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[7]生者の特権

 ミグの言葉には矛盾がある。真に職務を最優先して至誠を保護する気ならば、はじめから選択肢など提示するべきではない。


 それでも選択肢を提示(ていじ)したのは、ミグ自身の精神衛生(せいしんえいせい)の問題だと至誠には感じられた。


 もしも最重要人物である至誠が「3人を助けたい」と言えば、ミグとしては職務よりも感情を優先するための建前にできる。


 逆に至誠が「3人を見捨ててでも自分の保護を最優先にして欲しい」と願い出た場合、ミグは3人を見捨てたのだとする自責の念が少しは軽く感じるだろう。職務において必要なことなうえに保護対象がそう希望したのだから――と自分に言い聞かせられる。


 至誠はいくつかの草案を脳裏で精査しながら、ミグが口を開くより先に切り出した。


「僕の心情としては、全員助ける方へ傾いています」


 それに対してミグは、困ったように『分かるよ。でも――』と声を上げる。


「僕には魔法や鬼道のことは分かりません。戦いのことも。――ですが、ミグさんは『厳しい』と言いましたが『不可能』とは言いませんでした。もし絶対に不可能なら、悠長に話なんかせず少しでも遠くに逃げた方が賢明です。でもそれをしないのは、ミグさんの中にわずかでも光明があるから――だと思ったのですが、どうでしょうか?」


『それは……そうだね』


 至誠にはいくつか考えがあったが、さらなる検討するためには圧倒的に情報が足りていない。


 すこしでも可能性を探るためミグの手の内を問いかけると『二つ、選択肢がある――』と口を開き、言葉を続ける。


『でも、どちらも可能性は低いよ』

「まずはどういったものか、聞かせてもらってもいいですか?」


 ミグは一呼吸の間を置いてから口を開く。


『……ひとつは、無関係の一般人を……手当たり次第に皆殺しにすること』


 想定していたよりも物騒な選択肢を告げられたが、至誠は最後まで耳を傾ける。


『流血鬼はね、血液で体を構成できる。だから、大勢の血を集めれば、それだけ戦術の幅が広がる。血の海で都市全体を飲み込めれば、リッチェやヴァルルーツ王子の居場所もすぐに探し出せると思うし、戦闘力が向上するぶん至誠たちを護りやすくなる。……実際、ウチが生まれるよりもはるか昔、(いにしえ)の戦争ではよく使われたとされる戦術だよ』


 けど、この選択肢は大きな問題を抱えている――と、ミグは続ける。


『まず、人道的・倫理的な観点から最悪だということ。そして、それを実行してしまえば間違いなくラザネラ教と敵対するということ。城塞都市を一人で落としてしまえば、ラザネラ教の中枢にいる圧倒的な強さを持つ聖騎士が動き出すと思う。そうなるとこの場はしのげても……ウチの戦闘能力ではすぐに追い詰められるだろうね』


 すなわちその選択を選べば一時しのぎはできても、その後、十中八九詰むということだ。


『もう一つの選択肢は、この都市の権力者の体を乗っ取ることだね。至誠の体を使うときは断りを入れたけど、実際は有無を言わせず体を乗っ取って動かすこともできる。そして権力者という立場を使って、テサロやリッチェを解放するように命令を出せばいい。これならさっきよりもは血が流れない』


 ミグが目覚めてすぐの時、ミグが周囲を確認するまで至誠の体は突然動かなくなった。


 ――たぶん、あんな感じなんだろう。


 そして、先ほどの選択肢と比べれば確かにあまり血は流れないが、こちらも倫理的に問題なのは至誠にも分かる。


『ただ……そうやって権力者や富豪、有名人の体を乗っ取っる流血鬼が問題になった時代があってね。だから流血鬼は恐れられ、排斥されてきた歴史があるの。それで今では希少種と言われるくらいに人口が少なくて、ウチの倫理観としては――できれば選びたくない選択だね』


 ミグやミグの先祖はレスティア皇国皇帝であるリネーシャの庇護下にあったからこそ生き残ってこられた。レスティア皇国やラザネラ帝国であれば、神格や英傑と呼ばれる実力者が大勢いるため、おいそれと流血鬼が種族特性を生かして犯罪に手を染めることは難しいかららしい。


