[10]共通点と相違点
「実に興味深い話だ。すなわち至誠は『世界の全体像を知っている』ということだな?」
「全体像というと、少し大げさですが――」
そう思えたのは、今語った知識が小学生向けの図鑑にも載っているような内容だからだ。だが彼女たちにとっては違うようだ。
「少なくとも、神託之地との面積比を導き出せる程度には知っていただろう?」
「地球の話であれば、ですが……」
「ではぜひ参考までにシセイの住まう世界――地球について聞かせてくれ。まずは、地球の形状はどのようなものだった?」
「形状……地球は惑星なので、丸い――『球』をしています」
「地球の直径は?」
そう問われ、普通の人はすぐに答えられないかもしれない。しかしこれは至誠の好きな天文関連の知識だったため、すぐに答えることができた。
「平均で、およそ12,742㎞です。ただこれは、場所によって多少の誤差が……。……。あれ? 1.274って――」
言葉の途中で、ルク法にも用いられている距離の単位であることに至誠は気がつく。
――メートルの起源は確か、子午線四分円の1000万分の1だっけ。ルク法も同じようにして、地球の直径の1000万分の1を基準とした単位ってこと?
なお、現代日本で使われるメートルは光の速度に基づいて再定義されたものであるが、今そこは重要ではないだろう。
「興味深いが――シセイ、先に地球の話を聞かせてくれ。直径は分かった。外周はどうだ?」
「あっはい、えっと――地球の外周はおよそ40,000㎞です」
「地球近辺にはどのような天体がある?」
「太陽のまわりを、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星が回っていて、さらに外側に冥陽星があります」
「地球を回る衛星の数は?」
「月が1つ、のみです」
「月の見え方に特徴は?」
「潮汐固定があるので、月は常に同じ面を地球に向けています」
それらのやり取りで、リネーシャは「やはりそうか」と一息入れる。
「次に、我々の世界について説明しよう。この世界――神託之地と不浄之地を合わせた世界の形状は『球状をした惑星」だ。『衛星は月がひとつ』で、潮汐固定により常に同じ面が地球に向いている。『直径は10,000ギルク』、『外周はおよそ約51,000ギルク』。外周については実際に私自身で不浄之地を踏破し実測している。間違いない」
「それって、つまり――」
「現時点では、『我々の世界とシセイの世界は瓜二つ』という仮説が有力だろう」
「――!」
「そしてシセイは、並行世界からやってきたか――あるいは、はるか古代の生まれである可能性が類推できる」
パラレルワールドな異世界か、ポストアポカリプスか――その可能性は以前にも挙がっていたが、改めて地球とこの世界が類似するという情報を聞いて息を飲む。
「現時点でいずれも確証たり得る段階にない。しかし『至誠がどこから来た誰か』という疑問への最初の足がかりとなるだろう」
もしポストアポカリプスならば、日本が、至誠の知る地球上の文明が滅んだ後の世界かもしれないということだ。つまり家族も知り合いも友人も、すでにこの世にいないかもしれない。
そのことを考えるとゾワリとした感覚に襲われる。
もし地球とは全く異なる天体をした世界ならば、もっと異世界感を感じて「異世界転移かもしれない」と思えたかもしれない。そうなれば、同じ現象が起きれば戻れる可能性がある。
しかしここがポストアポカリプスの世界であれば、タイムトラベルでもできない限り日本に戻ることはできない。
――いったい、僕の身に何が起こったんだ……。いやでもパラレルワールドなら異世界同様に転移で戻れる可能性が……。
そう至誠が考えている間にも、リネーシャの言葉は続く。
「個人的には『シセイが太古の人類』であればより強くロマンを感じる。ニホンが現存していた時代に不浄之地や怨人が存在しなかったとすれば、存在理由を明らかとする手がかりが得られるかもしれん」
