板垣駿州討ち死の余波
板垣駿州が銃殺された後、鉄砲足軽二十人他元島津勢約百人余りが、主君が暗殺されて殺気だった板垣勢に取り囲まれて虐殺されそうな所、板垣衆副将の荻原豊前守昌明が皆を止めに入った。
「貴様ら止めろ!! 島津左京進の家中の者共は、板垣駿州殿に主君が討ち取られたので、仇討ちで駿州殿を撃ったのだ。お互い主君を失ったのに、さらに戦えずにいる島津家家臣を虐殺する気かっ!!」
そう言って荻原豊州は、将兵達を宥めに入った。
そこに上原備中守昌辰が全将兵に向かって言う。
「皆の者共、板垣駿州殿は不幸にして討ち死したが、駿州殿はここが未だ戦場だったにも関わらず、警戒心を解いて、弛緩した心はここの場所で頸実験を行う事までやってしまった。この事が御屋形様の耳に入ると、逆に我々が責任を問われるのが必至である。」
「そうなると、我々以外の第三者の目撃者が必要である。すなわち戦った対戦相手、村上勢の証言が我々の行動の生き証人となってくれよう。そう、彼等も我々も命を守るには、お互い健闘尽くして戦ったが、不幸にして村上勢の鉄砲に討ち取られたと言う話が必要なんだ。」
上原備中がその様な語りをすると、板垣衆の将兵は冷静に考えれるようになってきた。
「なるほど悪い言い方したら、ここにいる全員が運命共同体ですな。」
板垣家中の者達も自分等の警備の落ち度、それに板垣駿州が行った独断で行った頸実験を御屋形様がとがめるかもしれないと言う雰囲気が家中に流れ始めたので、捕虜になった島津将兵に対して手を出す者はいなくなった。
また島津勢以外に村上勢から投降した将兵達も一息ついたと言う。
ただ一人の板垣家の武者だけは、大騒ぎをしていた。彼の名は曲渕庄左衛門吉景と言い、板垣駿州に見いだされ、草履取りから板垣衆の足軽大将まで出世した青年武将である。
「おい!!お前等。こんな武士道にあるまじき手段で主が討ち取られて、誰か仇討ちを名乗らないのかっ!!」
そこに副将の荻原豊州が、庄左衛門を宥めに入った。
「庄左衛門よ、此度の殿の不幸は、殿が独断で頸実験を行うと言い出した事からの発端と、某は感じる。未だ敵残党が彷徨う場所、それに我らも殿が頸実験を行う事を止めれなかったのも責任の一端ではないのか? 島津の家中は、見方によると主への仇討ちを殿へ行ったように見えるので、御屋形様はその辺りを追求してくるやもしれん。」
庄左衛門は、そういわれると顔を真っ赤にして、憤懣やるせない表情を作って、陣幕の外へ出て行き何度も大声を張り上げた。
「畜生!!畜生!!畜生!!畜生!!畜生!!・・・・・・・・っ」
そして荻原豊州は、生き残った島津勢百人ばかりに静かに話した。
「其方等が、これ以上大人しくしておるなら、我々も丁重な扱いをしてやろう。但し騒ぎを起こすのなら、今度こそ皆殺しを選ばざるおえん。」
そう言うと荻原豊州は、戦場に村上家の残党がいるか警戒しながら、この地の僧侶と百姓を呼び両軍の戦死者の埋葬と戦場になった事で、民衆への詫び料として銅銭十貫文を渡すと戦場の清掃を命じた。
板垣駿州が命を落とした為、荻原豊州が一時的に板垣衆を纏め上げ、一旦全軍を前山城に集結させると決めた頃、追撃を断念して先鋒の真田勢と根津勢が板垣衆と合流した後に、初めて板垣駿州が討ち死した事を知った。
皆の反応は、それぞれで真田弾正忠幸綱は、数年前に板垣駿州と一緒に戦場に出た時の事を思い出していた。
あの時、駿州は手柄を上げた者も運悪く手柄に恵まれなかった者にも饗応に呼び掛けた事を思い出すと自然と苦い表情をしてしまった。
真田弾正忠が饗応を行う広間に行くと、上中下の三つに分けられた座にはそれぞれの名を書かれており、
