岐秀元伯の教え
この貧しすぎる甲斐の国を変えるべく戦国の世に出現した高遠四郎と言う童は、己が考えてる以上に世の人々に影響与えていく事をまだ自覚していないようだった。
現状は御屋形様の庇護下にいる為護られてる環境にいるが、四郎様が持つ知識を欲しい為に様々な悪辣な奸計をいつ仕掛けられてもおかしくない状況だと拙僧は思った。
特にここ数年の出来事で、三河の松平氏の嫡男竹千代が家臣の裏切りにより、織田家へ拉致された事件は記憶に新しい。
また四郎様自身が持ってる知識への安易な使用にたいしても、警戒しとないと大変な事になるだろう。
それらの事を岐秀元伯は考えていた。
そしてその思いは、自分の教え子たる武田大膳大夫晴信に対して、一度四郎様と話をする機会を持たせてもらい、お互いに語り合ってみると一つ解った事があった。
四郎様は、生まれ変わる前に一度別人で人生を送っており、その前世で暮らしてた世界は現世の戦国時代より、物が溢れて平和な世界だったと言うのが感じられた。
元伯は四郎が武士として生きていくのか、それとも争いを忌避して武士を廃業するのか確認しようかと思った。
そして四郎様と話を交わすと民衆の為には、神仏の禁忌の概念すら変えようと言う思考は、この殺伐とした戦国の世を新たに作り変える切っ掛けになるのではと元伯は思った。
そこで連歌会が終わった後に御屋形様に会って、高遠四郎様を長禅寺に預けて貰えないかと聞いてみた。
「御屋形様、拙僧の御願いを聞いてもらいますか? 武田の麒麟児たる高遠四郎様は、このままでは純粋過ぎて、阿久井る者達から利用される恐れがあります。拙僧めが御屋形様の時と同じく、学問を教えたいのですが宜しいでしょうか?」
「禅師よ、四郎に学問を教えたいと申すが、あ奴に教える事があると申すのか?」
「如何にも。四郎様は優しすぎて、どうやら戦国の世で生きる心構えが出来てない様子特に人に慈悲を与えるべく、自らを軽んじておりますれば、何れ決断をしないといけない時に選択出来ずにいる事になります。」
「確かにあ奴は、苦しむ者を見れば救いたくなる及時雨の様な性格、戦国の世には向かぬ性格なので高遠家を継がなかったな、僧侶の道へと歩んでいただろう。しかし幼くても武家を継いだ身となれば、厳しい決断も必要となろう。」
「長禅寺に預ける事が無理なれば、拙僧が四郎様の元へ通いまする。」
「判り申した、禅師に四郎を学ばせる様にしよう。」
こうして四郎の居ぬ間に、父上は岐秀元伯に今後の四郎への教育を任せる事に決めてしまった。
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八月の初旬、御盆に行う武田家の法要前に、岐秀元伯は躑躅ヶ崎館に来訪して、その日から二郎兄上、三郎兄上、従兄弟の寅王丸と一緒に元伯禅師から学問を学ぶ事になった。
元々、兄弟や従兄弟には、四郎自身がある程度知識を教えていたが流石に道徳や漢文などの教養や古文の座学の辺りは全く知らないので、四郎は生まれて初めて学校の授業を受けてる感じだった。
「皆々様、今日より学問を教えるますので、これ等の伝える事は皆様が人の上に立つ時、正道を誤らぬように身に付けて貰いたい学問ばかりであります。これ等の学問は、どれも人の上に立つ者として必要な知識で在ります故、もし軽んじる事があれば、例え国主様の御子だとしても遠慮しませんぞ!」
元伯は、過去に幼少期の父上にも教えた経験があるので、二郎兄上を始めとした子供達への指導も手慣れた感じでこなしていた。
「「「「元伯禅師、承知しました!!」」」」