恍惚と語るリネーシャに、エルミリディナは肯定しつつも別の意見を語る。
「私は並行世界の方が魅力的かしらねぇ。この『狭く閉ざされた世界』より、『広くて道理の通った世界』が広がってるって考えた方がロマンティックじゃない?」
リネーシャは「それも捨てがたいな」と同意しつつ、続けて「いずれにせよ――」と再び至誠に向けて語る。
「詳しくはレスティア皇国へ帰国してから精査していくとしよう。シセイはそれで構わないか?」
「あ、は、はい。分かりました。えっと……。――すみません、少し、頭がフリーズしかけてました」
「そうだな。再度、休憩としよう」
と言われ、至誠は再度、しばしの休息を取ることにした。
*
至誠はメシロ茶で喉を潤いつつ、椅子に浅く座る。
そして先ほどまでのリネーシャたちとの会話を思い出す。
パラレルワールド風異世界かポストアポカリプスか。どちらか、あるいは全く別の可能性か、現時点で至誠にははっきりしない。
しかし、1つだけはっきりと分かったことがある。いや、薄々分かっていたものの、しっかりと受け入れなければならないことだ。
――ここは日本じゃなくて、これが現実……なんだよな。
もしこれが夢ならいずれ目を覚ますだろう。しかし夢にしては明瞭すぎる。明晰夢を体験したことはないが、明晰夢だってこれほどリアリティはないだろう。
*
オーバーヒートしそうな頭を冷やしていると、隣でエルミリディナがリネーシャに絡んでいる。
「夜の営みもそれくらい積極的になってくれれば嬉しいんだけどねぇ」
「いつも相手してやってるだろう」
「ひと月もお預けされたのよぉ? もぅ、いつ理性が飛んでもおかしくないわぁ!」
「褒美に意識が飛ぶまで相手してやる。もう少し我慢しろ」
至誠には2人がイチャついているように見えた。
愛し合うもの同士がイチャつくのは別に構わないと至誠は思うが、それがすぐ隣のこととなると少しばかり居心地の悪さを感じてしまうのまた事実だ。
――というか、愛し合うもの同士でいいのかな? リネーシャさんとエルミリディナさんの関係ってなんだろう? 聞いてもいい話題なのかな……。
と至誠は頭をひねる。
小難しい話をゴシップ的な思想で上塗りし、思考をリセットするために。
――皇帝と皇女って言ってたけど、国を貸してあげるってことは、血縁関係ではないってこと……かな? 同性だから夫婦じゃないだろうし……。いや、この世界では同性愛は普通だったりするのだろうか?
至誠は同性愛者ではないが、異性愛も同性愛も、当人同士がいいならそれでいいとは思う。
――いや、冷静に考えて聞き耳を立てるのはどうなんだ?
そう考え、至誠はエルミリディナの熱烈なアプローチを聞かなかったことにして、他のことに意識を向ける。
配膳車の近くではスワヴェルディとミグ、そしてリッチェが何かを話しているようだ。しかしエルミリディナの声でかき消えてしまい、うまく聞き取れない。
わずかに聞き取れた言葉から察するに、どうやらリッチェについて話している雰囲気だ。
数百、数千年生きているような人たちの中で、唯一リッチェだけが至誠と同じくらいの年齢であることを鑑みれば、彼女は新入生や新社会人といった見習い的な立ち位置なのは想像に難くない。
何か指導的な話がされているのだろうと結論づけ、視線を円卓上に戻す。
するとテサロがまだ何かを書いていたので、至誠の視線が吸い寄せられる。
遠目に見る限りだが、やはりこの世界の言語を読むことはできなかった。
――この世界の言語は早めに覚えないと。
と、至誠は感じる。
通霊術とやらでいくら言葉が分かるとはいえ、文字の読み書きができないのは何かと不便を被る可能性が高い。
ふと至誠は、会話の中で自分はメモを取っていないことに気がつく。テサロが記録しているようだが、それを至誠は読めないことに今さらながら気がついた。
「あの、テサロさん」
「はい、いかがなさいました?」