優れた真田弾正忠など数名は三の膳が置かれ、中程の功名の者には二の膳、働き無き者には本膳のみしか置かれてない。
さらに二の膳、三の膳には赤椀を用いて、それに種々の魚鳥の料理が盛られていたが、本膳だけの方は黒椀で、それに配膳されているのも精進料理であった。
それらの差別に真田弾正忠に、饗応に参加するのがいたたまれなくなった。
板垣家中で、これらの差別は流石に如何なものかと言う懸念が言われたので、真田弾正忠は、密かに板垣駿州へ、その様に特別な持て成しは某には必要ありませんぞと伝えた。
しかし板垣駿州は差別を否定して、己の考えを伝えてくれた。
「真田弾正忠殿は、何か思い違いをされているでござる。先の戦で、手柄を立てぬ者達は慈悲深き心を持って、敵の頸を取る事を躊躇った。しかるに某は、慈悲深き者達が普段より受戒を守って食事なども肉魚食を避けて、精進食を食してると思っておる。だから慈悲深き者達に肉食を強要し、破戒の業を行わせるのは某本意ではない。だから慈悲深き者達の心情に鑑みたのだ。」
真田弾正忠は、あの時の事を思い出して、板垣駿州は手柄無き家臣に厳しく皮肉を言い、大いに面目を失わせる様な性格を好ましく思ってなかったのである。
「板垣駿州殿は、気位の高い御方だったよな・・・」
真田弾正忠が言った一言は、故人を惜しんでと言うよりも、生きてても何れは家に厄災を呼ぶんでなかろうかと思いが入った一言であった。
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前山城下、滑津川で起きた合戦はの経緯は、あと一日で合流出来る位置まで来ていた武田勢本隊は、伝令山上六郎左衛門によって武田晴信と嫡男喜信へ内容が伝えられた。
山上六郎左衛門からの報告をまず宿老で両職の甘利備前守虎泰が最初に確認してから、武田晴信へと報告された。
晴信と喜信、さらに武田勢に参加してる武将達を集めて、山上六郎左衛門にこの度の戦の経緯を語らせる事にした。
「皆の者、これから板垣衆で起きた顛末を六郎左衛門が話すので、意見は話が終えてから出すように。さあ、六郎左衛門よ、皆に話せ。」
山上六郎左衛門は前に出て来て、皆が沈黙してる事を確認してから話始めた。
「はい、承知しました。これから話す事は、今回板垣衆に起きた事の顛末を話します。去る二月一日に村上勢五千は佐久郡へ侵入し、伴野刑部様兵五百が護る前山城を包囲した為、我等は板垣駿州様の指示に従って、上原備中様の内山城に集結しました。集結には大雪のせいで手間取ってる最中に、前山城からの救援の使者が飛び込んで来た為、板垣駿州様は出陣を決意し、板垣勢四千余りで前山城に向かいました。」
喜信は六郎左衛門から、出撃したとの報告を聞いて、思わず小声に出た。
「父上が板垣駿州に命じられた時間稼ぎを行わないだと・・・・・」
晴信は、板垣駿州が己の面子の為に出陣させたのであろうと推測して、何も言葉を発せずに苦虫を噛んだような表情をした。
「我々が内山城から進軍したのを知った村上勢五千は、前山城郊外の滑津川辺りで待ち受けていました。最初に板垣勢と村上勢の先鋒同士が激突し、先鋒を務めていた真田弾正忠様が敵将楽厳寺馬之介光氏を配下の将が討ち取った為、村上勢先鋒は崩れて退却しました。」
「板垣駿州様は先鋒の勝利に喜び、前山城にいると思われてる村上勢本隊と戦う為に滑津川を渡りきった所で、村上勢は雪の中に伏兵を置き左右から襲撃され、さらに前衛の真田衆と分断されてしまい、そこで禰津勢大将禰津宮内様は負傷し、嫡男勝直様を陣代に指名して少数の家臣に守られながら、内山城に退却。その後は左右からの村上勢の勢いが強く、さらに一度逃げた敵も戻り、禰津勝直様も討ち取られてしまいました。」
