[17]流血鬼の力を使った情報収集の欠点
スティアの騎獣はネコ科で、至誠はジャガーに近い印象を受けた。しかし至誠の知るジャガーよりもかなり大きく、馬よりも一回り小さいサイズ感だ。
至誠は動物が好きな方だ。猫を吸うのが生き甲斐だった友人ほど病的ではないものの、じっくりとなでまわしたいと思うほどにネコ科の騎獣は勇ましく、そして可愛かった。
騎獣には馬と同様に鞍が付いているが、至誠の知る馬用の鞍とは大きく異なっている。騎獣の肩から腰まで覆う長い形状をしており、馬用の鞍よりも背中への負荷が分散するような形状になっているのかもしれない――と至誠は思った。
しかし今重要なのは鞍の成り立ちではない。
いくら長い鞍とは言え、本来は一人用の鞍だ。そこに二人が詰めて乗るとなれば、かなり窮屈になる。
当然、馬にすら乗ったことのない至誠がいきなり騎乗して乗りこなせるはずもなく、全てをミグに任せることになる。
ミグは至誠とスティアの体を器用に動かし騎乗する。
2人は1人用の鞍に詰めて座る。至誠が前でスティアが後ろだ。病み上がりで華奢な至誠と、筋肉質ながら細身のスティアであればかろうじて鞍におさまった。
スティアの体が至誠を覆うように手綱を握っている。窮屈に感じてしまうが、このあたりはミグの判断だ。おそらくだが、この体勢ならば騎乗中に不意打ちを受けたとしてもスティアを盾にできる――というミグの判断なのだろうと至誠は理解した。理解している。
唯一の問題は、スティアが金属鎧を脱いだこともあり、その決して小さくはない胸部が至誠の背中に密着している点だ。
――不可抗力とはいえ、これは後から謝罪すべき点が増えたかな……。いや、でも、その辺りの感性は日本とは違ったりするのだろうか? 謝ることで逆に変に誤解されるのは困るし……。
まぁ今は考えても仕方がない――と頭を切り替え、走り始めた騎獣の上から周囲へと視線を巡らせる。
流れゆく風景は、まるで自動車に乗っているかのような印象を受けた。
正面から受ける風がかなり強い。昨晩の飛行とは違い、風圧を直に受けているようだ。
――スピード感は……バイクに近いかな?
バイクと言っても原付きバイクのことだ。原付免許は持っていたので、その時の感覚――原付きバイクの最高速度である時速30㎞に近い。
ネコ科の動物はもっと足が速いイメージだ。チーターなんかは時速100㎞近くにまで加速できる。それに比べればやや遅い足取りな気がした。
――持久力の問題かな? それともこれも時間稼ぎの一環?
追及するべきか悩んだが、この世界では当たり前のことだった場合、不用意で非常識な発言は自分たちの首をしめるきっかけになりかねない。
――さっきも余計なひと言で失敗したし、気をつけないと。
と気を引き締めつつ、至誠は現状維持とする。
――ミグが何も言わない以上、ひとまずは大丈夫だろう。
そう結論付けている間に、緩やかな傾斜の車道を至誠と騎士の一行は駆け抜け、街並みが急速に通り過ぎていく。
立派な街並みだ。
至誠の知る現代日本の街並みとはまるで違うが、路地裏と違い、大通りは寂れている感じが全くない。看板に書かれている文字は分からないが、8階以上はある建物が建ち並び、大きな商店が店を構えている。
建物や周辺の雰囲気から、今通っているのはおそらく商業地区なのだろうと推察する。
周囲の騎士たちは、至誠の乗っている騎獣を取り囲むように並走している。四騎が先行し道を確保しているようで、至誠の乗る騎獣は一度も足を止めることなく走り続けられている。
道を空けるために先行する騎獣が抜ければ、すぐに交代要員が前に出る。抜けた者は対応が終わるとそのまま後方へ合流する。
その動きは完璧に統制の取れており、騎士団一行に道を譲る光景はさながら緊急車両だ。
街中を走る騎士団は、全てネコ科の騎獣だ。街中では馬や犬、ダチョウのような鳥が移動手段として用いられているようだが、騎士以外に同じようなネコ科の騎獣は見当たらない。
騎獣が珍しいのか、はたまた騎士団が注目の的なのか、通行人の視線も一行に集まりがちなことにも気がついた。
そうやって至誠は不審がられない程度に周囲を観察していると、ミグが至誠にだけ聞こえる声で問いかけてくる。
『こんなに早く教会に向かうことになるとは思ってなかったけど、このまま乗り込んで大丈夫そう? 交渉材料的に』
