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[21]調停者

 ――ガチャり。


 張り詰めた空気が、そんな物音で動く。

 誰かが扉を開けて入ってきた。バラギアたちが入ってきた扉とは別の扉だ。


「全員、そこまで」


 部屋に入ってきた人物は場に相応しくない柔和(にゅうわ)な口調で告げる。


「バラギア、出立(しゅったつ)は明日でしょう。教皇(きょうこう)様のご厚意(こうい)無碍(むげ)にするつもりですか?」


 そう言葉と続けるのは獣人で、その頭部がフクロウの特徴が色濃い人物だ。声音から年を()した男性と推測(すいそく)できるが、至誠には人間の比率の少ない種族の年齢を推察するのは難しい。


「チッ」


 だが、この場を(いさ)めることのできる人物なのだろうと理解できた。少なくともバラギアは敵意よりも(いら)()ちの顔色が濃いが、口は舌打ちをした程度で済ませている。


「いけません司祭様! このような場に――」


 ある聖職者がそう声を上げたことで、彼が司祭であり、ここの教会において最も地位を持っている人物なのだと理解する。


「バラギア、よく考えて選びなさい。我々は背教者(はいきょうしゃ)容赦(ようしゃ)はしない」


 司祭がバラギアに再度言及すると、今度は「あァ?」と不快感(ふかいかん)を前面出した反論を口にする。


「俺が背教者だと? いいや違うな。この国には俺ほど敬虔(けいけん)教徒(きようと)はそうはいない。なぜならラザネラ教の最重要思想たる『安寧(あんねい)』に対し、この国で最も貢献(こうけん)しているからだ。凡愚(ぼんぐ)な王国軍を立て直し、()くっていた犯罪組織を一掃(いっそう)し、この国において俺以上に安寧へ貢献(こうけん)している奴がいるか? いないだろォ? ――昨晩もそうだ。誰よりも早く怨人(えんじん)と戦い、誰よりも早く侵入者の危険性を(かんが)捕縛(ほばく)した」


 バラギアは騎士団を見渡しながら見下し言葉を続ける。


「それなのにお前たちはどうだ。昨晩は信徒を護れたか? 俺がいなかったらさらにどれだけの信徒が死んでいた? 今回のようなことが過去に何度あった? 国民を護るのは国の役目だが、信徒を護るのはお前ら教会の役目でもあるはずだ。にも(かか)わらず、だ。ここの騎士どもの(てい)たらくはどういうことだ? どれだけお前らの尻拭(しりぬぐ)いをしてやっていると思ってやがる。教皇様が俺を評価したのはひとえにお前たちが無能だからだろうがッ! お前たちが優秀であれば俺が功績(こうせき)を挙げる口実(こうじつ)なんてなかったんだ。そこんとこ分かってんのかァ?」


 バラギアはベージェスの前から離れ、功績を誇示(こじ)するかのように司祭に近づく。


「故に、お前らは根本的に間違っている。昨晩の俺の功績を(たた)えるどころか、教会が手柄(てがら)を奪い独占(どくせん)(もく)()むなんてぇのはな、それこそラザネラ教の教典(きようてん)にすら反した背教行為ではないのか? で、都合が悪くなった相手は全て、一切合切(いっさいがっさい)十把一絡(じっぱひとから)げに背教者か? それが神に(つか)える聖職者の、かくあるべき姿かよ。なァ?」


 それは部外者である至誠から見ても明らかな挑発(ちょうはつ)だった。


 だが司祭はまるで意に介さず答える。むしろその口調は柔和に崩れてすらいた。


「『教会による手柄の独占』などといういわれない背教は存在しないとも。こたびの一件、功績の大半はバラギア・ベギンハイト個人にあると言えるでしょう。貴殿がいなければ事態はさらに深刻と化していたことは間違いありません。当支部教会から上げる報告にも十二分に配慮(はいりよ)し、提出(ていしゆつ)前の書類の閲覧(えつらん)も許可します」


 司祭の口調はまるで頭が悪い相手に理解させる時ようなゆっくりとしたもので、さらに「ですが――」と続ける。


「これは、我らが神聖ラザネラ帝国に唯一比肩する大国――レスティア皇国が(から)む事案です。そのため、ここから先は手続きを一本化する必要があります。ならばロゼス王国ひいてはロゼス王国軍が出る幕はありません。それこそ、ロゼス王国が手柄の独占を目論んでいるなどと風説(ふうせつ)が流れれば、お互い不幸な結果となるでしょう。君はわざわざ自らの経歴に(どろ)を塗り、教会へ反旗(はんき)(ひるがえ)したかのような誤解を(まね)くような凡愚(ぼんぐ)ではないでしょう?」