 だが、そうではない在野の流血鬼は排斥され続け、400年ほど前に滅んでいるとミグは語る。


『とはいえ、背に腹はかえられない。もし狙うとしたら都市の統治者か、ここのラザネラ教会にいる最高責任者かな。たぶん教会の方が立場は上だと思う。――けど、高位の聖職者に手を出したとなれば結局ラザネラ教会との対立は避けられないし、最初の案と同じように詰む可能性が高い』


「なるほど」


 結局ミグ提示した二つの選択肢は、うまくいっても一時しのぎにしかならず、むしろ後に自分の首を絞めることになるものだ。


 ――確かにこれは取りたくない選択肢だ。


 と理解を示しつつ、至誠は口を開く。


「僕にはまだ実感できていませんが、ラザネラ教との敵対が致命傷になりかねないのは理解できました」


 ですが――と至誠は重要な疑問を投げかける。


「現時点で僕らは『まだラザネラ教とは敵対状態にない』と、思いますか?」


 至誠はこの世界の情勢に疎い。だが怨人(えんじん)という化け物は目の当たりにし、その恐怖を身をもって感じた。


 そんな怨人(えんじん)を都市に引き込んでしまった。

 それをテロ行為だとラザネラ教側が判断すれば、すでに敵対状態である可能性が高い。


『……不浄の地から怨人を都市に招き入れてしまった以上、向こうはすでに敵視している可能性も……むしろ、その可能性は高いだろうね』


 ミグも同意する。

 至誠の感覚にズレはあまりなかったようで、話をさらに掘り下げる。


「つまり、今から逃げ出しても『ミグさん以上の実力者に出会ってしまった瞬間に詰み』と考えて間違いありませんか?」


『まぁ……そうだね』


 だからこそミグは少しでも早くこの場から離脱し、至誠の身の安全を確保したいのだろう。だがそれは3人を見捨てることになる。その狭間でミグは揺れている。


 その心理状態は、至誠にも理解できる。


 だがその一方でラザネラ教の視点で物事を考えれば、見え方は大きく変わってくる。


 現状を現代日本で例えるなら『交通事故を起こしてしまった』ようなものだ。殺意や悪意を持って人を襲ったわけではない。だが今ここで逃げてしまえば、人身事故からひき逃げ事件へと変わってしまう気がした。


「つまり安全を期すなら、すぐにでも逃げ出した方がいい――ってことですよね」


『そう、だね』


「そのためには、テサロさんやリッチェさん、ヴァルルーツさんを見捨ててでも――」


 至誠は意地悪な言い方だと自覚しつつも、ミグが言葉を窮するところから別の選択肢がとれるのではないかと思慮を巡らせる。


 ――あと必要な情報は……。


「ミグさん、ラザネラ教とはどういった宗教か聞いてもいいですか? ひとつアイデアが浮かんだんですが、ラザネラ教が僕らを襲ったマギ教の老婆のように、人の話を聞かない感じだと破綻するので知っておきたいです」


 アイデアが浮かんだという至誠の言葉にミグは思わず息を飲み、縋るような期待感のこもった間をあけ、そして質問に答えてくれる。


『ラザネラ教は安寧(あんねい)を重要視する宗教だよ。マギ教に比べると穏健で理性的だとウチは思ってるけど……とはいえ一枚岩じゃないし、ウチらの話に耳を傾けてくれるかは、派閥や誰が対応するかによって千差万別だね』


「ラザネラ教における地雷――逆鱗(げきりん)に触れるようなものは何かありますか?」


『世界の安寧を脅かすような存在や、一神教の偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)に対しては過激になることがあるってイメージがあるかな』


「『世界の安寧を脅かすような存在』は、例えば彁依物(アーティファクト)とかですか?」


『そうだね。彁依物(アーティファクト)そのものもそうだし、彁依物(それ)を使って国や世界を滅ぼそうとするようなテロリストには容赦しないって感じ』


「それって()()()()はどうなると思いますか?」


『それは――』


 加々良至誠という未知なる世界の人間――それは分類上彁依物(アーティファクト)になりえる存在だ。だからこそ一国の皇帝であるリネーシャが直接出向くような特異存在だ。


 それをラザネラ教が知った場合、どうなるのか至誠は把握しておきたかった。


『至誠の持つ知識や、オドの影響を受けないという特異性には危険性は少ない――もちろん知識は使い方次第だろうけど、すぐに世界終焉シナリオに陥るような、直接的な脅威はない。だからラザネラ教としても、すぐに首を取りに来るなんてことは……多分ないとは思う』


