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[2]皇帝の勅命

 ラザネラ暦6077年2月12日。

 人型彁依物ヒトガタアーティファクト――加々良至誠の発見から53日後。喪失事案の発生から2日後。


 天候、暗雲。

 場所、レスティア皇国。


 神託(しんたく)之地(のち)の中心に広がる世界最大の淡水湖(たんすいこ)、イア・デクゾエ・アブズ()――通称、イデア湖。そこに点在する島のひとつに世界樹アズネラがそそり立ち、レスティア皇国の首都リエルキアはその(ふもと)に広がっている。


 世界樹を背に(そび)える皇城、その中でもひときわ(おごそ)かな広間――玉座の間に純白(アルビノ)の少女、エルミリディナ・レスティア第一皇女が入室すると悠然(ゆうぜん)と歩みながら配下の者たちに問いかける。


「全員いるかしらぁ?」


 エルミリディナは純白で絢爛(けんらん)なドレスを身に(まと)い、皇女として相応(ふさわ)しい格式をなびかせる。そして玉座(ぎょくざ)の前まで歩み出ると、ドレスをはためかせ腰を下ろした。


 広間にはふたつの玉座がある。


 漆黒をベースに、茜色(あかねいろ)をメインに据え、金のアクセントカラーであしらわれた皇帝の玉座。

 純白をベースに、天空色をメインに据え、銀のアクセントカラーがあしらわれた皇女の玉座。


 エルミリディナは純白の方に腰を下ろし、再び口を開く。


「リネーシャが来る前に、ひとつ言っておくわ」


 空の玉座を一瞥(いちべつ)し、エルミリディナは玉座の間にいる全ての者たちに向けて言葉を発する。


「リネーシャとは千年ちょっとの付き合いだけど、ここまで機嫌が悪いのは初めてね」


 エルミリディナの発言を受けて、玉座の間の最下段からどよめきに似た声が漏れる。


 玉座の間は三段の階層に分かれており、最上段にには皇帝と皇女の玉座のみが座する。


 その下、中段にはリネーシャ直属組織の『眷属(けんぞく)』、エルミリディナ直属組織の『召使(めしつかい)』の者たちが壁に沿って並んでいる。


 最下段には国家の中枢を担う者たちが立ち並ぶ。首相や政党の代表議員、各省庁の大臣や長官、皇国軍の将官、中央銀行の総裁、最高裁判官、各財閥の会長、ギルド連合の理事長など――最下段とはいえ皇国におけるエリート中のエリートが(つど)っている。


 そんなエリートが思わずどよめくのは、今回の招集とエルミリディナの発言が極めて異例であるためだ。


 そもそもレスティア皇国では玉座の間に国内の要人が召集される機会はあまりない。定期的な招集は年に二度、元日と、建国日を意味する戴冠奉呈(たいかんほうてい)記念日のみだ。


 今回のような臨時招集は、大規模な自然災害や彁依物(アーティファクト)災害が発生した場合など、有事に行われることが多い。そこに来て皇帝であるリネーシャの不機嫌。どよめきが起こるには充分な内容だった。


 加えてエルミリディナ第一皇女が道化を演じていない。日常的によく道化(おちゃらけ)ている彼女が、この場においては極めて真面目な雰囲気をまとっている。こういう場合、事態がかなり深刻なことが多い。それを召集された者たちは理解していた。


「――!」


 彼らが息を飲んでいると重厚な扉が開かれ、リネーシャが玉座の間へと入室する。皇帝としての正装を身にまとい、優美な幼さと(りん)とした畏怖(いふ)を振り撒きながら。


 エルミリディナ第一皇女を含め、招集された全ての者は皇帝に皇国式の最敬礼を見せる。


 片膝をつき顔を伏せ首を差し出すような最敬礼の仕草は、リネーシャが立ったまま首を切り落とし血を(すす)るのに適した体勢とされ、皇帝に全てを捧げるという意味を持つ。


 皇帝が玉座に腰を下ろすと、続いてエルミリディナ第一皇女が敬礼を解き着席する。続き招集された者たちも顔を上げていく。


「まずは、諸君(しょくん)らの何人かに対し謝らねばなるまい。久しく感じていなかった『(いきどお)り』という感情を抑制(よくせい)するのに時間を要してしまった。覇気(はき)に当てられ卒倒(そっとう)した者もいたと聞いている。悪かったな」


 開口一番に響き渡る皇帝の声には、エルミリディナの忠告とは異なり露骨に不機嫌と思える雰囲気は含まれていない。だが確かに、いつもに比べると語気が強いと感じた者は多かった。


