生きる大将、死ぬ大将
矢沢源之助と望月源三郎は、使者を送った後は返り忠に激怒した村上勢と戦いながら使者が戻るのを待っていた。
「太田弥助も小島権兵衛も顔真っ赤にして、こちらへ突き進んでくるよな。あいつ等もしつこい。」
「源之助殿よ、あ奴等は我らが返り忠しなければ、この戦で村上防州からたっぷりと褒美を貰っていたと思ってただけに、我々が憎き相手に思ってるんだろうよ。」
「確かにな。でも我々滋野一族は、七年前までは村上勢のあいつ等と戦ってた事をすっかり忘れてるんじゃないか?」
二人でその様な話を交わしてる所、禰津勢の方に向かった仰木安兵衛が戻ってきた。
「安兵衛、禰津はどうだったのか?」
「殿、望月様、禰津の方は、この度の戦で当主元直様が負傷し、嫡男勝直様を亡くした為、現在は元直様の息女里美様が女武者衆と禰津衆を率いて、陣代になられております。」
「なんと! それで安兵衛殿、里美様は我らの事を認めてくれたのか?」
「実は・・・・・最初、我々にこの場で武装解除を行うにら、こちらの言い分を認めると言い出しました。」
矢沢源之助は、その話を聞いて激怒した。
「何! 禰津では我々と同族の誼が通じなくて、ここで村上勢に虐殺されよと願われてるのか!」
「いえ、我々が突如として、根回し無しでの返り忠を行ったと言う事で、策略か何かと疑心暗鬼でおるようです。」
望月源三郎は、激怒している源之助を宥めた。
「源之助殿よ、気を鎮められよ。もし我々が逆の立場で、武田方から村上方に禰津家が戦場で寝返ったとしても、恐らく計略だと疑うのは間違いないだろうぞ。もし疑心暗鬼を解くのなら、武田方の総大将板垣駿州殿に受け入れてもらう事が一番信用されるんじゃないか?」
「確かに、その通りだ。」
「さらに安兵衛殿には話の続きがあるみたいなので、詳しく聞く事にしようじゃないか。」
「然らば、話を続けますぞ。里美様はいきなりその様な事を言いましたが、側近の日下千鶴様が我々の命を鑑み、矢沢・望月勢を戦場から離脱する事こそ、お互いの為であると申しまして、里美様のその意見を採用なされました。そして拙者は、殿と源三郎様へこの意見を申すが、もし撤収しないならば村上勢と見なして攻撃すると言われました。」
その話を聞いた二人は悩みだした。
「どうする源三郎殿。もし板垣駿州殿の許可なく撤収を行ったら、我々の返り忠は認められず、武田方からも相手にされず武田方、村上方双方から、敵対される事になるだろうよ。一方、板垣駿州殿の返答を待てば、禰津衆が攻撃を加えると宣言しておる。」
「つまり禰津殿は、我々が信用出来る担保が欲しい訳じゃな。そしたら源之助殿、某が禰津殿の元に参られようぞ。」
「源三郎殿を人質に送るなんて、とんでもない!ならば、某が人質に行こう。」
しかし望月源三郎は、矢沢源之助が人質に行く事を反対した。
「源之助殿、其方が人質に行く事は、某は反対だ。何故反対するのかは、某より、源之助殿が部隊を采配する奉が皆の助かる可能性が大きいからだ。某が采配しても攻撃してくる禰津勢には勝てん。源之助殿が采配してくれるのなら、もし禰津方が裏切っても源之助殿なら勝てるからだ。」
源三郎は、一気に語り始めると、源之助は口を噤んでしまった。
「それが一番正しい答えだ。某が禰津の方へ向かう。源之助殿は、板垣駿州殿からの指示があるまで、某の望月勢と共に村上勢と戦ってて欲しい。」
「そこまで言うなら、源三郎殿の考えに承知した。」
そういうと望月源三郎と仰木安兵衛は、禰津勢の元に向かおうとした時に突如として、村上勢が下がり始めた。
「おい、一体どういう事なんだ?」
村上勢とやりあってた望月勢の足軽大将笠間伝衛門が、慌てて注進に向かってきた。
「殿! 殿! 村上勢が、撤退らに向かってます。」
「何!!我々の返り忠が村上勢へ大きく不利に働いたと認識して、早めに撤退する事を決めたのか!」
「源之助殿、こうなると我々はどうしますか?」
「・・・・・禰津勢を呼んで、武装解除するしかあるまい・・・・」
「そうですな。安兵衛よ、禰津方に武装解除に応じると答えてくれ。」
「承知しました。これより伝えてまいります。」
このような形で戦闘が終わったので、矢沢家、望月家の将兵達は暫し茫然としていた。
____________________________________________________________
島津左京進矩久は総大将村上周防守義清を逃した後、下賜された鉄砲二十丁を手土産に残された将兵達二百人余りで、村上勢が戦場から離脱するまで足止めを行って、戦場から消えた事を確認したら、すぐに板垣勢に降伏した。
島津左京進は、二十丁の鉄砲足軽を白い布で身体を雪の中に隠してから、左京進自らの両手を縛って、いかにも抵抗出来ないと言う感じに見せて、板垣駿州の前に現れた。
散々抵抗して、村上勢の退却を手助けしてからの降伏だった為に、板垣駿州や相木盛之進などの板垣衆の者達は殺気ついてたが、この戦いで常に板垣勢の右側面を護り、一切崩れなかった上原勢を指揮した上原備中守昌辰が、島津左京進との合間に入った為、板垣駿州はなんとか冷静でいる事が出来た。
未だ真田勢と禰津勢は撤退した村上勢を追って、この場にいないが板垣駿州は勝鬨を上げて、この度の合戦の頸実験を勝手に始め、板垣勢の中で手柄を立てた者に褒美を約束し、大いに気を緩めた。
そして島津左京進に近づいて板垣駿州が話かけてきた。
「のう、島津左京進よ。其方の軍略は誠に素晴らしい所があった。是非、某に仕えないか?」
「板垣駿州様、貴方様は武田家の支柱であるでしょう。しかし某が見た所、以前の駿州様の冴えは無くなり、今では妄執に捕らえられた老害にしか思えませぬ。」
島津左京進の言葉を聞いた板垣駿州は激怒して、駿州の傍にいる護衛達にただちに島津左京進の頸を斬首せよと命じる。
「左京進!!其方には武士らしく切腹はさせぬ。儂を愚弄した罪人として、死ね!!」
板垣駿州の護衛達は、島津左京進の身体を押さえつけて、斬首の準備を始めると板垣駿州は、最後に声をかけてきた。
「島津左京進よ、最後に残す言葉はあるか。」
「はい、あります。」
「しからば、語られよ。」
しばらく沈黙の間があった後に島津左京進は大声を出した。
「武田の皆に申し上げる。島津左京進矩久、只今より大将板垣駿河守信方殿の御命を頂戴申す!!!」
島津左京進は、身体を押さえつけられてた筈なのに、とっさの力で護衛を振りほどき、護衛の太刀を奪って板垣駿州に斬りかかった。
だが板垣駿州も老境とは言え、若い頃からも身体を鍛えぬいてた為に、一気に居合抜きで島津左京進の頸を跳ね飛ばした。
「ふぅ、左京進めがっ!!往生際が悪い奴め!!」
パパンッ!! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!!
そう気が緩んだ瞬間、板垣駿州に向かって白い布を被った鉄砲足軽が放つ二十丁の鉄砲が火を噴いて、板垣駿州の身体に数発当たり即死してしまった。