タイミングを見計らい声をかけると、テサロはペンを机の上に置き振り返る。
「もし可能であれば、ペンとメモ用紙を貸していただくことって、できますか?」
「ええ、もちろんでございます」
テサロは予備の筆記具とメモ用紙を渡してくれる。ただし、魔法によって宙に浮いた状態で、スーッと円卓の上をスベるようにして。
――このくらいの魔法なら、もうかなり見慣れてしまったな……。
と、人間の適応能力に驚きつつ、至誠はそれらを受け取り「ありがとうございます」と感謝を伝える。
受け取ったメモ用紙はA5サイズほどの用紙が1センチほど束となっている。上部を糊付けされ、色はわずかにグレー寄りの白をしており、普通紙と和紙の中間くらいの肌触りをしている。至誠のよく知るメモ用紙とさほど違いはない。
一方でペンは日本のものと一線を画しているように思えた。
一般的な鉛筆やボールペンと変わらないサイズ感、形状をしている。しかし全体が黒く、まるで鉛筆の芯をそのまま握っているかのよう思えた。
だが、手に取ってみても黒く汚れることはなく、試しにメモ用紙に線を引いてみると、鉛筆と同じような感覚で書くことができた。
至誠は、これまでの話を忘れないうちに日本語で書こうと思いペンをにぎると、その様を興味深そうにエルミリディナがのぞいてくる。
「……あの、エルミリディナさん?」
「何かしらぁ?」
さも、何もしていませんけど? 言いたげな口調でエルミリディナはとぼける。
「少し、近すぎます」
「あら、いいじゃない」
至誠の隣――というよりすでに寄りかかるようにしてエルミリディナがのぞいてくる。彼女の口元がちょうど至誠の耳元に位置し、彼女の吐息すらはっきりと鼓膜を刺激する。
「役得でしょう? そ・れ・と・も、なめてあげましょうかぁ? 男の子はスッキリした方が頭が回るものねぇ」
と耳元で扇情的に囁かれ、至誠は反射的に上体をそらし距離を取ってしまった。こういう時、女性に乗せられ流されると後々面倒なことになる――という至誠の深層心理が叫んだからだ。
だが椅子の上で体を反ったところで大した距離は稼げず、グイッとエルミリディナは体を寄せる。それどころか腕を絡ませ、胸を押し当てるように体を密着させ――
「やはり褒美は無しにすべきか」
とリネーシャが口を開いた途端、エルミリディナはパッと体を離し、背筋をピンと張り直立不動になった。
「シセイ、エルミリディナが鬱陶しかったら殴り飛ばしていいぞ」
「いや、さすがにそこまでは――」
「『そこまでは』ということは、少なからず不愉快だったろう。分かった。次からは私が殴り飛ばしておこう」
物騒な物言いをするリネーシャだったが、なぜか横に立つエルミリディナは嬉しそうに体をくねらせていた。
――これは重症だ。
至誠は、エルミリディナとリネーシャの関係性に理解を示しつつ、苦笑いを浮かべるに留めておいた。
それよりも――と、至誠はメモ用紙に向かうが、何をどう書くべきか頭から吹き飛んでしまっていた。
至誠が悩んでいると、ところで――とリネーシャは口を開く。
「ニホンではどのような言語が使われていた?」
「日本語です」
「ニホンとは至誠の祖国の名だろう? ニホンは言語において世界の中心だったということか? あるいは、国家ごとに言語がことなるのか?」
「国ごと、ほどではないですが、世界中に様々な言葉がありました。英語という世界の共通言語としてありましたが、日本では日本語が一般的でした。日本語を母国語とした国は他になくて、言語学の観点から見るとかなり特殊だったと思います」
至誠はリネーシャの疑問にそう答えるが、彼女の言い方に引っかかりを覚える。
「リネーシャさんの言い方からして、こちらの世界では言語が分かれていない――のでしょうか?」
「言語そのものは統一されている。地域によって方言や訛りはあるがな」
この世界は地球に比べ土地面積が小さい。
――アメリカと同じくらいの面積しかないなら、言葉が統一されていてもおかしくない規模感かな?
