[29]波状攻撃による面制圧
襲撃者による奇襲攻撃。それを回避したロロベニカだったが、結果として護送車への車線が通り、その隙を突いて襲撃者が無数のナイフを放った。
目標は護衛対象の乗る護送車。
ロロベニカは剣を振るい、いくつかのナイフをはじき落とす。しかし何本かのナイフはロロベニカの横を通過してしまう。
その様子に、後方で臨戦態勢のまま待機していた他の騎士たちがカバーに入る。
と同時、襲撃者は片手にナイフを補充すると、さらに追撃を加える。
「――ッ!」
しかも第二波のナイフの速度は、先ほどよりもかなり速い。緩急をつけることで、騎士側の判断を誤らせることを目的としているようだ。
「ガッ――」
「――ッ!」
ロロベニカはその攻撃にも対応できたが、後方で3人の部下が死傷する。1人は頭部を貫かれ即死。1人は首をかすめ血を流し始め、もう1人は鎧を砕かれ肩から血を流している。
だが今は、死傷者に構ってはいられない。
ロロベニカは間合いを詰め、一気に襲撃者を両断するべく剣を振るう。
しかし再び回避され、襲撃者は大きく後ろに飛びのく。
直後、襲撃者はロロベニカに向けて複数のナイフを投擲した。今度はロロベニカのみに標的を合わせた軌道だ。
ロロベニカはそれらを剣で弾き、全ていなす。
襲撃者はその間に納刀すると、空いた両手にありったけのナイフを持ち、それをばら撒くように投げつけた。
間髪を入れず、襲撃者は高く跳躍し、さらに追加で無数のナイフを投擲した。
隠し持っているナイフはまだまだあるようで、建物の側面を蹴りさらに高く跳躍しつつ両手いっぱいにナイフを持つ。そしてロロベニカ一行の直上から一気にナイフを投げ、そして再び両手のナイフを補充し投げる。投げる。繰り返し投げつける。
今度はロロベニカだけではない。襲撃者の素早さを生かしたナイフによる波状攻撃は、全ての騎士を狙いつつ、無造作な軌道を混ぜることで撹乱も行っている。
だが護送車は狙われていない様子だ。
――護衛を排してからの拉致が目的か。
ロロベニカが相手の目的をそう理解している間に、騎士たちはナイフに対応するべく動く。防御に徹する者、剣で弾く者、回避する者――その中でロロベニカは剣を納刀し、回避に専念した。
ロロベニカは全てのナイフの軌跡を把握。最小限の動きでナイフを避ける。
同時に、鞘に仕込んでおいた術式を展開した。
襲撃者はロロベニカの反撃を感知し、魔法を用いて空中で制動を試みる。
が、ロロベニカの方が速く抜刀し、剣を振るった。
空中にいる襲撃者めがけて振り抜かれた刀身そのものは全く届いていない。だが剣先から放たれた魔法による斬撃が、襲撃者へと向かう。
「――クッ!!」
襲撃者は無理やり体をひねってそれを回避すると罵声を口にする。
「クソが、危ねぇなァ――」
だが言葉は長く続かない。
襲撃者の脳が、少し遅れて到達した痛覚を認識する。痛みの元である足へ視線を向けると、両足が太ももで両断されていた。
「――ッ!」
襲撃者は仮面の下で顔を歪ませていたが、再度ロロベニカの魔法を察知し、視線を戻す。
急いで回避を試みる。
しかし、時すでに遅かった。
ロロベニカは既に納刀しており、鞘に仕込んだ魔法の展開が再度完了していた。
そして。
放たれた一閃は襲撃者の体を縦に両断した。
*
ロロベニカは襲撃者への執行を確認し、他に伏兵がいないか周囲への警戒を厳とする。
しかしそれ以上の追撃はなく、伏兵も見つからない。
「被害は?」
ロロベニカは索敵術式と警戒感を保ったまま護送車に近づくと、近くの部下に被害状況を問いかける。
「3名死亡、7名負傷」
部下はそう告げながら、護送車の中を確認する。
車内に攻撃は届いていない。護衛対象は無事だ。
だが周囲を見れば死亡が3名。最初にロロベニカの索敵から消えた騎士と、扉から入ってきた際に刺殺された騎士、そして投擲に対応できなかった一人だ。
護衛対象は無事だが問題は山積している。
騎士の中から想定以上の死傷者が出てしまった。現状、無傷の騎士はロロベニカを含めて残り6名しかいない。
「副団長……馬と騎獣は、全滅です」
死傷者以外にも深刻な点はは、移動の足が奪われたことだ。
襲撃者によるナイフの波状攻撃。それは騎士だけでなく、護送車を引いていた馬にも騎士が乗る騎獣にも降り注ぎ、周囲に取り残された御者の牽引をしていた馬も例外ではない。
襲撃者は徹頭徹尾、リッチェを生きたまま攫うことを目的としていたのが窺える。実際、ロロベニカが負けていれば部隊は全滅、護衛対象は連れ去られていたのは間違いない。それほど、襲撃者の練度は高かった。
問題は、襲撃がこれで終わりかどうかという点だ。
