日。
「駄目です」
その日、リッチェは師匠に強い口調で拒絶される。
師匠にそのような強い口調で言われた経験はあまりない。あきらかにリッチェに非があることをしてしまったり、結果的に大きな事故につながりかねない場合など、強い口調で怒られたことはある。
しかし普段の師匠はおおらかで物腰が柔らかい。取りつく島もなく、冷たくあしらうようにリッチェの言葉を否定するなど、これまで経験したことがなかった。
先日の一件もある。リッチェが就職先を相談して、師匠とミグに賛同して貰えずについ強い口調を吐き捨ててしまった件だ。
しかし師匠は、その事とは無関係だと言わんばかりの表情をしている。
全ての元凶は、今日リッチェが口にした「とある」相談に端を発している――それが師匠の拒絶を露わにした表情で読み取れた。
しかしリッチェとしても引き下がるつもりはない。
「お願いします! 一緒に連れて行ってください!」
リッチェは改まって頭を下げる。
親に対するお願いではない。魔法の師匠として、そして将来の仕事の同僚になるという立場を表すかのように、リッチェは頭を下げた。
「どれだけ言われようと駄目です。認めません。認められません」
「……ッ」
確かに、リッチェとしても無茶なお願いをしているという自覚はある。
昨日、師匠とミグの出張が決まった。出発は数日後。決定は急なことで、師匠は準備に追われている。その最中のやりとりだ。
師匠とミグはこれまでも、仕事の関係で急に出張となることや泊まり込みとなるケースは珍しくなかった。
だが師匠とミグが両方同時に出張となるのは珍しい。
幼い頃は、師匠が仕事で帰れないときはいつもミグが代わりに面倒をみてくれた。
2人が同時に出張になったことはあるものの、しかしこの時のリッチェの直感が囁いていた。
もしかして、彁依物関連じゃ――と。
無茶な頼みだ。彁依物事案に出向く親の「職場体験」を願い出るなど。しかし最初から無茶だと分かっているからこそ、リッチェも何度も何度も食い下がる。
*
別の日にミグにも「お願い」してみたが、返答は師匠と変わらなかった。師匠と比べ優しく諭すような口調ではあったものの、内容に差はなかった。
今回の「出張」が「彁依物事案」なのかどうか実際のところは分からない。少なくとも、ミグと師匠は口を滑らすようなことはしなかった。
しかしだからこそ、その言動はリッチェに確信めいたものを抱かせる。
*
ラザネラ暦6076年12月15日。
この日、国立レインティーナ学院の本校では卒業式典が行われていた。
式典の規模は大きく、学院行事の中でもっとも華やかだと言って過言ではない。
なにせ本校の卒業式典では卒業成績の上位者へ「褒章」が授与される。これは学院が用意した「記念品」ではない。レスティア皇国の「公的な褒章」だ。さらに授与式ではレスティア皇国第一皇女が来校され、皇女殿下自ら褒章を授与する。
それが、例年の本校の卒業式典だ。
スケジュールが合わない場合は代理となるが、今年は「皇女殿下本人が来校なされる」という事前伝達があった。
リッチェはこれまで何度も卒業式典を遠巻きに見てきたが、自分が卒業として望む式典はこれがはじめてだ。
「そ、卒業試験よりも緊張するね……」
と、隣にいた次席の女子生徒が強張った表情を浮かべ、リッチェにも緊張が伝染してより胃が締めつけられる。
なにせレスティア皇国第一皇女といえば、レスティア皇国を建国した立役者にして、唯一の正統な皇族であり、不老不死という奇跡によって1000年以上も国のNo.2として君臨し続けている権力者だ。いや、権力者という表現は生ぬるいかもしれない。殿上の、雲の上の存在だ。
今回の褒章は学生向けということもあり、他の公的な褒章や勲章と比べるとかなり格落ちとなる。だがそれでも、国から褒章を授与されるという価値は非常に高い。
