[4]ラザネラ教会 後編 - 急転直下
騎士と言えば一般的に『ラザネラ教専属の軍人』を差す。
だが四六時中教会堂に張り付いている訳ではない。
聖職者の護衛や教会堂の警備を主任務とする第1騎士隊ならまだしも、他の騎士が街中にいるのはありふれた光景だ。任務であったり巡回であったり、王国軍との合同訓練の時もある。
そんな状況では騎士が民間の食事処に寄るのは決して珍しいことではない。一般の信徒もいれば王国軍兵士もいて、同じ飯屋に騎士もいる。その距離感は、ここ城塞都市ベギンハイトにおいて日常の光景である。
――この辺りだったはずだが……。
ラザネラ教の関係者のみが用いる猫科の騎獣を走らせ、スティアは記憶を頼りに食事処を探す。歓楽街でも良かったが、昔よく通っていた店が帰り道にあることを思い出たからだ。
歓楽街から少し離れたところにあるその一角は、酒よりも飯の美味さで勝負している店が多い。大衆向けにしては値段は高いが、決して手が出ないわけではない。一般的な家庭でも、記念日に少し奮発しようなんて場合にちょうど良く、歓楽街と違って子供連れでも入りやすいのが特徴だ。
*
スティアは目的の店を見つけ、前で騎獣を止める。するとすぐに男性店員が店から出てきて駆け寄ってきた。
「これはこれは、騎士スティア様。本日のご用命はお食事でしょうか。それとも職務でいらっしゃったのでしょうか?」
「食事を取りたい。騎獣を預かっていてもらえるだろうか?」
「ええ、もちろんでございます」
深々と頭を下げながら、男性店員は丁寧に手綱を受け取り裏へと連れて行く。
スティアが店に入ると女性店員が「ご来店ありがとうございます」と、お辞儀をしながら出迎えてくれる。
食事を取りたい旨を伝えていると、奥の厨房から店長が慌ただしく飛び出してくる。
「これはこれは、騎士スティア様! ようこそ来て下さいました!」
子供のように低い背と、頭部には猪の特徴を色濃く持つ彼こそが店長であることをスティアは知っていた。
「ご無沙汰しています。最近は多忙であまりこちらに来る機会もなく、申し訳ない」
挨拶代わりに相好を崩して伝えると、店長も笑顔を浮かべて対応してくれる。
「いえいえ何を仰います! その若さで騎士長を拝命されるような、まさに天才騎士たるスティア様は引く手あまたでございましょう!」
この辺りは家族連れでも入りやすい飲食店が多ため、スティアも騎士団に入りたての子供のころによく他の騎士たちに連れてきてもらった。
そのため店長のことも顔なじみと呼べるほどよく知っている。
「しかし……やはり今日は人入りが悪いようですね」
店の内装は木造で、心地よい木の香りと落ち着いたモダンな雰囲気だ。
家族で来るのも、恋人とくるのも、昼過ぎのひとときを過ごすのにも合った心安まる雰囲気をしている。
そんな店内は一階にほとんどの机が並び、少ないがカウンターや個室などもある。
昔来ていたころは、お昼時といえば外に行列ができるほど盛況だったが、この日はカウンターに一人、机に夫婦らしき2人組がいるだけで後は閑散としている。
「ええ、まぁ。怨人が襲来したその日なので仕方ありません……。ですが、スティア様をはじめ騎士の方々のおかげで、こうして今日も店を開けることができております」
「そう言ってもらえると騎士冥利につきます。ですが無理はなさらないで下さいね。有事の際に身の安全よりもお店を優先しそうで心配ですよ」
「はっはっは、この店は我が子のようなものですから。ですがスティア様の憂いを増やすわけにもいきませんね。肝に銘じておきましょう」
そうこう店長と談笑していると、ウエイトレスが戻ってくる。
「お席の準備が整いました。どうぞこちらへ」
店内には吹き抜けになっており、二階は席数が少ない。一階を見下ろせるように並べられた机は他よりも少しばかり豪華な特別席である。
スティアは頼んでいないのに当然のようにそちらに案内される。
――正直、普通の席で構わないのだけれど……。
などと思いつつも、相手の好意をむげにするのも忍びなく、おとなしくその席に座った。一階の様子が見渡せる位置だ。
そしてお品書きを開き、疲れているときには肉にしよう――と、肉の比率の多い食事をウエイトレスに注文すると、ウエイトレスはすぐにお辞儀をして階段を下りていき奥の厨房へ消えていった。
しばらくしてカウンターにいた客が会計を済ませ出ていった。
さらに少しして、二人組の客も店を後にする。
――まるで貸し切りのようだな。
と考えているところに、ちょうど食事が運ばれてくる。
熱々のステーキ皿に美味しそうな肉料理と小皿に野菜の盛り合わせ、透明度の高いスープが目の前に並ぶ。添えられたパンは小さめで、あくまで肉がメインなのだと主張している。
ウエイトレスが再度お辞儀をして一階に下りていく間に、スティアは一口目を口に運んでいた。
絶妙な焼き加減と味付けに舌鼓を打っていると、新たな客が店内に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
ウエイトレスが会計を済ませ近づくと、「食事を――」と男は財布を取り出し、小銭を見せる。
「今は手持ちがこれしかないんですが、この範囲で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ではこの金額の範囲で、このお店の一押しをお願いします」
男はそう注文し、一階の窓際にならぶカウンター席へ着席した。
スティアは思わずその男を凝視する。首元にマフラーを巻き、さらに頭の上に別のマフラーを載せ、その上から帽子を被っている。
変わった着こなし方だ。
少なくともスティアは初めてみた。
とはいえ不浄の地に面した城塞都市では様々な人材が行き来している。変わった格好をしている者も珍しくはない。
――あるいは、最近はああいうファッションが流行っているのか?
