連歌会で
数日後、父上から甲州に折角名高き連歌師武野新五郎紹鴎が訪問してくれたのだから、連歌会を開くので主だった者達は出席するように言われた。
太郎喜信兄上は勿論、正室円姫様、側室里美様、二郎兄上、三郎兄上、春姉上、吉田典厩信繁叔父上、孫六信廉叔父上、祖父大井上野介信達、一門衆の勝沼丹波守信元、穴山伊豆守信友、岩手能登守信盛、南部下野守宗秀、小山田出羽守信有、油川刑部太夫信守、楠浦丹波守虎常、両職甘利備前守虎泰、父上の傅役飯田但馬守虎春、軍配者の加藤駿河守虎景、東光寺住職で大叔父の藍田恵青、恵林寺の鳳栖玄梁、長禅寺の岐秀元伯と春国光新、法泉寺の快岳周悦、甲斐の豪商達や有力土豪等も集めた。
連歌は、現代人の思考を持つ俺にとって、凄く難しい。
和歌なら、【五・七・五・七・七】と一人で歌を詠むのだが連歌だと、五人~十人のグループを組んで、上の句が【五・七・五】、下の句が【七・七】と分けられて、複数の人達で句を詠みあげて、数珠繋ぎで詠んでいく。
句の下に詠んだ者の名前を書き込むので読んだ人が解るし、前の句の内容に繋がる意味で考えないといけない制限があるので、実に難しい。
連想ゲームみたいに行っていくのだが、マ〇カル〇ナナみたいに言葉の意味を別の言葉に連想させると言うのを行ってるので、結構重要な戦の前に詠う出陣連歌とか死の直前に詠うに辞世の句などが有名である。
さらに評価を上げるのは源氏物語などの古典の知識を組み込むと評価が高いと言われてる。
有名な連歌のは、明智光秀が本能寺の変を起こす数日前に愛宕山威徳院で詠った連歌が、謀反の前兆を記した内容だったと言われている。
武野紹鴎と父上との連歌は実に見事な詠ったものだが、俺の連歌などまるで成ってない詠だったが幼子が詠った連歌なので、皆大らかに見ていてくれた。
四つの組に分けられて、其々(それぞれ)の連歌を評価し合って、どこの組が一番優れてるか最終的に武野紹鴎が判断すると言うやり方で皆が楽しんでいが、それ以上重要なのは武野紹鴎を通じて上方の情報を得る格好の機会となっていた。
そして此度の連歌会の主役は武野紹鴎だった。
父上や武田家の首脳陣は上方での政治の動きに関心を示して、幕府や朝廷それに畿内の有力大名の動向を知りたがる。
一方、連歌会に呼ばれた神職や僧侶達は、中央での他の寺宗の動きを知ろうと紹鴎に話しかけ、商売を行う者は何が上方で求められたり、逆に甲斐で売れそうな品が無いか、さり気なく世間話の中から見つけ出そうとしたりとさながらサロンみたいな感じになってた。
四郎は、今回注文浴びてるのが紹鴎だったので、気楽に隣にいる春姉上と話をしていたら、長禅寺の岐秀元伯が四郎に話かけてきた。
「初めまして高遠四郎様、春姫様、拙僧は岐秀元伯と申します。予々(かねがね)より御屋形様から自慢話の中に高遠四郎様の御話も出ており、私は何れ御逢いしたいと願っておりましたのが、今日叶いました。」
春姉上は、岐秀元伯が四郎の傍にやってくると気を利かせたのか、すーっとその場から離れていった。
「四郎、私は母上様の所に行ってくるので、元伯様とここで少し御話してね。」
そう言うと春姉上は、離れていってしまった。
短い時間ながら、二人きりになった四郎は何故自分に関心を持つのか聞いてみた。
「元伯住職様、父上の学問の師で在らせる御坊様が、この小童に何か興味を持たれたのでしょうか?」
「四郎様は、大祝諏訪家の血と甲斐源氏の血を引いた者として、生まれた時から諏訪大明神の加護を得た為、何方よりも利発で民の暮らしを救う知識を御持ちになると御聞きしました。」
「確かに知識は脳裏に浮かびますが、僕は生まれてまだ三歳の人生経験しかありませんので、正しき使い方してるのかは疑問でございます。」
「四郎様は、決して誤った行いはしておりませんよ。この甲斐と言う国はとても難治な国であり、四郎様の御爺様で信虎殿の時代では、毎年飢饉が続き餓死者も街道に転がってるのが当たり前でした。それが御屋形様の代になり、甲斐の民が皆笑って過ごせる国造りに邁進しているのです。その御屋形様の理想に後押しする四郎様の知識は、何れ日ノ本からの争いを無くす事になると拙僧は思います。」
「父上が優れた政を行っていますから、僕がやらなくても何方かが同じ事を行ってますよ。」
「四郎様、この難治な甲斐を治めるだけでも、どれだけ国中の人々の犠牲を払った事か、あまりに条件が悪い国なので、過去に一度武田信満公の時代に滅亡しても誰一人この国の国主になろうとしなかった。結局、滅亡した武田信満公の長子武田信重公が武田家宗家を継いで今に至るのだから、この甲斐と言う国は武家も百姓も皆、常に不安なのだよ。」