 ただ――とミグは別の懸念を口にする。


『むしろレスティア皇国との関係性の方が懸念かもしれないね』


 ラザネラ教圏――ひいては総本山である神聖ラザネラ帝国の経済力は世界第1位とのことだ。レスティア皇国は次点であり、経済力においては神聖ラザネラ帝国が世界の覇権を握っているという。


 だが一方で、軍事力で見ればその序列は逆転する。


 レスティア皇国は世界最大の軍事力を有していると言われており、その中でもリネーシャは皇帝にして最高戦力、地上最強の吸血鬼と言われるほどの実力を持っているとミグは教えてくれる。


 以前エルミリディナとの会話で、レスティア皇国は世界最大の軍事力を持っていると言っていた。至誠の考えるアイデアにはその条件が不可欠であるが、期待値以上にレスティア皇国、ひいては皇帝リネーシャの影響力は大きそうだ。


 それらの情報を加味し、至誠は「ミグさん」と改まって名を呼び、そして現状を打開するアイデアを口にする。


「やはり僕は、3人を助ける方向で動きたいと思います」


『それはもちろん、それができれば――』


 苦労はしない――と言いかけたミグを遮るように、至誠はたたみかける。


「ええ、なので――自首しましょう」


『……え?』


 ミグは思わず言葉を失った。自ら生殺与奪(せいさつよだつ)の権を捨てるような行為に意味があるとは思えなかったからだ。


「もし間違った知識をベースにしたアイデアだったなら指摘してください。現状、ラザネラ教は世の中の安寧を重要視していると思いますが、レスティア皇国との対立は安寧を脅かすことに繋がる――と思うのですが、どうですか?」


『それは……まぁ、そうだね。もちろん天帝とか天子とか、ラザネラ教の上層部が戦争することを選んだら別だろうけど』


「そんな世界情勢を左右するレスティア皇国――その皇帝であるリネーシャさんが手ずから実地調査を行うほどに興味を持っているのが僕――加々良至誠という人物、すなわち彁依物(アーティファクト)です」


『つまり、自首してもラザネラ教としては下手に処分できない、と踏んでいるわけ?』


「はい。その認識に問題があるようだったら教えて下さい」


『事実そうだとしても、相手がそれを信じるかは別問題だよ。まず至誠の情報がラザネラ教圏に伝わるまでにタイムラグがあるし、たぶん、ここみたいな世界の端っこに伝わるにはもっと時間がかかる。それにもしかすると、問題が発覚する前に口封じをして隠蔽(いんぺい)してしまおうって考える(やから)かもしれない』


「もし僕が口封じに殺されたとして、それをリネーシャさんが知ったら『なら仕方ない』と諦めて終わりますか?」


『それは……いや……。こういう言い方をすると至誠は気を悪くするかもしれないけど――もし仮に至誠が殺されたとしたら、死体を回収して検分しようとするだろうね』


「ミグさんは、もし僕が口封じされそうになったら抵抗しますよね?」


『そりゃあね』


「その場合ミグさんが最初に提示したような非人道的な方法を含め暴れれば、神託(しんたく)之地(のち)は狭いですし、いずれその情報はレスティア皇国にも届きうると思うんです。もちろん、できれば実行したくないですが――少なくともラザネラ教がその可能性を想定できるくらいのブラフは可能だと思います」


『ラザネラ教としては、隠蔽しようとするのはリスクが高い、と言いたいの?』


「はい。その上で自首をする――自首というと語弊があったかもしれませんが――暴力による現状変更の意思がないこと、今回のことは『悪意のない事故』つまり『過失』であり抵抗の意思がないことを示せれば、安寧を重要視するラザネラ教としてはそっちが魅力的な選択肢に映るんじゃないかと思うんです。その上で、僕の置かれた立場を利用すれば、交渉の余地と機会が生まれると思うんです」


『でも――それは相手が同じくらい理性的で冷静な場合だよ。人類は多かれ少なかれ、論理的に破綻していても感情で判断するときがある。思考を放棄して感情的に断罪しようとしてくるかもしれない』


