[9]世界の有り様
リネーシャの一言により休憩タイムとなった間に、至誠は一度席を立ち、手洗いに向かう。
とはいえトイレの場所は知らないのでスワヴェルディに案内してもらった。
広さこそ外国の超一流ホテルかと思えるほど広く豪華絢爛だったが、便器の形状や使い方は至誠の知っているものとさほど変わらず、使い方に困るようなことはなかった。
至誠は化粧室で軽く顔を流し迎賓室に戻ってくると、まっ先にエルミリディナが喋りかけてくる。
「おかえり。スッキリできたかしらぁ?」
「殿下、言葉を選んでください」
そして間髪を入れず、呆れた顔のテサロに窘められる。
「まぁ、排泄器官の働きが正常か確認すること自体は重要だ」
リネーシャに擁護されたエルミリディナは「ほら~」と目を輝かせるが、リネーシャは「エルミリディナは論外として」と付け加え梯子を外した。
キー! と子供のように歯の根を鳴らすエルミリディナをスルーして、リネーシャは改めて至誠へ視線を向ける。
「シセイ、違和感や痛みはなかったか?」
「はい、大丈夫です」
「施術において問題は確認されていないが、|念のためしばらくは経過観察が必要だ。少しでも違和感を覚えたらすぐに知らせてくれ」
至誠は「分かりました」と受け答えしつつ席に着くと、リネーシャが会話が再開させる。
「さて――問題がなければ、そろそろ再開しよう。新たな話題を考えたいが、引き続きシセイが『聞きたいこと』や『知りたいこと』があれば聞かせてくれ。なければこちらから話を振っていくが――」
リネーシャに「どうする?」と問われ、至誠は何を聞くべきか思考を巡らせる。
――吸血鬼に対する疑問は聞いたし、言葉が通じている理由や魔法についても聞いた。となると、次に優先順位の高い疑問は……。
「では『この世界の地理』について聞いてもいいですか? 地図を見たら、もしかすると僕の知っている場所が見つかるかもしれません」
もし彼女たちが世界地図を持っていて、そこに日本列島が載っていれば話が早い、かもしれない――と至誠は考えた。
「リッチェ、書架に地図があったはずだ」
「確認してまいります!」
リネーシャに言われリッチェは書架に駆け寄ると、地図がないか探し始める。
その間にエルミリディナがスワヴェルディに向かって問いかける。
「現在時刻は?」
「現在、23時31分15秒でございます」
スワヴェルディは胸元から素早く懐中時計を取り出すと、エルミリディナに時刻を告げる。
「ねぇリネーシャ。楽しさにかまけて長い時間拘束するのは良くないわ。至誠はさっき意識を取り戻したばかりでしょう?」
「そうだな」
「じゃあ今日のところは日をまたぐまでにしておきましょうか。続きは後日、帰国してからゆっくり進めていけばいいわ。シセイの術後の経過やら生活基盤を整えたり、いろいろと並行してやりましょ」
エルミリディナの提案にリネーシャが同意していると、リッチェが地図を見つけたようで戻ってくる。形式は背表紙のある薄い本のようだ。
「こちらでよろしいでしょうか?」
パンフレット的な感じかな――と思いながら見つめていると、リッチェは地図を至誠とリネーシャの間で広げる。
地図に描かれた地形は正方形で、ぱっと見で陸が7割、海が3割ほどだ。そして、地図の外周はデフォルメされた白い雲で覆われている。
「これは――この国の地図ですか?」
至誠が今まで聞いた国名に『ヴァルシウル王国』と『レスティア皇国』があることを思い出しながら、これがいずれかの国を表す地図かと問いかける。だがリネーシャは、いいや――と否定する。
「いや、これは一般的に用いられてる『世界地図』だ」
「えっ――」
「察するに、至誠の知る地理とはずいぶんと異なるようだな」
リネーシャの言うとおりだ。
地球の地理はおおよそ海が7割に陸が3割。
これでは真逆だ。
加えて――細かい縮尺は分からなかったが――地球よりも遙かに狭いように感じられた。世界地図と言うより、どこかの国の国内地図といった印象を覚える。
