[2]ラザネラ教会 前編 - 緊急会議
2月10日、午前6時過ぎ。
東の空が闇を押しのけ紅く染まり始めた頃。
城塞都市ベギンハイトにあるラザネラ教ベギンハイト支部の教会堂、その廊下にて清涼な声をした女性騎士が声をあげる。
「ベージェス団長!」
「――スティアか」
スティアと呼ばれた彼女は、ベージェス団長と呼んだ男性の元に駆け寄ると、深々と頭を下げて謝罪を口にする。
「怨人の襲来に際し、我が隊の展開が遅れてしまい――誠に申し訳ございません」
スティアの、青い炎のように鮮やかな総髪の揺れがおさまる間もなく、ベージェス団長は振り返りながら厳しい口調で言葉を返す。
「第4騎士隊にもスティア自身にも課題は多い。だが省みるのは事態が収束してからだ。己の無力さを痛感したのであれば今できることに全力を尽くせ」
スティアの見目は麗しい若い女性であったが、騎士団の紋章が刻まれた外套と騎士特有の甲冑は、女性的な美しさよりも力強さが目立つ。
「……はいッ!」
スティアは多くの自責の感情を飲み込み、苦虫を噛み潰したように端的な返事を口にする。
*
スティアとベージェス団長は早足で廊下を進む。
ラザネラ教の威厳を示すかのように豪華絢爛、威風堂々とした廊下を進むと、目的の部屋が見えてくる。
扉の前には警備任務に着いている2人の騎士がいて、彼らは騎士団内で用いられる敬礼を示した後、扉を開ける。
入室すると、すでに多くの騎士と聖職者が集まっており、騎士たちは椅子から立ち上がり敬礼を示す。
「楽に」
ベージェス団長が端的に告げると、各員は敬礼を解き、団長の着席を待ってから再び席に着く。
この部屋は会議室と迎賓室を兼ねた大部屋で、中央には立派な長机が置かれ40名ほどが座れるようになっている。
スティアもまた自らの所定の席に向かう。
この場における上座と下座は厳格に決まっており、団長は上座の隣の席、スティアはそこから3つ隣の席だ。
上座に座るのはベギンハイト支部教会における最高位であるミラティク・モーガスフィ司祭と決まっていて、司祭から見て右手に騎士団、左手には聖職者たちが階位順に座る。
スティアが着席した直後、支部教会において序列2位にあたるシルグ司祭補佐が口を開く。
「司祭様は別件の対応中でございます。今しばらくお待ちください」
「承知しました」
ベージェス団長が事務的に言葉を返すと、中年の主任聖職者たちは待っていたと言わんばかりに口を開く。
「団長殿、こたびの一件、さすがでございますな! 迅速な指揮と討伐――感服いたしましたぞ」
「ええ全くもってその通り。さらには下のお子様が1歳になられたとのことで、まことにおめでとうございます。来年の幼年の儀では祝福の言葉を贈れそうで今から楽しみですのよ」
そんな歓談が耳につくと、スティアの視線は自然と下がった。
2時間ほど前、怨人の襲来が発生した。
そこでスティアは致命的なほどの失態を犯してしまったからだ。
言い訳をするならば、昨晩のスティアは疲弊していた。
例年2月9日はラザネラ教の祭事が行われる日だ。午前中に2歳を迎えた子供を祝う幼年の儀、9歳を祝う少年の儀、そして午後からは16歳を祝う青年の儀、24歳を祝う成人の儀が行われる。
この祭事は年間でも五指に入る多忙さで、特に見習いになったばかりの騎士は目を回していた。すでに騎士としては10年目のスティアはその忙しさを身に染みて知っていたつもりだった。しかしスティアは一兵卒の騎士ではない。今年度から第4騎士隊の騎士長という立場を拝命し、多くの騎士を束ねる立場になった。
第4騎士隊は祭事による激務を終日こなし、ようやく仕事が片付いたのは日を跨いだ10日午前2時過ぎだった。
