四郎塾の講習
高遠四郎は暇を見ては藤吉郎などの若い近習や小姓達を集めて、四郎の前世の時代の記録を講義と称して、自分の考えを理解できるように教えていった。
最初に国や民を守るには領内が法の秩序と公正公平な利益を得る機会を守る事で、領内は安定した統治に繋がる事を伝えた。
この辺りの理屈は武士の生まれの者達ならば当然の教育なのだが、四郎の周りには百姓出身の木下藤吉郎や藤吉郎の弟小竹などがいる為、敢えてこの事がいかに重要か伝えた。
その上で、信州甲州と言った武田家の領地はいかに不利な土地柄なのかを話してやった後、この状況で他国のような富国強兵を望むには、どのようにするかと皆に質問してやった。
「皆の者、父晴信が二年前制定した甲州諸法度之次第は武田領内で暮らす武士や領民に、武田家による秩序と公共の益を説いてる。 皆にはその中にある公共の益と言うのは、どのような事でてあるか判るか?」
藤吉郎を始め、小竹や義父高遠紀伊守頼継の庶子萬次郎、保科弾正忠正俊の嫡男甚四郎、赤口関左衛門の次男兎丸、藤沢左衛門尉頼親の嫡男松千代、原蹴煤の養子四人音禰濡、知風流、弾椎、更曼陀羅、それに窪谷又五郎家房の嫡男風太に答えさせた。
「四郎様、公共すなわち武田領を豊かにして、皆の生活を楽にする事に繋がる事業だと思います。」
「拙者も武田領民が己一人の利益よりも武田家全体の者達の利益になる行為が、公共の利益と思いまする。」
四郎より皆年上とはいえ、満足に教えてもらった事ない子供が多数で、藤吉郎や保科甚四郎などが答えてくる位だった。
「公共の益と言うのは領内各地で暮らす場所によって、色んな利益の差を公すなわち武田の領地の者達が協力する事で、富や生活環境の格差を減らしたり共同で資産や資源を利用したりする事だ。 また公の物を皆で共に利用するという事は、公の物を適切に使う為の規則や礼儀を遵守する事なのだ。」
「四郎様、公共の益と言うのは武士や百姓の身分を消して、皆で共用すると言う事でしょうか?」
赤口兎丸は、公共の益と言う概念は皆で全ての物を共有するという感じに捉えて質問してきた。
「兎丸よ、ある意味皆で使う物などは、その様になるだろう。 例えば武田領内に巡らされてる街道。 これらの道路は誰かが独占し関所を作り税を取ると、その地域へ訪ねる者が減るだろう。 藤吉郎なら分かると思うが、これだけでもそこの地域で取引などの商売も低調になるし、物の流通が減る事で流通が盛んな他地域よりも物価が高くなり、生活も困窮するだろう。」
「四郎様、しかしただ関を排して流通を良くして商売を盛んにしても、こちらも銭を稼ぐ手段がなければ、武田家の領内から銭を失い困窮するのではないでしょうか? 特に商取引が盛んな美濃や尾張、それに駿河に近い信州伊那では、国人衆は皆、他国へ富を吸い取られる事を恐れるので、関所が必要不可欠なのだと思います。」
藤沢松千代は藤沢頼親の嫡男として、国人領主側視点から四郎へ意見を述べてみた。
「確かにどこの領主も経済的な問題として、関所からの通行税の徴収は必要不可欠としてるだろう。 しかし俺は関所から得る徴税は、領外から商人衆を招き寄せる事の方が関所から上がる税収を上回ると思うぞ。 そして流通により得た収益は、例えば武田家と国人衆と民衆と公共投資の四分割で分ける算段を立ててみても良かろうと思う。 これらの良い所は、例えば大雨で川が氾濫したり道路が破損したりしても皆が必要な為、全員が均等の負担で復旧や維持する費用を作り出せるだろう。」
四郎が松千代に説明すると、連雀商人だった藤吉郎が捕捉して話始めた。
「また商売する立場として、移動時に毎回通行税の支払いを行う事によって、商品の値段に通行税を上乗せする為、利益が出ないので皆が京や堺などで商売を行いたがるのだ。 地方に行く理由などは、貴重な物資や洛中で不足してる生活必需品ばかりになるのだ。 お蔭で地方での物資の差額を利用して木綿商を拙者はやっていたのだ。」
