黒姫山の豪傑
黒姫山の山頂から大きな轟音が聞こえた事で、猫有光江ら探索方一行は、最初に思ったのが黒姫山が噴火したのかと思った。
しかし黒煙の中から、時々青い光が薄っすらと光って見えたと思ったら、大きな影が山頂に見えて揺ら揺らと蠢いていた。
その大きな影の周囲には人らしき影が数体見えてたので、下から見上げていた光江達は何をやってるのか理解出来なかった。
しかしその光景を見上げていた光江達の傍に大きな影に人らしき者が弾き飛ばされて来たので、道案内していた山師の伝兵衛とかは、それを見て大声を上げて叫んでしまった。
「なっ、何だ!! ひっ、人が飛ばされて来たぞ!!」
飛ばされて来たのはズタボロになってる黒焦げた遺体で、それを見て伝兵衛は大声を上げ山中に響き渡ったので、そこで初めて黒い影と周囲に居た者達が光江一行の姿に気がついた。
黒い影の周りにいた者達は、光江達のいる場所とは反対の方向に消え去り、一方黒い影の方は謎の者達が去ると瞬く間に姿を消して、その後は山頂の風景は何事もなかったような風景に戻っていた。
正体不明の出来事に皆が茫然としていたが、高安彦右衛門一益が最初に我に返り飛ばされてきたズタボロの遺体を検証し始めた。
すると彦右衛門は、大声で皆を呼んで何かを見つけたと言った。
「光江さんよ、この遺体を良く見てくれ。 もしかしてこいつ等、何処かの家に仕えている者達ではないか?」
スタボロになってる遺体の懐を漁った彦右衛門は、懐に入っていた無印の印籠を見つけて、その中身の薬を少し嗅いでみるとその薬を光江に渡してみせた。
「この薬は決死の任務を行う時、痛みや恐怖心を取り除く薬だわ。 こんな薬を使うのは越後上杉家の軒猿衆の中で、戦忍びと言われている伏齅の者達だわ。 まさかこの黒姫山の山頂に我々に見られたくない物があるのかしら?」
「どうする? 上に行けば何かあるかもしれんが、軒猿衆が待ち構えてるのかもしれんぞ。」
すると伴喜左衛門一安が、彦右衛門の言葉を否定した。
「彦右衛門、もし上で待ち受けているならば、我々が武田家の者とバレてる事になる。 だが我々の姿を見つけた時、こちらに危害を加えると思う。 大体山の上からの攻撃加える方が有利だろ、それを攻撃いで慌てて去ったのは、自分達のやってる事を知られたくて去ったのだろう。 ただこちらに光江殿が軒猿衆の事を知ってたのが誤算だが、そんなのは向こうは知らないはず。」
「それに飛んできた遺体から自分達の正体がバレたと気がついているならば、こちらに降りて来て忽ち戦闘になってたと思うわ。 今は軒猿衆の伏齅の奴等が何故上で戦ってたを調べるのも探索方の任務の一つになるわ。」
光江は頂上に登って確認したいと言い出したので、案内役の伝兵衛は危険だから反対したが、鈴木孫六や狩人の甚八郎に後押しされて、渋々行く事に同意した。
黒姫山に上がると外輪山の中に窪地があり、そこの中央にまた小さな山があった。
その外輪地帯まで光江達が上ると周囲にいくつかの遺体が倒れており、その多くがズタボロな状態であった。
周りの景色を見るとあちこちに火災や倒木の跡があり、少し前まで戦闘が起きてた雰囲気が残っていた為、軒猿衆は一体何と戦っていたのか気になった。
老山師の伝兵衛は、生まれて初めて高梨家の伝説ってる黒姫山に登った為、このような状況になってる事に恐れを抱き、黒龍が大暴れしたのだと言って両手を合わせて念仏を唱え始めた。
その様な状況の中で、狩人の甚八郎が多くのなぎ倒されてる樹木の中で、軒猿衆とは違う姿の者が倒れているのを見つけた。
「光江さん、彦右衛門さん、あそこの樹木の傍に一人だけ違う衣装の者が倒れていますぞ!」
目の良い甚八郎は、百五十間先に倒れてる者がいる事を知らせると、彦右衛門は俺が確認しに行くと言って、他の者達を今の場所に待せた。
彦右衛門は見つけた者が例え死体だとしても、どのような者なのか確認する為に近寄って行くと突然起き上がり、彦右衛門に向って叫んで太刀を構えた。
「お前等!! この地は我が妻綱手姫の物である。 決してお前等なんぞに渡さぬぞ!!」
そう言うと傷だらけの身体を構えて、口に巻物を咥えて念を入れるとその者の周囲から蒸気が発生し
忽ち巨大な蝦蟇が現れて、その頭の上に立っていた。
「仙素道人から習ったこの蝦蟇の秘術で、お前達を倒す!! 決してこの土地は誰にも譲らんし、砦も作らせんぞ!!」
彦右衛門もいきなり太刀を向けられたと思ったら巻物咥え始めたので、慌てて敵意が無い事を叫んだ。
「待て待てっ!! 我らは山麓を歩いていたら、突然山の上が騒がしくなったので、物見に来ただけである。 決して其方に危害を加える気は無いぞっ!! 我々は武田家の者で、上杉の者達ではないぞ!!」
彦右衛門は身振りして蝦蟇に乗った者を止めようとしたが、蝦蟇に乗ってる者は彦右衛門に危害を加えようと舌を伸ばしていった。
その時、黒姫山の窪地の真ん中にある祠から女性の声が響いてきた。
「お止めなさい、児雷也よ。 この者達は母の実家に縁がある者達です・・・・・」
その声を聴いた児雷也は、蝦蟇が伸ばした舌を彦右衛門に当てる直前に止めた。




