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[1]リネーシャ・シベリシスの追憶

 無数の命が流れた鮮血を前にしても、その吸血鬼(きゅうけつき)()えていた。


 空腹というわけではない。

 しかし脳裏にこびりついた飢餓(きが)感は彼女を(むしば)んでいる。


所詮(しょせん)、こんなものか……」


 返り討ちにあい、山のように積み上げられた吸血鬼(ヴァンパイア)狩り(ハンター)どもの(むくろ)。そこに腰かけると、彼女――リネーシャ・シベリシスは小さくぼやいていた。


「……つまらんな」


 満たされないのは食欲ではない。

 闘争心だ。


 リネーシャは物心ついた頃から血で血を洗う闘争に身を置き、命のやり取りの中でしか(せい)の充実が得られず、心が満たされない。


 同族を滅ぼし、世界最古のエルフ国家を蹂躙(じゅうりん)し、世界最大の版図(はんと)を持つ獣神(じゅうしん)の軍勢を(ほふ)り、魔神(まじん)すら意に介さず、あまつさえ鬼神(きしん)すら喰らった。しかしどれほどの天才や英傑(えいけつ)も、神と崇められていた者ですら、彼女を満たすには足りなかった。


 そうして『地上最強』となり、リネーシャが得たものは『退屈』だった。


 悠久(ゆうきゅう)の時を待ったがリネーシャに匹敵(ひってき)する強者は現れず、一方的な闘争はもはや家畜を屠殺(とさつ)していく単純作業とさして変わらない。


「全く(もっ)て、つまらん」


 リネーシャが期待外れだった輩(ヴァンパイアハンター)たちの死体に腰掛け唾棄(だき)していると、ひとりの若い男がやってくる。


「――くッ、遅かったか……」


 糸のように細い目をした黒髪長髪のローポニーテール、執事のような服装をした20代の男は、やってくるや否や顔をしかめた。


 呼吸を整えるように一呼吸を置き、男は帯刀(たいとう)している刀の(つば)に左指をかける。そして、いつでも鯉口(こいぐち)を切れるように体勢を整えると、リネーシャに対して威圧的に問いただす。


「念のため聞くが……生存者は?」

「お前だけだ」


 頬杖(ほおづえ)をつきながら気怠げに放たれたリネーシャの返答には、「吸血鬼狩り(こいつら)は期待外れだった」と言い含まれていた。


 男は眉間にシワを寄せ、無念そうに「……そうか」とだけ(つぶや)く。

 目元はリネーシャに対する非難が浮かんでいたが、男はそれ以上の追及はせず、代わりに黙祷(もくとう)(ささ)げるかのように口を(つぐ)んだ。


「……」


 そんな静寂(せいじゃく)を破るように、リネーシャは頬杖をとき、わずかに前のめりになる。


「それで? お前は、そろそろ私を(たの)しませてくれるのか?」


 戦闘狂の吸血鬼から殺害予告に等しい期待を向けられ、男の目元はいっそう(けわ)しくなる。


 リネーシャはこの男の『成長』に期待している。誤って他の雑草(ザコ)と一緒に抜かないよう注意を払い、何度となく見逃してやった。実際、(あい)まみえる(たび)に強くなっているのは間違いない。


「俺という果実は、もう充分に実ったのか?」


 だが実力差はいまだに歴然。


 しかし男は、最強の吸血鬼を前にしても「対等だ」と言わんばかりの態度で、(おく)している様子はない。実力差を理解していない――わけではない。理解した上での虚勢だ。恐怖に飲まれないよう理性で律し、心が折れないよう精神を研ぎ澄ますために必要な虚勇だ。


 男の実力は、樹木で例えるならば栄養成長の域を出ていない。果実をつける生殖成長期――すなわち男がリネーシャの前に立ちはだかり、血で血を洗い、命を賭した闘争に興じられるようになるのはまだまだ先の話だ。


「ようやく芽吹(めぶ)いた程度だ。(つぼみ)すらない」


 お世辞や社交辞令のないリネーシャの講評に、男は「だろうな」とため息をつき肩をすくめ、体の(りき)みを解いて戦闘態勢を解除する。


 男のその態度は、リネーシャの求めるモノが「一方的な殺戮(さつりく)ではない」と理解したうえでの行動だ。リネーシャが欲しいのは対等か格上との闘争であり、ザコ狩りではない。