そこから、立ったまま寝てしまいそうな見習い騎士や、疲労困憊で足取りのおぼつかない新人騎士たちを宿舎へ引率したり後始末をしたりして、スティアが就寝できたのは午前3時半ごろだった。
そして、そのわずか一時間後、怨人の襲来が発生した。
――タイミングが悪かった。
それは否定はできない。
しかしそれを口にしてしまえば騎士長として失格な気がした。
そもそもの話、第4騎士隊は教導隊だ。入ってきたばかりの見習い騎士が最初に配属され、新人を卒業できるまで籍を置く。
そして教導隊の騎士長となったスティアもまた、新人士官として教導を受けるために配属されたのだと理解している。部下であるはずの第4騎士隊の副長が元第1騎士隊のベテラン騎士であることを考えると、第4騎士隊の実質的なトップが副長なのは火を見るより明らかだ。
一介の騎士であれば命令に従っていれば良かった。
だが騎士長という立場はそれだけでは足りない。多くの騎士をまとめ上げ、下された命令と与えられた裁量に板挟みになりながら、立場相応の責任者として職務を全うしなくてはならない。
新人が多少の失敗をするのは仕方のないことだ。重要なのは反省し、そこから何を学び、今後にどう生かしていくかだろう。当然、スティアもそれを理解している。
――頭では理解、している。
だが騎士長を拝命して一年弱、これまでにもいくつかの失態を重ねてきたスティアは「自分は人の上に立つ素質がないのでは?」と精神的に負担に感じていた。
そこに今回の失態が積み重なり、席に着いたスティアの表情は暗く、視線が沈み込み、思わず唇を噛みしめていた。
スティアよりさらに責任ある立場にいるベージェス団長は、祭事による疲弊を一切見せることなく職務を全うし、怨人襲来においても的確な指示を出しつつ、自らは怨人討伐という功績も挙げている。
そんなベージェス団長への賛辞を語る聖職者たちの言葉は、追い打ちをかけるようにスティアの精神に重くのしかかってきていた。
*
それから少しして奥の扉が開き、ミラティク司祭が3人の主任聖職者を引き連れて入室する。
ミラティク司祭は梟の特徴が色濃い竜人の男性であり、200歳を超える高齢ながらも、肉体的な衰えを感じさせない優雅な所作だ。
聖職者、騎士団員全てが起立し敬礼を向ける。
「待たせてしまいましたね」
ミラティク司祭は優しく柔らかい口調で語りかけ、敬礼に軽く手をあげ対応する。
上座に司祭が座るのを確認し、一緒に入ってきた主任聖職者も自分たちの下座についた。
「この非常時にわざわざ君たちを集めたのは他でもありません。先ほど発生した『怨人の襲来』に関連し、早急に意思の統一が必要だと判断したためです。まずは現状の情報共有から――シルグ」
ミラティク司祭から言葉を引き継いだシルグ司祭補佐は、報告書を片手に立ち上がり口を開く。
「本日午前4時21分、南西、7時の方角より怨人の襲来が発生。第3区西にある遊郭街にて多くの被害が発生しました。襲来した怨人は中型1体ながらも、飛行型のため極めて脅威度の高い個体であり、近年では最も強力な個体と考えられます」
スティアは自分の失態を指摘されたような感覚を覚え、さらに気分が落ち込むのを自覚する。
それでも騎士として最低限の体裁は保ち、辛うじて視線は落とさなかった。
「最新の被害状況についてですが――」
と、シルグ司祭補佐は手元の資料を一瞥し、正確に答える。
「現段階で死者数は60名を超え、負傷者は300名近くに上ります。さらに、倒壊した建物の下には多数の行方不明者がいると想定されます」
「何とも嘆かわしい。……ですが、都市部まで侵入を許したにしては被害が想定被害を大きくしたまわったのは不幸中の幸い――いえ、団長殿の武勲でしょうな」
そう所感を述べる聖職者の次に口を開いたのは、騎士団の副団長ロロベニカだ。
