[34]奇行に至る理由
ベージェスは武具の突きから螺旋状の斬撃を放つと、飛び出してきた大型怨人を貫く。
常人には不可能な威力の斬撃。
だが大型怨人は止まらず驀進を続ける。
ベージェスが斬撃を連続で繰り出すと、三発目でようやく絶命した。
怨人巨体が地面に崩れ落ちる。
だが慣性までは死んでいない。
怨人の巨大な死骸が猛スピードで転がってくる。
それだけでも充分な脅威だが、ベージェスは衝撃波を放ち慣性を相殺する。
その間に奥からさらに2体の大型怨人が出現する。超大型よりは小ぶりだが、それでも充分に巨大な怨人だ。
――まるでこちらの討伐を見計らったかのようなタイミングだな。
ベージェスが目の前の死骸を盾で吹き飛ばし、片方を足止めしている間にもう片方を攻撃する。速攻で仕留め、即座に残りの大型怨人も討伐した。
先ほど薄らと見えていた小型怨人のシルエットへ視線を向けると、そこにはまだ影が残っている。
だが相変わらずオドの霧に包まれてその全容を目視することはできない。
衝撃波によってオドの霧を吹き飛ばそうと構えるが、その余裕を与えないとでも言いたげなタイミングで霧の中から中型と大型の怨人が計4体現れる。
ベージェスはいつまで続くともしれない怨人ラッシュに、体力の配分を留意しつつ確実に駆除していく。
――やはり、異質だな。
小型怨人のシルエットを注視しながら、その不気味な存在に懸念を抱く。
怨人が襲わないのは、目視できないほどの微小生物か、あるいは同じ怨人だけだ。ならばやはり小型怨人と思しきシルエットは怨人で間違いない。しかしあの小型怨人はオドの霧の中から出てくる気配が一向にない。
怨人でありながら怨人らしからぬ挙動。
そういった意味で明らかに異質だった。
――あるいは、知性があるのか?
レスティア皇国の者たちが言っていた姫個体の情報はベージェスも知っていた。ラザネラ教会にも姫個体と思しき記録が残されているからだ。
しかしベージェスが見たのは千年以上も前の記録だ。
近年で姫個体と思しき情報を見聞きした記憶は全くない。
だがもし本当に姫個体がいるのならば、これは城塞都市だけではなくロゼス王国……いや、周辺国の全てが存亡の機に陥る事態だ。
ベージェスは隙を見て衝撃波を飛ばす。オドの霧を吹き飛ばし、小型怨人の姿をしっかりと目視するために。
「――ッ!」
ベージェスはその容姿を確認すると、すぐに部下の1人を伝令に走らせる。
姫個体と思しき特徴を持つ小型の怨人を発見――その一報をミラティク司祭に届けるために。
直後、周囲に霧散するオドの霧の中から十数体の怨人が一斉に出現す。それはまるで、姫個体の姿を覆い隠すかのようなタイミングであり、そのまま騎士たちへと襲い掛かった。
*
ミグは至誠の体を介し怨姫がいないか入念に観察する。
今のところそれらしき個体は見つかっていない。しかし不浄之地に蔓延するオドの霧により、全容を探ることは困難だ。
そんな折、おもむろにミラティク司祭がこちらへ振り返り「シセイ様」と呼び掛け近づいてくる。
「先ほどの攻撃、あるいは類似する攻撃を再度行うことは可能でしょうか?」
ミグは至誠に断りを入れ、代わりに返答する。
「『不可能ではありません。ですが、今から準備したとしても、第二波が最前線に到達する方が早いでしょう。よもや、王国軍ごと……と仰りたいのでしょうか?』」
端から見た限りでも、ラザネラ教会とバラギア一派には因縁があるのが分かる。もしミラティク司祭がバラギア一派を排除する片棒を担がせるつもりであれば、それに乗るわけにはいかない――とミグは牽制する。
しかしそのような意図はなかったようで――あるいは牽制によって引っ込めたか分からないが――彼は「いいえ」と首を横に振る。
「第二波――少なくとも、移動速度の遅い怨人が後から散発的に襲来し、本防衛戦が長期化する可能性は考慮していました。ベージェスをはじめとする予備戦力を控えさせていたのはそのためです。ですが西方からの奇襲、さらに第二波と呼べる規模の群団……ともすれば同様の第三波、あるいはさらなる別方向から襲来を誰が否定できましょう」