リッチェはそれらの緊張を何とかいなし、授与式が進む。
首席のリッチェは最後に授与されされる。
式典の最高潮の場面を切り取るとすれば間違いなくここだろう。
そしていよいよ、リッチェの番がまわってくる。
目の前にエルミリディナ皇女殿下が立つ。
殿下は首席卒業を表す特別なデザインの褒章を手にし、にこやかに笑顔を浮かべて賛辞を送る。
「おめでとう。よく頑張ったわね」
そしてエルミリディナ皇女殿下が手ずから勲章をつけてくれる。
緊張から鳴り響く心音が皇女殿下に伝わっているであろうことに気恥ずかしさを覚えている間に授与は終わり、リッチェの胸元には首席卒業を表す特別な褒章が輝いていた。
その直後、リッチェは切り込む。
「あっ、あの――」
と、口を開いてもいいかおどおどと周囲の空気を読みながら口を開いた。
「不躾で大変申し訳ないのですが……その、少しだけ――この後、お話しすることは、その……可能でしょうか……?」
「ええ。この後の懇親会で謁見の時間があるわ。そこで話しましょう」
自分より幼く見える姿のエルミリディナ第一皇女は、そうにこやかに応えてくれた。
*
無事に褒章授与式を終える。
その後いくつかの式次も滞りなく終了し、懇親会の時間となった。
リッチェはひどく緊張しながらも懇親会に挑むが、謁見の時間がやってくると緊張感はさらに限界を突破していた。今にも心臓が口から飛び出そうになりながらも、リッチェはエルミリディナ皇女殿下と話す機会を得た。
懇親会に隣接する部屋に、エルミリディナ皇女殿下が椅子に腰掛けている。
学生側はリッチェひとりだけ。エルミリディナ皇女殿下には3人の付き人がいるが話に入ってくる気配はなく、実質的に一対一の会話だ。
緊張しながらも何とか儀礼的な挨拶を告げる。
「とても優秀なのねぇ。レインティーナ学院を再建した身として誇りに思うわ」
「あっ、ありがとうございます――!」
その後いくつか世間話を経て、エルミリディナ皇女殿下は「それでぇ?」と立ち上がり、リッチェに近づき見上げながら問いかける。
「何か話したいことがあったみたいだけれど」
リッチェは緊張でカラカラの口でなお、唾を飲み込み、そして意を決して口を開く。
「わ、私の母は、テサロ・リドレナと申しまして、今は――」
「えぇ知ってるわぁ。リネーシャも高く評価している優秀な子でね、私もとても期待しているもの」
彼女はリネーシャと軽々しくレスティア皇国皇帝の名を呼ぶが、それができるのはレスティア皇国ではエルミリディナ皇女殿下くらいなものだ。地上最強の吸血鬼にして、真理を探究せし世界の守護者。1000年以上もこの国の皇帝に君臨し続ける、世界で最も影響力のあるといって過言ではない人物だ。
そんなリネーシャ陛下やエルミリディナ皇女殿下がテサロのことを知っているという。評価し、期待しているという。
それは、娘として誇らしい気持ちが沸く一方で、その期待が次は自分に向いてくるという事実に緊張感が青天井だ。
「えっと……その……、ありがとう、ございます。そこまで母のことを承知してくれているとは思わず……その……」
「レスティア皇国は私が造った私の国だもの。なればこそ、そこに生きる者達のことをあまねく知っているのは何も不思議なことはないでしょう?」
と、エルミリディナ皇女殿下の天空色の瞳は、全てを見通すようにリッチェを貫く。
「それでぇ? こういう時はたいてい、何かお願いごとがあるんでしょう?」
実際に心でも読まれているのかと思えるような微笑みを向けられ、リッチェは息を飲み、そして意を決して口を開く。
「母が今度、出張します。母は仕事のことについてほとんど何も……特に、出張の内容について何も教えてくれません。ですが、何も教えてくれないということは、彁依物のような特別な現場なのだと――私は考えています」
