第26話
――関谷亜沙美
「亜沙美さん、潜入に成功したので手順書通りお願いします」
「了解。まずはメガネだよね」
私は香織さんから借りたカバンから黒縁の眼鏡を取り出して装着する。
このメガネ。レンズに度は入っていないが、ただの伊達メガネではなく桜歌が使っているものと同じモデルのスマートグラスだ。
フレーム部分に小型カメラやネットワーク接続機器が搭載されていて、これを装着すれば桜歌達は内蔵カメラ越しに校内の様子を見ることができる。
「ラス。ゴーグラス。カメラを起動して、映像をワークステーションに転送して」
私がAIにボイスコマンドを入力すると、スマートグラスの電源ランプが青い光を放つ。
「こちらワークステーション。校内の映像を確認しました」
「それで私はどこに行けばいいの?」
「パケットキャプチャーツールは有効半径が300メートルくらいあるので校内のコンセントならどこに仕掛けても問題ないのですが、廊下で作業したら目立つので、出来たらどこかの教室に潜り込みたいですね」
「でも、教室って休みの日は鍵閉まってるでしょ。職員室に鍵取りに行くの?」
忘れ物をしたと言って鍵を借りることは出来るかもしれないが、できれば変装した状態で教職員と接触するのは避けたい。
「あの、1-Cの教室に行ってください。私の在籍クラスなので、私のカードキーで鍵を開けられるはずです」
星華高校では教室の鍵を生徒のカードキーで開けられるようになっていて、最初に登校した生徒が部屋の鍵を開けて、その後はドアを開けっぱなしにしておくのが暗黙の了解になっているらしい。
「ならお言葉に甘えて1-Cにツールを仕掛けましょう。香織さん、1-Cの教室はどこにありますか?」
「えと、えーっと……1年の教室は4階にあって、その正面の階段を4階まで昇って左手に1-Cの教室があります」
「了解。じゃあ、1-Cに向かいます」
私は香織さんの案内に従って階段を昇る。
香織さんは休学中なので、彼女には教室の開錠資格が与えられていない可能性があるが、職員室で苦しいウソをついて鍵を借りる前に試してみる価値はある。
日曜日の校舎は人気がなくひっそりと静まり返っていた。
窓から外を見下ろすと運動部の生徒がグラウンドで練習に勤しんでいるが、運動部は専用の部室があるらしいので彼女達が校舎を訪ねてくることはないだろう。
1-Cの教室にたどり着くと、香織さんが言っていたとおり教室の入り口の側にカードリーダーが設置されていた。
ただし……。
「テンキーがついてる。これ暗証番号打ち込まないとダメなヤツなんじゃ」
「暗証番号は『0307』。私の誕生日です」
「了解です。香織さん、3月生まれだったんですね」
香織さんの暗証番号が生きていることを祈りながら私はテンキーに『0307』と打ち込んだ。
直後、カチッ!と乾いた音と共に教室の鍵が開錠される。
「よっしゃぁぁ!!」
私は小躍りしたい気分で教室に入り、念のため周囲に人が居ないのを確認してから扉を閉めた。
「よかったです。無事教室に入れたようですね。」
「香織さんのおかげです。ありがとうございました」
「そんな、私はカードキーを貸しただけだし」
「それが大事なんですよ。香織さんが、カードキーと暗証番号を用意してくれなかったら、教室への潜入に四苦八苦していました」
桜歌の言う通り、香織さんが協力してくれたおかげで今回の潜入はとても助かった。
香織さんは、機転が利くし、人の痛みがわかる優しさを持っている。
良い切っ掛けがあれば、友達もできるし、学校でも楽しく過ごせるはずだ。
「その前に悪党を吊るし上げないとね」
私はコンセントを探すために壁伝いにキョロキョロと教室内を観察する。
しばらく探索を続けていると、教壇の裏、ホワイトボードの真下に一か所だけコンセントがあった。
「コンセントは一か所だけか」
「一つあれば十分です。警備員が巡回に来る前に、慌てず急いで作業を終わらせましょう」
「了解。それじゃこれからパケットキャプチャーツールの設置作業を始めます」
私は、カードキーと同じく香織さんから借りた星華高校指定の学生カバンから作業に必要な道具を取り出す。
まずは差し替え式ドライバー、ソケット付きの取手とネジ穴に差し込む10種類のビットがセットになった工具で、この作業における私のメインウエポンだ。
次に絶縁グローブ、今回はブレーカーを落としていないのでコンセント内のコンデンサは通電している。そのため感電を防ぐための防具の着用は必須だ。
そして、パケットキャプチャーツール。見た目は端っこにワニ口クリップがついた手のひらサイズのプラスチックケースだが、これを仕掛ければ校内のパルスウォンから発信された通信データを誰にも知られずに盗聴することができる。
私は主だった道具に加えて、電圧テスター、ラジオペンチ、両面テープといった道具を床に並べて桜歌と一緒に不足しているものがないか確認する。
「こちらも映像で不足している道具がないことを確認しました。問題は無いと思うので作業開始してください」
「了解」
桜歌のお墨付きをもらったので私は作業を開始する。
まずはマイナスドライバーでコンセントカバーの外蓋を外し。
次にプラスドライバーで内蓋と一緒に壁にねじ止めされているコンデンサを取り外す。
このとき気を付けなくてはいけないのは、コンデンサに接続されている電線に触れないこと。
電線には電気が通っているので間違って触れてしまうと絶縁グローブがあっても感電する可能性がある。
いったんコンデンサを外に取り出した私は、パケットキャプチャーツールに両面テープを張り付けて内壁に接着する。
パケットキャプチャーツールはコンセントの電源ソケットに、ツールの端っこから伸びるワニ口クリップ型の電源ソケットを装着して電力供給を受ける仕様になっている。
しかし、何も考えずに電源ソケット装着して放置すると、パケットキャプチャーツールの本体が壁の中で宙づりになって短時間で外れてしまうので、壁に本体を接着して固定する必要がある。
両面テープは業務用の強粘着タイプで一度接着すれば簡単には剥がれない。
私はツールを軽く引っ張ってきちんと固定されていることを確認すると、ラジオペンチを手に取った。
「わかってると思いますが、気を付けてくださいね」
桜歌が心配そうな口調で忠告してくれる。
これからやるのはパケットキャプチャーツールの電源ソケット装着作業。
ラジオペンチと絶縁グローブ越しとはいえ、通電しているコンセントの電源ソケットに触れることになる。
リスクがあるのは承知の上だが、それでも緊張で心臓がバクバクと早鐘を打つ。
私は一度深呼吸してから、ラジオペンチでワニ口クリップをつまんでツールの電源ソケットを、コンセントの電源ソケットに装着する。
電源ソケットを装着した瞬間にパチッっと空気中に電気が流れる音が響いたが、無事に作業は完了した。
電圧テスターを当てて、パケットキャプチャーツールにちゃんと電気が流れている確認した私は、思わず安堵のため息を吐いた。
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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