本来ならばスティアの説得を試み、それから交渉に向けての情報や手札を増やそうと考えていた。
だが説得は途中で遮られ、準備としては不十分だ。
ミグの口調からは、このまま体力を温存したまま教会に近づいてから強硬策に打って出る選択肢もある――と言い含めているような気がした。
「準備不足感は否めませんが……何とか、ハッタリでもブラフでも使って、レスティア皇国の虎の威を信じて貰うしかないでしょうね」
至誠は考え込むように口元を手で覆いつつ、ミグにだけ聞こえる極小の声で答えた。
『正直、レスティア皇国の眷属所属っていうウチの身分を客観的に証明できたら、それだけで何とかなるレベルには影響力がある――とウチは思ってるけど……向こうが罠に誘い込む気ならはじめから取り付く島もないだろうね』
その時はミグの実力でもってして3人を救出するしかなくなるだろう。
「必要とあればリネーシャさんの名前を出すほうが効果があるでしょうか?」
『陛下は地上最強なんて言われているからね、相手が信じてくれるなら効果は絶大――だけど信じてもらえるかと言ったら……むしろ胡散臭く聞こえると思う』
「ですよね……」
昨晩の至誠はリネーシャたちから理由を聞いて腑には落ちたものの、改めて思い返してみると、世界有数の国家の、その皇帝と皇女が目の前にいたという状況はあまり現実味がない。
『身分を主張するなら『眷属』の所属であることを主軸に据えた方がいいだろうね。眷属は、リネーシャ陛下直属の彁依物の研究と対策に特化した組織って感じ。国際的にもそれなりに知名度はあるし、支部教会だろうと、上層部なら知ってるはずだよ』
「そうなれば僕らが彁依物に巻き込まれてここにいることにも説得力が増す、と言うことですね」
この辺りはブラフではなくミグについての正確な情報ではあるが、どちらにせよそれも信じて貰えるように立ち回らなくてはならない。
そう、至誠が多くの思案を巡らせている間にも、騎獣は走り続ける。
*
しばらくは同じような建材の建物が続いていたが、至誠がふと我に返ると、目の前には数十メートルある巨大な壁が不浄の地に向かうように悠然と鎮座しそびえていた。高層ビルにも匹敵するような巨大なそれは、対怨人用に築かれたのだと至誠にも理解できる。
至誠には建築に関する知識――材質や建築様式については詳しくない。遠巻きに見ればコンクリートやセメントのようにも見えたが、それが現代日本でよく使われるそれと同じかは分からなかった。いや、おそらくは違うのだろう。城壁の表面に、薄らとしたパステル調の光沢が乗っている。
支柱らしき太い部分と、その間にそびえる壁がある。
壁上には兵士らしき人々が警戒に当たっている。
至誠は、万里の長城のように通路があるようだと想像する。だが中世ヨーロッパ等で見られる鋸壁の鋸歯状の上端は見られない。
代わりに壁の上に棒状の何かがわずかにはみ出して見える。大砲のようなものかと思ったが、先端の一部しか見えず、至誠にはよく分からなかった。
壁に近づくと次第に兵士の姿が増えてくる。いずれも金属鎧で全身を覆っているが、騎士のそれとはずいぶんとデザインが違う。ゲーゴという兵士の身につけていた鎧に近いデザインで、教会ではなく王国所属の兵士なのだろう――と至誠にも想像がつく。
壁の真下までたどり付くと、巨大な門があった。
壁の巨大さに比べれば小さいが、それでも車道は六車線分の道幅がある。
門の周辺にも多くの兵士が立っていて、通行証か何かの確認をしているようだ。そのため門周辺は広く土地が開けていて、待機列ができている。
だが先行した騎士がすでに連絡しているようで、至誠を含めた騎士の一行はそのまま素通りできた。
――もしミグさんの実力行使でここを抜けたければ、戦闘力に物をいわせて強引に突破するか、許可証に類するものを手に入れる必要があった訳か……。
前者はこちらの存在と位置がバレる可能性が高く、後者は準備に時間がかかっただろう。
至誠はそのことを考えながら、視線をさらに前方へ向ける。
壁を抜けた先にも街が広がっていた。だがこれまでよりも豪華な印象を受ける。しばらく騎獣の上から周囲を観察してみるが、建物の階層は高くなり、装飾もより凝ったモノになる。すれ違う馬車も高級感がより感じられるり、歩道を行き交う人の服装もより格式高いものに見えた。
――こっちの方は富裕層向けのエリアなのかな?