すなわち、ミグの遠距離攻撃で第二波への対応は難しいが、今から準備すれば第三波には間に合うという試算だ。
実際にあるか第三波があるかは分からない。だが確認されてから準備を始めたのでは遅い。そしてラザネラ教会の予備戦力はその多くが出払ってしまっている。王国軍側の予備戦力がどれほど確保されているか分からないが、希望的観測は避けるべきだろう――とミグの直感は語る。
ミグは悩む。
もし怨姫などという超常の存在が近くにいるならば、即時撤退に備えて少しでも体力を温存しておきたい。
だがもし怨姫がいなければ、ただの杞憂ならば、ここで拒否することはラザネラ教会の心象を悪くすることに繋がるおそれがある。ひいてはそれが、リッチェの引き渡しに何らかの悪影響を及ぼすかもしれない。
もしすでにリッチェを取り戻せていたら、ラザネラ教会の心象などかなぐり捨ててレスティア皇国を目指してもいいくらいなんだけど――と、ミグの脳裏をよぎる。だが現実逃避のための連想は脇に置きミグは現実を直視する。
ラザネラ教の上層部もバケモノ揃いだ。一部の聖騎士や天子が出張ってくれば、ミグでは太刀打ちできない。
怨姫の存在は脅威だが、ラザネラ教と敵対したくはない――それがミグの心情だ。
優先して備えるべきは怨姫か、あるいはラザネラ教か。
最悪なのは、両方と敵対することだ。かといって、ここで判断を間違えると、至誠だけでなく全員が死ぬ結末もあり得るだろう。
ミグは判断を迫られる。
「『……』」
ミグは昨晩の至誠の言葉を思い出していた。「全員死ぬか、全員生き延びるか」と。なおも全員生存という理想を掲げて足掻くには、最低でもリッチェが無事に引き渡される必要がある。そのためには、今ここでラザネラ教会との関係を悪化させるべきではない。
もちろんミグの職責として、至誠を生きて連れて帰らなければならない。そのために即時撤退がいつでもできるような条件をつけ、その上でミラティク司祭の提案を受け関係性を悪化させないことに注力する。
――この辺りが現実的な落としどころかな。
ミグは思慮を巡らせた後、腹をくくり、いくつかの条件をつけて承諾することにした。
「『では――』」
だが次の瞬間、ミグの声を遮り、ひとりの騎士が声を荒らげる。
「上空に怨人を視認! 数――6体ッ!」
全員が一斉に視線を上空に向けると、飛行タイプの大型怨人が6体、我が物顔ではるか上空を飛んでいた。昨晩ミグたちを最後まで追ってきた『超高速の怨人』よりも一回りも二回りも巨大な体躯をしている。
数名の騎士から動揺の息が漏れる。
飛行型の怨人は個体数が少ない。代わりに強力な個体が多く、対応も難しい。空中での戦闘は非常に高度な技術が求められ、消耗も著しい。上空で討伐できたとしても、その肉塊は質量兵器のように地上へと降りそそぐ。そのためただ討伐すればいいというわけでもない。
上空に現れた怨人は都市のはるか上空で隊列を組み、円を描くように旋回飛行をしている。高度はかなり高い。最低でも3000メートルは上空。あるいはさらに高いかもしれない。
そして、その怨人がいつから上空にいたのか、それはこの場にいる誰も分からない。
少なくとも、最前線にいる王国軍や騎士団はまだ誰もその存在に気がついていない様子だ。目の前の怨人に気を取られている間に上空から奇襲を受ければ、主戦力を失い前線が一気に崩壊しかねない。
だが強烈な違和感がある。
それに真っ先に気がついたのはミグだ。
「『おかしい……』」
ミグは至誠の表情を引きつらせ、思わずこぼす。
その様子に、ミラティク司祭の視線が戻ってくる。
「『なぜ、降りてこない――?』」
怨人はもっとも高出力の術式を使う者を最優先に襲う習性がある。そこに知性はなく、直線的で脊髄反射的な動きしか見せない。それが怨人だ。隊列を組み、上空で旋回しながら様子を見るなど、絶対にあり得ない行動だ。
それがミグの知る怨人の知識である。
もし「その異常」が起こりうる条件があるとしたら「そう命じられているから」という可能性がもっとも高い。
『やっぱり、近くに怨姫が……』
その間に、騎士のひとりがミラティク司祭に具申する。