と、至誠が納得していると、エルミリディナとミグが席に戻ってくる。
「悪い――休憩と言っておきながら、なし崩し的に先走ってしまったな。もう少し休憩の時間をとるか?」
「いえ、そろそろ大丈夫です」
休憩としていたにも関わらず興味本位で問いかけたことを謝りながら、リネーシャは会話を再開させる。
「せっかくだ、ニホン語がどのような言語か聞かせてくれ」
「どのような……と言われると、ひと言で説明するのは難しいですね……」
「では、シセイの名前をニホン語で書くとどうなるか見せてくれ」
加々良至誠――と漢字で名前を書くと、彼女らはそれを食い入るようにのぞき込む。
「これがニホン語ねぇ……ちょっと複雑すぎやしないからしら?」
と、エルミリディナは少し呆れた表情を浮かべている。
初めて見た漢字は、さっき僕が見た魔法陣と同じような感覚なんだろうな――などと思っていると、リネーシャがさらに注文を付ける。
「どの文字をどのように読むのか、具体的に教えてくれ」
そう言われたので、対応する漢字に下線を引きながら説明する。
「この3文字で『加々良』と読みます。残りの2文字で『至誠』です。ニホン語には4種類の文字があって、今書いている『漢字』の他に『ひらがな』――」
そう言いながら、加々良の上に『かがら』、至誠の上に『しせい』とルビをふる。
「それと『カタカナ』――」
と付け加えつつ、かがらの上に『カガラ』、しせいの上に『シセイ』と追記する。
「最後に『ローマ字』がありました」
カガラの上に『Kagara』、シセイの上に『Shisei』と付け加える。表記はヘボン式と訓令式、どちらで書くか一瞬迷ったが、外国向けのヘボン式で書くことにした。
「まぁ、ローマ字は外国の言葉を日本語の発音に当てはめたものなので、日本語としてカウントするかは微妙なところですが……。なので厳密には『漢字』『ひらがな』『カタカナ』の3種類によって日本語は構成されています」
と、至誠は日本語の概要について簡単に説明する。
日本語は世界的に見てもかなり複雑な言語だった。特に単漢字に複数の音読みと訓読みがあり、漢字同士の組み合わせや送り仮名次第でも読みや意味、ニュアンスが変わってくる。
とはいえ、日本語を全く知らないリネーシャたちにそこまで立て続けに説明すると余計伝わりづらくなるかもしれない――と至誠が懸念を抱いている間に、リネーシャはその本質を鋭く見抜く。
「漢字は『表意文字』、ひらがなとカタカナは『表音文字』であり、ニホン語とは『表意文字と表音文字のハイブリッドな言語形態』という理解で合っているか?」
「はい、それで合っています」
リネーシャの理解力の速さに至誠は舌をまく。
――これなら音読みと訓読みの説明までした方がいいかな?