「そうなんです。昨晩の老婆(マギ教徒)ように、相手がはじめから話し合う気などさらさらない場合、この選択はとれません。なのでラザネラ教の傾向や、レスティア皇国との関係性、力関係が重要です。この辺りはミグさんのが詳しいと思いますが、どうでしょうか?」


 もし間違った知識から導かれるアイデアならば訂正してください――と至誠はミグに投げかける。


『……』


 ミグは逡巡と熟慮を重ねたのち、呆れたように、されども少し嬉しそうに口を開く。


『至誠、それはもう外交だよ』

「いえ、ただの『虎の威を借る狐』かと」


 と至誠は苦笑しながら答えると、ミグは『それはそう』と笑う。


『でも、上手くいけば確かに、交渉で3人を助けた上で至誠も無事にレスティア皇国へたどり着ける――か』


 現状では穴だらけのアイデアですが――と至誠は問題点を自虐な笑みに込めつつ、より具体的な話をする。


「そのために僕らはラザネラ教と接触し、今回の一件をレスティア皇国による『業務上の過失』だと主張しなくてはなりません。そのためにミグさんの立場が重要になる――と思ったのですが、ミグさんは国家公務員とかそういうイメージで合ってますか?」


『少し違うけど、国家公務員という括りでも問題ないよ。正確にはリネーシャ皇帝直属の眷属って組織に所属して医療研究や彁依物(アーティファクト)の研究に携わってて、予備役だけど軍籍もあるから衛生兵や軍医と主張することもできる』


「なら、今回の一件は『軍人』ないし『国家公務員』という立場の者が彁依物(アーティファクト)による被害を受けたことによる副次的な『業務上の過失』であり、最終的な責任はレスティア皇国に丸投げしてしまいたいと思っています。そうすれば、少なくともラザネラ教側としては、事実確認のためにレスティア皇国へ問い合わせや抗議を行い、リネーシャさんところに情報が伝わると思うんです」


 レスティア皇国の虎の威を借りたうえで、清算すら押しつける傲慢さに至誠は自分で言っていて思わず苦笑いを浮かべつつ、さらに言葉を続ける。


「具体的な落としどころとしては、僕らは過失を認めて国外追放、およびレスティア皇国による金銭的な賠償あたりが理想でしょうか。負担を押しつけているようで心苦しいですが、ミグさんとしてはどう思いますか?」


『いや、至誠の安全がお金で買えるなら安いものだよ。3億レムまでなら、ウチの職務上の非常用権限を使って決済することもできるし。もちろん、交渉が上手くいけば、の話だけどね』


 ミグの言う『レム』というのはレスティア皇国の発行する通貨だと補足して教えてくれる。

 神聖ラザネラ帝国の発行する『ラム』という通貨があるが、近年の為替相場は1レム≒1ラムとなるため、ほとんど同価値と考えて問題ないようだ。


 物価の違いもありそれだけ聞いても日本円にしてどれほどか至誠には分からないが、3億レムというのがそれなりに高額であることは想像に難くない。


「他にも、僕やミグさんに前科(ぜんか)がついてしまうという懸念はありますが――それでも、テサロさんやリッチェさん、ヴァルルーツさんを見捨てるくらいなら、前科がついても全員助けられる選択を取りたいと思っています」


 至誠の意見にミグも『そうだね』と同調し、そして自虐的なため息をついてから改めてミグが口を開く。


『ごめんね、至誠。焦って、視野が狭くなってた。確かに、このまま逃げたら教会の面子を潰すことになって、至誠をより危険な状況に追い込んだかもしれない』


「いえ……未来がどうなるかなんて、実際のところは誰にも分かりません。もしかしたら、後知恵で考えたときに逃亡案のほうが最適解だったかもしれません」


『いや、ウチとしても至誠のアイデアの方が現実的かつ最良な選択肢だと思う。というか職責においても知識的にも、ウチが思いつくべき選択肢なのに――申し訳ない』


「気にしないでください。僕なんて魔法の魔の字も使えないのでいざとなったらミグさんの足をひっぱることしかできませんし、お互い足りないところを補い合って足掻(あが)きましょう。必死に足掻(あが)くのは、生きている間の特権ですから」


『確かに――そうだね』


 と、生きて不浄(ふじょう)之地(のち)から脱出できたことを思い返しつつ、ミグは高らかに声を上げる。


『分かった! それじゃ、地べたを()ってでも足掻(あが)いてみせようか!』

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