「司祭様、ここは危険です。避難を!」
護衛の任に着いている騎士からしてみれば、当然の具申だろう。
だがミラティク司祭はすぐに首を横に振る。
「古の時代に起こったとされる『怨人の大規模侵攻』――それが再び起きているならば、安全な場所などないでしょう」
「ですが――ッ!」
そんなやりとりをしている最中にも、状況は否応なしに動く。
「2体、隊列を離れました――! 降下してきますッ!」
上空の怨人に警戒を向けていた騎士が、状況の変化をすぐに報告する。
見上げると6体中2体が隊列を離れ、急降下を始めていた。
降下先は王国軍のバラギアの方か、あるいは騎士団のベージェスの方か――そんな大方の予想をあざ笑うかのように、怨人は音をはるかに超える速度を出したまま、10秒とかからず城塞都市内部の居住地区へと突っ込んだ。
「マズい――ッ!!!」
騎士が声を荒らげる。
降下が城壁の外であれば、あるいは地面との激突でそのまま死んでくれたなら、被害は最小限で済んだだろう。
だが怨人は何事もなかったように往来で起き上がり、周囲にある背の高い建物よりもさらに巨大な体躯を晒す。
両個体とも、同じような場所に降下してきた。
それは3つの壁で区切られた城塞都市の内、外郭に位置する区画だ。
その内の1体はすぐに起き上がると、無数の腕を振り回し、建物を瓦礫に変えていく。そこにはまだ避難できていない住民が残されていて、阿鼻叫喚を赤黒く染めていた。
怨人の行動原理に反する――などと考えている時間はもうない。今は一刻も早く、城塞都市内部に降下した怨人を駆除する必要がある。
それでもミグは、怨人の不可解な行動に思考が奪われる。
――なぜ、街中に降りた? 壁上や壁外には今なお、戦闘用の大規模術式が展開されているのに、なぜそれを無視した行動を?
現状、降下地点には何もないはずだ。少なくとも最前線と比べれば怨人が引き寄せられる要素など何ひとつとしてない。
この世界で目覚めたばかりの至誠ならば「そういう個体もいるのか」程度にしか考えなかっただろう。
だがミグは違う。リネーシャの眷属として、研究者として、多くを学び、検証し、探求してきた。だからこそ今回の怨人の動きが異質であることが分かる。
怨姫がいるなら全ての行動に矛盾はない。怨姫は「全ての怨人を支配し、思うままに動かすことすらできる」と目されている。ならば奇行に走る怨人は、怨姫がそうさせたのだろう。
――ではいったい、何のために?
人類文明を滅ぼす、脅威を示す、恐怖を刻む――そういった目的なら、もっと別のやり方があったはずだ。怨人のもっとも恐ろしいところは圧倒的な個体数による人海戦術にある。何千万体、何億体もの怨人が一斉に侵攻してくれば神託之地に住まう人々はひとたまりもない。
だが、今都市を襲う怨人はせいぜい数百体であり、降下してきたのはわずか2体だ。
この都市や国を滅ぼすにしては怨人の数があまりにも少ない。一般人からみれば圧倒的なまでの脅威だが、怨姫以外は英傑クラスの戦力がいれば対応可能な災害規模だ。
もし本当に怨姫に知性があるのなら、そこに何か目的があるはずだ。
――知性があるからこその気まぐれって可能性もあるけど……。でも、これじゃあまるで……防衛戦力の目を外に向けてる間に、何か……何か別の目的があるような……。
ふと、ミグの脳裏に電流が走ったような閃きがよぎる。
『何かを……探してる?』
そう閃くとミグはとっさに至誠の体を動かし、ルーフテラスから身を乗り出すと、街中の怨人を凝視する。
『……ッ!』
そして、あることに気がついた。
『あの場所……』
ミグの記憶が確かならば、今なお怨人が暴れている地点――それは昨晩、ミグが至誠の身を隠した場所。そのすぐ近くに思えた。
ミグの脳裏を、ひとつの仮説が支配する。
――まさか……至誠を、探してる?
数百年もの間、目撃情報すらない怨人の女王個体「怨姫」が探し、数千年もの間、誰も見つけ出せていない超越者「ニコラ・テスラ」が自ら姿を現すほどの存在。
加々良至誠。
ミグの背筋にゾワリとした感覚が駆け抜ける。
自分が今、身を預けている彼が、いったい何者なのか――と。