騎士としての職務に追われているとどうしても俗世の流行りに疎くなる。特に騎士長になってからはその傾向がいっそう強まった。
――いや、わずかだが術式の気配がするな。ならばあれは防具か? ……だが、あれでは視界が遮られて戦いにくそうだな……いや、頭部を守りつつ垂れた布を腕のように動かせば手数が増やせるのか? 武具の類いだとすれば、かなり扱いが難しそうな装備だが、不意を突くことができそうだな。
スティアはしばらく凝視していた自分に気が付き、ハッと我に返る。
――ああ、ダメだダメだ。今日はもう非番で、あとは帰って寝るだけだ。余計なことは考えないようにしよう。
単純に見慣れない格好が気になったのも大きいが、他人を観察するのは騎士としての職業病に近い。
聖職者や信徒を護るのが聖職者の勤めではあるが、怨人のように分かりやすい脅威ばかりではない。信徒が信徒を傷つけることもあれば、信徒に偽装した異教徒や無神論者の場合もある。
通常の犯罪者は王国が取り締まるものだが、目の前で犯罪が発生すれば取り押さえて王国軍側に引き渡すなんてことは珍しくない。
少なくともこれまでスティアが携わってきた案件を思い返せば、怨人よりも対人の事件やトラブルの方が圧倒的に多い。
――今はさっさと食べて帰って寝る。それが今の仕事だったな。
意識してそう思考を切り替え、目の前の料理のみに意識を向けることにした。
*
スティアは料理を終え、食後のデザートと飲み物を待っている。
暇を持て余すように周囲に目を配ると、ちょうどカウンター席にいた男が席を立ったところだ。
彼もまた食事を終えているが、出入り口とは反対方向へ向かっている。
どうやら手洗い場に向かったようだ。
少し気になったのは机の上にお金を積んだままにしていることだ。金額からして食事の代金なのだろうが、今は他に客がいないとはいえ不用心が過ぎるのではないかと思った。
――まぁ今なら私が見ているし、置き引きされても何とかしてやれるが……。いや、今は私の他に客はいなかったな。
そう考えていると、ちょうど店の扉が開き、新たに一人の男性が入ってくる。
――あの装備はマルセイ王国か。
彼の装備から、隣国から派遣されている兵士であることが一目で分かる。
マルセイ王国はここロゼス王国の隣国だ。不浄之地とは面しておらず、畜産業が盛んで有名だ。スティアが今食べた肉料理もマルセイ王国産だろう。いや、城塞都市ベギンハイトで食べられる食肉のほとんどがマルセイ王国産といって過言ではない。
その兵士の容姿は若く、鎧兜に着られているようなぎこちなさから彼が新兵だろうと容易に想像できた。
スティアはロゼス王国では国家事業として兵士の調練代行事業をしていることを知っている。
隣国の新兵を引き受け訓練を施すというものだ。
調練代行事業により、今では城塞都市に駐在するロゼス王国軍よりも諸外国の新兵の方が多いほどだ。
無論、それは慈善事業ではない。
軍の維持には金がかかる。そして不浄之地と隣接した国家では軍事費を削ることは容易ではない。装備や兵糧にも莫大な資金が必要だが、なにより人件費がバカにならない。
だが人件費を削れば対怨人の戦力が不足する可能性がある。
歴史を顧みれば、長年怨人の侵攻がないからと軍事費を削った結果、突発的な大規模侵攻で国が滅んだ前例が幾つもある。
故に国は軍事費を削るわけにはいかない。
代わりに調練代行という国家事業で少しでも金銭的に補填しようとしているのがロゼス王国だ。
これは依頼者側の内陸国家としてみてもメリットはある。
怨人は神託之地を忌避すると言われているが、侵攻してきた怨人が自ら不浄の地に戻っていくことはない。これは神託の地に怨人の攻撃対象が無数にあるため――とされている。
もし仮にロゼス王国が怨人の侵攻により滅んだ場合、次は内陸国家が標的となる。その段になって怨人との実戦経験がない軍隊というのは非常に心許ない。
だがベギンハイトのような城塞都市では怨人との実戦経験も得ることができる。それは内陸国家が国内で調練した場合には決して得られない経験値だ。
加えて南方の諸国はラザネラ教を国教としてしるところがほとんどだ。ロゼス王国しかり、隣国のマルセイ王国しかり。ラザネラ教の教義として『安寧』の維持は重要な課題だ。