「襲撃を受けたのは遊郭区画とのことですが、今あげられた死傷者数は信徒のみなのでしょうか?」
「現在も王国軍側による救助活動および確認作業が行われておりますが、現時点で完了の見込みは立っておりません。遊郭での死者は判別に時間を要すると思われます」
「確かに遊廓街は少々――特殊、ですからな」
ロロベニカ副団長は訝しそうに表情を歪めるが、シルグの言葉が続いたことですぐに表情を引き締めなおす。
「そこで、第2騎士隊および聖職者を現場に派遣したいのですが、ロロベニカ副団長としてはいかがでしょうか?」
第2騎士隊は副団長直轄の部隊であり、役割は秩序の監督。異端審問などを担当するラザネラ教における諜報および執行部隊だ。
「問題ありません。むしろ未だに王国軍側から協力要請が無いことが解せないほどです」
「王国軍側では今なお指揮系統の混乱が解消していない様子です。派閥争いが原因であることは想像に難くありませんが、責任の追及はまた別の機会に設けましょう」
ロロベニカ副長が同意すると、シルグ司祭補佐は閑話休題と言葉を続ける。
「ご存じの通り、怨人の襲来は連鎖する場合があります。しかし今のところ、それらしき兆候は確認されておりません」
シルグは一呼吸置くと、手元の資料を一瞥しながら「ただ――」と言葉を続ける。
「問題は、この度の怨人襲来の原因に関しまして――無論、もとより怨人の行動原理を理解することなど不可能でしょうが――今回に限って言えば、『獲物を追っていた』とする報告が上がってきている点です」
その情報をまだ知らなかったであろう聖職者や騎士の間でざわりとした空気が生まれ、室内全体に伝播する。
不浄の地に面している都市である以上、怨人の襲来のリスクはいついかなる時も発生しうる。むしろ内陸の都市部へ怨人が向かわないために、意図して境界ギリギリに大きな城塞都市を造り誘導、駆除しているのだから、襲来はむしろあって然るべきだ。
だがもし怨人の襲来が自然発生ではなく、何者かが誘因したものであれば話は変わってくる。
「現在『獲物』の内、1名は王国軍側で、2名は我々の方で捕らえています」
「『小型の怨人』ではないのですか?」
人と変わらないサイズの小型の怨人も存在する。その可能性を懸念した主任聖職者の問いかけに、シルグは「いいえ」と首を振りながら説明を続ける。
「1人は狼系統の獣人でかつ魔法を使用していました。怨人は魔法を行使できる個体や獣人の特徴を持つ個体は確認されていませんので、その可能性は極めて低いでしょう」
ざわざわとした空気が、次の言葉でどよめきに変わる。
「――そして、もう1人の種族ですが……おそらく、魔女と見込まれています」
「まさか……マシリティ帝国か!?」
他の主任聖職者が驚嘆の声を上げるが、シルグ司祭補佐は「断定はできません」と再び首を振る。
しかし「可能性は捨てきれない」といった意見や「威力偵察ではないか?」、「邪教徒どもが……」とする意見が噴出し、聖職者たちによる議論は次第に紛糾する。
ラザネラ教とマギ教は対立関係にあり、その歴史は非常に長い。そしてマギ教の発祥の地にして総本山こそマシリティ帝国であり、魔女によって建国されたことで有名な列強国の一角でもある。
そんな議論を止めたのはミラティク司祭だ。
細い手で、扉をノックするように机の上を軽く叩く。それが手を止めて自分に注目するように示した合図であることはこの場にいる全員が知っていた。
「皆の懸念も理解できます。しかし話の肝はそこではありません。怨人に追われていた者は『4人』いました。言いたいことは分かりますね?」
王国軍側で1人、支部教会で2人。すなわち、まだ1人捕まっていないことを理解した聖職者たちにどよめきが走る。
