久しぶりに太郎兄上と語らう
お腹下して、今回の話作りに苦しみました。
義父殿や高遠家臣団の者達と会談を終えた数日間は、どうやって高遠領を金の成る木にしようかと考えていた。
何事も一から始めないといけないし、俺の考えを忠実に行える人材はまだ育ってなくて、やっと日吉丸が直臣として、今後仕込もうかと思ってる感じだ。
折角高遠の当主として認められたのだから、元服前の子供達を集めて近習衆に取り入れようかな。
あと伊那郡と言えば山塩が取れる温泉があって、そこで製塩を行ってたな。
地下から一分間320ℓのお湯が噴き出て、100ℓに付き30gの塩が出来るらしいから、燃料があれば結構な塩を作れそうだ。
海と違い沢山は作れないが、やっと山塩を手に入れたから何に使うか使い道を考えようか。
思い出してみると、山塩が生産される周辺の塩気を含んだ土地はミネラルが多くて、海水とほぼ同等の地下水があると言うのだから、多くの牧場や農耕に重宝がられたと記憶にあるな。
そうなると畜産も行うのに向いてる土地柄かもしれん。乳牛や豚や鶏を手に入れたいが、こればっかりは商人の伝手が必要だな。
日吉丸に、駿府辺りに御使いでも行かせるか? 大金持たせるので、護衛が誰か必要だな。
俺の配下で武家者は・・・・いないや どこかに仕官を望む手頃な武芸者いないかな?
あー、考える事がたくさんあって、頭の中が茹ってるな。
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ああだこうだと考えてる内に日吉丸から、太郎兄上が俺に逢いに来たと知らせてきた。
もしらん無条件に太郎兄上に逢う事にした。
「四郎四ヶ月振りだな、こうして話したりするのは。」
久し振りにあった太郎兄上は、この度初陣を果たして、さらに戦場で武勲を上げたと聞いてた。
こうして逢うと僅か十なのに前世の二十歳ぐらいの雰囲気を纏ってる感じだな。
「太郎兄上、初陣おめでとうございます。僕が聞いた話だと、太郎兄上は御手柄を上げたと聞きました。」
太郎は、少々苦笑いをしながら、四郎に答えた。
「四郎よ、実際の顛末はあれは手柄と言える物ではない。父上の命に沿って上杉勢が崩壊しかかってた時に退路を断っただけだよ。」
「そのような機動戦は、凡人には叶いませぬ。」
「四郎、そのようなむず痒くなる話はやめてくれ。それよりも僕が不在時に保坂惣郷の事、ほんと大変感謝する。夏から秋にかけての合戦だったから、百姓達は男手が足りなくて、大変になるはずだったのに、四郎が事前に流民と河原者を一時雇用して、田畑の手伝いさせると言う知恵は大変良かった。いずれ流民や河原者、山家者達にも職を持たせたいと思う。」
「太郎兄上、僕の方も兄上の名を借りて、やりたい事を色々やらせてもらったので、大変感謝してます。」
「ところで四郎、其方に相談なんだが、父上は、今回佐久郡を制覇し西上毛に武田の影響力を残す事が出来たので、来年はどうやら昨年攻略に失敗した砥石城を自ら落すつもりでいる。しかし村上義清は信州一の戦上手、其方の前世の記録では、村上義清はどうなってるのだ?」
太郎兄上は、俺の前世の記録を参考にしようとしてるな。
でも太郎兄上からの相談は、不思議と不快にならないな。寧ろ、武田家が村上義清に勝つ為に、俺が自発的に協力してやりたいと言う気持ちになってる。
「兄上、この事は以前父上にも同じ事を教えてますが、来年の戦では、僕の前世では武田勢は有力武将を幾人も失い、父上も負傷する大敗を喫してます。」
「負けた理由は、複数ありますが、一つは真冬の行軍で積雪の中の野戦であり、武田将兵の身体が凍えて、迎撃してくる村上勢よりも動きが鈍くなったせいです。」
太郎は、なるほどと頷く。
「次の問題は、先陣を任せた大将板垣駿河守信方に問題がありました。彼は前世の時、太郎兄上が活躍した小田井原合戦にて、大手柄をあげました。その戦のあとから、増長したと記録に書かれてます。その板垣駿州が村上義清との闘いの時、村上勢先鋒を巧みな采配で破って、そこまでなら良かったのですが、父上は事前に板垣信方を諫めるべく和歌を送ってましたが、勝手に頸実験を行い配下の者達へ論功行賞を行ったのです。」
