[30]秩序を司る咆哮
外で発せられるけたたましい警報音が室内まで響き渡る。
と同時に駆け込んできた騎士が大声を上げ、至誠やミラティク司祭に情報を伝える。
「報告! 南南西より怨人が多数接近中! オドの霧により全容は不明ながら、推定個体数は100体以上! 城壁到達までの予想時間は、およそ45分ですッ!!!」
騎士の報告を受けてミラティク司祭はすぐに声を上げる。
「ベージェス。大至急、現存戦力にて部隊を編成。対怨人武装の上、教会正面広場にて待機」
「了解」
ベージェスは司祭の護衛に6人の騎士を残すと、ものすごい加速を見せ部屋を出て行った。その速度は至誠の動体視力では追い切れないほどだった。
あんな大柄な体でそんな動きができるのか――と、至誠が内心で驚愕を抱いていると、ミラティク司祭は「さて」と至誠の方を向く。
「どうやら怨人の大規模な襲来が発生したようです。現状では関連性を示す証拠は何もありませんが、これは貴殿らを追って来た怨人だと言う者もいるでしょう」
昨晩のミグも同じようなことを言っていたと至誠は思い出していると、同じタイミングで『まぁ、実際そうだろうね』とミグが苦々しくつぶやく。
「そこで提案なのですが、怨人という共通の脅威から世界を守るためにも、ぜひ皆様にもご協力いただきたいと考えています」
要は責任追及にかこつけた戦力の取り込みだ。
――あるいは口封じの絶好の機会かもしれない。
『代わるよ。戦闘に関してはウチが直接答えた方がいい』
ミグの提案に内心で承諾すると、すぐに至誠の口が動く。
「『それは、我々に前線に立てということでしょうか?』」
「前線ではありません。対怨人の都市防衛では、まず始めに遠距離の攻撃を用い、ある程度の数を減らします。その最初の一撃をお願いしたいのです」
理由は三つ――とミラティク司祭は説明を続ける。
「レスティア皇国の関係者であり高度な技術を持つ貴殿ならば『強大な攻撃術式を有しているであろう』と期待しているのが一点。とはいえ、場当たり的な連携はむしろほころびを生みかねない。故にあなた方の攻撃は独立した行動である必要がある、というのが一点。そして、危機的状況において積極的な支援をいただければ、今後、皆様の擁護もやりやすくなる――この三点です」
至誠にはどれも腑に落ちる。
個人の強さが軍事力に影響を与える世界で、世界有数の軍事大国に属した実力者が目の前にいれば、至誠だって司祭の立場なら要請したいと思うだろう。国家間の戦争や紛争なら別だが、今回は怨人という世界共通の脅威が相手なのだから。
――だけどもちろん、それだけではないはずだ。
怨人の脅威という建前の裏に、どのような政治的思惑が潜んでいるか、現状の至誠たちには計り知れない。
「『こちらとしても、都市が怨人の波にのまれることは望みません。いくつかの条件がそろうならば助力することができるでしょう』」
「伺いましょう」
「『選択肢として、鬼道を用いた大規模な遠距離攻撃が可能です。発動地点は教会周辺が望ましいでしょう。これは、準備に半時ほど要するため、移動に時間が惜しいためです。不浄之地まで射線の通っている場所はありますか?』」
「教会堂の屋上にテラスがあります。そこからならば、障害物はありません」
ミグは至誠の体で頷きつつ、次の条件を告げる。
「『それから、非常時ですがスティアさんの体をお返し出来ません。これは術式構築において必要だからです』」
「それで構いません。元より現状では、スティアを前線に出すつもりはありません」
ミグは遠距離攻撃に必要な条件を整えると、最後に――と再び口を開く。
「『都市の防衛戦力如何によっては、術式気配に誘導され、怨人が一直線に市街地を横断する可能性があります。結果、そちらの対怨人戦術に支障をきたす可能性があります」
怨人は生物を襲う性質がある。植物より虫を、虫よりも動物を、動物よりも人を。そして最も優先して襲うのは、魔法や鬼道の出力が大きい人物だ。
ミグの攻撃が最大出力を誇っていた場合、怨人は防衛部隊を無視して一直線に都市の中心部――教会堂めがけて驀進し続ける可能性がある。
「それらのリスクと天秤にかけた上で必要であれば、協力させていただきます』」