などと考えつつ、さらに奥へ目を向けると、再び巨大な壁が見えていた。
この都市は中心に向かうほど標高が高くなる。
おそらくは小高い山あるいは丘に広がった都市なのかもしれない――と至誠は感じた。そして次が最後の壁だろうとも察せられた。おそらく、最も安全地帯、3重の壁の奥に教会堂があるのだろう。
3つの壁を築いて巨大な化け物から都市を守る……なんか似たようなシチュエーションの漫画があった気がなぁ――などと昔読んだことのある漫画を思い返し懐かしみを抱いていると、ミグが息を飲み声を漏らす。
『――っ。この感じ……』
至誠はなつかしい記憶を奥へと戻し、ミグのつぶやきに耳をかたむける。
『近く……にはいないみたいだけど、多分この区画のどこかにいるね。英傑級の軍人が』
ミグの索敵術式に、何かが引っかかったようだ。
その術式について詳しくは知らないが、至誠は現状でもっとも重要な情報を問いかける。
「それは、昨晩ミグさんが見かけた方と同一人物ですか?」
『だと思う。ウチらが警戒すべき英傑級のどちらか――消去法で考えれば領主の息子の方かな。名前は、確かバラギア・ベギンハイトだっけ』
騎士の方の英傑は教会堂で待ち構えているという情報に誤りがなければ――と注釈を付けつつ、ミグは言葉を続ける。
『ひとまず、大まかな距離と方角は分かったから、いきなり奇襲を受けるってことはないと思う』
「それ以外で、何か僕たちに影響はありますか?」
『索敵術式の範囲内に捉えても向こうの動きに変化がないから、すぐには影響はないよ。……ただ、この感じ……正道の強さじゃない、みたいだね』
どう言う意味だろうか――と至誠は首を傾げていると、察したミグが端的に教えてくれる。
『おそらく彁依物か何かで得た強さだと思う。なんて言うか、これは感覚的なものだから説明が難しいんだけど、地道に研鑽を重ねて得られる正道的な雰囲気じゃない――って言ったら伝わる?』
「なんとなくは。――そういえばバラギア・ベギンハイトという人物はスティアさんのお兄さんか弟さんってことですよね?」
至誠があえてスティアの耳にも届く程度の声量で問いかけると、まだ意識の残っているらしいスティアの心理を読み取ってミグが肯定する。
『兄で、間違いないみたいだね』
至誠はバラギア・ベギンハイトについて知っていることをスティアから聞き出すべくいくつか質問するが、芳しい情報は得られなかった。
『兄妹なのに英傑級の強さを持つってこと以外はほとんど知らないのか……』
「疎遠なのでしょうか?」
それは問いかけと言うよりも憶測を口にしただけだったが、ミグが興味深そうに教えてくれる。
『いや、疎遠……どころじゃないみたいだね。どちらかと言えば拒絶に近い。ひどく嫌悪しているし、生理的に受け付けないみたい』
そこに光明を見出したわけではなかったが、今は少しでも多くの情報が欲しい。至誠はもう少し踏み込んで問いかけてみる。
「それは喧嘩をしたとか、袂を分かったとか、そういう話でしょうか?」
『んー、……この感じは、おそらく違うね』
スティアに直接答えてもらえれば楽だが、さすがに今この状況で解放するわけにもいかないだろうと、至誠はさらに探りを入れる。
「性格的に馬が合わない、反りが合わないとかでしょうか?」
『近いけど、少し違う感じだね』
むしろ――と、ミグも考察を重ねながら続ける。
『恐怖心の方が近いかな。恐ろしい存在とか異質な存在に対する忌避感とか、そういう感じ』
「それは、バラギアという人物が英傑と呼ばれるだけの実力を持っているからですか?」
『それもあるだろうけど、この感じだと……たぶん本質はそこじゃない』
「となると……人格の問題ですか?」
ミグの表情を見られたらきっと眉間に皺が入っていそうな口調で『――あー、うん、それだね』と返答が返ってくる。
非常に高い戦闘力があり、人格に問題がある。となれば、今後どのような影響が及ぶともしれない。至誠はさらにバラギアの情報を得るべく追求する。
