三州安祥城合戦②
五十合余り、柴田権六郎勝家と松下加兵衛之綱を槍を打ち合っていると、二十代半ばで油が乗り切った柴田権六郎と十代で今後さらに武芸を研鑽していこうとしてる松下加兵衛とは、次第に柴田権六郎の槍裁きに松下加兵衛の体力がついていけなくなっていた。
「オラッ!! どうした飯尾家の若武者よ!! 儂はまだまだ百合でも二百合でも打ち合う事が可能ぞ!!」
「くっ!! 柴田権六郎は古の大力無双庄司次郎の生まれ変わりかよっ!!」
柴田権六郎の荒武者振りに松下加兵衛は落馬してしまい、あわや討ち取られそうになる嫡男加兵衛の危機を感じた松下石見守長則は、慌てて二人が打ち合う間に入り込み松下加兵衛の救出を図った。
「加兵衛!! ここは恥を忍んで後ろに下がれ!! 悪いが息子は殺させん。 代わりに拙者松下石見守長則が鬼柴田殿の相手をしようではないか!!」
「応!! 丁度ヒヨッコ相手にして、物足りなく感じていた所だ!! 儂が親鳥共々討ち取ってくれようぞ!!」
落馬した松下加兵衛は松下家の郎党に担がれて後方へ下がっていったが、代わりに柴田権六郎の前に立ちはだかった松下石州は、松下家の郎党が落馬した松下加兵衛を安全な後方まで搬送するまで、時を稼ごうと思ったが柴田権六郎とたった数合槍を交えただけで、余りの槍の重圧に耐えかねて柴田権六郎に長槍を弾き飛ばされ、そのまま胸に一突きされて落馬してしまった。
その様子を松下石州の傍で戦ってた郎党が慌てて主の元を駆けつけようとしたが、柴田権六郎の槍裁きによって次々と刺殺されてしまい、松下石州は柴田権六郎の近習井上清八が松下石州の元へ駆け寄り、忽ち頸を切り落とすのを見た、柴田権六郎は大声で御首級を上げた事を叫んだ。
「柴田権六郎勝家!! 飯尾家家臣松下石見守長則をここに討ち取ったりいぃっっ!!!」
井上清八から渡された松下石州の頸を頭上に掲げると、それを見た織田方の将兵は大いに士気を上げて奮戦し、今川方の将兵は指揮官の一人が討ち取られた事を知り、急激に士気を下げ始めて自らの命を惜しむような戦を行い始めた。
この事に大いに喜んだのは、決死の覚悟で大給城から出撃した大給松平家の将兵達三百であり、死兵と覚悟してた大給松平家の郎党達に勇気を与えた。
「者共、鬼柴田が敵将を討ち取り、勢い付けてくれたぞ!!! ここは我等も今川方の大将頸を狙うのじゃ!!!」
「オーッ!!!」
松下石州の討ち死に戦況が押されているを知った飯尾豊前守乗連は、松下勢の後詰に家老江馬安芸守泰顕を呼び出し、ただちに大給松平勢の殲滅を命じた。
「叔父上、柴田土州の倅を何とか討ち取る方法は無いものか?」
「然らば、奴等は其方を討ち取る事で、勝とうと考えておる。 ならば誘いの一計を使い、おびき寄せた所で鉄砲や弓を使って射殺するが良い。」
叔父飯尾善六郎為清が飯尾豊州にそう進言したので、乱戦になって援護が難しくなった弓衆二百を集めて、前線にて戦ってる垣塚右衛門郷友や江馬加賀守時茂に鬼柴田を射殺すので、誘い出せと伝令を送った。
松下石州が討ち取られ、松下勢の崩壊によって織田勢からの圧力を大きく受ける事になった垣塚右衛門や江馬加州は、飯尾豊州からの伝令を受けて柴田権六郎をどう射殺すか考える事になった。
「さて鬼柴田が猛威を振るって松下石州殿を討ち取ってしまった。 やっかいな話がこちらに回ってきたが、どう討ち取ってやろうか?」
江馬加州が思案してると、陪臣の谷部次郎右衛門が進言してきた。
「殿、明の軍記物を読んだ事があるのですが、毒の鏃を付けた弓兵を隠して、敵を誘導するのに負けたふりして兵を下げるのはいかがでしょうか?」
「その様な準備はすぐに行えるのか?」
「強毒のは在りませぬが、痺れ薬なのはありますぞ。」
「ならば、すぐに用意致して弓兵をここより五町後方の林の中に伏せよ。 儂は前線にて兵を指揮する故、準備せよ。」
「はっ、承知致しました!!」
谷部次郎右衛門は、早速弓兵三十人余りを林に引き連れてすぐに伏兵の準備を行い、次郎右衛門が持ってた痺れ薬を各弓兵に渡して、鏃に塗らせて説明した。
