⑧ 人類史上最強
「紹介するわ。」
少年の耳元で妖精さんが静かに囁く。
「あの赤ん坊こそが、インドのゴータマ・シッダールタと並び称される、人類史上最強クラスのチカラの持ち主、イエス・キリストよ。」
「彼は後に不死身となり、果敢にも、たった一人で全人類の救済に挑むのだけれど…⋯。」
「⋯…けれど?」
話を変なところで区切られたら、誰だって続きが気になるものである。
「⋯…その試みは、ここから300年以上たった私の時代でも、志し半ばといったところかしらね?」
「⋯…イエス・キリストのチカラを持ってしても、それは難しいことなんだね。」
「いつまで経ってもニンゲン同士の小競り合い……戦争は無くならない。まあ、神様が期待するより、残念ながら、人類全体が種として成熟していない⋯…つまりは、幼稚すぎるってことなのよねえ、きっと。」
「⋯…はあ。」
その我々が神と呼んでいる存在が、実は4次元人かもしれないし、あるいはさらに高次の5次元人かもしれない、なんてことは、口が裂けても言えない彼女であった。
「さあ、今回の実験も成功したわ。長居は無用ね。帰りましょうか。」
「そうだね。」
何だか神妙な気持ちになり、流石に今回は素直に応じるサン・ジェルマン少年であった。
妖精さんは、サン・ジェルマン少年が元々居た時間と場所を、ダイヤルで入力し、もう一度右のハンドルをグルグル回した後、また左のレバーを倒した。
すると二人の周りの景色が再度滲み出し、やがてそれは止まった。
二人は無事に森のはずれの原っぱに戻って来た。
「⋯…とまあ、こんな感じね。」
「⋯…コレがタイムマシン⋯…凄いものだね。」
「次回からは、好きな時間、好きな場所に行ってみるといいわ。因みにお勧めの時間と場所は、コレにメモしておいたから、暇なときに見ておいてね。」
彼女はそう言うと、トランクの中から折りたたんだ紙を出した。
広げるとそれは1枚の大きな世界地図だった。
「これはね……。」
妖精さんが彼に、優しく語りかける。
「1569年にメルカトルっていう人が、航海用に作った世界地図なの。」
「……へえ。初めて見たよ。」
「本当の世界は丸いのだけれど、それを無理やり平面上に描いてあるから、大陸の大きさは正しくないのよ。」
「うん、どうやらそうみたいだね。」
「でも、東西南北は見やすいから、船乗りは皆コレを使っているわ。」
「さしずめ僕らは、時間を旅する船乗りってことだね?」
「あら、さすがは王族と貴族の息子。詩人ねえ。」
「……生まれはどうでもいいよ。それよりコレをどう使うの?」
「私がコレに後から書き込んだ、この正確な経度と緯度の線を利用して、ダイヤルで行きたい場所の座標を入力するのよ。」
「そうか。」
「そして後は、行きたい時間を指定するって訳。」
「なるほど。」