エルミリディナ皇女殿下は「それで?」と相づちを打ちつつ、リッチェに続きを催促する。
「私は、統括士官候補生に志願したいと思っています。私は……私は、母の見ている世界が見てみたい。同じ目線で、肩を並べて見たいんです。だから、不躾なお願いであることは重々承知しておりますが、もし今度の母の出張理由が彁依物事案なら……その、私も同行させていただけないでしょうか?」
「志願して採用されれば、いずれ見ることになると思うわよ? いくらでも、否応でもね。今でないと駄目な理由があるのかしら?」
「――っ」
そう言われては、リッチェは言葉を詰まらせてしまう。
実際のところ、今回師匠に同行したい欲求に深い理由はない。
何を言っても「統括士官候補生に採用されたら構わないわ。でもまだ採用されるかも決まってないでしょう?」といった具合に返され、断られるのが目に見えている。
「それは――」
リッチェが言い淀んでいると、その心理を全て見透かしているかのようなエルミリディナ皇女殿下の視線が突き刺さる。
取り繕っても、意味がない気がした。
「憧憬の念、とでも言いましょうか……。憧れが衝動となって心を突き動かすんです。――そこに可能性があるなら、チャンスがあるなら、手を伸ばしたいんです。ジッとなんて、していられないんです!」
見切り発車で口を開いたリッチェは、途中から相手が皇女殿下であることも忘れ本心をぶちまける。
師匠やミグと同じ景色を見たい。それは確かにリッチェの強い目的意識のひとつだ。強い原動力だった。
しかし「憧れ」だけではない。
近年ではもうひとつ、リッチェを突き動かす大きな衝動があった。
それは「好奇心」だ。
やらされる勉強はなんともつまらなかった。しかし知識が増え、理解が深まり、世界の叡智に触れていくと世界がより広がって見えた。
学院と家庭、友達関係の中だけで完結していた狭い世界がちっぽけに思えるほど――もちろんそれにも良い面はあるのだが――それでも、世界は広いのだと魅せてくれた。
もっと広い世界が見たい。師匠やミグ、仲間と共に――その衝動はリッチェの心を、魂をつき動かす。それがあったからこそ、リッチェは能動的に積極的に自主的に勉学や修練に励めた。そして首席という結果を出せた。
――世界の叡智に触れられる可能性があるのなら、ジッとなんてしていられない。
それが、リッチェ・リドレナの本質だ。
しかし衝動的に心情をぶちまけてしまったことを、ハッと我に返って後悔し始める。このような言動は皇女殿下に対して不敬だったかもしれない――と思い冷や汗をかく。そんな小市民的な部分も、リッチェの本質の一部だ。
静寂が忍び寄り、ほんの少し間が空く。
リッチェには無限にも等しいほど長く感じられたが、少ししてエルミリディナ皇女殿下は口を開く。
「実はね、一枠、空いているのよねぇ」
「――ぇ」
エルミリディナ皇女殿下は思わせぶりな口調をしながら椅子に戻り、腰を下ろし足を組んだ。そして頬杖をつき、目元を細め、妖艶な口調でリッチェの意志を確認する。
「あなた、カナリアになる覚悟はあるかしらぁ?」
エルミリディナ皇女殿下にそう問われ、リッチェは一も二もなく肯定した。
間違いなく、この時のリッチェは自惚れていた。
首席で学院を卒業するという自負が、これまでの成功体験が、自己肯定感が、リッチェに万能感を与えていた。
そんな万能感など、すぐに吹き飛ぶことになる。
*
「リッチェ……あなたという人は……」
翌日、師匠は疲れた顔をしていた。
ミグも呆れたような表情をしているが、師匠ほど陰鬱ではない。
「――ッ」
リッチェは怒られると思って身構えると、代わりに諭すように言葉をかけられる。
「怒られたくないなら、最初からこんな無茶なことをするべきではありません」
「それは……。……。ごめんなさい……」