その様な感じで、四郎は新たに帝王学と言うような指導者としての学問を修める時間を持つようになった。
ある日の事、元伯は儒教の事を四郎等四人に教えていた。
「・・・・・明では儒家思想と言う呼び名で、人の在るべき道標として、身に修める道理として、士大夫達が幼き頃から学ぶ思想とされて・・・・・」
儒教がどうして大陸に広まったかの話を元伯禅師は語って教えてくれた時、四郎は前世の知識で覚えてた儒教の弊害の事を思い出したので、元伯禅師に聞いてみた。
「元伯禅師、一つ質問があります。」
「四郎様、どのような質問でしょうか?」
「儒教の教えでは、身内の誰かが殺された場合、仇討ちを行う事こそ儀礼に通ずるとありますが、それは相手もこちらに報復する権利が発生して、同じ仇討ちを行う権利が発生するのでしょうか? そしてその双方の争いは、どこで終わらせれるのでしょうか?」
四郎がその様な質問をすると、元伯禅師は一息ついてから四人に語り始めた。
「其方ら四人は全員武家である。なので今後の人生において、人を殺める事は必ずや起きるだろう。儒教の教えは、親しき者を殺された場合仇討ちは肯定されておる。そしてその教えで現実には、三族殺しと言ういたたまれない出来事も屡々(しばしば)起こってる。」
「拙僧としては、この事は儒教の教えの中で欠点の一つだと思いますぞ。何故なら、お互いに死滅するまで戦い続けようとするのは、これは不幸の極みである。だからこの事に関しては、拙僧から言えるのは、感状で解決するよりも定められた王法によって、解決する事がもっとも適していると考えておる。」
それを聞いた四人は甚く感心して四人は皆、元伯禅師に尊敬の念を持った。
すると元伯禅師の話を聞いた二郎兄上が元伯禅師に聞いてみた。
「儒教の教えと言えど、己の感情のまま仇討ちを行い続けるなら、それは逆に自らの子孫すらも途絶えさせる危険があると言う事ですか?」
「その通り。王道を歩む者は、仇討ちに感情を縛られたら、周りにいる者達へ不安の種をばら撒く事になろうぞ。感情に身を任せる事は、高所大所の判断を必要とする統治者にとって、もっともやってはいけない事である。」
続いて、三郎兄上が元伯禅師に聞いてきた。
「ならば儒教の言う忠考の教えに背く事になりますが、背く事も致し方ないと言う事でしょうか?」
「その通りです。三郎様、もし御屋形様が公方様に殺されたとして、無暗に仇討ちを行う事はいけませぬぞ。」
「何故でしょうか?」
「もしも悪公方だとしたら、仇討ちは世論から称賛を浴びて評価もされるでしょう。しかしもし公方様の方に道理があって、幕府の法度通りの処分だとしたら、仇討ちを行う三郎様こそ天下の悪逆人とされてしまうのです。」
「さらに例え悪公方だとしても、民百姓を戦乱に巻き込み大勢の犠牲を払うとしたら、仇討ちが成功しても民百姓は誰も支持しないでしょう。」
最後に寅王丸が質問してきた。
「元伯禅師に聞きます。儒教の教えで上下の教えは、例え愚か者でも下の者が支えてまで、忠考の秩序を必要なのですか?」
「寅王丸様、儒教で何故上下の秩序を重んじるのは、生きる者全て悪意の為に生きてる訳ではない。必ずや上に立つ者が、下にいる弱き立場の者を助けると言う性善説を前提に教えられてる。しかし寅王丸様の言われてる事は拙僧も同じ考えよ。」
「拙僧は、必ずしも聖職者にだって善人ばかりではないと考えておる。だから一人の聖人君子に頼るよりは、法治でもって国を治める事を望まれた御屋形様こそ、尊敬すべき御方であると思うておる。」
四郎達四人は、元伯禅師が教えてくれてる儒教の教えは、必ずしも良い事ばかりではないと言うのを教えてくれた気がした。




