[31]無秩序を貪る咆哮
怨人到達まで、残り15分。作戦開始まで、残り5分。
城塞都市ベギンハイトに聳える三つの壁の高さは、およそ50メートル。半端なサイズの怨人では壁を突破する事は不可能。
さらに、城塞都市は小高い丘の上に広がっているため怨人の駆ける速度は鈍り、かつ壁上からの射線がよく通っている。
そんな壁上に、王国軍兵士の主力部隊が配置についていた。悠々と馬車が通れるほどの分厚い壁だが、軍隊を展開するにはややスペースが少ない。そのため王国軍は小隊から中隊規模で固まって配置についている。
城塞都市では怨人による大規模侵攻を想定し、各部隊の配置は事前に綿密に練られている。一兵卒も大規模侵攻を見越した訓練しており、怨人の到達までに主力部隊の召集および展開が完了し、攻撃術式の準備を急ピッチで進めていた。
魔法や鬼道による攻撃術式は必ずしも一人で行うものではない。むしろよほどの実力者でない限り、高度で大規模な術式は大勢で分担し発動させるのが基本だ。術式の構築や処理を分担することで天才や英傑に匹敵するような強い術式を行使でき、軍部としても少数の強者に依存せずに戦力を増強できるメリットは大きい。故にこの戦術は多くの国で用いられている。
だが術式の分担処理は課題も多い。
特に問題なのが、誰か一人でも術式処理をミスれば不発に終わる点だ。分担を増やすほど1人あたりの負担は減るが、頭数が増えるほど連携の難易度が増大する。
訓練では問題なくとも、実戦では恐怖とプレッシャーからミスする者は少なくない。立て続けに攻撃術式が不発に終われば、部隊内の士気は下がり、空気がひりつき稼働率がさらに下がる。目先の感情からミスを隠蔽しようとする者がいたら最悪だ。実戦においてそれは致命傷になりかねない。
故に、とにかく人数を割いて術式を分担処理させれば良い――というわけではない。
そのため事前に小隊や中隊規模で人員を固定、事前に部隊ごとに特定の術式運用に特化させておき稼働率を上げるというやり方が現代における軍隊の基本運用だ。
それはここロゼス王国でも同じで、壁上にはそれぞれに特化した部隊単位で固まっている。
その多くは遠距離攻撃を主体とした部隊だ。
壁上から怨人を狙い撃ち、撃破する。
だが、そんな中でひときわ異色を放っている白兵戦特化の中隊が存在した。周囲の軍人は国ごとに画一的な武具防具を身につけている中、その隊の軍人だけはそれぞれが好き勝手な装備をしている。
ロゼス王国軍、独立編成666遊撃中隊。ロゼス王国において最強と謳われるその中隊は、ベギンハイト家領主の次男、バラギア・ベギンハイトが設立した直属の部隊である。
彼らは怨人が最短で到達するであろう想定地点、その壁上に陣取っていた。
「全員そろったな。まさか怖くて動けねぇなんて言い出すタマ無しはいねぇだろうな?」
666遊撃中隊体長にして王国軍准将の地位を持つバラギアは、怨人という脅威がせまりくる中、ニヤつきながらそう声を上げた。
「いませんよォ、そんな雑魚は」
「ビビってる奴ァ、兵士じゃなくて男を辞めた方がいいだろうよ、なぁおい」
「ハハッ! 違ぇねぇ!」
バラギアは、周囲にいる別部隊の王国軍兵士に視線をチラつかせながら煽るように声を上げると、周囲の軍人は表情を引きつらせるが部隊内からは笑いが起こる。
「あァ、俺の部下に無能はいない。そうだろう?」
同意を示す雄叫びが壁上に響き渡る。
「例えば、だ。味方の射線に出てくる馬鹿がいたとしたら、お前らはどうする?」
「馬鹿は死ねッ」
「あァその通りだ。足を引っ張る役立たずはどうだ?」
「「無能は死ね!」」
「臆病風に吹かれた奴は?」
「「くたばれッ!!」」
「弱い奴は?」
「「死ねェ!!」」
部下たちの咆哮に、バラギアは腕を広げ、満足げに「あァそうだ」とニヤつきながら言葉を続ける。
「この世は弱肉強食。強い奴以外は等しく無価値だ。――そして、だ。まもなく血湧き肉躍る殺戮ショーがはじまるわけだ。これが愉しみじゃない奴ァいねぇよな?」