 すなわち男は、堂々と今回も見逃してもらうつもりのようだ。


 ――少し、味見しておくか。


 不意の状況にどれほど対応できるか吟味しようとリネーシャは視線を鋭くする。と同時、割り込むように男が「ところで話は変わるが――」と、軽い口調で投げかける。


「少し、散策(さんさく)デートでもしないか? リネーシャ」


 男の軟派なセリフに、場の空気が(にご)る。


 それは闘争を欲するリネーシャにとっては不純物でしかない。リネーシャは心が(なび)くことは全くなく、顔色ひとつ変えずに無言で足蹴(あしげ)にする。言葉を返す価値すらない――と。


 それは男も気がついているはずだ。

 だが男は、周囲の状況を一切無視し、刀から手を離し両手を広げて言葉を続けた。


「最近、『不浄之地(ふじょうのち)』のさらに先がどうなっているのか気になってね。リネーシャにも調査を手伝って欲しいんだ」


「……」


不浄之地(ふじょうのち)に終わりはあるのか、あるとすればその先に何があるのか。ないとすればどれほど広がっているのか。他に神託之地(しんたくのち)が存在するのか――」


「無駄なことだ」


 無言の否定を続ける限り延々としゃべり続けそうな気配を察し、リネーシャはようやく一蹴(いっしゅう)した。だが男は間髪を入れずに「けど、退屈しのぎにはなる」と言って食い下がる。


 面倒に思えてきたリネーシャは、結論だけを教えてやることにした。


「お前は知らんだろうが『不浄之地(そこ)』には何もない。あるのは(みにく)い『肉塊』どもだけだ」


「この前見てきたよ。これまで『怨人(バケモノ)』以外に何も発見されていない記録も」


 世界の外側には『怨人(えんじん)』と呼ばれる巨大なバケモノが跋扈(ばっこ)している。怨人(えんじん)は、人類の人口をはるかに上回る個体数が存在し、人体の何倍、何十倍もの質量を持っている人類共通の脅威だ。


 だがリネーシャにとっては取るに足らない雑魚(ザコ)ばかりだ。知能がなく、戦術や駆け引きもない。怨人(えんじん)は図体がデカく数が多いだけで、そこにリネーシャの求める「闘争」はなく、ひたすら害虫を駆除(くじょ)するのと同列。なんの(たか)ぶりも得られない。


 そんなリネーシャの結論に、男はなぜか嬉々として言葉を返してくる。


「だからと言って『他に何もないことの証左(しょうさ)』にはならないだろう? 俺たちが『世界の外側』について知っていることなんてごく一部……それも表面的なものでしかないはずだ。例えば不浄之地(ふじょうのち)の地中深くには何かあるかもしれないし、オドの濃度には何か法則性があるかもしれない。あるいは――」


「そんなことをして何になる」


 リネーシャは再度、遮るように男の弁論に割り込む。

 すると男は一拍をおいて得意顔を浮かべると、腰に手を当て「違うな――」と、悠々とした口ぶりで言葉を再開する。


「『何になるのか』『意味があるのか』――そこはたいして重要じゃない。大事なのはその『過程』だ。『道中』こそが楽しいんだよ」


 リネーシャは「興味ない」とあしらったつもりだったが、男はまるで意に介さない。


「『未知の探究』において、苦労が実を結ぶことは少ない。いや、基本的に実を結ばず徒労(とろう)で終わることもかなり多い。――でも……いやだからこそ、上手くいった時の達成感は一入(ひとしお)だ。もしそこに、共に進む仲間がいればなおさらね」


 男は破顔(はがん)し、立て続けにリネーシャへと語りかける。


「リネーシャにもぜひ『未知(みち)既知(きち)へと変える喜び』を、そして何より、道中にある『道草の楽しさ』を味わってみてほしい――と、俺は思ってる」


 そう言って、男は思わせぶりに右手を差し出してくる。


 男が語る『仲間』とやらにリネーシャを引き込もうとしている意図は明快だ。『地上最強』を懐柔(かいじゅう)できれば世界を牛耳(ぎゅうじ)ることも夢ではなくなる。実際にこれまで、そういった下心からすり寄ってきた有象無象(うぞうむぞう)は星の数ほどいた。


「くだらん……」


 リネーシャは都合良くすり寄ろうとする「下心がくだらない」と唾棄(だき)したつもりだったが、男は「知的好奇心がくだない」と受け止めたようだった。


「そう、(はた)から見ればくだらないことさ。でもこれは、リネーシャが闘争に充実感を求めるのと同レベルの話だろう?」


 リネーシャは会話の齟齬(そご)に気がついていた。

 だが、それはそれとして、男の語る『知的好奇心』という行動原理が()()()()()()()()


