第二十五話 姉妹
魔物の種別は、基本的に五階層毎に刷新されると言われている。
他の階層でも新しい魔物が出現することはあるけれども、それでも以前まで出てきた魔物が消えるわけではない。最終的に消えることになるにしても、それは少し先の階層での話であり、突然新しい魔物のみが出てくるわけではないのである。
だからこそ少しずつ慣れる事が出来るのであり、しかし次の階層はそうではないということだ。次の第六階層からは、以前の魔物は完全にその姿を消し、また別の、さらに強力となった魔物が出現するようになるのである。
分かりやすく言うならば、第二階層から直に第五階層へと行くようなものだろうか。今の調子であればそれでも問題はなさそうだけれども、石橋は叩いておいて損は無い。第六階層への階段を発見した段階で引き返したのは、そういう理由からであった。
――迷宮から外へと出た瞬間、思わず息を一つ吐き出す。おそらく今の僕であれば第一階層ぐらいならば目を瞑っていても問題はないだろうけれども、それでもやはり迷宮というものはある程度緊張してしまうものなのである。
もっとも先日のようなこともあるので、それはむしろ忘れてはいけないことなのかもしれないけれども。
ともあれ一先ず緊張を解しながら、何気なく空を見上げ……視線の先の日が思っていた以上に高いことに、つい二度見をしてしまう。咄嗟にメニュー画面を出して確認すれば、そこに表示されている数値も、昨日のそれよりも二時間程度早いという事実を示していた。
「……まさか昨日よりも早いなんてなぁ」
昨日よりも一階層多く潜ったというのにこの結果ということは、昨日と比べ色々な意味で慣れたということだろうか。確かに思い返してみれば、昨日は無駄に警戒をし続けたりと、余計な時間を消費する機会が多かったようにも思える。そういったことがなくなったことで、比較的スムーズに先へと進めた、ということか。
とはいえ慢心するのだけは気をつけないとな、と思いながらも、衛兵の人達とやるべきことを終わらせ、そのまま迷宮を後にした。
ラグナへと戻る際、擦れ違う人の種類が昨日と異なるのは、やはり時間帯のせいだろう。
もっともこの時間帯に戻ることも今まではなかったので、珍しいという意味では同じだけれども。ただ、どちらかといえば、今日の方がいつもの雰囲気に近いかもしれない。
昨日擦れ違った人達は、何というか急いでいるような雰囲気があった。けれども、昨日はあの時点で既に日の入りが近かったことを考えれば、それも当たり前のことである。
この世界での街と街を結ぶ街道というのは、あまり整備されていないことが多い。コンクリート等で道を作るとかいう以前の問題で、人が沢山通るからそこの土が固まり、結果的に道のようになっている、というようなところも多いのである。
そのようなところを歩くのだから、当然時間はかかってしまう。それは馬車などを使っても同じであり、また当然のように街灯などは存在していない。街の外は夜になれば自然と夜の闇と同化し、さらには夜行性の魔物なども存在している。基本的に夜の移動というのは命懸け――否、自殺と大差ないのだ。
だからそうなる前に他の街や、小さくとも村に辿り着こうとするのは、当たり前なのである。
しかし今からであれば、のんびり行こうとも途中で何処かの村にならば余裕で寄れるだろう。ラグナの周辺には小さくとも幾つかの村が点在しており、強行軍でもするか地理に余程疎くなければ、そこで一夜を明けるのが普通となる。
今擦れ違う人達がそれほど焦ってもいなければ急いでもいないのは、そういう理由によるのだった。
ともあれ、そんな人々と擦れ違いながら、ラグナへと帰還する。数時間ぶりの街中だけれども、当然そこに変わりなどはない。勿論多少なりには変わってはいるのだろうけれども、少なくとも僕の目にはその違いは映らなかった。
そうしていつも通りの大通りを進めば、その先に待っているのは、いつも通りの威容を誇る冒険者ギルドの建物である。そのままいつも通り入ろうと進み――止まったのは、ふと昨日の夜の会話を思い出したからだ。
近寄り、耳を済ませてみれば……なるほど、何も聞こえはしない。それを確認しながら、こんな風に、いつも何気なく流している光景の中にも、知らないことというのは幾つも潜んでいるんだろうなと、何となくそんなことを思った。
「……まあ、これに関しては、ずっと潜んでくれてて構わないんだけど」
ギルドの中に入っての、素直な感想である。
いや、別に嫌いってわけじゃないむしろ好きな方だけど、とか考えるその視線の先にあるのは、今朝も見たメイド服のギルド職員達だ。どうやら一日中アレで行く気らしい。
それに対して何処か疚しいというか言葉に出来ない何かを感じるのは……そう、ここにあるのはおかしいなどと思ってしまうのは、その由来などを知っているせいだろうか。これもまたこの世界のちぐはぐな部分……というのは、まあ、多分違うけれども。
それにしても――
「……なんか今日、人多くない?」
ざっと眺めた感じではあるけれども、昨日来た時よりも多いのではないだろうか。満席、というわけではないようだけれども、八割程度は埋まっているような気がする。
ちなみにだけれども、当然受付の話ではない。そちらの混み具合はいつも通りだ。多少待つだろうけれども、すぐに自分の番が来ることだろう。
混んでるのは、食堂の方であった。
何故そうなっているのかは……まあ多分、僕の予想通りだろう。
「冒険者って暇人なのかな……?」
「自分の欲望に素直なだけだろ。実に冒険者らしいじゃねえか」
「なるほど……。暇人なんですね」
「おいなんでこっち見たあと断定しやがった」
それには答えずに、肩を竦める。
そんな僕へと不満気な視線を向けてくるのは、一応昨日もお世話になった鑑定所の方の受付嬢――テミスさんだ。その登場にも言葉にも驚かなかったのは、視界の端で近付いてくるのを捉えていたからである。
本当に独り言に割り込んでくるとは思わなかったけれども。
ちなみにテミスさんも普通にメイド服を着ていた。てっきり面倒くさがって着ないかと思ったのだけれども……意外とそこら辺は真面目なんだろうか?
