軽挙妄動
2020 3/24 ✖小笠原左馬助⇒〇小笠原右馬助に修正
葛尾城に撤退してきた村上防州は、すぐに各地の守備兵を根こそぎに召集する手紙を書きまくり、葛尾城の防衛の事で島津左京進亡き後、薬師寺右近清安と出兵中に葛尾城を守備してた屋代越中守正重、屋代左衛門尉政国と一緒に今後の事を話しあっていた。
敗戦ながら、逃走に成功した島津左京進の足軽の情報と細作の情報を照らし合わせると、どうやらあの後に板垣駿州が射殺されたとの情報がわかった。
その事は退却した村上防州の留飲を大い下げたのと同時に、大切な家臣の死を悲しむ事になった。
「殿、武田勢はどうやら寝返りした矢沢領や望月領の確保を優先して、武田勢本隊は未だ進撃する様子が無いようです。ここは貴重な時間が我々に与えられました。」
島津左京進亡き後、村上防州が軍師役として任命したのは、北信濃一沈着冷静だと謳われる屋代越中だった。
「屋代越中よ、それはどの様な事だ。」
「武田勢は、我々を一気に倒す事よりも、裏切り者達の領地の確保に気持ちを傾けました。その事によって、某は、この度動こうとしてない小笠原右馬助を武田に嗾けようと思います。」
「あの愚か者をどうやって動かすのだ?」
「我等村上勢は、撤退したとはいえ武田の宿老板垣駿州を討ち取りました。討ち取ったのは事実ですので、これを餌に小笠原勢に諏訪を襲わせます。」
村上防州は怪訝そうな表情して、屋代越中に真意を聞く。
「何故、板垣駿州が死んだ事が餌になるんだ?」
屋代越中は内心、これ位の事が解らんのかと思いながら、口には出さず説明し始めた。
「板垣駿州は、ついこの前まで諏訪郡代に任命されておりました。あ奴の性格はともかく、諏訪郡代としての統治能力、そして軍事の才も数年前までは名将と呼べる実績を残しています。その板垣駿州が守らない諏訪郡は、突然舞い込んだ天祐と呼ばれても良い状況でしょう。これらの機会を自ら判断出来ぬ小笠原右馬助ならば殿は武田と和睦して、小笠原右馬助を攻めて滅ぼした方が村上家の為になるでしょう。」
その言い方に怒りを覚えた薬師寺右近は、屋代越中の語りを咎めた。
「越中殿、御言葉が過ぎますぞ。武田と和睦して、小笠原右馬助を討つなどと言語道断の事でありますぞ!!」
「右近殿こそ、この状況を理解出来ぬとは、もはや殿の周りには物事を謀れる御仁は、島津左京進が消えたら、すっかりいなくなられた。」
二人が対立し始めたのを見て村上防州は、暫し二人の舌戦を聞いた後、己の考えを示す事にした。
「二人が揉める必要は無いぞ。儂は小笠原右馬助なぞ宛にしてないし、武田と結ぶ気も無い。そして小笠原右馬助に武田の当て馬にされて、漁夫の利を得られる事も我慢出来ない。したがって、今回の戦は板垣駿州の驕りから起きた合戦だが、我々は板垣駿州を討ったのでこれを餌に小笠原右馬助のやる気を引き出したいと思う。」
そういうと暗に小笠原右馬助を利用して、武田を消耗させたいとの考えを示した。
家臣達は、主君村上防州の考えが判ったので、それからの議論はいかに小笠原勢を諏訪に侵攻させるかと言う話し合いが続いた。
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二月の大雪の中、村上防州は親族衆の一人山田右近尉国政を小笠原右馬助長時に対しての使者として送り、小笠原右馬助の本拠地林城に辿り着いたのは、二月十日だった。
小笠原右馬助は使者が到着するまでは、村上防州と約定を交わしてた諏訪攻めを大雪を理由に中止しようかどうか悩んでいた。