「世界地図ってことは……これで世界の全て、なんですか?」
「『神託之地』としてはこれが全てだ」
「しんたくの地……?」
「人類や動植物が生存できる唯一の聖域――それが『神託之地』であり、今の我々のいる場所だ。これより外にも陸や海は続いているが、そこは『不浄之地』と呼ばれ、人類はおろか植物すら生存不能な死の領域だ」
至誠は『死の領域』という不穏な単語に驚きながら、抱いたイメージに齟齬がないかの確認を優先する。
「えっと……つまり、まわりは全て『砂漠』ということですか?」
「イメージとしては近しい。実際に不浄之地は、文献によっては灰色砂漠と呼ばれることもある。だが砂漠と不浄之地は似て非なるものだ。相違点はふたつ。ひとつは、バケモノどもの巣窟であるという点だ」
「バケモノ――ですか?」
バケモノと言われてもそれだけでは意味合いとして広義すぎて至誠は具体的な連想ができなかった。
「日本ではよく『強大な力を持つ吸血鬼』もそう呼ばれることがありましたが、そういうイメージで合ってますか?」
「いや、齟齬があるな。吸血鬼は人種のひとつに過ぎん。だが不浄之地に跋扈するバケモノは、人類ではなく『生物ですらない肉塊』だ」
「肉の塊……?」
「そうだ。その姿は肉の塊に人の部位――目や鼻、口や手足を無作為にすげつけたような姿をしている。そのサイズは個体差が大きく、人と同じサイズ感の個体もいれば、山のように巨大な個体も存在している」
想像しただけで気分が悪くなりそうなほどグロテスクな情報に、至誠は思わず絶句する。
「そのバケモノは通称『怨人』と呼ばれ、不浄之地のいたるところで蠢き跋扈している」
あまり想像したくない――と思いつつも、至誠は疑問に思ったことを早めに質問する。
「えっと……その『えんじん』というのはどう言う意味ですか? 僕の知る『えんじん』は猿に人と書いて、猿人と呼びますが――」
「いや、全く異なる概念だ。我々のいう『怨人』は『怨嗟の人モドキ』という意味で、猿は含まれていない」
「怨嗟――?」
怨嗟、すなわち恨み嘆くこと。
至誠は強い未練を残した悪霊的な存在を連想してみるが、それにしたって先ほどのグロテスクな見た目の情報とうまくかみ合わない。
その間にもリネーシャは怨人について語る。
「怨人には知性がなく、基本的にコミュニケーションを取れた前例はない。だが感情は存在し、その大部分は『怨嗟』で占められていることが分かっている。故に『怨人』と呼ばれ、人類のみならず、目視できるあらゆる動植物に対し攻撃性を示す」
山の如く巨大なクリーチャーが襲い掛かってくるという。
それも知性がなく、対話の余地もなく、行動原理は怨嗟に駆られているという。
休憩を経て止まっていた冷や汗が再び額に浮かぶ。
その間にリネーシャは机の上に広げられた地図に視線を落とし、説明を続ける。
「この地図に示された土地が『神託之地』や『聖域』と言われる所以は、なぜか怨人がこの場所だけ忌避するからだ」
「でも一歩外に出ると、その怨人というバケモノがたくさんいるんですか……?」
「そうだ。何百万、何千万、何億体いるともしれない。かつて狩り尽くそうと計画されたことがあったが、数百年もの時間をかけても駆逐できなかった」
至誠は某巨人の漫画を連想し恐れおののく。
リネーシャはそんな至誠の様子から察し、場の空気を和らげるように問いかける。
「どうやら、ニホンには怨人がいなかったようだな」
「は、はい。そう言った存在は、見たことも聞いたこともありません」
至誠はそう答え、急速に渇いた喉をメシロ茶で潤していると、すぐ後ろから驚愕といった声が聞こえてくる。
「怨人が、存在しなかったのですか……!?」
至誠が振り返ると、彼女は我に返り、すぐに「申し訳ございません」と割って入ったことを謝罪する。
リネーシャはその事を咎めず、むしろ「リッチェの所感はもっともだ」と擁護する。