――まずは大通りにまで出るべきか。幸い、外郭の壁が近い。王国軍に馬を借りて足を確保する。その後はひたすら教会を目指すのが定石だろう。だが……。
さらなる襲撃者の気配は今のところしない。が、伏兵がいない証左ではない。こちらの動きを把握していた場合、定石は手が読まれ先回りされる可能性がある。
「――!」
思案の最中に、数人分の気配が近づいてくるのをロロベニカの魔法が探知する。ロロベニカが警戒し剣を抜くと、周囲の部下たちも同調し警戒を強める。
直後に現れたのは、ロゼス王国軍の兵士だった。
馬に乗った壮年の隊長と、若い12名の歩兵からなる小隊だ。
「こ、これは……。騎士ロロベニカ様!? い、いったい何があったのですか?」
現れたのは王国軍の小隊のようで、小隊長はロロベニカのことを知っている雰囲気と、状況に困惑する様子を見せる。
彼らの練度はまだ低い。小隊長を除き、新兵をようやく卒業したような兵士ばかりだ。そのため彼らは怨人襲来に際し、戦闘ではなく住民の避難誘導の任に就いている部隊だろう――とロロベニカは理解する。
「護送任務中に襲撃を受けた。すまないが、負傷者の手当を頼む」
ロロベニカは兵士にそう告げると、小隊の一人が衛生兵を呼びに行こうとする。
しかしロロベニカは呼び止め、小隊長に向けて言葉を続ける。
「緊急事態だ、その馬を借り受けたい」
小隊長の男は状況に困惑したような表情のままだが、それでも都市でも有数の騎士が「緊急事態だ」というのを信じ、馬から下りて「どうぞ、こちらを――」と手綱を差し出した。
ロロベニカは手綱を受け取ると、そのまま部下の1人に渡して命令する。
「駐屯所から衛生兵を。それと、馬が6頭必要だ」
「了解」
と、騎士の1人は命令を受け、馬に乗り最寄りの駐屯所に向かって走って行った。戦力の分散はできるだけ避けるべきだが、足がない方が問題だとロロベニカは判断した。
馬の到着を待つ間、負傷した騎士の中で最も軽傷の者の名を呼ぶ。
「今は任務の遂行が最優先となる」
「大丈夫です、自分もまだ、動けます……っ!」
そう言って部下は強がった笑顔を見せるが、ロロベニカは彼の気持ちだけを受け取る。
「ダメだ。任務に支障があると判断する。故に、現時刻をもって護送の任を解く。代わりに、王国軍から治療を受けたのち他の負傷者と共に教会へ帰還せよ。騎士の遺体と襲撃者の死体の収容も忘れるな。それが新しい任務だ。帰投のタイミングは怨人襲来の状況を鑑み、適宜現場で判断しろ」
そう託された騎士は悔しそうな表情を浮かべる。
しかし一呼吸置くと「了解」と力強く頷いた。
*
ロロベニカは改めて周囲を見渡す。
先ほどの戦闘を受け、さらに他の王国軍兵士も現場にやってきた。
その中に、バラギアの手先がいないとも限らない。
直接与していなくとも、脅迫や借金苦で服従する者は少なくない。特に金融業はバラギアの主要な収入源のひとつだ。借金を返せなくなった債務者が使い捨ての駒となるケースは非常に多い。
「小隊長――」
そんな中、王国軍兵士の会話が耳につく。
「作戦開始まで、残り10分を切っています」
「分かった」
そんな会話の後、その場で最も階級の高い隊長が現場をとりまとめる。手持ち無沙汰となった兵士は住民の避難誘導に向かうように命令を発していた。
そんな折、馬を取りに行かせていた騎士が戻ってくる。
部下は2頭の馬を伴走させ、その後方には馬に乗った3人の衛生兵がいた。
彼らが現場に到着すると、ロロベニカはそのまま6頭とも馬を借り受ける。そしてすぐにリッチェを護送車から降ろすと、ムニファスと共に中央の馬に乗せた。
「私が先頭を走る。ムニファスは護衛対象と騎乗せよ。それ以外の者は横と後ろだ」
ロロベニカは索敵術式を維持しながら騎乗し、そう命令を発する。
リッチェの乗る馬を5人の騎士で護衛し移動する。ロロベニカが先頭で、左右に1人ずつ、後方に2人という円陣だ。
そして迅速に騎乗し陣形を整えた騎士たちは、一路、教会を目指して走り始める。
――大規模な怨人の襲来……防衛作戦開始まで残り10分……これ以上はバラギアの刺客はいないとも限らない。
もう襲撃者がいない――というのは希望的観測だとロロベニカは重々承知している。
現在、対怨人の戦闘準備のため、いたるところで魔法・鬼道の気配が入り乱れている。これでは伏兵が気配を隠すことは容易だ。
――逆に言えば、バラギアの手先もこちらを見失えば再度捕捉するのはままならないはずだ。ならば、遠回りになってでも尾行を撒くルートを選ぶべきだな。
そう思慮を巡らせながら、ロロベニカは居るともしれない尾行に警戒しながら馬を走らせた。