大雪のせいで、配下の国人衆の集まりが悪いのと諏訪の上原城に武田勢本隊一万二千余りが集結していた為、塩尻峠から諏訪での出征を行う事で、村上防州に利用されてる気がして、警戒したからである。
ところが去る二月八日に前山城郊外にて、村上勢五千と板垣勢四千余りが合戦を行い、村上勢は戦線離脱したが、板垣勢大将板垣駿河守信方を討った為、双方痛み分けの結果に終わった事が伝わった。
そしてこの事が、小笠原右馬助の心境を変化させる理由となった。
「皆に問う、昨日村上防州と板垣駿州がやり合って痛み分けに終わった。この事は、俺にとって最良の結果になったな。あの山猿(武田晴信)と山賊(村上義清)双方に大きな被害が出たのだから、こんなに愉快な事はない。さてここからだが、信濃守護職小笠原家にとって武田家の朝廷から信濃守を賜った事は、干戈出来ない。武田家を信濃から追い出す手立てを思いつく者はいないか?」
まず最初に小笠原右馬助股肱の臣犬甘大炊助政徳が発言をする。
「殿、某は、この大雪を鑑みて、諏訪への出兵は利少なく害多き判断だと思います。本来、村上防州と同時に出兵する予定でしたが、国人達の集まりが良くありません。武田を信濃から追い出すにも準備を怠ると逆に領民への負荷が大きく、小笠原家は疲弊するでしょう。」
右馬助は、せっかく望んでいた答えを犬甘大炊助が答えてくれるものだと思ってたのに、出兵を諫言する言葉だったので、面白くなかったのかフンっと鼻で返事をした。
他の家臣、二木豊後守重高、神田将監重慶、仁科弾正少弼盛国、三村駿河守長親等が犬甘大炊助の言葉に同調した為、一旦は小笠原右馬助は諏訪に出兵する事を見送ろうとした。
しかし林城に到着した山田右近尉が小笠原右馬助の気持ちを変えてしまう。
「小笠原右馬助長時殿、此度主君村上周防守義清からの文を御持ちしたでござる。」
山田大炊助が懐から出した文を傍にいる近習へ手渡し、その文を近習から受け取った小笠原左馬助は、みるみるうちに顔を真っ赤にして激怒し始めた。
「防州めっ!!儂の事を信濃守護職を持ちながら、信濃国の静謐に戻せぬ大将だと愚弄した。あ奴は、守護職を全う出来ぬなら辞任して、村上家が代わりに信濃を治めると言いておる!!」
小笠原右馬助は、感状を爆発させながら手紙を破いた上で、使者の山田右近尉に怒鳴った。
「いいか!村上防州に伝えとけ!!儂は、これから塩尻を抜けて諏訪へ武田討伐を起こす。だから武田を成敗した後は、村上防州を討つからなっ!!」
そういうと近習に持たせてた太刀を掴み、山田右近尉の右耳を一気に斬り落とした。
「ギャァャャッッッ!!! おっ、おのれ!!使者の某にっ、きっ危害を加えるとは!!!」
家臣達は驚いて、小笠原左馬助を咎める。
「とっ、殿!!村上の使者を斬りつけるとは、何て事を!!」
「フンッ、命を奪われないだけ情けをかけられたと思えっ!!さっさと村上防州の所へ戻り、次に逢うのは戦場だと伝えよ!!」
そう言うと近習達へ命じて、山田右近尉を林城から退去させた後、家臣達にこの度の戦を拒否する国人衆がいるなら謀反と見なすと宣言し、今月末までに林城に集結せよと家臣に通告をした。
家臣達は一様に小笠原右馬助が暴走した事に対して、村上防州が言葉の毒によって主君を狂わされたと言い、早く正気に戻ってくれと言う者もおれば、ついに小笠原家に見切りをつけて、武田へ密かに通じ始める家臣も現れていた。
こうして林城には、戦意の低い小笠原勢一万二千を真冬に無理やり集結させて、林城から一路諏訪を攻撃すべく、侵攻を開始した。