 バラギアは司祭をにらみつけ舌打ちする。

 しばらくにらみつけた後、再び舌打ちをして視線を外す。


「……いいだろう。渡してやる」


 バラギアの返答に、彼の配下の一部から驚きの(うめ)(ごえ)が上げる。


「だがこの支部教会には無能が多すぎる。せっかくこの俺が安寧(あんねい)へ多大なる貢献(こうけん)をしてやっても、お前らの下らないミスで泥を塗られるのは心外だ。当然の心境だろう? 分かるよなァ?」


「ええ。ええ」


「故に、だ。故にこちらからも人を出す。これはお前たちに協力してやると共に、体たらくがないか確認するものだ。問題ないよなァ? なにせ北方を牛耳る大国が絡むんだ。警戒しすぎるなんてことはない。よもや教会が、安寧へ貢献を望む信徒の声を無碍(むげ)にし、あまつさえ無視するなんてことあるわけがないよな?」


「世の安寧(あんねい)はラザネラ教の教義(きょうぎ)であり、人々の安息(あんそく)はラザネラ様の悲願(ひがん)です。我々がその教えに(そむ)くことは決してありません。――ではバラギア、すぐにでも迎えを()()しましょう。ロロベニカ」


 司祭は騎士団の副団長を指名する。


「昨晩の一件に関する人物は『重要参考人』でり、ベギンハイト支部教会の『客人』でもあります。お客人を迎えに行ってくれますね?」


(おお)せのままに」


 ロロベニカがすぐさま部下から同行者を選んでいる間に、バラギアは皮肉(ひにく)めいて口にする。


「大事な戦果だ。しっかりと護送(ごそう)しろよ。よもや、(おう)(らい)の中で背教者に襲われて奪われる――なんてことはないよな?」


「もちろんだとも。私の騎士は皆優秀だからね」


 ロロベニカに対するバラギアの嫌みは、ミラティク司祭が代わりに答えた。







 バラギア一行が部屋を出て行き、足音が遠くへ消えていく。


 思いのほかあっさり退いたことに至誠は内心で驚いていると、「さて」と司祭が近づいてくる。


「私の名はミラティク・モーガスフィ。この教会を預かる司祭です」


 ミラティク司祭の口調は、先ほどと変わらず柔和だ。


 だが、至誠が口を開く(いとま)を与えず、「ところで」と続けて問いかける。


「失礼ですが、今の貴殿はどちらでしょうか?」


 至誠とミグがその真意を測れないでいると、ミラティク司祭は余裕のある口振りで補足する。


「これから言葉を交わすのは、宿主(やどぬし)側か、寄生(きせい)側か、どちらかという話ですよ」


 真っ先に反応したのはミグで、マズい――とぼやく。


『この人、流血鬼(ウチ)の存在に気が付いてるのか……なら、下手な小細工は厳しくなってくるね……』


「その答えは必要ですか?」


 至誠はあえて質問を質問で返して会話をぼかしてみたが、逆に怪しかったか――とすぐに後悔する。だが一度吐いた(つば)は飲み込めない。


「いいえ、興味(きようみ)本位(ほんい)ですとも。触れられたくない話題であったならば申し訳ありません」


 案外すんなり引いたミラティク司祭に、その意図(いと)がまるで分からなかった。


 だからこそ危機感を覚える。


 ――牽制(けんせい)が目的だろうか? あるいは混乱を誘っている?


 どちらにしてもここで平静(へいせい)さを欠いては相手の思う(つぼ)だろうと至誠は判断している間に、ミラティク司祭はさらに問いかけてくる。


「もう一点確認ですが、貴殿の名はシセイ様でよろしかったでしょうか?」


「はい。ですがレスティア皇国へ問い合わせる際はミグ・レキャリシアルの名義の方も合わせてお伝えいただけると助かります。ミラティク様。――モーガスフィ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


「ミラティクで構いませんよ」


 会話のペースを取り返したくて至誠も質問を投げかけてみるが、端的に答え、即座にミラティク司祭は「ときに――」と話題を変える。


「先ほど(おっしゃ)っていた()()についてですが、いくらほどになるのでしょうか?」


 この世界の面倒な貴族的言い回しが再度必要かと考えていた至誠だったが、司祭の言葉はこれ以上ないほどに直球だった。


 ――部下には難しい言い回しで対応させておいて自分はフランクに接することで、心理的に隙を作る交渉術だろうか?