「現代において魔女と言えば真っ先にマシリティ帝国、ひいてはマギ教が連想されます。なぜならそこに属さなかった魔女がことごとく不審死を遂げた歴史があるためです。しかしその毒牙が及ばなかった国が2つあることを忘れてはなりません」
ミラティク司祭は全員の注目を再度引き締めるような絶妙な間を置き、言葉を続ける。
「我らが神聖ラザネラ帝国、そしてレスティア皇国です。本事案が覇権国家絡みともなれば、早計な判断を下すのは非常に危ういことを理解しておくように。なにせことと次第によっては、我らが神聖ラザネラ帝国が動きかねないのですから。――ここまでで異論がある者はいますか?」
その場で異論を唱える者はおらず、ミラティク司祭はさらに言葉を続ける。
「それでは支部教会を預かる司祭として命じます。――副団長は現在行方の知れない『逃亡者』の捜索、その指揮を執るように。第2から1人、第3から3人、第4から2人の捜索班を複数編制し、ブリニーゼ歓楽街とその周辺から捜索を始めて下さい。第3騎士長は第3騎士6名からなる小隊を複数編成し、捜索班の護衛、および捜索範囲の巡回を行うように」
副団長のロロベニカと第3騎士隊の騎士長を務めるルグキスは「了解」と命令を受諾する。
第3騎士隊は信徒を脅威から守る矛であり盾としての実戦特化の部隊である。支部教会における主戦力となる騎士隊だ。
「第3騎士隊を重点配置すると言うことは、それだけ『脅威を秘めている』と考えて差し支えないでしょうか?」
ロロベニカ副団長の問いかけに、ミラティク司祭は「状況証拠のみですが――」と理由を説明する。
「『逃亡者』は英傑級の実力を有している可能性があります。今回の個体は襲来時点において、すでにかなりのダメージを蓄積していました。しかしこちらで捕縛した2名はオドに浸食され、特に魔女の方は意識不明となってかなり時間が経過している様子でした。王国軍側に捕縛された1名の詳細は分かりませんが、結果だけを見ればバラギアの一撃で沈んでいます」
その話を聞いて、ロロベニカ副団長は「つまるところ――」と驚愕の表情を浮かべて意図をまとめる。
「件の逃亡者が、4人の飛行を管理し、治療を施しつつ、さらに怨人に対し強力な攻撃を敢行していた――ということでしょうか?」
「私はそう考えています。これほどのことを並行して行えるなれば英傑の中でもさらに上位の評価は下らないでしょう。少なくとも襲来当時、侵入者たちは上空で散りましたが、怨人が最後まで追ったのはその『逃亡者』です」
怨人には攻撃対象に明確な優先順位がある。植物より虫を、虫より動物を、動物より人類を優先して襲う。そして魔法や鬼道の術式による気配を感じ取れるようで、同じ人類の中でも術式の強い者を最優先に狙う習性がある。
すなわち『4人の襲来者』の中で『現在逃亡中の人物』が最も術式の出力が高く、保有する戦闘力が高い可能性が大きい。
「さらに逃亡者は、ベージェス、バラギア両名の追跡を撒いています。混乱と闇夜に乗じたとはいえ、ロゼス王国が誇る3人の英傑のうち2人から逃げ切る実力者ともなれば、最大限の警戒を要します。人類は怨人とは違い、知性がありますからね」
「しかし、もしそれだけの実力者であれば既にベギンハイトから出ているのではありませんか?」
ロロベニカの問いかけにミラティク司祭は「これは私の直感ですが――」と所感を述べる。
「ベージェスが捕らえた獣人は最後まで投降せず、仲間の安否を心配し、かつ合流しようとしていました。ベギンハイト上空で散ったのも『逃走者』が怨人を引きつけ仲間を逃がすためならば腑に落ちる点は多くあります。身内への情に厚い人物ならば救出に動き出す可能性が高いでしょう」
なるほど――とロロベニカ副団長は納得していたが、第3騎士長のルグキスは別の質問を投げかける。