「承知しました。その点、こちらで責任をもって周知しておきましょう」
至誠はすり合わせにもう少し時間がかかるかと思っていたが、とんとん拍子に話が進み、ミグが都市防衛に力を貸すこととなった。
そして、時間も差し迫っていることもあり、一行はすぐに部屋を出て移動しはじめる。
*
ミラティク司祭が早足で部屋を出て廊下を歩く。
直接、屋上テラスに向かう訳ではないようだ。
移動の途中で何人かの聖職者と合流したり、いくつかの命令を伝えて別れたりを繰り返す。
それを傍目に見つつミラティク司祭についていくと、少しして教会正面にある広場に出た。
そこには多くの騎士が武装を整え、整列を済ませていた。
彼らは先ほどとは違う装備を身につけている。いずれも大型で、至誠には大型モンスターをハントするようなゲームに出てくるような代物に見えた。
特に目を引くのはベージェスだろう。2メートル近くありそうな体格をさらに超える長槍――いや、円錐状の武器はランスと表現するべきだろうか。
ただし、中世ヨーロッパで用いられていたような馬上で使う長細いランスとは少し違う。全体的に太く柄も長く、複雑な紋様が彫り込まれたそれは、魔法的な要素も含まれているような印象を受ける。
そんな巨大ランスを片手で持ち、もう片方の腕にはベージェスの巨体をカバーできるほどの巨大な盾があった。曲線美を有する形状と美しい紋章が特徴的だ。
至誠にはそれが、漫画やゲームに登場する聖騎士のように思えた。
「お手数ですが、こちらで少々お待ちください」
騎士たちの装備に目を奪われていた至誠に、ミラティク司祭がそう断りを入れ、1人で騎士たちの前へ歩いていった。
至誠とヴァルルーツ、そして途中で合流したシルグ司祭補佐や他の聖職者が足を止め、ミラティク司祭の背中を目で追う。
ミラティク司祭が整列した騎士たちの前で立ち止まった直後、騎士が一斉に敬礼する。ミラティク司祭が軽く手を上げると、始めにベージェスが敬礼を解き、一呼吸置いて他の騎士たちが一斉に敬礼を解く。
そして、ゆっくりと落ち着いた口調ながら、覇気のこもった声音でミラティク司祭が口を開く。
「諸君、未曾有の危機が迫っています」
張り詰めた沈黙を破りミラティク司祭が口を開くと、騎士の表情にいっそう濃い緊張が走る。
「100体をゆうに超える怨人がベギンハイトに接近中であり、到達予想時刻まで残り40分ほどです。数もさることながら、これまでに経験したことのないような強大な個体が含まれている可能性があります」
ミラティク司祭は一度言葉を止めて騎士たちを見渡す。真剣に聞く者、奮起を目に宿らせている者、勇み立つ者――騎士の間にさまざまな表情が移ろっている。
中には、あきらかに緊張している者や、不安が表情に影を落としている者がちらほらと見受けられる。それは素人の至誠から見ても分かるほどで、よく見ると至誠と年端はそれほど変わらない若年層が多い。
逆に力強く凜と引き締まった表情で傾聴しているのはやや年上、熟練の騎士たちで、騎士と言っても練度や意識にバラツキがあるようだ。
そんな彼らを前に、ミラティク司祭は人の注目を惹き付ける絶妙な間を経て「で、あればこそ!」と声を上げる。
「未曾有の有事にこそ、騎士の真価が問われよう!」
ミラティク司祭の口調が変わった。丁寧な言葉から、鋭く、力強い声音に。そして場の空気をピリッとした緊張感で統一する。
「汝らは騎士である。汝らこそが騎士である。そして騎士は、無辜の民の矛であり盾でなければならない!」
ミラティク司祭は徐々に声を張り上げ、騎士に語りかける。
「問おう! 諸君らの中に、守るべき者を前に、命を投げ打つ覚悟のない者はいるか?」
「そのような軟弱者はおりませんッ!」
真っ先にそう答えたのは団長であるベージェスだ。彼がそう断言すると、顔の曇っていた騎士の一部が表情を引き締める。
「そうだとも」
ミラティク司祭は再び穏やかな口調で肯定し、騎士を見渡す。そして「しかし――」と言葉を続ける。
「中には実戦経験の少ない者もいよう。心の奥では震え、恐怖し萎縮している者もいよう」
その言葉に、わずかに視線を落とす者がいた。それは全体からしてみれば少数だったが、整然と並んだ騎士の中では目立って見えた。