 しばらく悩みたい気持ちは山々だが、あいにくとそんな猶予(ゆうよ)はない。至誠はあらかじめミグから聞いていた金額を答える。


「こちらとしましては、昨晩の過失と、無事に仲間を取り戻せるならばその分の色もつけて、1億レムほどを考えております。お支払いはラミでも可能です」


 この辺りの金額について、至誠はミグと相談済みだ。

 ミグの権限上、非常時では3億レムまでなら決済する権限を持っていると聞いている。しかし交渉において、いきなり上限から張るわけにはいかない。


 今後、ミラティク司祭は金額をつり上げてくる可能性が大きい。

 ならば、まずは1億レムから様子見することにした。


「なかなか景気のいい話ですね。神に仕える者としてそのような俗説の話をおおっぴらにするものではないのですが、教会の運営には寄付金も重要な位置を占めておりまして。この教会を預かる司祭としては目先の現実問題なのです。見苦しい発言をどうか許していただきたい」


「心労のほど、心中お察しします」


「しかしこの場で寄付してもらえる訳ではないのでしょう? ああ、もちろん、シセイ様のお仲間を引き渡しレスティア皇国へお返しする前提での話ですよ」


 ミラティク司祭は金額の話をしてこない。

 むしろ支払いの方を憂慮する言い回しから、本当に支払う気があるのか、支払い能力があるのかという方に関心が傾倒しているようだ。


「なにぶん不測の事態でして、レスティア皇国に戻れば用意ができるのですが、生憎(あいにく)と手持ちにはございません」


「私は長きにわたり教会に奉仕(ほうし)し、多くの信徒と接してきました。そのため、人となりを見るのは自信がありましてね。シセイ様の目を見れば、これが逃げ出すための妄言(もうげん)ではないと信じるに値する――と私は思っています。ですが実際問題、それだけでは下の者が抱く反感を抑えることは極めて難しい。人の上に立つ者として、その不便はどうかご理解していただきたい」


 自分は寄り添う気がある。だが立場上それは難しい――と暗に語る。


 おそらくその落差がミラティク司祭の交渉術なのだろうと至誠は仮定しつつ、さらに具体的な話を投げかけてみる。


「であれば、ラザネラ教会からレスティア皇国へ連絡を取っていただきたく存じます。無事に身元の確認が取れましたら、支払い能力の有無についても、その手段についても具体的な話を進められるでしょう。無事に謝礼をお渡しした後、我々が帰国する流れはいかがでしょうか」


 至誠は余計なことを言われる前にこちらの都合を提示しておく。


 体面を整えるために多少の譲歩は仕方ないだろう。例えば、罪人として国外追放され、レスティア皇国へ移送されるという体裁(ていさい)を取ることも必要かもしれない。


 その駆け引きがこれから行われるのだと至誠は理解していた。


 求められるのは体裁への同意か、慰謝料の増額か、あるいは両方か。もしくは全く別の償いを求められるのか――至誠は脳裏で様々な状況を想定し整理する。


「素晴らしいですね。ではそのように進めましょう」


 だがミラティク司祭はすんなりと至誠に同意する。

 それは身構えていた至誠に取って、あまりに拍子(ひようし)()けの結果だった。


 ――いや、ペースを崩すことを狙っているのかもしれない。


 意識して表情には出さないように気を使いながら、なぜミラティク司祭がそう返したのか意識を巡らせる。


 すぐに「しかしそうなると――」と言い含むので、やはり何かあるな――と察し、至誠は内心で再び身構える。


「ここベギンハイト支部教会だけでは手に負えない事態です。なにせここは、辺境(へんきょう)のロゼス王国――その中でもさらに最南西端に位置する対怨人の最前線です。外交がこなせる程の聖職者は少なく、レスティア皇国のような大国が相手ともなれば力不足は否めないでしょう」


 ミラティク司祭は羽角に触れながら、「そこで――」と言葉を続ける。


「より上位の司教(しきょう)様か主教(しゅきょう)様、もし可能であれば教皇(きょうこう)様に間を取り持ってもらい、レスティア皇国への連絡を取りたいと考えております。この点につきまして、何か問題はございませんか?」


 確かに、より社会的地位の者からレスティア皇国に問い合わせた方がよりスムーズにことが進むだろう。


 その点に関しては至誠も同意見だ。末端の外交員から連絡があるのと、ラザネラ教会の教皇という社会的地位の高い人物から問い合わせがあるのとでは、レスティア皇国から見ても情報の信頼性が違ってくるだろう。


 ――けど、何か引っかかる。


『問題はない……けど、なんか話がトントン拍子に進みすぎている気がする……』


 ミグも至誠と同じような懸念(けねん)を口にする。

 そもそもミラティク司祭には交渉をする気がないようにすら思えてならない。


 そのことが不気味に思え、まるで至誠たちの言動が全てミラティク司祭の手のひらの上で踊らされているかのような――そんな異質さを抱かずにはいられなかった。

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