⑦ 彼の理論
周りの景色が見る見る滲み出す。
まるで自分が凄いスピードで駆け抜けているようだった。
そんな現象に対して、おっかなビックリの少年の心を落ち着けるように、妖精さんが彼の耳元で、優しく話しかける。
「この機械の基本理論を考えたのは、貴方の時代から200年以上後のニコラ・テスラという科学者なの。でもそのままでは危険な現象が起きるので、未来の貴方自身が、装置に改良を加えて完成させたのよ。その事実を、貴方は誇るべきだわ。」
「えっ、僕が?ホントに!?」
「いつも言ってるでしょ。私は貴方にウソをつかないって。」
まあ、その情報を、杉浦鷹志君からリークして貰った件については、言わないんだけどね…などということを彼女は思っていた。
「今この装置を中心とした半径1mの空間ごと、別の時空に移動しているのよ。だから離れたら危険なの。分かるわね?」
ああ、だから抱きしめられたのか。少年は少しがっかりした。
「あら、がっかりした顔ね?」
「えっ、ああ、ううう。」
「そんなことが無くても、あなたのことは抱きしめたくなるくらい好きよ。」
「…。」
少年の顔は真っ赤になった。
彼がそんなことを囁かれている間に、周囲の風景の滲みが無くなり、すっかり落ち着いたモノになった。
二人は無事に目的地に到着したようだった。
「さあ、着いたわよ。」
妖精さんはカバンのフタを閉じると、それを右手に下げて歩き始めた。
どうやら目的地は、目の前の洞窟のようだ。
妖精さんの色香にアテられて、ボウっとしていた少年は、慌ててその後をついて行く。
洞窟の中に蠟燭の灯かりが見えて来た。
二人は足音を立てないように立ち止まり、コッソリと奥の様子をうかがった。
地面には藁が敷き詰められ、女性が横たわっていた。
その傍らに桶のようなものがあり、中には、やはり藁が敷き詰められ、その上に布にくるまれた赤ちゃんが寝ていた。
そしてその二人を跪いて見つめる、長い髭を生やした一人の男性が居た。
あれっ?どこかで見たような場面だぞ。少年はそう思った。
そしてそれが、自分が生まれたばかりのあの場面に似ているのだ、ということにすぐに思い当たった。
少年は妖精さんの方を振り返ると、彼女も黙って頷いていた。
そしてマシンに入力した日付を思い出した彼は、身体に震えが走るのを覚えたのだった。
ここは、ベツレヘムの洞窟だ。
そして今、目の前に居るのは、ヨセフ、マリア、そして赤ん坊は、あのイエス・キリストだ!