「それほどの実力者が相手ならば団長が出た方が良いのではないですか?」
「ベージェスと第1騎士団は教会の守りを固めることを優先させざるを得ません。英傑とまではいかないものの、獣人とて高い戦闘技能を有していました。彼が意識を取り戻した際に、押さえ込みつつ情報を聞き出せるほどの実力者が現場に必要です」
ルグキスは納得しつつ、さらに別の質問を問いかける。
「ではなぜブリニーゼ歓楽街周辺から捜索するんです? あそこは怨人の襲来地点とはだいぶ離れてますが」
「怨人が討伐されてすでに2時間が経過しようというのに一切の動きが見られない以上、逃亡者も回復を優先せざるを得ないほどの消耗があると考えられます。もし回復を図るならば、人混みに紛れて休息を取り、かつ物資の調達が行いやすい場所――夜通し賑やかな繁華街が有力候補です」
「確かに……大衆向けの店では客が信徒かどうかなんていちいち確認しませんからね」
「加えて、逃亡した方向や怨人が襲来した地点からつかず離れず――それでいて混乱があまり伝わっていない立地となれば、ブリニーゼ歓楽街が最も有力です」
「戦力の分散をしないのは賛同します。ですが入れ違いに教会堂が襲われてはマズいのではないですか?」
「それもベージェスを教会にとどめておく理由のひとつですよ」
ルグキスの疑問に答えつつも、ミラティク司祭はロロベニカ副団長に視線を移す。
「教会と捜索班の連絡は密にとるようにしてください。もしも『逃亡者』が入れ違いに教会へ襲撃してきた場合は徹底して退路をふさぐように。自ら火中に飛び込んできたのであれば包囲し、挟撃します」
ルグキスの疑問が解消されたところで、ミラティク司祭は現在捕らえている2人の処遇について触れる。
「さて魔女の処遇について――どのような立場かまだ不明ではありますが――すでにオドの汚染が酷く、このままでは長くは持たないでしょう。故に治療を最優先とします。獣人の方は意識が戻り次第、尋問する必要があるでしょう」
担当する主任聖職者をそれぞれ指名し、続いて王国軍側で捕らえている1名について、シルグ司祭補佐へ向き直し告げる。
「シルグ、貴女は王国軍との交渉を」
シルグは頭が良くいつも冷静沈着な女性だ。だがミラティク司祭の言葉で初めてその表情が曇った。
「それは、バラギア氏が捕らえている女性の件――で、お間違えないでしょうか」
「ええ。早急にこちらへ引き渡すように、と」
シルグ助祭の表情に懸念が浮かび上がる。
「……彼はベギンハイト家当主の次男でありロゼス王国における三英傑の一人です。……今こじれると色々と厄介かと……それに、バラギア氏が女性である私の言葉に耳を貸すとは思えません」
シルグはバラギアのことを生理的に受け付けないようだ。その気持ちはスティアにも分かる。あの極端な男尊女卑主義者にして猟奇的な嗜虐性愛者と関わりたいと思う女性はいない。
「すでにガルフには根回しをしています」
ガルフ・ベギンハイトはバラギアの兄であり、ベギンハイト家の次期当主と目されている長男だ。
「女性を蔑視しているバラギアのことです。シルグが引き渡しを要求すれば直接乗り込んでくるでしょう。その後の対応はベージェスとガルフに引き継がせます」
シルグは納得した様子で「かしこまりました」と答えると、ミラティク司祭は話をいったん区切り全員の顔を見渡す。
「さて、以上が司祭としての方針ですが、他に質問や意見がある者はいますか?」
スティアは無意識に唇を噛みしめながら、会議の行方を見守っていた。現状、自分には発言すべきことがなかったからだ。
ミラティク司祭が会議の出席者を見渡す。そのわずかな時間の中でベージェス団長の視線がスティアの方へ向いていることに気がついた。