「……」


 理解できない。

 理解()できない……。


 が、少しばかりの()()()()()()


 闘争に身を()がしたところでそれがいったい何になるのか。突き詰めれば「自分が満たされるか否か」の問題だ。ならば男の語る『知的好奇心』もまた、リネーシャの抱く『闘争心』とさしたる違いはない。


 その間にも、男の熱弁はさらに続く。


「俺にとっては幸いと言うべきか――この世界は多くの未知や謎であふれてる。彁依物(アーティファクト)なんかその最たる例だ。特異な物体(オブジェクト)、不可解な生物、超常現象――それらがどのように生まれ、なぜ存在できているのか、どういう摂理(せつり)なのか……まるで理解が及ばない。でもだからこそ、俺はそこにロマンを感じるし、(そそ)られる性分(しょうぶん)なんだ」


 男は間髪を入れず「それに――」とたたみかける。


「それに世界中の未知を解明していけば、戦闘関連や軍事技術に大きな革新が起きるかもしれないだろう? そうなればリネーシャの求めている闘争(モノ)の一助にだってなるはずだ。――少なくとも、ここで退屈を嘆いているよりはずっと暇を潰せる。だろう?」


 興が削がれたリネーシャは、面倒くさそうにため息をこぼす。


「……まぁいい。今はその口車に乗ってやろう。どうせ、退屈していたところだ」


 そして肩をすくめるとリネーシャは気怠そうに腰を上げた。これが罠であることを期待して。策を(ろう)し、命がけの闘争を仕掛けてくることを心待ちにして。




 ――。


 ――――。


 ――――――。




 時代は巡る。


 人の寿命は短い。

 たかだか100年程度で老衰(ろうすい)し、あっけなく死んでいく。


 あの『男』もそうだ。


 激動の世界大戦の時代を生き抜き、後に『勇者(ゆうしゃ)』と呼ばれ、国を(おこ)し、歴史にその名を刻んだ。


 だがすでに老憊(ろうはい)した身体(からだ)は寝具から起き上がることすら(あた)わず。世界最大の共和国を築き、何度となく世界を終焉(しゅうえん)の危機から救った勇者――その命の炎は、風前の灯火(ともしび)だ。


「今からでも遅くはない。眷属(けんぞく)になるのが嫌ならば、延命できる彁依物(アーティファクト)がいくらでもある」


 勇者の今際(いまわ)(きわ)に、リネーシャはそう告げる。

 そして彼は、今回も()()れた声でそれを否定する。


「いいんだ、リネーシャ。人として生まれたからには、これが道理の通った(ことわり)だ」


 リネーシャが目を伏せると、男は息苦しさを押し殺し、優しく微笑みながらも言葉を紡ぐ。


「それに、今――とても好奇心がうずいて仕方がないんだ。この世界には明らかに霊体(れいたい)――(たましい)霊魂(れいこん)と呼べる『ナニカ』がある。だが死んだ者の魂は人知れずどこかへと消えゆき、戻ってきた者はいない。その先にいったい何があるのか、どのような世界が広がっているのか、自分の目で確かめられることに期待で胸がいっぱいだ。だから、私は、あの世を探訪(たんぼう)する旅に出る。ただ、それだけのことだ」


「……」


「リネーシャ。お前は強い。……だが、永劫不滅(えいごうふめつ)な存在などありはしない。お前も、いずれは死ぬ時がくるだろう。何百年後か……あるいは何千年後か……あるいはもっとか。――だがその時は必ずやってくる。その時がきたら、またあの世で議論の続きをしよう。(はた)から見ればくだらないような話をしよう。時には呆れ、時には意見をぶつけ合い、そして、また、喜びを分かち合おうじゃないか。その時は、地上の土産話も期待しているよ……リネーシャ」


 それが彼と交わした最期の言葉だった。

 それから少しして、勇者はわずか100年ほどの人生に幕を下ろした。


 勇者は生涯、武の極地(きょくち)――リネーシャの待つ(いただ)きに到達することはなかった。


 だが、彼の知的好奇心に付き合ってきた中で罠だったことはなかった。下心があるような素振(そぶ)りも、実際にリネーシャの武力だけをいいように利用しようとしたことも、ただの一度もなかった。