再び雄叫びが城壁上に響き渡る。
影で『狂癲部隊』と異名を持つ彼らに対する周囲の反応は様々だ。
彼らが恐ろしく感じる者、ドン引きする者、既に聞き流している者、憐憫の目を向けている者――唯一共通しているのは、だれもその腫れ物部隊に関わろうとしないことだ。触らぬ神に祟りなしとでも言いたげに、視線すら合わせようとしない者も多い。
ロゼス王国における最精鋭部隊にして狂人の巣窟、それが周囲の軍人たちの評価だ。ただ、この場の誰よりも強い。だからこそ横暴な言動が成立している。
その中で唯一、マリスク中将だけがおもむろに近づくと声をかける。
「准将、防衛作戦の一部に変更がある」
「どっちにしても俺らが出て終いだ。何の変更が必要だァ?」
マリスク中将はバラギアよりも階級が上であり、城塞都市ベギンハイトにおいて副司令である。
バラギアが上官に対してタメ口を聞くのは、軍規において階級が下だろうが家柄の格や政治的権力、なにより戦闘力において自分の方が上だとバラギアが自負しているからだ。
事実、バラギアに対して口調を直すよう指摘できる上官はすでに国内にいない。すでに全員引退したか、不運な事故にあったか、あるいは何かしらの名目で左遷されている。
「ラザネラ教会の第3騎士団がこちらに向けて移動中だ。貴様らが白兵戦において一番槍であることに変更はない。だが当初よりも奥地で戦ってもらうことになる。騎士団は、万が一貴様らが怨人を打ち漏らした場合に備えて壁の外側に陣取るからだ。無論、自ら騎士団に指揮下に入りたいと望むならば仲良く共闘することだ」
「はッ、あんな無能どもの下につくとかどんな拷問だ? 誤射する価値すらない」
口汚く罵るバラギアに賛同するかのように、彼の部下たちも嘲笑したりブーイングを投げつけたりしている。
だがマリスク中将は一切無視し背を向ける。
「ならば計画変更に問題はないな。怖ければ、当初の予定地点でも構わないが」
バラギアは「ハッ」と鼻で笑いながら、小馬鹿にしたような口調で「まァ、今はそういうことにしといてやるよ」と答え、暗にさっさと消えろと告げる。
だがマリスク中将は立ち止まると「それと、もうひとつ――」と言葉を続けた。
「我々の攻撃開始より前に一度だけ長距離支援攻撃が実行される。貴様らの出撃タイミングに変更はない。以上だ」
「――あ? 長距離支援攻撃、だと? どこからだ?」
「教会堂からだ。詳細は私もまだ聞き及んでいない。だがミラティク司祭様直々の指揮とのこと。信頼に値する」
「はッ、あの背教者のどこが信用できると?」
「……。術式の出力は不明だが、場合によっては怨人が貴様らを無視し一目散に教会に突撃する可能性がある。留意しておくように」
マリスク中将は挑発を無視し必要最低限の連絡を済ませるとすぐに踵を返し司令本部へ戻っていった。
雑魚が――と侮蔑しながら、バラギアは教会へ視線を向ける。
山を切り崩して作られたベギンハイト都市はラザネラ教会は頂上付近にあって、城壁の上からよく見える。
バラギアは鬼道で視力を強化しつつ観察すると、屋上の一角にミラティク司祭がいることに気が付いた。護衛の騎士の中にベージェスの姿もある。
「鬱陶しいクソ親父も王都に行ってるし、木偶の坊があそこにいるってことは今俺を止められる可能性のある奴はいねぇってことか。――ハッ! こいつァいいねェ」
バラギアは口角をつり上げながら策謀を巡らせる。
「……あァ?」
だがその途中で鬼道による大規模な出力を察知する。
周囲には防衛に向けて術式を構築する部隊であふれていて気付かなかったが、よくよく意識を向けてみると鬱陶しい気配を垂れ流している。それは、一度気が付けば否応でも意識の端にチラつくほどの出力だ
それを発動しているのがミラティク司祭ではなく、男――侵入者のクソガキであるに気が付き、癪に障る。
――示威のつもりか?