リッチェがうつむくと、やれやれ――と言いながらミグがリッチェの隣にある椅子へ腰かける。
「過ぎたことはしゃーない! 彁依物ですら過去を変えたり時間を遡ったりできるモノは発見されてないんだし、過ぎたことよりも未来のことを考えるべきっしょ」
「きちんと反省させるのが先です」
師匠が釘を刺すが、ミグは引く気はないようだ。
「いいや逆だね。むしろ反省は積極的に後にするべきだよ。出立の日時はもう決まってるんだから、今は少しでも無事に生きて帰れるよう準備に時間を割くべきだよ。死んでしまったり成り果てれば反省も何もない」
「……そうですね」
と、ミグと師匠の会話は物騒だった。
だが2人にとってそれは「当たり前のこと」のようだった。
リッチェはその会話を聞いて思わず息を飲み、内心で少し尻込みしてしまう。
もしかして自分には覚悟が足りていないのではないか――と、今さら気がついたからだ。
*
師匠とミグと共に様々な準備を入念に行い、12月22日――ついに彁依物事案への出立の日を迎えた。
「あ、あの――リッチェと申します! 何卒、よろしくお願いいたします――!」
その日、レスティア皇国の中枢にて関係者以外立ち入り禁止の一室に通されると、そこにはリネーシャ・シベリシス皇帝陛下がいた。
リッチェはタイミングを見計らい――正確にはリッチェの気付かないところで声をかけるタイミングを用意してもらったのだが――名乗り、そして挨拶をする。
「そうか、テサロの――。本年度の首席であることも踏まえ、期待している」
リネーシャ陛下も、エルミリディナ皇女殿下と並び雲の上のような存在だ。
そんな陛下に直接言葉をかけられ、この時のリッチェは高揚感と使命感で燃えていた。
しかし――。
いざ現場に来てみると、リッチェの技量や知識でできることなどなかった。
自己評価が高すぎた。
万能感に酔いしれていた。
覚悟がまるで足りていなかった。
様々な言い方があるだろう。
該当の人型彁依物の蘇生はリネーシャ陛下指揮のもとテサロとミグが行い、エルミリディナ皇女殿下は特異現象が発生したときに備え観測を行い、補助や雑務はスワヴェルディ筆頭執事が十全にこなしてしまって仕事がない。
ときおり「――はできるか?」と問われる。しかしその全てが学生の技量では到底無理な高度なものばかりを要求される。どれだけ優秀であり学院で首席だといえど、しょせんは学生という枠組みの中での話だ。
できることと言えば、スワヴェルディ筆頭執事に頼んで雑務の中でも優先順位の低い仕事をさせてもらうくらいなものだ。
だがそれすらも、足を引っ張ってしまっている。スワヴェルディ筆頭執事に全て任せてしまった方が手早く確実に完璧に作業が終わるのは火を見るより明らかだからだ。
それでも「何もできない」「何もできていない」「何もしていない」という現実から目を背けるように、細々とした雑務をさせてもらっていた。「何かやっている」「何か少しでも貢献できている」と思える「何か」がないと、心が持たなかったからだ。
たまにエルミリディナ皇女殿下に胸を揉まれるセクハラを受けた。少し触られるとかではない。かなりガッツリ揉まれる。そしてすぐにスワヴェルディ筆頭執事が駆けつけ、皇女殿下が執事に詰められる――というシチュエーションを何度も体験した。
――もしかして、エルミリディナ皇女殿下が私を連れてきたのってセクハラがしたいがためだったり……殿下は同性愛者だし……いや、まさか……。
同行を許可してくれたのはまさかバストサイズが理由なんてことは――などと別ベクトルの懸念を抱くが、それ以上セクハラがエスカレートすることはなかったのは不幸中の幸いだった。
とはいえ、自分が何もできていないという状況に変化はない。
――今日もなにもできなかった……。
人型彁依物の蘇生には時間を要すらしく、リッチェは毎日、就寝時に無力感に苛まれながら眠りに就いた。