そんな彼らをミラティク司祭は一人ずつ視線を向け、明瞭な声で語りかける。
「今抱いている恐怖や不安は、決して恥ずべきことではありません。怖いものは怖い。当然の感情です。ですが――なればこそ分かるはずです。今、君たちの感じている恐怖、不安、焦燥、それを誰より強く感じているのは無辜の民だということを!」
俯きそうになっていた若い騎士の視線が上がる。
それを見て、ミラティク司祭は再び声を張り上げ、人心を引き付ける力強い声音で一同に問いかける。
「騎士よ! 危機が迫っています。脅威が差し迫っています! 人々の安息を守護する者よ! 世の安寧を司る者よ! 汝らの中に、助けを求める声を前にし、それでもなお震え、動けぬ者はいようか?」
声を上げたのはベージェスだけではなかった。
「「おりません!!」」
「恐怖に立ち向かえぬ者はいようか?」
「「「「おりませんッ!!」」」」
重なる言葉が厚みを増し、短い言葉のやり取りで場が急速に熱気を帯び始める。
「騎士よ。騎士たる者よ! 問おう! 諸君らは天より安寧が舞い降りるのを座して待つべきか?」
「「「否ッ!」」」
熱量を帯びた騎士の声は、全ての騎士を鼓舞する。声を上げている中心はベテランの騎士だろう。その熱意が、熱量が、若い層へも伝播していく。
「世の安寧とは、人々の安息とは、天より与えられるものではない! 我々が目指すべき境地であり、その道を、先陣をきって切り開くことこそ、騎士たる者の使命である!」
「「「「応ッ!」」」」
ミラティク司祭の声がさらに声を張り上げる。
「安寧を、安息を、平穏を、平和を、日常を――家族を、親を、子を、友人を、恋人を――諸君らが守れ! その手で、守りきれ!」
「「「「応ッ!!」」」」
「騎士に殉じよ!!」
「「「「応ッ!!!」」」」
種族や性差の隔たりなく一丸となった咆哮が空気を震わせる。
そんな騎士全員に目を配り、ミラティクは「よろしい」と再び落ち着いた語調で言葉を続ける。
「ルグキス」
「ハッ!」
「第二、第三の騎士を率い、ロゼス王国軍と協力し怨人を討伐せよ」
「了解ッ!」
「幸い、こちらの手数は増えました。協力者の手を借りて、はじめに教会より遠距離攻撃を行います。王国軍はいずれかのタイミングで666部隊を前に出すでしょう。ルグキスはその後方にて討ちもらした個体の掃討にあたるように。――王国軍の全体指揮は現在マリスク中将が執っているはずです。子細は早急に合流後、すり合わせを行いなさい」
「ハッ!」
「第一騎士団の一部は聖職者の護衛を継続、第四騎士団はその指揮下に入り補佐しなさい。ベージェスとその他の第一騎士団は後詰めとして待機。私についてくるように」
「承知しました」
ミラティク司祭はその他にも細かい指示をいくつか出し、全体の意識を再度集めると、再び絶妙な間を空け締めの言葉を続ける。
「騎士よ! 安寧を司る者よ! 行動を開始せよ!」
その声に騎士が一斉に敬礼で返す。
一糸乱れぬその様は端から見ていても壮観で、指揮と練度の高さを察するに余り有った。
直後、命令を受けた騎士たちはそれぞれの任務に準じて動き始める。
そしてミラティク司祭はベージェスと部下の騎士たちを連れて至誠の前にまで戻ってきて、まず声をかけたのは隣にいた司祭補佐のシルグだった。
「シルグ――訓練通り、鉄道避難での指揮を」
「承知いたしました」
シルグは、他の聖職者とわずかな護衛の騎士と共にその場を後にした。
その後ミラティク司祭はこちらを向き直す。
「シセイ様、ヴァルルーツ様、お待たせして申し訳ありません」
「お気づかいありがとうございます。ですが事は一刻を争います。先に移動いたしましょう」
ヴァルルーツが言葉を返すととミラティク司祭は頷き足早に歩きはじめる。
移動の最中に、ミラティク司祭はヴァルルーツへ問いかける。
「お体の方は問題はありませんか?」
「私の心配でしたら無用です」
ヴァルルーツは先ほどまで拘束されていたことをものともしない様子で返す。それを頭の先から爪先まで視線を移し、ミラティク司祭は頷く。
そしてミラティク司祭は堂内を駆ける。その姿に老いはほとんど感じられない。その後ろを至誠やヴァルルーツが追い、さらに後ろに騎士たちがついてきている。