と考えるが、説明が漏れている文字の存在に気がつき、先にそちらを補足する。
「1つ説明が漏れてました。他にも『数字』があり――こちらも厳密には日本語ではありませんが――日本では一般的に『アラビア数字』と呼ばれる文字使われていました」
そう言って至誠は0から9までの数字を書いてみせる。
その直後、場の空気がかすかに変異したことに至誠も気がつく。リネーシャはよりいっそう興味深そうに前のめりに覗き込み、エルミリディナやテサロの視線が鋭く数字へ向かう。
「至誠、これは『日本語として使われていた数字』で間違いないんだな?」
これまでとの反応の違いに疑問符を浮かべながら、至誠は「はい」と肯定する。
「とはいっても、アラビア数字は世界中で広く使われていましたが――」
と補足するタイミングで、エルミリディナが小さくつぶやく。
「やっぱり、数字だったのね」
「同じだな」
リネーシャも同調し、何かに腑に落ちたようにつぶやく。
その反応でようやく至誠も察することができた。
「えっ――同じというのは、数字が、ですか?」
「そうよ。細かいところは少し違うけれど、特徴は私たちが使っている数字とほぼ同じよ」
そう言ってエルミリディナはテサロに数字を書かせ、その紙を至誠に見せる。そこには、確かに至誠でも分かる0から9までの数字が書かれていた。
「興味深い共通点だな。『宗教』、『国家』、『技術』、『言語』――その全てが異なるにも関わらず、『世界の形状』と『数字』は同じか」
なぜ――と思うのは至誠だけではない。リネーシャ達の表情から、彼女らも疑問に感じている様子なのが見て取れた。
「いくつかの仮説は思いついたが、それを語っていては夜が明けるな。また別の機会としよう」
そうリネーシャは判断し「それよりも至誠――」と言葉を続ける。
「今『漢字』と『ひらがな』それと『カタカナ』を列挙できるか?」
「ひらがなとカタカナであれば――ただ、漢字は常用だけで2000文字以上ありますし、全体では数万文字あるので……全てを列挙するのは難しいです」
「思ったより多いな。いや、表意文字ならばそうなるか――分かった。ならばまず『ひらがな』と『カタカナ』だけ見せてくれ」
そう言われ、至誠はそれぞれの『あいうえお表』をメモ用紙に書いていく。
「日本語って縦書きなの?」
至誠は手を動かしつつ、日本語が縦書きは右上から左下に書く『左横書き』と、横書きならば左上から右下に書く『右縦書き』に対応していることを補足する。
「『左横書き』なのはこっちと同じねぇ」
エルミリディナは至誠があいうえお表を書く間に、この世界での言語形態について教えてくれる。
この世界では72種類の文字があるが、文字そのものには意味がなく、文字を組み合わせて単語を作ることで意味を持つようだ。どうやら英語に近い形態のようだ。
そう教わっている間に『あいうえお表』が書き上がる。
「これが『ひらがな』と『カタカナ』の全てです」
と見せると、リネーシャは眉をひそめる。
「見覚えがあるな」
「ええ……未解読の古文書に似たような文字があった気がするわね。スワヴェルディはどう? 心当たりあるかしら?」
「禁書のうち4点、古文書のうち2点で類似する文字が使われていたと記憶しております」
彼女らの会話に、至誠は驚きと喜びが入り交じった声を上げる。
「日本語で書かれたものが、あるんですか?」
「まだ断言はできないが、その可能性はあるだろう。現在所有する蔵書や文献、古文書の中には未解読のものが多く存在する。その中にニホン語で書かれた文献があってもおかしくはない」
「帰国後、至誠にはニホン語で書かれた文献を解読してほしいわねぇ」
と呟き、エルミリディナは改めて至誠へ向き直し提案する。
「どうかしら? もちろん仕事をしてくれた分の報酬はきちんと出すわ。仕事による収入と実績ができた方が将来の不安も減るでしょうし――もちろん今すぐ決めなくていいから考えておいてね」
「あ、はい。分かりました」
エルミリディナの提案に、リネーシャが「いや、待て」と待ったをかける。