原蹴煤の養子である音禰濡は海外から来た者としての視点で、四郎に質問をしてきた。
「四郎様、我々四人はこの日ノ本にやってきてから半年以上経ちますが、私達の故郷ヴェネチアやフィレンツェも隣国フランスの侵略により戦火が絶えない地域でした。 幼き我々は孤児として義父原蹴煤に拾われて、この日ノ本までやってきた長旅で、どのような物品が高値で取引されていたり求められていたのかを目の当たりにしてきました。 なのでこの日ノ本である他愛無い物が海外では、高値で取引されている事を知ってます。 この国の貿易港の商人はその事を知っておりますので、流通や情報が未発達の土地から安値で購入し海外へ高値に売っておりますので、我々は他家が知らない情報を得てる事に有利に運ばせる良い機会だと思うのですが?」
普段、ほとんど喋らない異国の少女が皆の前で話したもんで、四郎以外の皆がキョトンとしてたが、やがて藤吉郎を始め、皆が異国の少女四人に色々な質問をし始めた。
四郎は、本来話してた秩序と公益と話をしている事を皆が忘れているのを解っていたが、話が落ち着くまで皆の談合を聞き入ってた。
そして藤吉郎は、暫くしてからハッと気が付いて、慌てて四郎に平伏して謝罪し始めた。
「しっ四郎様!! 異国との話に夢中になってしまい真にすみませぬ!!」
藤吉郎の平伏する姿を見た他の者も気が付いて、皆一斉に四郎に平伏した。
「皆、面を上げい、俺は別に怒ってないぞ。 皆が武田家が置かれている環境や状況を理解して、それを踏まえて大いに意見交換を行う事はとても好ましく思うぞ。 だから沢山議論を交わして、武田家の上から下の者皆が損しない国造りに知恵を働かせてほしい。 俺は其方達に国を良くする知識を伝える故、ここにいる皆は夫々(それぞれ)自分の得意な事を生かして、武田の家を盛り立ててもらいたい。」
四郎は、そう話すと自由商売の保護と領民達の生活の保護の概念を皆に語り始めた。
「連雀商人だった藤吉郎なら分かるが、窪谷又五郎の嫡男風太に聞くのだが商売を盛んに行う条件とは、如何なる事だとむ思うか?」
風太は、将来又五郎の跡を継ぐ気持ちだったが、父又五郎より普段から素破の技術として商才も必要だと言われていた為、此度四郎から話があると言われて呼び出された事は、内心嬉しかった。
「四郎様、拙者として思うには、まず人多く売買意欲が旺盛な町で、取引を行う事だと思います。 そしてその地の者達が求める商品を恙なく売る事が必要です。」
「それだけでは足りないな。 そこに一つ必要な事はどの様な貧しい商人であっても公平で平等な商売規則を利用できる環境を用意して、安全で厳正な規則を作れる支配者の元に商人達は集うのだ。 詐欺や不正、或いは支配者に対して贈賄が横行して、一部の者が利益を貪る環境を無くす事が領地を支配する者の仕事を言えるだろう。」
四郎が商売への公平な環境作りを行う事が、皆の仕事だと伝えると話を聞いてた皆々は真面目な表情となって耳を傾けていた。
「さて藤吉郎にも話したが、これらの事をやるにしても多大な銭がかかるのだ。 武田家領内の社会基盤造りには、おそらく完成するには数十年かかり数十万両の金銀もかかろう。 途方もない話なのだが、これらを行わないといつまで経っても武田家は山間の貧国として、他家の後塵を拝する事になるだろう。 矛盾を感じると思うが豊かになる為の資金造りを皆で考えて、その資金を武田領の社会基盤造りに投資してほしい。 そして豊かな他国からの干渉を受けない国造りを目指してもらいたい。」
四郎として、将来起こるかもしれない他国との抗争の事を考えると出し惜しみしてる余裕などないので、もどかしく感じながらもいち早く武田領内の構造改革を行いたかった。