「さて、ことの経緯を知らぬ者も多かろう。そこで、まずは情報の共有からだ。スワヴェルディ」


 中段の階層に立っていたスワヴェルディは数歩前へ出ると、最下段へ向き口を開く。


「これより概要を説明いたします。子細につきましては、後ほど文章にまとめたものをご覧下さい。ただし、こちらは第二種機密文書の指定となりますのでご注意ください」


 実際にまとめられた文章の表紙を見せつつ、説明を始める。


「事の発端は某王国にて鉱石系彁依物(アーティファクト)である『神託残滓(しんたくざんし)』の鉱脈が発見されました。この時、王国は彁依物(アーティファクト)統轄聯盟(とうかつれんめい)に報告を上げましたが、その中に『神託残滓内部に未知の人物が内包』されており、このことに陛下は強い興味を示され、陛下自ら実地調査を行う運びとなりました」


 スワヴェルディが指を鳴らしつつある術式を発動させると、玉座の間に一人の容姿が投影させる。


「こちらが発見された人型(ひとがた)彁依物(アーティファクト)になります。観測の結果、該当彁依物(アーティファクト)は『オドの悪影響を一切受けない』、『未知の知識を有している』の2つの特性を有していました。この中でも陛下は、彼の持つ『未知の知識』について特に強い興味を抱いておいででした」


 スワヴェルディは映像を切り替えながら説明を続ける。


「個としての生命力は常人とさして変わらず、友好的な態度を示していました。また、氏名を持っており、名を『至誠(しせい)』、家名を『加々良(かがら)』と名乗っています。等級の策定はまだ確定していませんが、調査班の見解としまして脅威度はかなり低いと見込まれています」


 スワヴェルディが再度指を鳴らすと、投影術式は解除される。


「該当彁依物(アーティファクト)は特性を確認後、皇国へ移送を予定しておりましたが、外的要因により調査班の一部と共に喪失する事態に陥りました。外的要因の詳細につきましてはまた別の問題と関係してきますのでこの場では伏せますが、喪失至らしめた直接的な要因は別の彁依物(アーティファクト)に起因するものとなります」


 概要を告げ終わるとスワヴェルディは下がり、代わりにリネーシャが言葉を引き継ぐ。


「今回の喪失事案は私自身の怠慢に他ならない。外的要因のリスクを甘く見積もり過ぎていた。その点については反省し、今後の糧とせねばならない」


 が――とリネーシャは言葉を続ける。


「今優先すべきは改善点の洗い出しではない。未だ、加々良至誠(該当彁依物)は生きているからだ」


 声を張り玉座の間にいる全員に声を届けるリネーシャに、エルミリディナが小さく言葉をかける。


「あら、生きてたのね。どうやって調べたの?」


「684を使った」


「あの彁依物(アーティファクト)を使ったのね。結構思い切ったわねぇ……。それで、他はどうなのかしら?」


 リネーシャはエルミリディナ以外にも聞こえるよう術式によって声を届けながら答える。


「同時に消失した調査班員の内、ミグ・レキャリシアルおよびリッチェ・リドレナの生存を確認した」


「テサロはダメだったのかしら?」


「ああ」


(けん)(ぞく)候補だったあの子(テサロ)を失うのは痛いわねぇ」


 残念がるエルミリディナに、リネーシャもまた惜しい声で「そうだな……」と返し、一度話を切り本題に戻す。


「さて諸君――君らを招集したのは他でもない。この人型(ひとがた)彁依物(アーティファクト)についてだ。彼は今なお生きている。五体満足か、虫の息かは不明だが、まだ命がある」


「だったらやることはひとつよねぇ」


 エルミリディナの(つぶや)きを肯定すると、リネーシャは眷属の一人であるイリーナ・カレンドロヴァの名を呼ぶ。


「中央情報局の総力を挙げて加々良至誠の情報を集めよ」


 20代前半の女性と言った容姿の夢魔――イリーナは細い尻尾をなびかせ受託する。


「ご命令、承りました。生存が最良かと思われますが、対象の生死の推移に関わらずご命令は継続されるお考えでお間違いありませんでしょうか?」


「無論だ。可能ならば死亡したテサロ・リドレナの回収も行う」


「かしこまりました。万が一、他国が引き渡しを拒否した場合にはどのような対応をお考えでしょうか?」


「外交的、軍事的に解決する。加々良至誠の持つ叡智(えいち)と、そこから様々な研究を飛躍させる期待値はその辺りの小国など比にならない価値がある」


「マシリティ帝国への対応についてはいかが致しますか?」


「最優先すべきは該当彁依物(アーティファクト)だ。政治的な些事(さじ)はエルミリディナに任せる。そちらで連携を密にしておけ」


「ご命令、確かに拝命いたしました」


 イリーナが下がると、リネーシャは再び全体に視線を戻しつつ、立ち上がると、さらに重厚さが増した幼い声で放つ。


「諸君らにレスティア皇国皇帝として勅命(ちょくめい)を告げる。加々良至誠を保護(・・)せよ。絶対に、取りこぼすな」


 リネーシャの荘重(そうちょう)威儀(いぎ)と、言々句々(げんげんくく)に含まれる貫禄(かんろく)威厳(いげん)は、まさに君主としての風格を(まと)っていた。

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