「慎重を期す必要がある。先にニホン語の修得者を増やすことが先決だ。禁書の中には『読むことをトリガーとして災害を引き起こす彁依物』がある以上、至誠を危険に晒すことは許容できん」
「確かにそうね、早計だったわ……。なら至誠には日本語講師をしてもらいましょうか。そっちの仕事なら危険はないもの」
「それならば問題ない。言語学において優秀な研究者を集めておけ」
「ええ、もちろん」
至誠の両脇で話がどんどん進んでいく。
それを窘めたのはテサロだ。
「陛下、殿下、至誠様が置いて話を進めてしまってはよろしくないかと存じます」
「そうだな。帰国後、至誠の生活基盤を整えた後に改めて意向を聞くとしよう」
「つい先走ってしまったわ。ごめんなさいね」
と、急に会話が収束したが、いつまでも置いてけぼりをくらうのは良くないだろう――と至誠は口を開く。
「あの、でしたら、こちらの文字が読み書きできるよう、教えていただいてもいいでしょうか? 文字が読めないと、いろいろと苦労すると思いますので――」
「ええ、もちろんよ。その辺りも帰国後に専属の使用人を付けて面倒を見てあげるわぁ」
エルミリディナは一国の皇女だけあってか、ポンと人材の用意を確約する。
至誠がお礼を言うと、リネーシャが会話を続ける。
「ニホン語についての概要は把握した。細かい点は専門家を交え、また後日検討の場を用意しよう」
と会話に一区切りを付け、話題を次へと進める。
さらに他のことで聞きたいことがあるか問われるが、至誠はすぐに思いつかなかった。その間にリネーシャは話の矛先を変える。
「違う視点の意見も聞いておきたい。――リッチェ」
「はっ、はい――!」
突然リネーシャから名前を呼ばれたリッチェは、指名されることを想定していなかったようで、声を裏返しながら返事をする。
「これまでの話を聞いて、至誠に聞いてみたいことはあるか?」
「わ、私でございますか――?」
「ああ、何かあるか?」
焦りを見せるリッチェだったが、ミグが頷き目配せを交わすと冷静さを取り戻していく。
「個人的に気になった――というよりも、見てみたいと感じたことですが……至誠様の知る世界の全貌――特に地形や地理について詳しく見てみたいと思いました。それで、もし可能であれば、至誠様に地図として描いていただくことはできないでしょうか?」
「いい着眼点だな。至誠、世界地図は描けるか?」
「知識としては大丈夫ですが……。ただ絵心には自信がないので、ある程度ざっくりと分かる――くらいのクオリティになってしまうと思います」
「それで構わない」
至誠は予防線を張ってから、メモ用紙に世界地図を描いていく。
下手にリアルな地図を描いても破綻するのは見えているので、図形に近いような形状でおおざっぱに各大陸を描く。
まずユーラシア大陸のアタリを描き、アメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸の位置にもアタリを加える。
その後、覚えている限り正確な地図を描くべく筆を走らせるが、一箇所にこだわると全体のバランスが崩れてしまい目を覆いたくなる。
「これが世界の形状なのねぇ」
最低限、何とか分かるレベルのメルカトル図法らしき世界地図ができあがると、エルミリディナは感心したように言葉をこぼす。
「それで、ニホンはどこかしらぁ?」
至誠は日本列島の位置を円で囲い、矢印をつけて『日本』と書き加える。
「ここが日本です。日本は『ユーラシア大陸』の東の果てにある島国です。あ、この文字は『日本』と読みます」
「あら、日本は島国なのねぇ。いいわよね、島国。レスティア皇国も島国だから親近感が沸くわねぇ」
「そうなんですね――」
と、至誠は神託之地の地図に目をやる。そこに点在する島は、どれも小さく、島国として単体で成立するとなるとかなり小さな国に思えた。
「レスティア皇国はここよぉ」
そう言ってエルミリディナは神託之地中央にある内海、そこに点在するいくつかの島国を指し示す。
「レスティア皇国は国土面積が小さいのが玉に瑕よねぇ。でも安心して? 軍事力の世界ランキングだと堂々の1位! 世界最強よぉ!」
エルミリディナは自慢げに拳を掲げていると、リネーシャに「後にしろ」と釘を刺され、しょんぼりと肩を落とす。