だが事実、通常ならば大隊規模、あるいはそれ以上の人員を割いて発動させる規模の術式を、一人で行おうとしているようだ。
バラギアが感じ取れる気配から察する限り、術式の展開も処理も収束も早い。英傑級の力を持っていると評価するのが妥当だろう。
――あいつの女を解放したのは失敗だったか。まぁいい。計画に支障が出るよりはマシだ。女はまた奪えばいい。うまく行ってれば今ごろ攫えているはずだしな。
「それに、最近は市販奴隷ばかりだったからなァ、たまには寝取った女ってのもいいものだ。なら男の方も殺さずに取っておかねぇとな。愛する男を前に陵辱されるのも、愛する男を殺させるのもいい。自分が殺した男と絡ませて、食わせて、吐かせてから再び食わせる。――あァ、実にそそられるなァ」
その間にも怨人は迫りつつあったが、バラギアは簒奪する計画と沸き出る欲望ことで頭が埋め尽くされていた。
*
怨人到達まで、残り11分。作戦開始まで、残り1分。
訓練通り、すでに部隊の展開が完了し、公的術式の発動準備まで整っている。すなわち、迎撃作戦の準備が整う。
練度の低い部隊では召集に際して混乱が発生したところもあったが、全体からみれば充分に許容できる範囲だ。少なくとも、怨人の到達予想時刻から逆算して立案された作戦の開始、その開始時刻には間に合ったのだから上出来だろう。
だが、ベテランのはずの軍人の表情でさえ――ごく一部の狂人を除き――誰も彼も曇っている。
都市へ近づく怨人の討伐作戦に参加したことのある軍人は比較的多い。だがその多くは中型以下の単体ないし少数が壁に近づいてきた際の討伐任務ばかりだった。
ここ数十年で百体を超えるような大規模な襲来は発生しておらず、大型怨人に至っては直接見るのははじめての者が大半だ。
多くの兵士が恐慌の手前で必死に踏ん張っていた。恐慌状態に陥らないでいるのは、日ごろの訓練の賜だろう。
「おい……。あれ――」
ある兵士が怨人に背を向けてそうこぼす。
それは自分たちが守るべき都市、その山頂にある教会堂を差していた。
周囲の兵士もつられて振り返ると、まぶしさで目を細める。目がくらむほどではなかったが、真っ白な光が照っている。
「よそ見をするな!」
それを制したのは上官だ。
「まもなく作戦開始時刻だ! 今は目の前のことに集中しろ!」
そう部隊内を巡り、まるで自分に言い聞かせるように檄を飛ばしてまわる。
綻びかけた緊張の糸が再び張り詰めた。
怨人到達まで、残り10分――直後、閃光は瞬き、空気を切り裂きながら放たれた。
*
教会堂のテラスから放たれた閃光。それはベギンハイト城壁のはるか上空を過ぎると、怨人をなぎ払うように横一閃に貫く。
直後、火山の噴火を思わせるほどの巨大な爆発が発生した。
巻き込まれた怨人は血肉をまき散らし爆散し、残った部位が炎上している。周囲のオドは吹き飛び、不浄の地の白い地面は溶解している。
前列の怨人は吹き飛んだが、後方の怨人は構わず進み続ける。しかし次々と地面に足を取られている。溶解した地面はまるで溶岩のごとく滾っているためだ。
特に小型の怨人は軒並み溶解した地面に沈み、そのままのたうち回りながら焼けただれ沈んでいく。中型の怨人はその巨体を生かして溶解地帯を乗り越えるが、それでも足は焼けただれ速度を大幅に削っていた。
しかし、直撃を免れ、かつわずかでも浮遊している個体は溶岩の影響を受けることなく猪突猛進を続ける。大型怨人にいたっては溶解地帯をゆうゆうと乗り越える個体もいた。
それでも――目視できる範囲では――半数近くの怨人が爆散したように見える。その光景は兵士達が歓声をあげるのに充分なものだった。
666遊撃中隊を除いて。
彼らにとっては目の前で玩具が取り上げられたように感じられ面白くない。
……しかし。
大爆発によってオドの霧が吹き飛び視界が広がると、まだ無傷の怨人が100体以上いることが確認される。
歓喜に沸く王国軍兵士たちをあざ笑うかのように姿を見せた怨人に、666遊撃中隊の面々は笑みを取り戻した。