「窮地に陥った板垣勢でしたが、御屋形様の側室となられる禰津里美様が女武者衆を率いて、禰津勢の潰走を防ぎ、敵将楽厳寺駿河守雅方は降伏、原田十郎左衛門は里美様自ら討ち取りました。そして禰津勢の大将不在となった為、里美様自ら采配を振るって、禰津勢はなんとか戦場に踏みとどまりました。さらに分断された真田勢では、村上勢の中にいて、村上防州に不満があった滋野一族を同族の誼にて寝返らせた為に、形勢は板垣勢に傾いたので、村上勢は素早く島津左京進規久を殿に残して戦場を離脱、離脱する村上勢を真田勢と禰津勢は、殿の島津左京進を被害を出しながらも排除して追撃に入りました。」
苦戦しながらも板垣勢が村上勢を撃退した事にたいして、この場にいる武将達は安堵の息を吐いたが、晴信は以前として苦い表情でいた。
「排除された島津左京進は、百名余りの配下と共に降伏してきた為、板垣駿州様はその場で、板垣勢を集めて、勝鬨を上げて首実験を行い始めました。そして降伏した左京進に話かけて、板垣駿州様へ出仕を進めたが左京進に断られて、その場で斬首を行うとした時、押さえつけてた護衛の太刀を奪い、板垣駿州様を斬ろうとしましたが、左京進は板垣駿州様に頸を跳ね飛ばされました。だがそれは左京進が狙ってた幾重にも仕掛けた罠で、一瞬無防備状態を晒してた板垣駿州様は、雪の中に白い布で隠蔽してた複数の鉄砲足軽から射撃を受けて、討ち死した次第です。」
そこで初めて、晴信は言葉を口にした。
「驕ったな、信方・・・・・」
そして周囲で話を聞いてた武将達からも、事の顛末を聞いて何と言えば解らずに、絶句していた。
「此度の両軍の損害は、村上勢は恐らくこちらに寝返った矢沢衆・望月衆・楽厳寺衆が六百余り、そしてこの戦で島津左京進規久、楽厳寺馬之介光氏、若槻左京亮清尚、原田十郎左衛門等の武将と七百余り失って、葛尾城に引き上げました。こちらの損害が板垣駿州様と禰津勝直様が討ち死し、板垣勢四百余り、真田勢百余り、上原勢二百余り、そして禰津勢が五百余り失いました。」
話終わった六郎左衛門を労い、情報を齎した手柄を渡し、これからの事を話し始めた。
「皆の者、今回の戦、板垣駿州の驕りと焦りが引き起こしたものである。当初儂が命じた通り、村上勢に対して、突かず離れずの戦をして本隊の到着を待てば、今頃村上防州の頸はここにあっただろう。戦自体は真田弾正忠の大手柄の御蔭で勝ちを拾ったものの、内容は要らぬ犠牲、特に禰津宮内を負傷させ、嫡男勝直を討ち死させた事は、本来なら御家取り潰しの罪状だろうが、板垣駿州本人の死亡と今まで両職の勤め上げた功労を鑑み、この度は罪状を免除して板垣家には連座はさせぬ。」
晴信が言い終わった後に喜信が父上に話かけた。
「父上、今後の方針はどうしますか?」
「まずは前山城に行く。そして寝返った矢沢・望月の領地へ進出する。」
現在唯一の両識となった甘利備州が聞いてきた。
「村上防州の本拠地、葛尾城には攻め込まないのですか?」
「今回、村上勢は三千余り逃げられておる。おそらく今急行しても、各地の守備兵を集めれば、今の倍は集まるだろうよ。なら今後は調略を重視し、一旦小県・佐久郡を落ち着かせながら、高梨家と連携して、村上防州を倒す事にする。」
そうして翌日に前山城に着いた武田勢本隊は改めて指示を出して、今回寝返った矢沢源之助頼綱と望月源三郎信雅の臣従を認めて、矢沢領と望月領に部隊を派遣して、村上勢からの襲撃に備えた。
そして禰津里美は、本当は婚儀の時に初めて御屋形様に逢うはずだったのが、今回女武者衆を率いて参戦した為、前山城で逢う事になった。




