大蝦蟇使い
越後上杉家に仕える隠密集団軒猿衆の中で、いわば戦闘工兵的な役割を担ってるのが伏齅で、夜叉五郎を頭領として約百人余りが軒猿衆に所属していた。
その軒猿衆を率いてる雪之鵜鵠から、黒姫山に上杉家の拠点を作る為に黒姫山の中に、密かに隠し砦を普請せよと伏齅の夜叉五郎が命じられたのは、武田方と野尻湖畔で合戦が発生した数日後の事だった。
信州黒姫山へ秘密裡に拠点を普請せよとの命を受けた夜叉五郎は武田家との戦を有利に運ぶ為、工作器具と食料を三十人ばかりの部下に集めさせて、黒姫山に向かった。
黒姫山は、昔の大噴火で外輪部と内側の中央部分が窪地になっており、内側部分は湖沼と原生林に覆われていて真ん中には御巣鷹山があった。
夜叉五郎は伏齅三十人を率いて、妙高山から池ノ峰を通って黒姫山と御巣鷹山の間から侵入したら、七ツ池の所までやってきた。
七ツ池は黒姫山のカルデラ部分にある貴重な水源地であり、夜叉五郎は早速水源の傍に拠点を作ると決めて、配下達に簡易砦の普請を命じた。
ここに拠点を築いて、黒姫山の見晴らしが良い場所に監視小屋を設置する事に決めた夜叉五郎は、五人を引き連れて黒姫山の方に向かうと突然どこからともなく男の声で、威嚇を受ける事となった。
《・・・・・越後の方からやってきた者達よ。 この地は我が妻綱手姫の支配する地、今すぐ立ち去るられよ!!・・・・・》
「なっなんだ!? まさかこのような人も入らぬ深き山中に誰かいるのか? 姿を見せよ!!」
夜叉五郎はまさかこのような山深き場所で、どこからともなく声をかけられた事で、夜叉五郎は武田家の素破に見つかったのかと勘違いして、配下の者達に戦闘準備を取らせた。
「おいっ!! そこに隠れてるのは武田家の素破だろ!! 隠れたままでいるならば、この地の森に火をかけて炙り出すぞ!!」
戦忍びである夜叉五郎達は皆が腕利きであり、越後や越中での戦では上杉方の勝利に何度も貢献している自負があった為、他家の素破には負けぬと言う気持ちであった。
しかし樹木の陰から姿を現したのは一人の優男であり、その優男はこの地に入った伏齅達をしばらく様子見してた後、一線を越えた所で警告を発した様だった。
夜叉五郎は現れた相手が一人だったのと、この者が現地の山家か武田方の素破に繋がる者ではないかと考えて、排除する事に決めた。
「其方、何者が知らぬが我ら五人を相手に無事にいられると思うなよ。 土民如きが我らを咎めるとは笑止千万!!」
夜叉五郎が配下の四人に目の前の輩を排除するぞと命じて、その優男を包囲する形で伏齅の者達がそれぞれの手持ちの武器を構えて、優男に迫った。
「お前ら、五人如きで俺を殺れると思うなよ!!」
すると優男は、同時に斬りかかってくる五人の内の一人に足元に落ちてる石を蹴り飛ばして、回避を取らせた瞬間に全力で踏み込んで、一瞬にして距離を縮ませて左手の掌底で顎を砕いて、勢いそのまま遠くへ吹き飛ばしていった。
さらに右手で懐から巻物を取り出して口にに咥えながら転がり、四人から距離を取ると両手を合わせて、ブツブツと呟いてから念を入れると忽ち優男の足元から、大量に真っ黒な煙が発生して四人の視界が塞がれてしまった。
「なっ、なんだこの煙は!!」 「あ奴の姿が煙で見えぬぞ!!」
僅かな時間だが煙によって、視界が塞がれた夜叉五郎ら四人は奇襲を警戒しながら煙が晴れるの俟つと、目の前には大岩のような大きな物が出現してた。
「なっ、なんだこの大岩は? もしかして化かされたか?」
夜叉五郎が事態が把握出来ずにいると、その大岩が動き出して突然一部が割れたと見えた途端、長い舌のような物が飛び出してきて、夜叉五郎以外の配下三人を次々と吹き飛ばしていった。
「がっ、蝦蟇だ!! 大蝦蟇が何故ここにいる!! こんなの俺一人で何ともならんぞ!!」
夜叉五郎以外の配下四人が、優男一人に殺された事を理解したのか、慌てて残りの配下がいる七ツ池の方に走って逃亡するが、大蝦蟇の頭の上に立ってる優男は追いかけ始めた。
「待て!! 山賊共よ!! お前ら生かして帰さんぞ!!」
まるで象対人間のような勝負になった夜叉五郎は、逃走しながらもあの優男が出した大蝦蟇をどう退治しようか考えを巡らせていたが、巨大生物を打ち倒す事など想定していなかった為、手持ちの物では到底無理だと悟り、残った配下の者達に逃走するように叫ぶ事した出来なかった。
「皆の者!! 至急、この山から逃れよ!! この山には武田方が置いてる化け物がおるぞ!!」
探索に行ってた夜叉五郎がただ一人走って逃げてきた為、切迫した事態が発生した事を感じて、残って作業していた二十五人は警告が聞こえるなり、荷物をその場に蜂起して夜叉五郎と一緒に逃げ出そうとした。
その直後、優男と大蝦蟇は逃げ出してる伏齅達に大きく口を開いたと思ったら、粘着力のある大量の蝦蟇油を噴き出して、その蝦蟇油に優男は両手をバチン!!と鳴らし発火させて、大量の蝦蟇油は忽ち火炎放射器となって、二十五人へ襲いかかった。
「うわっ!! 火じゃ、火が降りかかってくるぞ!!」 「あ奴、とんでもない火遁の技を使いよるそぞ!!」 「あっ、熱い、熱いぞ!!」 「だっ、誰か、俺の火を消してくれ!!」
逃亡してる二十五人の背中に降り注いだのは、まるでナパーム弾が当たったように背中に火が付き、多くも者達の背中を焼き、その炎は身体を転がり消そうとしても消えず、終いには全身にまで炎が回って焼き殺してしまった。
「ギャッ!!、たっ、助けてくれ!!」 「夜叉五郎様!! 助けてくださ・・・・」
さらに優男は、大蝦蟇に乗ったまま身動きできないが、まだ息がある者をそのまま大蝦蟇が舌が巻き取って、口の中に入れて食べてしまった。
「なっ、なんと言う事だ!! 黒姫山にはこのような物の怪が居ようとは!!」
大火傷を負いながら、生き残った夜叉五郎ら八人余りの伏齅達は、武田方がここに拠点を作らないのは、このような物の怪に守らせてると誤解して、そのような事を雪之鵜鵠に報告した。
しかし雪之鵜鵠は、黒姫山にはただ武田方が物の怪などの不確定要素の者に守らせてる事に疑念を持ち、もしかすると幻術や陰陽術などの術式が得意な者が居るのではないかと考えていた。
もしそうであるならば対処の仕様があると思い、つい最近仕官を希望していた元風魔者の忍びに黒姫山の怪異を解決させる事を思案した。