「7000年以上昔の文献にすら怨人や不浄之地の記録が残っている。それらがいつから存在しているか、なぜ存在しているのか――長年研究は続けているが、未だ何も分かっていない」
7000年前ということは、ラザネラ教の歴史よりもさらに古い話だ。記録上残っているのが7000年前が最古と言うだけで、実際にどれほど昔から存在しているかは分かっていないという。
――やっぱり、長命種のいる世界だと歴史のスケール感がすごいな……。
などと至誠は半ば現実逃避気味に思いつつ、さらに続くリネーシャの言葉に耳を傾ける。
「しかしその怨人を知らないとなれば、至誠がいったいどこからやってきたのか、ニホンという国家がどこにあるのか、実に興味深い話だ」
リネーシャは組んだ足と相好を崩しながら、至誠に好奇の目を向ける。
「すみません。怨人や不浄之地ついては何も知らず、手がかりになりそうなことは何も――」
至誠はリネーシャの期待値が必要以上に高まる前にそう断りを入れて置くが、好奇の表情は収まることなく、さらなる問いかけへと繋がる。
「では、『オド』についてはどうだ? ニホンにはあったか? あるいは存在そのものを知らないか?」
「『オド』ですか? 聞いたことある単語ですが――確かオドも、魔法と同じようなフィクションでよく使われる設定のひとつ――くらいの認識です」
期待に添う返答ではなかったであろうことに至誠が申し訳なさを感じるが、リネーシャは「やはりそうか」と鋭い瞳孔の奥で目を輝かせる。
「オドがない世界となれば、やはり根本的に我々とは異なる世界からやってきた可能性が高そうだな」
「異なる世界――異世界転移……」
当初投げ捨てた『ここが異世界ファンタジーの世界』などという荒唐無稽な可能性がここに来て息を吹き返し、至誠は嫌な汗をかく。
――いや、気候変動で世界が滅んだ後よりも、異世界転移の方が希望はあるかも?
と、至誠は自分を説得する。
ポストアポカリプスの世界ならば、都合良くタイムマシンでも存在しない限り過ぎ去った時間軸を戻るのは難しい。
しかし異世界転移であればもう一度同じような現象が起これば帰れる。少なくとも、タイムマシンの存在を願うよりも可能性は高いはずだ。
そう考えつつ、今は気になったことを質問する。
「ち、ちなみに、『オド』というのは何ですか?」
「オドは大気中に含まれる要素の一種で、至誠に分かりやすく例えるならば『毒』だ」
毒と聞いて、ただでさえ白黒し続けている目がさらに見開かれる。
「正確には毒とは異なるが――オドが人体に有害であることは間違いない。そして高濃度のオドに曝露し続けた場合、浸潤が起こり命に関わる」
至誠の知る限り『オド』というファンタジー用語は、マナと同じく魔法を使うエネルギーのような立ち位置だったはずだ。しかしその認識と、リネーシャの説明はかなり乖離してるように感じられた。
「しかし通常、オドは問題にならない。神託之地では大気中のオドが希釈されていること、そして『オドへの曝露がある程度以下』であればオドを分解し無害化する免疫機能を全生物が獲得しているためだ」
逆説的に言えば免疫を獲得できなかった生き物はすべて死んでしまったのだろう――と至誠は理解する。
「不浄之地に人類が進出できない理由のふたつ目に『オド』の存在が大きい。不浄之地では目視可能なほど高濃度のオドが充満しており、仮に全ての怨人を駆逐したとしても、高濃度のオドに晒され続ければ入植者は生き残れない」
なんて恐ろしい世界だ――至誠はそう感じた。世界の外側に未開の大自然が広がっているだけであれば、これほど恐怖心は抱かなかっただろう。
「シセイ、気がついてるかしら?」
「えっ、何が……ですか?」
エルミリディナの不穏な言葉に、冷や汗が頬を流れた。
「シセイがどこから来たかは分からないけど、もし『怨人もオドもない場所からやってきた』とすれば、『シセイの肉体はオドに対する免疫』はあるのかしら?」
「あ――!」
エルミリディナの指摘によって至誠はようやく気がつく。自分にこの世界の免疫がないことに。