何名かはすでに先に屋上へ向かったらしく、ベージェスの姿は周囲にない。
廊下を渡り、階段を上り着いたのは、ルーフテラス、あるいは展望台のようになっている場所だった。見上げれば教会はまだまだ天高く建築されているが、人が外に出られる場所としては一番高い位置にあるのが分かる。
その屋上は広範囲にわたって不浄の地を目視できるようになっていて、有事において物見櫓のような役割を果たすのだろうと至誠は理解する。
事実、すでにベージェスをはじめとする数名の騎士は屋上に出ていて、地平線に視線を向けていた。
『立地的には……うん、大丈夫そうだね』
ベギンハイトには大きな壁が三つあり、外郭の向こう側が不浄の地だ。
不浄の地は相変わらず石灰のように白い砂漠が広がっているが、途中からオドが霧状に分布し、あまり遠くまで見ることはできない。しかし目をこらしてみると遠景に土埃を上げながら迫るバケモノの集団があった。
『あれは……やっぱり、ウチらを追ってた個体っぽいね』
ミグは脳裏で至誠とヴァルルーツに告げる。
至誠は、完全に自分たちのせいだと――自覚するが、今は謝罪する状況ではない。今必要なのは、一体でも多くの怨人から都市を守ることであり、そのために必要な攻撃はミグが行う。
すなわち今ここで至誠が取るべき行動は、ミグの邪魔をしないことだ。この場において、他にできることは何もない。
「『では我々は術式の準備に入ります。準備が整うまでおよそ30分をみていますが、臨機応変に対応しますので、攻撃のタイミングはそちらで判断して下さい』」
「承知しました。よろしくお願いします」
ミラティク司祭が笑みを浮かべながら承諾する。
その表情には余裕が垣間見えるが、それが上に立つ者の責務故だろうと至誠は感じる。
――非常事態にこそ、上に立つ人間は不安を表に出すわけにはいかない。道筋と希望を見せねば、恐怖の伝播した集団は簡単に瓦解するのだから。
と、至誠は共感するが、それがどこで得た感覚なのか釈然としなかった。まるで以前に自分も経験したことがあるかのような既視感を覚える。
その間にもミグが至誠とスティアの体を動かして屋上を少し歩き、ミラティク司祭と距離を取る。と同時に脳裏でヴァルルーツに呼びかける。
『ラザネラ教会との話はついてるけど、全幅の信頼を築いたとは言い難い。ヴァルルーツ王子は、万が一、混乱に乗じて不意を突いてくる騎士がいないか、警戒に当たって欲しい。頼める?』
ヴァルルーツはベージェスの方を一瞥し、「もちろんです」と小声で肯定する。
『最初の一手さえ防げば、あとはウチの方で何とかする。頼んだよ』
そう言ってミグは至誠とスティアの体を向かい合わせに立たせる。スティアの方が騎士に近く、至誠は最も距離が遠く、かつ騎士たちを視界に収められる位置に。
『少し術式の構築に集中するね。至誠は何も出来なくて退屈かもしれないけど、少し我慢してもらえると助かるよ』
ミグの配慮に、大丈夫です――と内心で答える。
その心理を読み取ったようで、ミグは術式の発動準備に取りかかる。
至誠の体は右腕を差し出すように前へ。手のひらを上にする。
次にスティアの体も同様に腕を前に出し、双方の手のひらが重ね合わせるように近づくが、触れる事はなく、その空間に光と熱が帯びてくる。熱くはない。使い捨てカイロを握りしめた時くらいの温かさだ。
少しして、手の甲や、周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。光量は小さいが、複雑な紋様をした魔法陣らしきものは、空中で淡く光をこぼしながら増えたり減ったりしている。
――いや、鬼道だと鬼道陣かな?
一瞬、100体もの怨人に対して通用する攻撃方法があるのならなぜ昨晩使わなかったのだろうか――と疑問が脳裏を過った。
だが冷静に考えれば、あの時は30分も準備に集中する暇はなく、飛行やテサロの治療など、並行して行わなければならないことが山積していたのだから出来なかったのだろうと理解する。
などと至誠が時間を持て余している間に、手のひらの中心に小さな光の球が現れる。それは周囲の術式から漏れ出る光を吸い込み始め、時間と共に光量を増やしていった。
怨人が都市外縁部へ到達するまで、残り15分――。