 最期まで、ただ純粋にひとりの仲間として、ひとりの友人として、リネーシャの側にいた。


 そして――共に歩んだこの数十年、リネーシャは不思議と退屈を感じていなかった。


「……」


 国を挙げて()りおこなわれる勇者の国葬(こくそう)を遠巻きに見つめながら、リネーシャはがらんどうとなった彼の研究室で独り(つぶや)く。


「全く(もっ)て、つまらんな……」


 気がつけば、地上最強の吸血鬼は闘争に飽きていた。


 代わりに未知なる叡智(えいち)を探求し解明すること――すなわち、知的好奇心を満たすことに生き甲斐(がい)を覚えるようになっていた。


 その後、リネーシャは勇者の研究機関を引き継ぐと、知的好奇心の(おもむ)くままに未知を既知へと変えていった。


 そればかりか、より効率的に研究を進めるために新しい国と皇帝の座を手に入れると、金、権力、人脈の全てを駆使(くし)し、世界の真理を探究していった。




 ――。


 ――――。


 ――――――。




 勇者が没し、千と数百年の歳月(さいげつ)が流れた。

 時はラザネラ(れき)6076年12月21日。


 その日、リネーシャが新たな論文に目を通していると、勢いよく扉が開かれ、室内に大声が響き渡る。


「ねぇリネーシャ、デートしましょ! でぇ〰〰えぇ〰〰とっ!」


 リネーシャが手に入れた国、レスティア皇国。その第一皇女であるエルミリディナ・レスティアの奇行に、室内にいた者たちは驚きながらも「なんだ、いつものか――」と慣れた様子で平常運転に戻る。


 だが当事者のリネーシャだけは呆れたような表情を浮かべ、叡智(えいち)ではなく叡智(えっち)を欲するエルミリディナをあしらう。


論文(これ)を読んでた方がよほど有意義だ」

「あらあら、そんなこと言っていいのかしらぁ?」


 しかしエルミリディナは一度デートを断られた程度で諦めたりしない。

 スッ――とリネーシャの目の前に歩み寄ると、手にした紙の束をチラつかせる。


「興味深い報告が上がってきてるわよぉ?」


 そしてエルミリディナは勝ち誇った顔をして報告書を手渡す。


 その報告書には、ヴァルシウル王国の地底にて『特異性を有する氷層(ひょうそう)が発見された』とする報告と『氷層の中から人に(人型)類似した未知の生物(アーティファクト)が発見され、彁依物統轄聯盟アーティファクトとうかつれんめいに調査を要請する』(むね)(しる)されていた。


 リネーシャは報告書をめくりながら、思わず口角があがる。


「地底の氷層か――人型彁依物ヒトガタアーティファクトとしては珍しい発見のされ方だな」

「でしょぉ? あわよくば『超越者(ちょうえつしゃ)』の尻尾をつかめる――かも、しれないわねぇ?」


 そんな短いやり取りでリネーシャは即決(そっけつ)する。


介入(かいにゅう)するぞ。すぐに準備しろ。人員の選定(せんてい)は任せる」

介入(デート)の準備は万端よ! 少数精鋭でいいわよね?」


 その日、リネーシャは新たなる未知との遭遇(そうぐう)にこの上なく好奇心が(そそ)られ、思わず笑みがこぼれていた。




◤◢◤ あとがき ◢◤◢



 没入感が削がれる気がして「あとがきは書かない派」なのですが、初回なので今回だけ――! 不要な方は飛ばしてください。


 改めまして著者の「はちゃち」と申します。

 膨大なWeb小説の中から本作を探し出していただき誠にありがとうございます。


 序幕(プロローグ)では、主人公の片翼である「リネーシャ」の視点でお送りました。

 次回から、もう1人の主人公視点で本格的に物語が始まります。

 つまり本作は、ダブル主人公形式となっています。


 ところで急に個人的な「性癖」の話をするんですが――私は百合が好きでしてね。それも「合法ロリ×合法ロリ」あるいは「ロリババア×ロリババア」の百合が好きなんですよ。

 でも「ロリ×ロリ」の百合や「ロリババア×ショタ」の作品はあっても「合法ロリ×合法ロリ」の供給はほとんどなく、ジャンル名すらない状態で私は悲しいです……。


「ならば自分で供給するしかない!」


 ということで本作では一部に百合描写があります。苦手な方はご注意ください。

 ただし百合がメインの小説ではないので、普通に男性が登場したり異性間の恋愛なんかも入ってきます。百合の間にはさまる男とNTRはキライなのでそういうことはしません。BLの予定はありません。


 最後に、評価やブックマーク、感想など気軽にして貰えたらとても励みになります。

 それでは引き続き、ダークでミステリアスな異世界をお楽しみください!



 はちゃち @hatyati

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