「元伯様、僕が政に口出してる事が皆の為になってしょうか?」
「四郎殿が見た目通りの童ならば、亡国の憂き目にあうだろう。しかし四郎殿の考えてる事は、決して童が行う知恵とは違う。坊主の拙僧が言うのも何だが、百姓達の農作業を軽減する知恵を何度も披露しておる。また今後、酪農にも力を入れると言う事を聞いたが、これもまた四郎様の頭の中には、民衆の生活を豊かにする知恵の一つなんだろう。」
「如何にもです。我々海が無い国の者達は、どう頑張っても海の幸を口に出来る国の人々に比べたら病とかに弱いので、強靭な肉体を作るのに必要なのです。」
「四郎様は、酪農で繁殖させた獣肉を食らうつもりなのか?」
「無論その心算です。この甲斐では、人々が常に飢饉の陰に怯えてる為、他国に侵攻する事でしか生きていけない側面があります。我が父上は、それらの状況を一変しようと河川工事に力を入れたり、新田開発を行っております。しかしその父上でも不足する物を他国を支配して補おうとしております。恐らく武田勢は幾度の戦乱により、数万人の人々を殺害してるでしょう。」
「今までこの日ノ本では、天武天皇以来殺生した肉食を禁忌にしているが、その御触れに触れるのではないか?」
「僕の記録によれば、天武天皇が農耕期間の四月~九月の間は牛、馬、犬、サル、鶏を食らう事を禁止されてるだけです。肉を忌避するようになったのは、仏教の教えが日ノ本の隅々まで染まったお陰だと思うのです。」
「まさにその通り、仏教には幾つかの禁忌があるのだが、その中で生物の命を奪う事に繋がるから、肉食を禁忌しておるのだ。四郎様は、それを否定なさるのですか?」
「僕は、ちゃんと生き物に感謝をして、家畜達の命を奪って食する事に賛成します。元伯様は、最初から食料として計画した家畜を屠殺するのと、食料を他人から殺して奪うのではどちらが罪深き事なのでしょう?」
「・・・・人を殺して食料を奪う方ですな。」
「元伯様、我々人間はこの世に生を得てから、命に順番は付いてる生き方なのです。いくら言葉を取り繕うとも命に価値の違いが現れるのです。だから僕は、僕の為に命を落す全ての生き物の冥福を祈り、そして感謝を示す為、仏前に何時も自らの罪を告白して述べてるのです。」
「左様、人は綺麗事を口にすえど、行う事に何かの命の犠牲を払って生きておる。この様な事は本来、大人たる我々が理解して考えないといけない事を、僅か三歳の四郎様にこの世の不条理や矛盾を語られるとは、拙僧はとても驚きましたぞ。」
「僕には、命に順位など付けたくありませぬが、その様な綺麗事で生きられる世界ではありませぬ。例えば蝗は鳥の餌にされるような弱い存在ですが、鳥もまた狩人とかの人間に食されてしまいます。その人人間は、米や麦を食らう必要があるのですが田畑に植えてる米や麦は蝗などに食われてしまう為、ヒー人間は餓死してしまうし、飢餓でなくなった人間自体も他の昆虫とかの餌になってしまいます。」
「四郎様は、僅か三歳で命の連鎖の事を語られるのか。この流れを悟った者は仏様から秘術を授かるのですが四郎様は、その事をどうして理解なさったのですか?」
四郎は、ここで転生した自分の事を言うべきなのか悩んでしまった。
「僅か三歳の僕が理解なんてしておりませんよ。僕が仏教の秘術に触れてると言うのは、買い被りですね。ただ人々は特別な存在として、他の生き物を屈服させようなどは御門違いだと考えております。逆を言うならば、他の生き物と違い思いやりや気配りを行って自然界では、死に逝く運命の者も助けれる矛盾した存在が人間だと思っております。そして僕は何故か、誕生した時から己と言う存在に気がついたのです。」
「実は僕には別世界の前世がありました。仏教で言う輪廻転生でございます。しかし輪廻転生をさせられた条件は、全くわかりません。神様が人々の事を考えて転生者を決めるのなら、国の上に立つ優れた者や万人にも負けぬ勇者などを選べばいいのです。しかし僕は前世では、不治の病でずーっと寝たきりの生活であり、僕が記憶した知識などは前世の世の中の人々は、誰でも知りうる情報だったのです。僕が特別な人間などと言うのは、烏滸がましいです。」
それを聞いた元伯は、四郎の思考が驕り高ぶらない行動は、前世の世界では当たり前の知識を披露してるのに何故ここまで感謝されてる自分に戸惑ってる心境にあると見抜いた。