「権力を笠に着るタイプでしょうか?」
『いいや、違うみたい』
「強さで優劣を付けるタイプでしょうか?」
『さっきよりは近い。けど、少し違うかな』
「では、暴力的ですか?」
『あー……うん。それだね』
「それは、短気だとかすぐに癇癪を起こすタイプでしょうか」
『それは違うね』
「なら……猟奇的、とかでしょうか?」
『ああ……それだね。しかもこの感じからすると、かなり重症っぽい』
「重症……例えば、拷問や殺人に至るレベルの話ですか?」
『それで間違いないだろうね』
しかも――と、ミグは頭を抱えたそうな口調で続ける。
『この嫌悪の傾向からして、たぶん性的な暴行の意味も含まれていると思う』
これまでの話をまとめると、猟奇的な加虐性愛者か快楽殺人者、あるいは両方を持ち合わせている人物――それがスティアの兄にして領主の次男。ゲーゴから聞き出した情報が正しければ、ロゼス王国軍の将校でもあったはずだ。
もしバラギアという人物の情報が正しければ、対話や交渉とは対極にいるような人物像に思える。
――ラザネラ教の人たちも同類じゃないといいんだけど……。
と、至誠は一抹の不安を抱く。
――その場合は、おそらくミグさんによる実力行使以外の選択肢がないかもしれないな。
教会堂にはテサロとヴァルルーツが捕まっているという。
しかしリッチェの居場所は未だ不明のままだ。
「リッチェさんが無事だと良いんですが……」
至誠がそうぼやくと、ミグが思わず『え?』と動揺を表す。
「どうしました?」
『いや……あっ、そうか、なるほど……』
ミグは少し独り言をつぶやいた後、思考がまとまったようで会話を再開する。
『スティアの反応から察するに、多分リッチェを捕らえているのがバラギアだと思う』
「えっ……でも確か、スティアさんが把握しているのはテサロさんとヴァルルーツさんだけじゃなかったでしたっけ?」
『そう、場所を知っているのはその2人。場所は知らないけど、リッチェが誰に捕らえられているかは知っていたみたいだね』
確かに至誠が聞き出した情報は「3人の居場所」についてだった。
すなわち、ミグの流血鬼としての特性を生かし回答の正誤を判別できるとしても、質問の仕方によっては情報が漏れたり誤った結論にたどり着いたりするということだ。
「……これは、僕の質問の仕方が悪かったですね」
『いや、ウチがその場で気がつけば良かったんだけど……』
反省は今後に生かすが今は改善点を精査するべき状況ではない――と考え、至誠は言葉を続ける。
「ですがどうしましょう。今からでも先にリッチェさんの救出を優先するべきでしょうか?」
『場所が分かるならウチとしてもそうしたいけど……今強引に動いたら背後からは騎士に追われて、前方からは英傑級のバラギアと対峙することになる……』
二頭追う者は一頭も得ずという諺がある。今ここでリッチェを救うべく動いた場合、諺通りになる気がした。
「テサロさんとヴァルルーツさんを助けられないのが確定するくらい、状況は厳しいですか?」
『周りにいる騎士のように正道の強さだったら、たとえ英傑級でもやりようはある。けど、彁依物のような特異性由来の力を持つ相手に対して、何の情報もなく無策で挑むのはリスクが高すぎる。加えて、英傑の騎士に背後を突かれでもしたら――至誠のことすら守りきれない可能性が高い』
ミグの口調から断腸の思いが伝わってくる。異常者の近くにリッチェがいる状況だと知ってなお、後回しにせざるを得ないのだから。
『ただ、バラギアの近くにリッチェの気配はないから……すでに手遅れでなければ……少なくとも被害は現在進行形ではない、とは思う』
ミグは何がとは言わなかったが、最悪の状況は充分に連想できた。
至誠も歯痒く感じる。リッチェは不浄の地を脱するために身を粉にして頑張ってくれたにもかかわらず、自分はすぐにリッチェを助け出せないのだから。
その後、いくつか対策やアイデアを出して話し合ってみるが、議論は行き詰まったまま次の壁に到達した。