そして怨人とは世界共通の脅威である。ともなれば内陸国家が自国の利益を優先し境界国家を支援しないのはラザネラ教の教義を軽んじていると受け取られかねない。
そのため内陸国家としても国家レベルでの支援は行う。行うが、タダで支援するのは口惜しい。せっかくなら少しでも見返りが欲しい。
結果、金銭や物資の支援の他に、派兵という形で支援している。そこで実戦経験を積んだ兵士が国に戻ってくれば、内陸国家としてもメリットがあるからだ。
すなわちロゼス王国としては調練代行事業によって少しでも隣国からの援助を引き出そうと躍起で、隣国は自国の利益に還元させようと必死だ。
他国から派兵された兵士が多いベギンハイトの構図は、長い年月をかけて国家間の駆け引きが行われた結果だと理解しているが、スティアはそのくらいの知識にととどまる。
ラザネラ教は国家の枠組みを超えて存在し、むしろ国家間の軋轢を調停する側ではあるが、それは騎士ではなく聖職者の仕事だからだ。
――けど、その辺りももっと勉強していかないとな……。
そう考えるのは騎士長になってからだ。
命じられたことをただ行うだけならば国際情勢などさほど気にする必要はなかったが、ある程度の裁量を与えられ物事を判断する立場になると知識は多い越したことはない。少なくとも、無知ではいられない。
「あっ、えっと……その――」
スティアが今後の課題の一つを再確認している間に、新兵はウエイトレスに声をかけられる。だがどうにも言動がおぼつかない。何かを探しているように店内を見渡している。
「えっと……自分は食事じゃなくて――」
何かを探している様子だ。
その兵士は階段の存在に気付くと、視線をのぼらせ、中二階にいるスティアに気が付き、視線が合った。
「あっ! あの方に、用があって――」
新兵は申し訳なさを引きずるように店員に断りを入れ、階段を駆け上がってくると、肩で息をしつつスティアに近づいてくる。
「お、お忙しいのにすみません。自分はゲーゴと言います。今、少しよろしいでしょうか?」
「はい。どうされましたか?」
休むように言われている手前ここで騎士として仕事をしては怒られそうだ――と思いつつも、新兵の切羽詰まった表情を見て、まずは話を聞くことにする。
「あの、えっと、捜索命令についてはご存じですか?」
「というと?」
王国軍側でも独自に捜索を行っていることは捜索に出た後に把握した。だが目の前の新兵がどういう立場にいるのか分からないので念のため聞き返すと、彼は周囲を見渡し警戒する素振りをみせ、声を落として答える。
「昨晩の一件で『逃亡している人物がいる』という話です」
「――ええ」
昨晩、怨人の追われ、怨人を都市に招き入れたかもしれない人物。騎士団も多くの人材を割いて捜索に当たっているが、未だ見つけられていないどころか、痕跡すら発見できていない。
「見つけました」
新兵はその頼りなさそうな言動からは想像できないほど断言するので、スティアは思わず目を丸くする。
「ただ、その……今、自分1人でして……自分の部隊に知らせる余裕がなくて……その、お恥ずかしい話、小隊とはぐれた上に犯人を見失うと、その、説教では済まないので……ご助力をお願いしたいのです」
ベギンハイトの都市区画は比較的しっかりと整理され分かりやすい部類ではあるが、隣国から派遣されてきたばかりの新兵がすぐに把握できるほど狭くはない。
それに新兵の時は目先のことで精一杯になり視野が狭くなることは往々にしてある。
故に、所属する部隊とはぐれたという彼の言葉にさほど疑問は抱かなかった。
スティアは「分かりました」と頷き、核心に迫る。
「それで、その人物はどこに?」
「ここです」
「……え?」
兵士は足下を指さす。
「先ほどまで窓際に一人で座っていた人物です」
スティアは思わず息を飲み込む。
確かに、一風変わった格好をしていた。だが改めてその席を見てみると違和感を覚える。お金はまるでその場で調達したような乱雑さ。窓際のカウンター席に自分から座り、いつでも逃げ出せるような位置取り。
――そういえば、食事時だというのにまるで気を抜いているようには見えなかった……。
スティアはそう考え、兵士の言うことに信憑性があるように感じ始めた。
――だがどうする?
