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三州安祥城合戦⑥

だいぶ遅れてすみません。

 三河安祥城救援の為に織田孫三郎信光と平手中務丞政秀が率いて来た尾張勢八千は、西三河の上野城と大給城の救援に林佐渡守秀貞と柴田土佐守勝義に千五百づつの将兵を与えて、残る五千の将兵を持って安祥城に合流を果たす積もりだった。 


  それに対して今川方の総大将太原崇孚(たいげんそうふ)は、織田勢が安祥城に無理してでも入場しようとする事を読み、兵二万から兵六千と援軍の武田勢を分派して上野城と大給城それに東条吉良氏の西条城を降して、尾張方面から進軍してくる織田勢と安祥城に籠城する織田三郎五郎信広と兵四千に圧力をかけ、尾張からの後詰に動揺を誘う事で不完全な織田勢の後詰に一気に決戦を強いる策を行った。


 安祥城の後詰の大将織田孫三郎は、九月から十月にかけての戦況の推移で上野城と大給城は今川方の手に落ちた為、安祥城の西側以外三方が今川方の勢力圏に囲まれてしまった状況にどう打開するか、織田弾正忠家の同盟者水野氏の居城三河刈谷城にて、軍議を開き諸将から安祥城救援の策を募った。



「平手中務丞殿、水野藤四郎信元殿、佐久間久六郎盛次殿、山口左馬助教継殿、此度今川勢に攻め込まれてる安祥城救援の方策を如何(いか)に定めるか忌憚無き意見を御教え下さい。」



 すると最初に織田孫三郎の参謀役を織田三州に任命された平手中務丞が安祥城の現状を語り始めた。



「孫三郎様、現在織田三郎五郎様が御守りしている安祥城は、東・南・西の三方が人の腰まで浸かってしまう深田であり、北側のみからの侵入によって攻略するしかない堅城であります。 しかし三月の時、元安祥城の持ち主である松平勢は、周辺の農民を動員し深田に木々や竹を大量に投げ込み、思わぬ侵攻方向からの敵兵の侵入を許し、あわや落城寸前まで追い詰められました。 その為、今川勢が引いた半年の間に城の外周に壕を張り巡らし二の曲輪と土塁も増設して、織田三郎五郎様の将兵も四千まで増やしました。 しかし此度(こたび)の今川勢の攻勢で、西三河の有力諸城を奪われてしまった為、我々は太原崇孚(たいげんそうふ)に対して、半年前と同じような決定的な勝利をもって織田三郎五郎様を救わなければいけません。」


「平手中務丞殿、我々の手勢と安祥城の守備兵力を持って呼応して、今川勢を追い払う事は可能か?」


「完全包囲を受けている訳ではないので、挟撃は不可能ではないでしょう。 しかしもし堅城に籠ってる敵兵が劣勢を挽回する為に城外に出撃してくるのであれば、凡将ならば恐れ(おのの)くでしょうが、あの黒衣の宰相殿は逆に攻城する手間を省けたと考えて、喜び勇むと(それがし)は考えます。」


「今川方の西三河経略にこのままズルズルと引きずられていくのは不味いな。 三郎殿の到着を待ってからの決戦も黒衣の宰相殿は許してくれぬだろう。 せめて三郎殿が運用している種子島が安祥城に送り込めてたのならば、今川の大軍に抗する事も可能だろうな。」



 水野藤四郎は、織田三郎信長主導の元、近江国友村の鍛冶に作らせた種子島が安祥城にいる織田三郎五郎の所に届けられていれば、もっと時間稼ぎが出来ると話した。



「種子島と言えば、昨日畿内の戦闘にて三好勢が多用したと聞いたが、種子島は優れた武器なのか? そんな物を購入する資金あるならば、兵を雇用する方が良いのではないか?」



 勇将の山口左馬助は、種子島など高価な割には使い勝手が悪い明国の【てつはう】程度の認識で、水野藤四郎に話かけた。



「弓矢に比べて、射撃に手間かかり雨にも弱いという欠点はあるが、劣勢な籠城戦においてそれらの欠点を目に(つぶ)っても足軽ですら大将頸を挙げれる利点があるのだ。 現に尾張知多の佐治水軍などは紀伊や志摩との交易で種子島を手に入れ、海賊撃退に幾度か使った事があるらしい。」


「水野殿、現状は種子島無き今、我々が行える最大限での策を持って黒衣の宰相殿と戦うしかなかろう。 柴田殿と林殿が我々と合流出来たのだから、ここは西三河の諸城に拡散している今川勢に早いうちに戦いを挑むのも策であろう。 こちらが織田三郎様の軍を待つ間にも今川方も西三河に散った軍勢を集めてしまえば、二万を超える敵に当たる事になろうぞ!!」



 佐久間久六郎は、もし太原崇孚(たいげんそうふ)に打ち勝つならば今川勢の集結前の現状しかないと説いた。



「ならば儂から三郎殿に文を書き太原崇孚(たいげんせっさい)の頸を狙うべく今川勢への決戦行うと知らせておこう。 皆々方は今川方との決戦する覚悟で準備していただき、斥候の知らせ次第今川勢との決戦に移ろうと思う。 平手中務丞殿は、これより決戦場となる地を安祥城北部の土地情報を諸将に説明をお願いしたい。」



 織田孫三郎は、これ以上時間が経つと今川勢に安祥城の完全包囲を成される事を危惧し、今の手勢七千のみで今川勢一万四千を破る事を決意した。



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 尾張方面から織田勢七千が安祥城に接近中と知らせが今川方に入ると太原崇孚(たいげんそうふ)は諸将を集めて、すぐに東三河勢三千を安祥城監視に残して残りの今川勢一万一千に織田勢迎撃の為の準備を行わせる事にした。


 さらに太原崇孚(たいげんそうふ)は、西条城を落とした遠江勢三千に文を送り後詰として安祥城に進軍するように伝え、上野城を落とした武田方の跡部越中守行忠に対しては接近してくる尾張勢に横槍を入れるように要請を行い、大給城を落とした飯尾豊前守乘連には尾張国境を(うかが)わせて後詰として進軍してくる織田三郎の手勢を牽制させる事を命じた。


 これらを策を手配した後、太原崇孚(たいげんそうふ)は接近中の織田勢に対して更なる策を講じる事にした。


 現状の織田勢の目的は、今川勢総大将太原崇孚の頸を取る事で勝利を掴もうとしている事を知ってた為、自分と姿形を似てる戦坊主(いくさぼうず)数人を用意し、太原崇孚の影武者として今川勢各部隊に置いてやった。


 これにより太原崇孚(たいげんそうふ)の大将旗を立てた部隊があちこちに現れる事によって、織田方の斥候は本物の太原崇孚(たいげんそうふ)の居場所を突き止める事が困難になった。


 かくして重層に軍勢を配置した今川勢一万一千と早期に決着をつけたい織田勢との合戦が、安祥城の北の地にて発生する事になる。






















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