「父上はその事実を知り、驕った板垣駿州の頸実験を止めさせる為に、甘利備前守虎泰を前線に送ったのです。そして甘利備州が辿り着く前に、村上勢の反転攻勢が行われ、板垣駿州は馬に乗ろうとした所、槍を突き刺されて討ち取られます。さらに勢いに乗った村上勢は、前線へ行軍中の甘利備州と遭遇戦を行い、奇襲を受けた形の甘利勢は壊滅し、甘利備州も討ち取られます。」
太郎は、何と武田が誇る両職が同時に討ち取られるとはと呟く。
「さらに前線が崩れた武田勢を村上勢は打ち崩し、父上の頸を狙う為に突き進みますが初鹿野伝右衛門尉と才間河内守が身を挺して父上を護り討ち死しました。しかし武田勢を苦しめてた降雪が武田勢壊滅を防ぎます。上原備中守虎満が悪天候を利用して、村上勢の側面から奇襲を行い、屋代基綱、小島権兵衛、雨宮正利等が討ち取られた為、撤退していきます。」
「そして父上は、大敗した事を認められず、二十日間戦場に留まりましたが、祖母が送った使者達に諭され、諏訪上原城に撤退します。武田が大敗した事が瞬く間に周辺の敵国に伝わり、伊那郡では大規模な反乱が起き、小笠原長時は挙兵して塩尻峠まで進軍するし、村上義清は以前から敵対してた高梨氏を攻撃したり、武田に取られた城を奪回してたりします。」
四郎は、前世の話を言い終わると大きく息を吐き、太郎兄上に参考になったかを聞いてみた。
「四郎よ、その様な展開になるか分からないが、父上が率いる武田勢が負け知らずだった事が、板垣駿州を始め皆が驕ったんだと思う。実際、今の武田勢に当て嵌る話だから、来年父上が出兵する時、もし敗れても傷口をいかに小さくして、乗り切る事を考えようと思う。」
「ならば太郎兄上、僕が思うに村上義清は、戦場での機動戦闘を得意としてるので、機動力を封殺する仕掛けを必要かもしれない。」
短時間で、何らかの相手の機動力を封殺する戦法って、何かないかな?
ん、上田原や川中島って、信濃では数少ない平野だよな。
俺は、ふとあれが使えないか考える。
「太郎兄上、僕の記憶の中に海外の戦争で、フス戦争と言うのが記録にあるんだけど、戦闘馬車を製作して、その馬車を使って臨時の要害として利用し、そこから鉄砲や弩弓で撃ったりした戦法があったな。冬場ならソリにして雪の上を引っ張ればいい。」
「四郎よ、山が多い信濃に向かない戦法かと思うが、逆にそんな事をやる大名は日本にいないから、驚愕させれるかもしれん。最悪父上の旗本衆にやらせるのも良いかもな。」
まあ日ノ本には大型馬車など作った経験もないから、恐らくは無理だろう。
ふと馬車がダメでも敵勢の突撃を防ぐなら、やはりファランクス戦法か・・・・
「太郎兄上、戦闘馬車には、山の多い我が国では様々な欠点がありますけど、長い槍を足軽達に持たせて、敵勢の突撃力を激減させる方法なら、外国にあります。」
「但し長槍を活かす戦法は、長槍持った足軽達を密集隊形にして、長槍と楯を持たせて足軽達を八列縦深に並ばせて、敵と当たったら笛の音に合わせて、隊列を組みながら前進させます。」
そう言いながら、太郎兄上に解りやすいように貝殻を並べて、目で分かるように教えてやった。
「一縦列の人数が八人から十二人で、その縦列が三つ合わさって、例えば小隊としますと、小隊二つで、中隊となります。そして中隊を二つから四つ集まったのが大隊として、最大二百八十八人の長槍隊となり、丁度武将達に率いらせるのに手頃な人数となります。」
「四郎よ、この長槍隊を突進力のある敵勢の前にだして、側面は騎馬隊配置して、後方支援は弓や鉄砲を使う感じになるな。」
「はい、そうですがこの戦法は古代の戦法で、対抗策として弓矢などの飛び道具が充実した敵に逢うと敗れてしまうでしょう。その辺りの柔軟な戦い方が行える武将は、この日ノ本に何人かいますから、その様な名将に出会わない事を祈るばかりです。」
「武田家次期当主として、そんな名将は僕みたいな凡人よりも名将の父上に倒してもらうしかないさ。」
太郎兄上は、決して背伸びしない手堅い考えの持ち主だな。だから逆に前世の謙信からベタ褒めされたんだけどな。