「いいか、もうすぐしたら味方を追う織田勢が来るが、その先頭に立って追撃してくるであろう鬼柴田を我らの弓で傷付けるのじゃ。 傷付ければ鬼柴田の身体も不自由になるので、そこからが反撃じゃ!!」
そういって伏兵の準備が完了したのを見計らい、江馬加州に準備万端になった事を飯尾豊州や他の武将に伝令を送って知らせた。
谷部次郎右衛門からの伝令が届くと、すぐに江馬勢は崩れた振りをして後方に下がるとそれに合わせた他の今川勢も鬼柴田を討ち取る為、後方に下がって行った。
今川勢が織田勢の勢いに耐え切れず後退したと思った柴田権六郎は、今川勢に追撃をかけて大給城の救援を成功させようと一気呵成に追撃を開始した。
「かかれ!! かかれっ!! ここで今川勢を叩けば、織田家の名が広まろうぞっ!!」
柴田権六郎の鼓舞に羊を襲う餓狼と化した織田勢は、柴田権六郎を先頭に勝ち戦の勢いに乗って下がる今川勢を追撃を行った。
しかし谷部次郎右衛門が林の物陰に隠してた三十人の刺客達が、追撃してくる柴田権六郎の姿を確認した後、僅か十間(約18m)余りの距離で弓を放つのを命じた。
「皆の者、鬼柴田を討ち取れ!!」
シュバババッ!!と痺れ薬を塗られた矢を柴田権六郎に向かって放つと、権六郎は巧みに朱塗りの槍を振り回して、次々と矢を弾いた。
しかし近距離からの集中射撃により、権六郎の左腕と愛馬に数本の矢が刺さって馬は転倒、権六郎の身体は投げ出されてしまう。
それを見た谷部次郎右衛門は、大声を上げて飯尾勢に反転攻勢を命じた。
「鬼柴田が落馬したぞ!! 御味方皆、織田勢へ反撃せよっ!!!」
忽ち後退していた飯尾勢が反転してきた為、鬼柴田の傍にいた郎党達が落馬した権六郎を抱えて下がろうとした。 しかし権六郎は大声上げて、郎党達に下がらず反撃せよと命じる。
「下がるな!! ここで下がれば織田も大給松平の者達も皆殺しに遭うぞ!! 鷲は掠り傷だから未だここに健在よ!!!」
柴田権六郎はその場て左腕の矢を抜かせ、再び朱塗りの槍を掲げ動揺してた織田勢を落ち着かせた。
そこに反転してきた飯尾勢が押し寄せてくる。 先頭に襲来したのは飯尾家の家人湯屋守三敏明、森川勘十郎充訓、内田左近丞安持の三人が柴田権六郎の頸を狙って攻撃してくる。
「鬼柴田よ!! 其方の素っ頸を斬らせて貰うぞ!!」
湯屋守三が馬上から長槍を突いてくると、柴田権六郎朱塗りの槍で湯屋守三の槍を受け止め、そのまま弾き飛ばした。
「舐めるな、飯尾の郎党如きに鷲を討ち取れると思うてるのかっ!!」
湯屋守三が落馬したのを見た、森川勘十郎と内田左近丞はバラバラで襲っても負傷してる権六郎には苦戦すると見て、痺れ薬が身体を巡るのを待ってから襲う事に決めた。
「左近丞よ、権六郎は未だ危険だ。 奴を逃さぬ様に囲んで、弱ってから仕留めようぞ!!」
「承知した。 もう少しで全身に薬が回るはずだから、それまで権六郎の織田勢を排除しようぞ。」
森川勘十郎と内田左近丞は、柴田権六郎の周囲にいる織田勢から排除しようと味方の将兵に命じて、次々と織田方の足軽達を槍で刺し殺していった。
それに対して柴田権六郎は自ら朱塗りの槍を振り回して、決死の抵抗を行っていたが痺れ薬が回ってきたのかとうとう片膝をついて苦悶の表情を顔に出してきた。
「糞っ!! どおやら毒を塗られていたか!! 斯くなる上は、一人でも多く今川勢を黄泉へ送ろうぞ!!」
その時、後方から大声で権六郎を探しながら今川勢を蹴散らす声が聞こえてきた。
「親父殿!! どこにおられるのかっ!!」
俺は十歳余りしか離れてないのに親父殿むと呼ばれる筋合いはないぞと思いながらも、柴田権六郎を救出に来てくれた佐々兄弟の姿を見つけて、辛くも命を落とさずに済んだと心中思っていた。
庄司次郎 鎌倉幕府成立の立役者、畠山重忠の別名。 大力で有名な重忠は、宇治川を渡河してる時に馬を射られて徒歩なってしまい、同僚の大串重親も馬を失って川に流されるのを捕まえて、対岸の平家の陣に放り投げて大串重親を一番乗りさせたり、木曽義仲の愛妾巴御前と一騎打ちを行い、自慢の怪力で巴御前の鎧の袖を引き千切ったりしている。




