[17.5]ベギンハイト家次期当主
「――以上が現時点での怨人襲来に関連する最新報告となります」
ロゼス王国内において最も格式の高い家具と調度品に囲われた執務室で、その男は眉間に皺を寄せながら報告を受ける。
男は昨晩の怨人襲撃に端を発した一連の出来事を頭の中で整理するように、その身分に相応しい椅子へ背を倒した。
周りには王国軍の上役と伝令兵、都市の有識者、それと使用人たちが立っている。
そんな折に扉がノックされ、男が許可すると新たに1人の執事が入ってくる。
「ガルフ様。ただいま教会より、このような書簡と、迎えの馬車が来ております。すぐに確認していただきたいとのことです」
書簡を受け取るとそこには最重要であることを示す印が黒色で押されていた。
「教会からだと? まったく、この忙しい時に……全員一度退出を。内容を確認する」
その男――ガルフ・ベギンハイトの指示により、使用人を含め全てのものが部屋から出て行くのを確認し、ガルフは封を切り、中を確認する。
送り主はラザネラ教ベギンハイト支部教会のミラティク司祭からだ。
その文面全てに目を通し、ガルフは大きくため息をこぼす。
同時にその書簡は一瞬にして燃え上がり、燃え滓が灰皿へと落ちていく。
ガルフはこの都市を治めるベギンハイト家の貴族だ。領主である父の長子であり、継承順位でいえば第一位だ。すでに後継者として指名を受けており、そのことは何年も前に内外に示している。故に、未来の領主だと思っている者は多い。
そんな次期領主であるガルフは、災厄とはいつも前触れなく降りかかるものだと理解していた。
特に怨人の襲来は法則性が解明されていない。数日にわたり大規模な襲撃が発生する場合もあれば、百年単位で襲来しない場合もある。
ここ数十年のベギンハイトは小規模な襲来が散発的に発生しているが、これは過去の統計からしてみても平均よりも少なめだ。
だが問題は回数ではない。
怨人は個体差が非常に大きい。並の兵士でも一対一で倒せる脆弱な個体もいれば、都市や国家を壊滅させかねない程の強力な個体もいるとされている。
幸いなことに近年の襲来は小さく弱い個体が多かった。少なくとも、ガルフが生まれてからの36年間はそうだ。
しかし昨晩襲来した怨人は中型かつ飛行型。ガルフが見てきた怨人の中では最も強力な個体だ。
王国最強と名高い父、領主グラファン・ベギンハイトの不在時に襲来が発生したのは不幸であったが、被害を最小限で留められたのは幸運だった。
だが手放しで喜ぶことはできない。
被害が出たのは遊郭区画。そこに弟のバラギアが居合わせたことが早急の事態収束へ結びついたのは間違いない。
バラギア・ベギンハイトは、戦闘力だけで言えばベギンハイト家の歴史上もっとも才覚を持っていると言って過言ではない。弱冠32歳にして英傑の域に到達できる者など、王国内――いや、隣国を見ても極めて希有だ。
問題は、バラギアの素行が最悪であることだ。
度の過ぎた加虐趣向は明らかに異質で、その異常性癖は年々悪化の一途だ。
ただ単に「戦闘力の高い異常性癖者」というだけであれば、ガルフとしても対処は容易だった。
だが奴はしたたかで、権謀術数にも長けている。
奴は独自の人脈を持っている。ベギンハイト家、特に当主グラファン・ベギンハイトを快く思っていない国内貴族を中心に、すでに多くの権力者の後ろ盾を得てしまっている。王族の中にもバラギアを水面下で支援している者もおり、他国にあるラザネラ教会や、隣国の権力者とも内密に繋がっているようだ。
15年前、ロゼス王国に巣くっていた反社会組織の多くが一掃された。それを単身で成し遂げたバラギアを英雄と信じている国民も少なくない。
だがその実、奴が王国内の裏社会を掌握しただけに過ぎない。自分の息のかかった組織を躍進させ、邪魔な組織は頭を潰し吸収していった。傘下に入らなかった者は等しく消し去り、従順な者には飴を与えた。
そうやって今や王国内において裏社会を事実上の支配下に置いている。
王国軍としてもその存在に危機感を覚える者は少なくない。
正当な家柄と抜きん出た戦闘力、そして権力者の後押し、さらに怨人討伐の実績をそろえたことで士官候補生として王国軍に入って以後異例の昇進を果たし、今や准将の地位にいる。
さらに昨晩の功績で少将に昇進させる動きが、支援している貴族たちの間で起こるだろう。
そして現在、建前上は王国軍所属ではあるが、その指揮系統は独立していると言って過言ではない。奴の創設した特殊部隊へ命令を出すための手続きを意図的に煩雑化させ、バラギアが好き放題するための地盤ができあがっている。
そのうえ今やその特殊部隊は、城塞都市の切り札とまで呼ばれるほどだ。確かに戦力としては王国の最精鋭といえる。しかしそこに属する兵はバラギアと同様に異常性癖者ばかりであることに目をつぶれば、だ。
ガルフがまだ10代後半の頃。4歳年下のバラギアの異常性に気付いた時には既に魔の手を多方面へ伸ばしていた。
奴が動き始めたのは10歳にも満たない頃だろう。
生まれながらの異常者――ガルフはそう感じずにはいられなかった。
そのうえ自身が異常であることを自覚したうえで改善する気はなく、己の欲望を満たすために時には取り繕うことを平然とやってのけ、優れた嗅覚は世渡りにおいて真価を発揮する。
――これ以上、奴の好きにさせるわけにはいかない。
そうガルフは感じていたが、行動を起こし始めたのはバラギアより5年以上も遅く、その差は未だに埋められている気がしない。
今はまだ実力も権力も、父であるグラファン・ベギンハイトを超えていないからこそ水面下で動いている。だがすでに純粋な戦闘力では拮抗しているとガルフは感じていた。もし父がいなくなれば、バラギアを止められる者はベギンハイト家にはいない。
ガルフは筆をとると、書簡を綴る。
いくつかの書簡を書き部屋を出ると、兵士と使用人が待機していた。
「大至急これを王都にいる父上へ」
「畏まりました」
書簡を渡された老年の執事は、老いを感じさせない所作で身を翻し駆けていった。
「これより教会へ向かう。迎えは正面か?」
使用人は腰を低くしながら肯定する。そしてガルフは護衛と共に迎えの馬車に乗り込んだ。