「つーか驚きやしねえし……ちっ、つまらん」
「暇人なんですねぇ……」
「止めろ、しみじみと呟くんじゃねえ!」
「で、これはつまり、そういうことなんですか?」
「普通に言葉繋げやがったし……ま、そういうこと、だな。あいつら全員、変わった服を着たうちのやつらを見に来たってわけだ」
ただの暇人ではなく、自分の欲望に素直な暇人ということらしい。
ちゃんと冒険しろ冒険者。
「冒険ってのはつまり、非日常の中へと身を浸すことだろ? あいつらにとってこの光景は未知……なら、これはまさしく冒険だろうさ」
「……へー」
その言葉に、素直に感心した。
まるで――
「ふん、なんだ感心したのか? だがこのぐらい言えて当たり前だ。アタシだって歴としたここの――」
「あたかもそれっぽく並べられる屁理屈……感心しました。まるで詐欺師ですね」
「おいそれ褒めてねえだろ!」
失敬な、褒めてはいる。
褒めている方向がそもそもマイナスへと傾いているだけだ。
「やっぱ駄目じゃねえか!」
「というか、何故私の目の前でコントを繰り広げているのですか? 私としてはそちらの方に疑問を挟みたいのですが」
言葉に視線を向ければ、そこに居たはずの人の姿がなくなっており、アイリスの顔が見えるようになっている。どうやら終わったらしい。
別に適当なところで駄弁っていたわけではなく、列に並びながらだったのだ。
「あ、僕の番来た? ごめん、お待たせ」
「どちらかと言いますと、お待たせしたのは私の方じゃないかと思いますが」
「まあ細かいことは気にしないってことで」
「いやお前は少しは気にしろよ。つーか普通に会話始めやがったな……」
「慣れてますから」
「慣れて……る? ……ああ、ギルドって色んな人来そうだもんね」
「そうだな。慣れた原因は多分お前だと思うがな」
ははは、そんな馬鹿な。
少なくとも僕はアイリスには極々普通な対応をしているはずである。説教とかされたくないし。
「そうですね。トウマさんは普通だと思います」
「うん、だよねー」
「その中で時折唐突に妙なことをしたりするので、慣れたというわけですが」
「なん……だと……?」
「ふはは、やっぱりお前が原因じゃねえか!」
煩いです。
というかふははって何かボスっぽい笑い声だなぁ……そしてこの人はいつまで居るつもりなんだろうか。
「おい、何故アタシのことをこいつ邪魔だなぁ、みたいな目で見てるんだ?」
「いやいや、そんなことは思ってないですよ? もう暇潰しをする必要はなくなったのでとっとと仕事に戻ればいいのに、とは思ってますが」
「そうですね、とっとと仕事に戻ったらどうですか?」
「うおい! お前のそれもあれだけどまさかのアイリスもそっち側だと!?」
「私はトウマさんの担当ですから」
「関係ねえ!?」
そんな様子を他人事のように眺めながら、思う。昨日も思ったことだけれども、この人結構ノリいいよなぁ、と。半分ぐらいは素のような気もするけれども、逆に言うならば半分ぐらいはノってきてくれているわけだ。
うん、良い人なんだろうと思う。
仕事してないのも事実っぽいけど。
「で、ちょっと真面目な話ですけど、結局何か用事があって来たんですか?」
「ん? あー、うん、アレだよ。お前コレのこと知ってるんだろ? メイド、服、だったか? ちょっと聞きたいと思ってな」
「……あー」
ちらりとアイリスの方へと視線を向けると、僅かに申し訳なさそうな視線を返された。
まあそれ自体は構わないのだけれども……むしろ、ちょうどいい、かな?