何かを訴えるような視線に感じたが、その意図が分からないでいると、ミラティク司祭の視線もスティアへ向けられる。
「スティア」
「はっ、はい!」
「スティアからは何かありますか?」
「わ、私ですか……えー、いえ。その――」
歯切れが悪いスティアに全員の視線が向いている。スティアはさらに萎縮しながら、何か言うべきか考えるが、何も思いつかず「特にございません」と返す。
注目される視線に耐えられなくて口にした返事だったが、ミラティク司祭は少しガッカリしたような表情を浮かべている。
「『第4騎士隊は現在動かせる状況にある』と、判断して問題ありませんか?」
具体的にそう問われ、ハッと気が付く。
「あっ……。……いえ……申し訳ございません。現在の疲弊を考えると、難しいかと存じます……」
スティアは胃がキリキリと痛むのを自覚する。
一介の騎士であれば良かった。たとえ疲労困憊であろうとも、有事の際には命令に従い、這ってでも任務をこなせば良かった。
だが騎士長という立場になると部下をしっかりと管理しなくてはならなくなる。
スティアのさらに上司が、こちらの都合など考えず無理難題を押しつけてくるだけならまだやりやすかっただろう。だが――余所の教会はどうか知らないが――ここのベギンハイト支部教会ではそうではない。
騎士長という騎士をまとめる立場になった以上は、その地位に相応しい判断力や、必要に応じて上の者に対してでも意見具申を行うことが求められる。部下が使えない状況でそのまま使い潰せば、それはスティアの責任となる。
第4騎士団の騎士長を拝命して一年弱。自信を喪失しかけていたスティアは先の怨人襲来で失態を犯しメンタルが落ち込んでいた。そしてたった今も、必要な意見具申ができず、さらなる失態を重ねてしまったことが精神的な追い打ちを受ける。
「それでは第4の中で見習いを卒業した新人騎士は一時的に第一騎士隊の指揮下に入れましょう。その方が彼らにとっても良い刺激になるかと」
スティアの歯切れの悪い説明を受けて、ベージェス団長が代わりに提案する。
第1騎士隊は団長直轄の近衛騎士であり、教会と聖職者、要人の護衛が主任務だ。多くのベテラン騎士が籍を置き、ベギンハイト支部教会における最精鋭の部隊だ。
そんな第1騎士隊の指揮下に入ると言うことは、支部教会の護衛に回るということだ。すなわち第4騎士隊の新人騎士たちは、実質的に教会堂で待機するに等しい。
ミラティク司祭が頷き肯定すると、ベージェス団長は続けてロロベニカ副団長に問いかける。
「捜索班について、第2騎士団から2名ずつ当てることは可能か?」
「可能です。しかし、遊廓街への派遣も考えますと、人員をほとんど出払うことになります。第2の予備兵力が残りませんのでその穴を第1の方で埋めてもらってもよろしいでしょうか?」
「問題ない。では第4騎士隊の見習いたちについては解散させ、十分な休息を取らせよう」
スティアの失態を、ベージェス団長がすぐに穴埋めをする。第4騎士団の動ける騎士は第1騎士団が預かり、残りは解散。それはつまり、一時的とはいえスティアは隊長として指揮するべき部下が一人もいなくなったことを意味する。
「スティア、お前も今日はしっかりと休んでおけ」
加えてベージェス団長はさらに気づかいまでしてくれる。
「っ……。いえ、せめて捜索班に同行します。同行させて下さい」
騎士長としては未熟もいいところだ。だが騎士としても動けないようでは、それこそスティアの騎士としての自信や自負が完全に崩れてしまいそうな恐怖を感じ、何とか同行を願い出る。
「……では、ロロベニカの指揮下に入れ」
ベージェス団長はそう承諾してくれるが、ロロベニカ副団長の顔色がわずかに曇ったのに気がついた。