「えっ、えっと、つまり、このままだと、死んでしまう――ということですか?」
「安心して、大丈夫よ」
エルミリディナは立てた指先で至誠の唇を塞ぎ、優しく至誠の冷や汗をぬぐう。
「例えば、稀にオドの免疫不全で生まれてくる子供がいるわ。そういう子でも、まわりが代わりにオドの分解をしてあげれば大丈夫よ。だから先天的な免疫不全だとしても対処法はあるわ」
その言葉で少しばかりの安心を感じていたが、エルミリディナの「ただ――」と続く言葉に息を飲む。
「そもそもの話、シセイの場合は免疫不全とは違うみたいなのよね。どうにも、オドによる浸潤がおきていないみたいなのよね」
「えっと、それは……どういう状態ですか?」
「人体に有害なはずのオドに害されない特異体質――ってところかしら。仮説だけどね。つまり現状、シセイはいくらオドに晒されても命に影響はないと思うわ」
「なぜ……」
至誠の疑問にリネーシャは興味深そうに手のひらで口を覆う。
「私の知る限り、このような症例ははじめてだ。シセイを治療する際に分析を試みたが、今のところ解明の手がかりはつかめていない」
と、一呼吸を置き、リネーシャは椅子に深く座り直して言葉を続ける。
「すまない。不安にさせるようなことを立て続けに言ってしまったな」
「あ、い、いえ――」
「ひとまず、神託之地の領内にいれば怨人の脅威はほぼない。そして至誠の肉体はオドの影響も受けていない。結論として、現状で至誠の身に危険がせまることはない。その点は安心してくれ」
至誠は「は、はい……」と理解を示すが、その言葉は弱々しいものだった。
「再度、休憩を取ろうか?」
そう言ってリネーシャは配慮を示してくれる。
しかし今時間をもらったところで、至誠の不安はむしろ増長するだけな気がしたため、今は「まだ、大丈夫です」と答えた。
「では話を戻そう。もとは『地図を見て至誠の知る地理情報と符合する部分がないか』という話だったはずだ。何か気がついたことがあれば聞かせてくれ」
そういえばそうだった――と、至誠はオドや怨人の恐ろしさを無理やり頭の片隅に追いやり、今は目の前に広げられた正方形の世界地図を見つめることに注力する。
中央には大きな内海が2つある。左下には海があるものの、その他はほとんど陸地だ。
地図上部がおそらく北と仮定したのは、上端部が寒冷地を表すように白くなっていたからだ。
北には多くの山脈や並び、川が幾重にも走っている。全体的に緑が多いが、特に南半分は緑が多く、肥沃な土地の印象を受ける。
「今のところ、地理から分かることはなさそうです。ところでこれは――」
と、至誠は地図の隣に描かれた独立した土地を指さす。
「それは浮遊大陸だ。実際にはこの辺りに浮いている」
と指を指された先は、中央よりもやや南方だ。
「浮遊、大陸……えっ、浮いてるんですか? 大陸が?」
「ああ、浮いている」
某天空の城を連想するが、大陸と名称がついていることを鑑みれば、その規模感はさらに巨大なものかもしれないと至誠は思いいたる。
「飛翔石と呼ばれる鉱石系彁依物があるが、浮遊大陸は飛翔石の大規模な鉱脈の影響で浮き上がっている」
「すごいですね、陸が空に浮かぶなんて……日本では想像できません」
まるでファンタジーのようだ――と思ったが、もう散々魔法だの吸血鬼だの言われた後だ。今さらかもしれない。
それでもやはり、浮遊大陸という存在のインパクトは大きい。不浄之地や怨人といったホラー要素ではなく、純粋にロマンを感じさせ、至誠のメンタルを少しだけ中和してくれた気がした。
「ま、ラザネラ教に独占されちゃってるけどねぇ」
というエルミリディナの情報は聞かなかった方が良かっただろう。宗教がらみとなると複雑ないざこざや、複雑な歴史的背景が絡みついていそう――といった連想をしてしまったからだ。
ま、まぁ、気を取り直して――と至誠は情報をまとめる。
「まとめると、僕の知る地形は見当たりません。浮遊大陸や飛翔石といったものは、日本では存在していませんでした」
