藤吉郎の帰還
高遠四郎が信州佐久郡にいると言われている小泉小太郎の元へ召喚の使者を送った頃、時間がかかったが木下藤吉郎一行は、信州高遠の地へ戻って来た。
藤吉郎は連れて来た家族や家臣を四郎から与えられた屋敷に案内した後、正装に着替えて高遠城へ登城した。
四郎は、藤吉郎が帰還して報告の為に登城してきた事を受けて、早速藤吉郎と面会を行うことにした。
「四郎様、木下藤吉郎、尾張より只今帰還しましたで御座る。 拙者の身内と途中仕官を希望した柳生新次郎宗厳を家臣に加えてきた次第でござる。」
「藤吉郎よ、よくぞ無事で戻った。 其方の話は途中服部党の者が藤吉郎と出会って、武田家を勧めたと聞かされたぞ。」
服部党の文次郎の事を言ってる事が解った藤吉郎は、誰も許しもなく武田家の名を出した事に土下座して謝罪した。
「四郎様、拙者はまだ御味方だと決まっていない他家の者を武田家に紹介してしまい、誠にすいませぬぬ。」
「いや其方は、服部党が行き場を失ってる事に手を差し伸べたのであろう。 俺としては、藤吉郎に怒りはないぞ。 ただ父上は独断で判断して動く者を好ましく思うかどうかは別である。 もし此度の事で罰を受ける事があるならば、庇ってやろう。 しかし再び独断するならば、其方は武田の法度によって裁かれる事になるので、その事を肝に銘じておくように。」
「ははっ、承知しましたで御座る。」
四郎から御叱りの言葉を受けて、平伏した藤吉郎を見て、この後の話が続けられぬと思い、藤吉郎に佇まいを戻して顔を上げるように命じた。
「藤吉郎よ、文次郎が持ってきた文で書かれていた事だが、海たわしを柳生新次郎へ入手を任せたとあったが真であろうか?」
「然りで御座います。 拙者は尾張から家臣一同を高遠まで連れて来た後、再び拙者も海たわしの入手に向かう積もりでありました。」
「なるほどな。 此度其方が連れて来た家臣の中で、元連雀商人の者がいるだろう。 その者を柳生新次郎の元へ派遣して藤吉郎は高遠へ残り、俺の政務の補佐を務めよ。」
四郎から、政務の補佐を務めよと言われた藤吉郎は、また新しい事業が始まるのかと思い質問してきた。
「四郎様、拙者を補佐にすると言う事は何か新しい事を始めるのでしょうか?」
「やる事は沢山あるぞ。 ただ沢山過ぎて、どれも進捗状況が思うように進んでおらぬ事も多くある。 このような事になってる原因は俺が大部分悪いのだが、計画への優先順位や監督者が曖昧なのがいけないと思っている。 だから俺が考えてる計画を主要な者達へ教える故、その者達に計画を談合しながら進めてもらう事を考えてる。 藤吉郎には、何れ事業政策集団思兼組(仮)の中の一人に加えたいのだ。」
実績のたいした事ない藤吉郎に対して、想像以上に贔屓してくる四郎に藤吉郎は困惑していた。
「四郎様は、とても凄い事をおっしゃりますが、拙者がそのような集団の中に務まる思いませぬ。」
「それは藤吉郎が百姓の出で、学や礼儀に疎い事を気にして言っておるのか? その様な知識は賢い藤吉郎ならば、すぐに身に付くと思うぞ。 色々教える故、当分俺の傍で仕事を学ぶが良い。」
「ははっ、承知しましたで御座る。 藤吉郎は、四郎様の傍で学ばせていもらいまする。」
藤吉郎は、四郎が行う政務を近くつぶさに見て、自分が無意識のうちに四郎から未来知識の使い方などを覚えさせられる事になった。
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木下藤吉郎の従兄弟で家臣杉原七郎左衛門家次は、藤吉郎が登城した翌日、藤吉郎が行うはずだった海たわしの収集の任務を命じられた。
高遠に到着してから翌日には任務を与えられるとは思わず、藤吉郎から命じられた任務は聞いた事ない、海たわし収集の依頼に七郎左衛門は困惑した。
「とうきち・・・いや殿。 四郎様からの依頼にある海たわしなる物は、どのような物なのでしょうか?」
「其方達を迎えに行く前に四郎様から説明を受けたのだが、身体を洗う時に使う瓜のような物に近いのだが、無数の小さな穴が開いてて、垢すり用の瓜に比べたら柔らかく沢山の水分を吸い込むらしい。 その海たわしは乾燥させると小さく縮むのだが、水の中に入れると元の大きさに戻る為、集めた海たわしは乾燥させて高遠まで持ち込む事が出来る。」
「なるほど、そのような物を柳生殿と一緒に沢山集めれば良いのですね。」
「その通りだ。 柳生新次郎だと発見しても現地の者達から、値段を吹っ掛けられるかもしれないし、他の掘り出し物のあるかもしれんからな。」
「殿、私めとしても武芸には自信ないので、柳生殿が御傍におれば安心できます。」
「ならばここに今川領内での行動を保証する四郎様の朱印が押された許可状を渡すので、この書状を携えて柳生新次郎の元へ向かうように。 但し西三河では秋口には、今川勢が織田方との戦が発生するので、そちらには接近は控えよ。」
「承知しました殿。 ならば暫し高遠の暮らしが落ち着いてから出発して宜しいでしょうか? 父助左衛門や弟源七郎にも説明します故。」
「七郎左衛門、多くの海たわしを持ち帰る事に期待するぞ。」
「連雀商の時の伝手も利用しますので、冬のなる前には戻りたく思います。」
杉原七郎左衛門は、木下家の足軽長屋に戻ると家族に早速任務を受けた事を語り、八月上旬には信州から遠州に南下して柳生新次郎達を探しながら、移動する事にした。
一方、藤吉郎は高遠帰還直後から何度も四郎に呼び出され、今行っている事業の説明を連日受けた。
特に藤吉郎の視点で重視すべき物は、金をかかる事業よりも金を作り出す事業に目に留まり、富を増やす事で武器や物資の生産量を増やせるんじゃないかと、四郎や保科弾正忠などの重臣達に提言してみた。
武に重きを置く保科弾正忠や暫く四郎の傍から離れていた傅役の長坂釣閑斎光堅などは、鉄の増産で武具を揃えたり、今流行りの鉄砲の生産を望んだ。
四郎もある程度は保科弾正忠の意見を認めたが、やはり先立つ資金を増やす事によって軍備を整えるのが早く行えるのと、現状の武田家の軍備を急激に強化する事によって、隣国からの警戒心を増加させる事を望まなかった。
しかし藤吉郎が連れてきた加藤五郎助清忠などの鍛冶職人に鉄砲の製造法を口頭で指南し、数丁の鉄砲の製造を命じた。
鉄砲の製造を命じた理由は、鍛冶職人達に新たな技術を身に付けさせてる事で、十年先の時代において火砲製造技術を武田家で育成する考えであった。
また数年後完成予定の反射炉を使って鋳造技術も導入も考えており、その頃までに四郎は教育を施した藤吉郎に鉄砲や鋳造する大砲の統括を任せる事も考えていた。