今はコンディションが悪い状態だ。だから戻って休めと言われたばかりだ。
だがここで見聞きしなかったことにして立ち去るような選択肢だけは、騎士として絶対にあり得ない。
とはいえここで考えなしに捕まえようとするのは愚策だろう。相手の実力が分からず、下手をすると英傑の域――ベージェス団長か、精鋭が一丸となってことに当たる必要がある強者かもしれない。
だからこそ司祭様は実力ある騎士を多く派遣したのだ。ここに現れたということは、予測は標的をかすめていたのだろう。……いや、今やそれを考えるべき時ではないな。今どう行動するかだ。考えろ――と、スティアは必死に思慮を巡らせる。
最悪なのは、自分や新兵で情報が途切れることだ。
――必ず伝えなければ。
スティアは改めて目の前の新兵に視線を向ける。年齢は十代の後半で、まだ成人の儀を受ける前と思しき年頃だ。
体格は華奢で、感じ取れる気配から若干の鬼道が使えるようだが、その練度も実力もまだまだ新兵の域を出ない。ようやく基礎訓練を終えようかという頃に思える。
少なくとも、この兵士の実力では標的の監視役としては期待できないことは明白だ。ここを任せるくらいなら、自分が監視していた方がいいだろう――そう結論づける。
「この近くにブリニーゼ歓楽街があるのは知ってるか?」
「えっ、はっ、はい」
「今そこに多くの騎士がいる。誰でもいい。他の騎士にこの事態を伝えてきてくれ。私はこれからすぐに奴を追い、監視する」
「えっ、し、しかし――」
「私の騎獣を使え。事態は急を要――」
そう兵士に小声で指示を出している。その最中だった。
「ここからの眺めはいいですね」
「――っ!?」
不意に男の声がする。
警戒心と共に振り返ると、例の男が階段を上りきったところにいた。
「僕もこちらに座れば良かったかもしれません」
――いつからそこにいた? 手洗いに行ったと見せかけて既に逃亡していると思っていたが……いや、それよりもどこから話を聞いていた? 何が狙いだ?
スティアの脳裏には瞬間的にさまざまな思考が過ぎる。
「大事な話の途中で遮ってしまってすみません。ですが小声で話していると気になったりしますよね。そう、例えば、誰かを捕まえる算段――とか」
――バレている……いや、標的がたまたま同じ店に入ったなんて偶然があり得るだろうか? 狙って店に入ったならば、狙いは私か?
第4騎士長としてか、あるいはベギンハイト家の四女という立場が狙いかは分からない。だがなぜ先ほどその可能性に気付かなかったのか――とスティアは自分を責めつつも、相手に気取られないように臨戦態勢をとる。
スティアは、兵士がここを出て情報を他の騎士に伝えることを願い時間を稼ごうと口を開く。
「ゲーゴと言ったか。君は避難しろ」
だが背後にいる兵士――ゲーゴは怯えたまま動かない。彼にはここから脱出して他の騎士に情報を持っていってもらわねばならない。
だがそんなことを正直に口にしたら、きっと先に潰されるだろう。
ゲーゴが動けるかは分からないが、そこに賭けるしかない。彼が情報を持ち帰る間に目の前の男を足止めすること――それが自分の役目だ。たとえ命を賭したとしても。
そう覚悟を決め、スティアは「何者だ?」と男の注意を自分に向ける。
「こちらに戦闘の意思はありません。叶うなら、穏便に話し合いができればと思っています」
男は顔を隠したまま告げ、身近な椅子を引き、そこに腰を下ろした。まるで本当に戦闘の意志がないと言わんばかりに。
「何者だ、と聞いている」
会話が成立していないと感じたスティアは、口調を強めて再度問いかける。
「一言で説明するなら――昨晩、空から墜ちた者です。名を、シセイと申します」