そう総括し、至誠は一呼吸置く。
その様子を見ていたリネーシャは、タイミングを見計らい再び口を開く。
「他に気になることはあるか?」
至誠は「そうですね――」とつぶやきながら地図を今一度のぞき込む。
「この神託之地の、一辺の距離はどのくらいなんですか?」
神託之地の地図はほぼ正方形をしたている。その一辺の距離が分かれば、おおよそのイメージができるかもしれない――と至誠は考えてみた。
「おおよそ、3000ギルクね」
だが聞こえてきたのは至誠には馴染みのない単位で、どれほどの距離感かまるでつかめない。
「ギルク……? ――えっと、すみません。聞いたことありません」
「うまく翻訳できていないようだな。ルク法は国際的に広く採用されている距離の単位だ」
至誠はルク法がこの世界における距離の単位だと理解するが、具体的にそれがどの程度の長さかは分からなかった。
「『ルク法』というのははじめて聞きました。日本ではメートル法が主流でしたが……メートルはご存じですか?」
「聞いたことのない単位だ」
「通霊術は便利なんだけど、こういう時は不便よねぇ」
自動で翻訳してくれて便利な通霊術だが、互いに共通する概念が全くないと上手く翻訳されないようだ。
――少なくとも、ルク法を自動でメートル法に変換してはくれないらしい。
「先ほど『時間の単位』は通じていたようだったが、そちらはどうだ?」
「スワヴェルディさんが言っていた、23時半のところですよね?」
「そうだ。現在の日付は『ラザネラ暦6077年2月9日23時半』を過ぎたところだ。きちんと伝わっているか?」
再びラザネラという単語が再び出てきたことに至誠は気がつく。ラザネラ教は、この世界においてかなり強い権力や影響力をもっているのかもしれない――と感じるが、今は目の前の話題に集中する。
「『ラザネラ暦』という暦のは初めて聞きましたが、他はきちんと伝わってます」
「1年はおよそ365.2422日で、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒だ。シセイの知る時間の概念と比べてどうだ?」
「大丈夫です。問題なく翻訳されているようです」
1年が365日ではく小数点があるのはこの世界でも閏年があるからだろう――と至誠は理解できた。
「日時の単位は問題なく伝わっているようだな」
「でも距離の単位が置き換わらなかったってことは、完全に基準が別ってことよねぇ。どうしましょうか」
エルミリディナの懸念に、すぐにリネーシャは話を切り出す。
「シセイ、自身の身長をメートル法で把握しているか?」
「身長、ですか? それでしたら、たしか――174センチです」
「あら、また違う単位が出てきたわね」
エルミリディナの指摘に、至誠は言葉足らずであったことに気がつき、謝罪と説明を口にする。
「メートル法では基本となるのが『メートル』という単位で、センチメートルはメートルを100分の1にした単位です。なので、身長は1.74メートルになります」
「これでおおよその比率が導けるな。テサロ、シセイの身長データを」
「少々お待ちください」
テサロは指を鳴らすと何枚かの紙がその手元にまで飛んでくる。それを一枚一枚確認している間に、リネーシャがこの世界の単位について教えてくれる。
「こちらの基準となる単位はルクだ。ルクを1000倍にした単位がギルクで、1000分の1にした単位をルミという。さらに細かい単位もあるが、まぁ今は割愛しよう」
「小さい方から、ルミ、ルク、ギルクで合っていますか?」
至誠が復唱すると、リネーシャは「ああ」と肯定する。
「メートル法も同じような考え方です。メートルを1000倍したのがキロメートルで、1000分の1にした単位がミリメートルになります」
至誠がメートル法について説明し終えるのと同時に、テサロが記録から至誠の身長を報告する。
「シセイ殿の身長ですが、1366ルミとなっております」