「確かに知ってますけど、アイリスに言ったことぐらいですよ、分かってることは。そもそも僕の知ってるのは普通の服でしたし。ただ」
「ただ……何だ?」
「何と言いますか……今日こんなもの見つけました」
そう言って僕がバックパックから取り出したのは、あのメイド服であった。後から見せようとは思っていたので、手間が省けたとも言える。
――もっとも、これを見たところで何の参考にもなりはしないだろうけれども。
「……ほう? まさか他にも見つかったのか。ちょっと見せてもらってもいいか?」
「どうぞ。というか、そのために持って帰ってきたんですし」
「ふむ……」
手に取り、テミスさんが広げたそれは、厳密に言うならば彼女達が着ているそれとは異なるものであった。
アイリスやテミスさんの着ているメイド服は、若干サイズ等が異なるようではあるけれども、全て同じデザインのものだ。所謂フレンチメイド服などと呼ばれるものであり、ただしそこまで過激というわけでもない。
スカートなどは短いものの……まあ一応はメイド服と呼べるようなものだろう。
対して僕が持ち帰ったものは、所謂ヴィクトリアンメイド服である。どこぞの喫茶店などで着られるようなものではない、本職のメイドさん達が着るようなものだ。とはいえ一目で同種のものとは分かる程度の違いでしかないので、これは違うとは言われないだろう。
違いがあるとするならば、別のところだ。それこそが参考にならない理由であり――
「……ん? んー……なるほど。むしろ余計分かんなくなった、って感じだな」
「何か分かったんですか?」
「分かった……が、そのせいで余計こっちに関しては分かんなくなった。とりあえずこれは見た目は同種のものみたいだが、ただの服だな。鑑定でもそう出てる」
そう、こっちのメイド服は、鑑定で普通に見ることが出来るのだ。
しかもその結果、ただの服装であることが分かってしまった。何らかの補正や特殊効果もない、ただの一般的な衣服なのである。
ならば彼女達の着ている服もそうなのかと言えば……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。結局鑑定が通らない以上判別が付かないということであり、しかしそんなことは最初から分かっていたことだ。
この服の成果があるとするならば、メイド服が正式名称だということを、彼女達にもきちんと分かってもらえたということぐらいだろうか。
要するに、彼女達からすればまったくの無意味だということである。
「私にも見せてもらっていいですか?」
「いいか?」
「いいですよ?」
そう言ってアイリスも手に取ったけれども、結果は変わらない。メイド服という名の一般的な衣服だということが分かるだけだ。
諦めたような溜息と共に、それが返される。
「ま、結局やることに変わりはないってだけだな。あっちの売り上げは悪くないみたいだし、ま、意味はあっただろ。むしろ月に一回ぐらいこれでいくか? 毎日は、さすがにあいつらも飽きるだろうしな」
「お断りします。やりたければ一人でやってください」
「売り上げは変わらないかもしれないけど、哀れんだ人が何か奢ってくれたりするんじゃないですか?」
「くっそ、お前らコンビネーションばっちりだな!」
そんなコントをしつつも、とりあえずいい加減椅子に座る。
テミスさんももう用はないだろうし。
「あ、ところでこのメイド服って鑑定に出しといた方がいいですか?」
「ん? 別にどっちでもいいぞ? 鑑定そのものはもうしてただの衣服だって結論が出てるしな。こっちで引き取ってもいいが、相応の値段にしかならんぞ?」
「なら僕が……んー、いや、でも……まあ、僕が持っておこうかな」
「……渡されても私は着ませんからね」
「え? あ、うん……どうしようかとは思ってたけど、分かった、なら渡さないでおくね」
本当にそんなこと考えてはいなかったのだけれども……でも、アイリスに渡す、か。言われその光景が自然と頭に浮かび……うん、確かにそれもありだ。
まあその前にはっきり拒絶されてしまったのでそれももう無理なわけだけれども……普通に着てるように見えるけど、やっぱり嫌だったんだろうか?
