[32]対怨人ドクトリン
『よし、半数は削ったかな』
攻撃を終えてミグは手応えを感じているようだ。
実際、ミグの放った攻撃は怨人の群団を的確にとらえ、至誠にとっては目を白黒させるほどの威力で吹き飛ばしていた。
至誠の直感的には、現代兵器をも上回る威力に思えた。さすがに核兵器と比較すればその破壊力は見劣りするだろうが――実物は見たことないので映画ベースの知識だが――それでも、一撃の威力としてミサイルや爆弾といった現代兵器をはるかに上回っているように見えた。
放たれた攻撃はまるでSF作品に登場するレーザー光線のようで、爆発の規模は火山の噴火に例えたほうが近い。
だがそれをもってしても、怨人というバケモノの群団は止まらない。
半数はミグの攻撃で倒せたように見えたが、生き残った個体はいっさい怯むことなく猪突猛進を続け、さらに後方に見えた個体を含めれば未だ100体を超えている。
人間の数倍、数十倍の体躯をした化け物が都市へと一路驀進してきている。
これは恐怖以外のなにものでもない。
だが冷静に考えれば、至誠たちは昨晩この比ではない数の怨人に追われていたはずだ。その自覚が薄いのは単に暗くて全容が見えていなかったに過ぎない。
そして神託之地と呼ばれる人類の生存圏に近づけば怨人の大半は追ってこない――とミグは言っていた。すなわち『この個体数で端数』ということだ。
そして至誠は、世界の9割以上が不浄之地で占められていることを思い出し、今更ながら絶句する。
同時に強い疑問が生まれる。
――怨人とはいったい、なんなんだろう?
だがそこに思考を割く時間はなく、ミグが脳裏に語りかけてくる。
『至誠、体の制御を返すよ。ウチは警戒に徹するから以降の会話は任せたいんだけど、大丈夫?』
至誠がこっそり承諾する旨のハンドサインを示すと、体の自由が戻ってくる。
ひとまず、途中から痒かった後頭部を掻く。
ミグが体を制御している間でもっとも不便だったのは、痒みを我慢することだった。そういう原始的な刺激ほど我慢するのはつらい。
――これは……後でスティアさんに謝るべきポイントが増えたかな……。
などと思っている間にミラティク司祭が「お見事でした」と声をかけてくるので、至誠は振り返る。
「この短時間で、これほどの術式を行使できるとは、さすがはレスティア皇国――我らが神聖ラザネラ帝国に比肩する方々です」
「少しでもお役に立てたのなら幸いです。後は皆様の武運を祈っています」
怨人を招いておいてその物言いは受け手次第では不快に思われたかもしれない。しかし事実として、戦闘力のない至誠にできること武運を祈るくらいしか残されていない。
そのことに一抹の無力感を覚えながらも、至誠は現実を直視するように視線を不浄之地へと戻した。
*
外郭に配置された王国軍兵士たちが魔法や鬼道を発動させ、怨人に向かって遠距離の攻撃を敢行し始める。
遠距離攻撃の基本は壁上に備え付けられた大砲らしき装備のようだ。秒間1発程度で発射されている。
とはいえ、至誠の知る大砲とはまるで違う。
少なくとも火薬の類いを使った方式ではない。大砲のような砲撃音はなく、おそらく魔法か鬼道を用いて射出しているのだろう。
――イメージとして超電磁砲の方が近いかな?
発射された砲弾は速すぎて目視のすることはできない。しかし曳光弾のような光のラインが残っており、至誠にもその射線をはっきりと見てとれた。
そして怨人に命中した砲弾は皮膚を破り肉を抉る。直後、全身が爆発四散した個体がいたので魔法や鬼道による爆発や斬撃といった追加効果があるようだ。
だが一発で仕留められるのはせいぜい小型の怨人で、中型以上は何発も命中させる必要がある。大型の怨人には当たりやすいが、どれほど効果があるのかは未知数だ。少なくとも、仰け反ったり、動きが鈍ったりしているようには見えない。
その攻撃を至誠が受ければ肉片すら残らないだろう。それほどの威力はあるものの、ミグの攻撃の直後に見るとどうしても威力が低いように感じられた。
――あ!