ルミはルクの1000分の1の単位なので、ルクで表せば1.366ルクとなる。
至誠の身長が1.74メートルなので「1.366:1.74」を計算すると「1:1.274」あるいは「0.785:1」となり、「1ルクは1.274メートル」もしくは「1メートルは0.785ルク」ということが分かる。
至誠が暗算でそれを導き出していると、リネーシャも「1ルクはおよそ1.274メートルだな」と同じ数字に行き着く。
「通霊術の便利なところは術者と被術者間で――ここでは私とシセイのことだが――共通認識を確立すると、翻訳にも即座に反映されることだ。故にシセイは、わざわざ計算せずとも以後メートル法で聞こえているはずだ。注意点としては、翻訳による自動計算はおおざっぱな時がある。正確な数字が必要な場合は自分で計算した方がいい」
それは何というか、翻訳家が職を失うくらい便利だな――なんて至誠が考えていると、リネーシャは通霊術のテストを行う。
「試してみよう。『私の身長は127㎝である』。――どうだ? 私はルク法で話したが、シセイにはメートル法で聞こえたか?」
「あ、はい。確かに聞こえました」
――この世界の技術って、もしかしなくても現代日本より非常に高度なのでは?
などと思いつつ、今は目先の話に集中する。
「では神託之地の大きさについての話に戻るが、一辺はおおよそ3800㎞だ」
やっぱりメートル法で言われる方が分かりやすいな――と一瞬思ったが、冷静に考えるとその数字だけ言われてもピンとこない。
一辺が3800㎞の正方形の面積は『14,440,000㎢』になる。
その数字を導いたが、平方キロメートルに直したことでさらにイメージしづらくなっただけだった。
――もっとこう、身近に比較できるイメージはないかな?
と、海馬の奥底に眠っているうろ覚えの雑学を片っ端から引っ張り出そうと試みる。
こういう時にテレビだったら東京ドーム何個分とかいうのだろうけれど、九州の片田舎で生まれ育った身としてはまったくイメージができないんだよなぁ――なんて余計な苦言まで掘り起こしつつ、日本列島の最北端と最西端の直線距離が、だいたい3300㎞だったことを思い出す。
つまり日本列島の端から端までよりも少し長い程度、それがこの世界の一辺の長さだ。
数字だけよりも少しは具体的なイメージができたものの、もっと別のイメージができないかと至誠は思考を巡らせる。
神託之地の陸地がおおよそ7割だとして、陸地面積は「14,440,000㎢×0.7」で、約「10,000,000㎢」。至誠の覚えている雑学知識が正しければ、これはアメリカ合衆国の国土面積と同じくらいだ。あるいは、カナダや、中国とも近い。
そう考えると、この世界の大きさがよりイメージできた気がした。
そしてアメリカ合衆国以外は全て不浄之地といった有り様なのが、この世界のようだ。
「――7%……?」
たしかアメリカ合衆国の国土面積がだいたいそれくらいだったはずだ――と思い出す。日本の国土が地球上の陸地面積に対して0.3%程度だったことを考えればかなり広く感じる。しかし人類の生存権が地球の陸地と比較してたったの7%であることを鑑みれば、非常に小さく感じられた。
「それは、ニホンと比べての話か?」
と、至誠のつぶやきにリネーシャが興味を抱き問いかけてくる。
「あ、いえ。地球の陸地面積との比較です」
「詳しく聞かせてくれ」
「えっと、地球は――つまり僕の知る限り、世界の全貌は海が7割、陸が3割でした。その陸地面積と比べたとき神託之地の大きさはたぶん7%くらいです。海まで含めて考えた場合は、おそらく3%弱――くらいになると思います」
至誠の考察にリッチェは露骨に驚き息を飲み、エルミリディナは目を細め至誠を見つめたままだ。スワヴェルディとテサロの表情はさほど変わっていないようだが、かすかに視線が鋭くなっている気がした。
そしてリネーシャは、口角が上がり、嬉々とした表情の中に、かすかに紅潮しているようにも見えた。