「リッチェ、お前も見てみろ」
リネーシャにそう促され、まわりより一歩後ろにいたリッチェは至誠に近づくと手製の地図をのぞき込む。
「もし、至誠様の仰った地球と同じ地形だった場合、ですが……神託之地はどこに位置しているのでしょうか――?」
そんなリッチェの疑問に、至誠も確かに――と疑問に思う。
緯度を計測していたことを思い出すが、先に口を開いたのはリネーシャだった。
「神託之地では南方が温暖、北方が寒冷であることを鑑みれば、まず、北半球であることは間違いない」
「リネーシャは外気圏まで昇ったことあるでしょう? その時に似たような地形を見てないのかしら?」
「可視化したオドが邪魔で海と陸の比率すらに算出できないほどだ。少々、難しいな……」
至誠は「そういえば――」とタイミングを見計らい口を開く。
「皆さんが来る前に緯度を測ってました。アナログなので、精度はかなり低いと思いますが――もしそれが正しければ、現在地はこのライン上のどこかだと思います」
至誠は世界地図に北緯10度線を引く。北アメリカと南アメリカの接続部を通り、東南アジア、インド洋を通り、そしてアフリカの真ん中あたり線が通った。
「面積的に、あり得そうなのはこの辺りか?」
リネーシャが指を指したのはアフリカ大陸だ。
「面積的には間違いなく入ると思います。他には、この辺りも候補地となるかもしれません」
至誠は東南アジアを指さす。少し緯度は高いが、計測の誤差を考えれば許容範囲だろう。
「……失態だな」
と、突然ぼやくリネーシャに、至誠は何か悪いことでも言ってしまっただろうかと杞憂するが、それは実際に杞憂だった。
「やはり基礎研究は疎かにするべきではないな」
リネーシャが自虐するようにため息をもらす。
至誠にはなんのことか分からなかったが、事情を知っているらしいエルミリディナが口を開く。
「そういえば昔、実測で不浄之地の地形データを収集しようとしてたわよね?」
エルミリディナの言葉は的中していたようで、リネーシャは「ああ」と肯定する。
「途中で彁依物による厄災が立て続けに起こったことでうやむやになったままだ。だがあの時データの収集を続けていれば、今ごろは不浄之地の地形を網羅し、有意義な意見が交わせただろう」
「仕方ないわ。どっちも大事だけど、優先順位としては基礎研究よりも世界終焉シナリオを回避することの方が先決だもの」
「そうだな。だが今からでもプロジェクトを再開させるとしよう。帰国後に準備を進めておけ」
「了解よぉ」
彼女たちの会話が人区切りついた後、至誠は各大陸の名称や、国際的にメジャーな国の位置などを一通り説明する。
説明が一段落した後、エルミリディナはタイミングを見計らってスワヴェルディに現在時刻を問いかける。
「現在、23時52分45秒でございます」
「ちょうど頃合いかしらねぇ。今日はこのあたりでお開きにしましょうか?」
「そうだな――いや、最後にアレについて確認しておこう」
リネーシャは何かを思い出したように語る。
「至誠が発見された際、同時に『至誠の所持品らしき物品』も見つかっている。最後に、それの確認をしておきたい」
と言って、リネーシャはエルミリディナに合図を送る。
エルミリディナの手のひらに術式の模様が浮かび上がったかと思えば、目の前に映像が浮かび上がる。それはまるで立体ホログラムのようで、浮かび上がったのは至誠が見慣れた図柄の紙と金属だった。
「ニホンにおける通貨だと予想しているが、合っているか?」
そこには北里柴三郎と夏目漱石の『1000円札』が1枚ずつと、『500円』『100円』『10円』『5円』の硬貨がいくつか映し出されていた。
「はい、日本で使われていたお金で間違いありません」
「では次はどうだ?」
リネーシャがエルミリディナへ目配せすると、映像が消え、別のものに切り替わる準備に入る。
「これについては仕組みはおろか、どのような用途なのかすら見当がつかなかった」
という言葉の直後に映し出された品は、至誠が日常的に使っていたなじみ深いものだった。
「これは……『スマホ』です」