と内心で驚いた理由は、一体の中型怨人の躯にこれまでとは比にならない風穴が空き大きく仰け反ったからだ。
よくよく見ると、壁上の兵器もいくつかの種類があるようだ。
ほとんど撃っていない大砲があったが、次にそれが稼働した直後に大型怨人に風穴が空いた。どうやら発射の間隔は非常に長いが、その代わり高火力の兵器のようだ。
――けど、あれでも死なないのか……。
風穴の空いた大型の怨人は血飛沫をまき散らしながらなおも猪突猛進を止めない。相手が人間ならば負傷した痛みで足を止める可能性が高い。しかし怨人は、完全に絶命するその瞬間まで前進をやめない。
至誠が怨人の恐ろしさを肌で感じ冷や汗をかいていると、ミグの息を飲む声が聞こえてくる。
『あいつ、どれだけ喰ってるんだ……』
舌打ち混じりにこぼすミグに耳を傾け、何か問題が起こったのだろうか――と至誠が意識を向けると、察したミグが『いや、大丈夫』と弁明する。
『あそこに、バラギアって奴がいるけど、見える?』
ミグは至誠の視線を動かし、城壁の中でも怨人に最も近い一角へ誘導する。
周囲は遠距離による攻撃を敢行しているにも拘わらず、その一角にいる一団だけは何もしていなかった。視力検査では2.0ある至誠だったが、さすがにバラギア個人がどこにいるかは分からず「いえ、さすがに――」と最小の声量で返す。
『その気配がここまで届いたけど、ウチの想定を上回っててね』
息を飲んだ理由を教えてくれる。
「なるほど。『喰ってる』というのは?」
『奴の強さの秘訣は、ある彁依物を喰ってることによるものだと思う。それが思ってたよりも多そう……けど、説明すると長くなるから詳しくは落ち着いてからにするよ。ひとまず、ウチの鬼道の気配に引きつけられて怨人が都市を縦断することはなさそうだね』
中途半端な情報はその先が気になってしまうが、今はミグの判断に従い至誠は詳しく聞きたい欲求を自重した。
それよりも今は、ミグの懸念のひとつが解消されたことを喜ぶべきだろう――と、至誠は意識をそちらに向ける。
怨人は魔法や鬼道の中でも出力が高い者を最優先して狙うという。すなわち、ミグが最高出力者だった場合、怨人が都市を横断する動きを見せる可能性が高かった。しかしバラギアが最高出力者ならば、怨人は最前線に集まってくることになる。
――でもそれってつまり、ミグさんよりも彼の方が強い可能性があるってことだよね……。
と、至誠が別の懸念を抱いている間に状況が動く。
『動き出した』
先ほどまで壁上で何もしていなかった兵士の一団が、一気に動き始める。1人が先陣を切って壁上を飛び出し、滑空するように空中を高速で直進し、他の者たちもそれに追従している。
「先頭にいるのがバラギアですか?」
周囲に聞かれない程度の小声での問いかけに、ミグは肯定する。
バラギアは、怨人の群団の中でもっとも突出している個体に突っ込む。
怨人が開けた巨大な口を寸前で避けると、胴体の脇を滑るように移動し、気がつけば怨人は両側面から大量の血が噴き出す――かと思えば、怨人は勢い余って倒れ込み、至誠が気がついたときには怨人の胴体が真っ二つになった。
そのまま別の怨人へ飛びかかると、こちらもバラギアは手刀で切り刻む。
他の怨人はその場で最も高出力の術式を用いるバラギアをめがけ進路を変える。
それを素手で次々に返り討ちにしながら、怨人を誘導し、仲間が範囲攻撃でまとめて仕留めていく。
その戦い方は、至誠にはやや強引に見えた。
「乱暴な戦い方ですね」
その光景を見ていたヴァルルーツが小言を漏らす。
どうやら、至誠と似たような感情を覚えているようだ。
『対怨人の立ち回りとしては間違ってないよ。最高出力の術者がヘイトを管理し、引きつけている間に周囲が駆除する。このドクトリンは、うまく機能すれば最も被害が抑えられるからね』
レスティア皇国でもよく使う手だと教えてくれつつ、ミグはさらに続ける。
『問題は1人に負担が行き過ぎて、崩れだすと一気に瓦解することだけど……あの様子なら問題はなさそうだね』
実際、バラギアが動いてからの怨人の討伐は一気に加速している。遠距離での攻撃などおまけだと言わんばかりに、怨人を肉塊に変えている。
だが、それは見える範囲での話だ。
場に戦勝ムードが漂い始めていた頃、オドの霧の中から怨人の第二波、その先頭が姿を現し始めた。
さらに100体を超える怨人の追加に、テラスにいた騎士からも息を飲む声が上がる。
その中で騎士団長のベージェスは、冷静にミラティク司祭に進言する。
「出し惜しみをしている余裕はないかと」
「……」
しかしミラティク司祭は答えず、機をうかがっている――その最中にも、さらに事態は動く。
ミラティク司祭の周囲を警戒していた騎士。その1人が最初に異変に気がついた。救難信号が上がったことに。それも現在の戦場である南南西ではない。
西北西の壁上からだ。
その騎士が視線を向けると、ひときわ濃いオドの霧の中から一体の超大型の怨人が飛び出し、城壁に迫りつつあった。
「――救難信号!? せ、西北西より怨人出現! な、なんてデカさだ――ッ!」
真っ先に救難信号に気がついた騎士は、報告の途中で思わず声を震わせる。
その怨人は人の頭部が数珠つなぎになった百足のような形状をしており、主戦場で姿を見せている大型怨人よりも、さらに一回りも二回りも巨大な体躯をしていた。
そんな超巨大怨人は単体で、主戦場とは90度違う方角から、都市の横っ腹めがけて突っ込んできていた。
南方の主戦場とは90度ズレた西からの超大型怨人の急襲に、テラスにいた騎士たちは一応に目を見張る。
主戦場で戦っている主力部隊は超大型怨人の存在はおろか、救難信号にすらまだ気がついていない。伝令を走らせたところで、配置転換よりも先に超大型怨人が壁に到達するのは火を見るより明らかだ。そして精鋭部隊は全て南方に配置している。すなわち西方には練度の劣った部隊しかいない。
「あれって、確か……」
至誠は、その人の頭部が数珠つなぎにしたような百足のような形状の怨人に見覚えがあった。
不浄之地から逃げている最中、序盤に遭遇し終盤まで追いかけてきていた超巨大な個体だ。
そのあまりにも巨大な質量としつこさに、至誠は思わず息を飲み、嫌な汗が額からこぼれ落ちた。