『あなた、カナリアになる覚悟はあるかしらぁ?』
ふとエルミリディナ皇女殿下のそんなセリフを思い出す。
――そうか、あれは……私に何か仕事を期待していたわけじゃないんだ。
鉱山のカナリアといえば、目に見えず人には感知できない危険を知らせる鳥が由来だ。つまりリッチェが同行している理由は「一般人枠」であり、人型彁依物による目に見えない何かしらの事象が発生した場合、真っ先に影響を受けるであろう「検証要員の代役」というわけだ。
本来、検証要員は貢献要員などとも呼ばれ、基本的に重犯罪者によって構成される。未知の彁依物の検証や解明のために、命を賭けて検証したり、世界や文明を維持するために貢献することが課される者たちだ。
『実はね、一枠、空いているのよねぇ』
エルミリディナ皇女殿下が言っていたのは、検証要員の枠が空いているという意味だったのだろう。実際、師匠やミグの「出張」は、もっと前に決まっていた。
最初からリッチェに何か仕事や成果を期待していたわけではない、ということだ。
――失敗した。
日数が進むにつれ、次第にリッチェはそう思うようになっていた。
最初から師匠はミグの言うとおりにしておけばよかった。せめて正規のルートから統括士官候補生になっていたら違ったかもしれない。
だが無理を押し通して彁依物事案の最前線に同行するというのは、明らかに分不相応な行動だった。
――またダメだった……。
来る日も来る日も、何の成果も出せず、時間だけが過ぎていく。
毎日気持ちを切り替えて「今日こそは!」と自分に言い聞かせ、奮い立たせ、自分にできることに全力をだす。
しかしやはり客観的に見れば周りの足を引っ張ることしかできず、床に伏せて何度も同じネガティブな感情を反芻する。
何よりも辛いのは、何もできなくとも、足を引っ張ったとしても「怒られることすらない」ということだ。
師匠もミグも、今は蘇生にかかりきりでリッチェの面倒を見る余裕がない。
リネーシャ陛下やエルミリディナ皇女殿下、スワヴェルディ筆頭執事は、いちいちリッチェのことを叱ったり窘めたりしない。嫌味のひとつすらない。まるで眼中にないかのように感じられた。
それが彁依物事案、その最前線の現場だ。
ここは学院ではない。
そのことがかえってリッチェのメンタルを抉る。仕事の不出来を怒られた方が、叱られた方がマシだと思う日がくるとは思ってもみなかった。
子供のころは怒られるのは嫌だったし、小さい頃は怒られそうになったら隠そうとして余計に怒られたこともあった。
学院でも――リッチェは比較的模範的な方だったが――教師から怒られた経験は何度もある。
怒られた日は嫌な気持ちになったものだ。
ナイーブになったり、不貞腐れたり、不機嫌になったり。
しかし思い返せば、いつも周りの大人たちが叱るのは「リッチェのため」だった。そこには期待と心配と愛情があった。
だがこの場に「愛の鞭」はない。
なにせここは家庭でも学院でもなければ、リッチェはまだ士官候補生でもない。
ただのカナリアだ。
リネーシャ陛下も、エルミリディナ皇女殿下も、リッチェにカナリア以外の何かを期待していない。だから咎められることもない。
もし仮に、構ってほしさからわざと幼子のように駄々をこね問題行動を起こしたとしても、失望されこの現場から排除されるだけで、叱ることも咎められることもないだろう。その程度の存在だ。
それでもリッチェは努力した。
自分も彁依物の調査に同行した一員なのだと、思いつく限りの努力したつもりでいる。
だがしかし、数百年、あるいは数千年の経験を持つ百戦錬磨の猛者たちに一朝一夕で追いつくなどできるはずもなく、学院を首席で卒業したという鼻っ柱は完全にへし折られた。
――また、何もできなかった。
そうして今日も、その現実がリッチェの心に重くのしかかっていた。