「……そうですか」
「おや? くくく、自分で断っておきながら、残念だったりするのか?」
「やかましいのでとっとと自分の仕事に戻ったらどうですか?」
「八つ当たり!?」
「あ、仕事と言えば」
その言葉で思い至ったので、ついでにメイド服だけを一旦手に持ち、バックパックを逆の手に持つ。
そしてそれを、テミスさんに差し出した。
「はい、どうぞ。鑑定お願いします」
「なるほど、ちょうどよかったですね。それではお願いします」
「くっそ、お前ら本当にコンビネーション抜群だな……ちっ、しゃーねーな」
何だかんだ言いながらも受け取ってくれるあたり、やはり割と良い人のようである。
本当に良い人はそもそも仕事をさぼらないけれども。
それでも受け取った以上は仕事をするつもりはあるのか、そのまま踵を返し――
「っと、そうだ。もう一つ聞きたい事があったんだ」
その途中で、振り返った。
その瞳に宿っている色は、先ほどのよりも、少しだけ真剣に見える。
「はい? まだ何かありましたか?」
「ああ。とはいえ割と私事ではあるんだが……」
若干言いづらそうに口ごもり、視線が逸らされる。
何だろうかと思うも、続きを促していいのだろうか? アイリスの様子を横目に見るも、アイリスも何を言いたいのか分からないのか、首を傾げていた。
しかしやがて決心が付いたのか、視線が戻され――
「あー、あれだ……ソフィーは元気だったか?」
「……はい?」
予想外の名前を口にした。
ソフィーって……あのソフィーだよね? ソフィーって呼ばれてる人を、僕は彼女しか知らないし。
というか何故テミスさんが僕とソフィーが知り合いだってことを……またアイリスか。僕のプライバシーが駄々漏れなのだけれども、どうなっているのだろうか……まあこの世界にはそんな言葉自体がないのだけれども。
まあそれはともかくとして、その言葉にはどう答えたものか。
いや元気なのかを尋ねられているのだから、それに対して返答をするだけでいいの……かな?
「えっと、まあ、そうですね……元気ではありますよ?」
やる気はないですが、とも言おうとして、一応やめておいた。関係がまだ分からないし、悪口とも捉えられかねないからだ。
ただの事実なのだけれども。
「そうか……元気か。なら、それでいい」
そう言って息を吐き出したテミスさんは、心底安心した、といった様子であった。
これは……聞いてもいいんだろうか?
「ちなみに……どういう関係なのか聞いても?」
「ん? ああ、そうか……そういえば、自己紹介とかしてなかったな。アタシの名前は、テミス・ハイドフェルドだ。そう言えば分かるか?」
「ハイドフェルド……? ということは……」
それは聞き覚えのある苗字であった。
そう、ソフィーの苗字だ。
つまり。
「ソフィーの姉……いや、妹……姉? ん? どっちです?」
「姉だよ姉! 何で迷いやがった!? 体型か? 体型なのか!?」
「どちらかというと態度ですかね。基本どっちもやる気ない系なので……ああでも確かにソフィーの方が妹っぽいタイプの方かな?」
「どんなタイプだ!?」
ああいうタイプである。それ以外に言える事はない。
というか姉妹だというならば普通に元気かどうか確認することは出来ると思うのだけれども……まあ、何か理由があるってこと、か。
本当にこの街に居る人は訳有りばかりである。今更だけれども。
「はぁ……ま、とりあえず用ってのはそれだけだ。今度こそ、じゃあな」
「素材の鑑定頼みましたから、すぐに会う事になると思いますけどね」
「うっせ!」
そう言って、テミスさんは今度こそ鑑定所の方へと去っていった。
最後まで騒がしい人である。
「主にトウマさんが原因だと思いますが」
「なん……だと……?」
そんな馬鹿な。
あのキャラ的にいつもあんな感じだと思うのだけれども。
「確かにそうですが、今日はいつも以上でしたから。それは間違いなくトウマさんが原因です」
「……ちなみに、具体的にはどれぐらい上だった?」
「そうですね……1.5倍というところでしょうか」
「五割り増しかぁ……ごめん、次からは気をつける」
「別に問題はありませんが。それに、二人とも楽しそうでしたし」
「……そう?」
まあ、確かにやり取りが楽しかったのは事実だけれども。
でもそれを言うならば、アイリスもそうだった気がする。
「私も、ですか? ……そうですね、そうかもしれません」
「アイリスも楽しんでたんなら、仕方ないね」
「そうですね、仕方ありません。……それに、あっちに比べれば、マシですから」
「……あー。確かに、そうかもねぇ」
視線こそ向けてはいないものの、それが何処が指しているのは言うまでもないだろう。
というかなるほど、確かにあの人達はメイド服を着た少女達目当てで来ているらしい。メイド服に興奮しすぎである。
まあ……気持ちが分からないとは言わないけれども。
「……トウマさんは」
「ん?」
「――いえ、何でもありません。それより、いい加減処理をしてしまいますので、ギルド証をお願いします」
「ああ、うん、そうだね。何だかんだでいつもより時間かかっちゃってるし」
ちらりと後ろを振り返ってみれば、今のところ誰も並んではいないようだけれども、いつ誰かが来ないとも限らない。それにここで詰まらせていては、後で困るのはアイリスである。
それを避けるためにも、素早くギルド証を差し出すのであった。




