甜菜を栽培しよう
四郎が原蹴煤がもたらした作物の中で、まず最初に栽培してみようと思ったのは、馬鈴薯、南瓜、甘藷、甜菜の四種類を始めてみようかと思った。
特に原種の甜菜は家畜の飼料として糖分が僅かなので、品種改良を進めて砂糖として加工できるようになれば、莫大な収入減になる見込みがあるので、時間はかかるが栽培する価値は大いにあった。
原蹴煤が甜菜をヴェネチアから持ち出してきたのは、根菜類の馬鈴薯や甘藷と同じく長期保存出来る食べ物として持ってきたのであり、四郎から甜菜を使って砂糖を精製出来ると聞いた時、原蹴煤は大いに喜んだ。
何故ならば、砂糖の価値は金と重さと同等と言われてるので、甜菜から砂糖を作れるようになれば、自分の研究費にも困らなくなると思ったからだ。
四郎は栽培用の甜菜の内一個を取り出して、原蹴煤達の前で前世の記録の中から甜菜から砂糖を作り出す手法を高遠城の調理人を指導しながら作ってみた。
「野際内膳冬吉よ。 まず奇麗に洗った甜菜を小さく小間切りにして、甜菜の重量の二倍の水を大きな鍋に入れるのだ。 そして水が沸騰しない火加減で煮込みながら、三回~五回位少量の石灰を鍋に入れるのだ、」
「四郎様、承知しました。 していつまで続けるのですか?」
「沸騰させないで石灰を加えて放置しておくと、若干緑を帯びた黒灰色の沈殿ができる。 そして上澄みは黄緑色を帯びた琥珀色になるので、それをとろみが出るまで煮詰めると甘露になる。」
「なるほど、このまま甘露でも料理に使えますね。 ただ黒糖のように長期保存させる方法はないのですか?」
「甘露をさらに煮詰め続けると水分が蒸発した結晶が保管が効く砂糖になる。」
野際内膳に甜菜から砂糖を作り出す方法を指導した後、今後この作物が武田家や高遠家の財政を大い助ける事になるので、甜菜から砂糖の抽出方法は限られた者にしか指導してはならぬと言い聞かせた。
そして甜菜から作り出した甘露を容器に入れて、まずは原蹴煤の屋敷へ持っていき、原蹴煤一家に砂糖の抽出出来る様になったと伝えた。
「原蹴煤よ、其方が持ち込んだ甜菜から砂糖を作れるようになったぞ。」
「オオッ、マコトデスカシロウサマ。 ヨーロッパデハ、ハノブブンヲショクシ、ノコリハカチクノシリョウトシテイマシタノデ、タクサントレタビートハ、ノザラシノヤマヅミニサレテイマシタ。」
「四郎様、欧羅巴では葉しか食せず、大きくなった根の部分は豚や鶏のエサにしていたそうです。 そして甜菜は冷涼で降水量が少ない地では沢山収穫出来るので、もし甜菜の生産に成功したならば、日ノ本中の商人達は挙って求めてくるでしょう。 この砂糖精製法が他者に伝われば、甜菜自体は海外貿易しておれば簡単に手に入ると思いますので、秘密厳守にしないとならぬでしょう。」
原蹴煤の妻林姑娘も砂糖が作れるならば、山国である武田家の交易にも多大な影響を与える事だろうと四郎に伝えて、甜菜の生産の奨励と砂糖精製法の秘密厳守が必要だと助言した。
「林姑娘殿よ、よくぞ言った。 甘味と言うのは身分高き者達にしか口に出来ない貴重な物。 それが甜菜を冷涼な土地で栽培して大量に作れるようになれば、下々の領民達にも口にする事が可能となり、武田の領民達も武田家の御蔭で生活が豊かになったと実感するであろう。」
四郎の前世では、全くと言うほど食事を楽しめる事が無かったので、転生後の武田家の食生活に何ら不満が無かったが、前世の記録を使えば色々なレシピを再現出来そうなので、食料状態が良くなれば是非とも色んな料理を食べてみたかった。
特に甘味物は口にした事が無く、皆が好んでいる理由が分からなかった為、楽しみでもあったので、この甜菜を誰かに任せて育種を行ってもらう事にした。
四郎は、傅役の跡部攀桂斎信秋に甜菜の品種改良の担当を誰にしようかと相談する事にした。
「攀桂斎よ。 原蹴煤がもたらした南蛮渡来の新しい作物で甜菜と言うのがあるのだが、先日甜菜から砂糖を作り出す方法が確認された。 将来になるが、この山国の武田の領土で砂糖が作られるようになるだろう。 この事は関係者以外秘密にするがこの甜菜を栽培したいので、誰かに任せて生産したいのだが誰か良き者はいないか?」
「四郎様、砂糖が甜菜と言う作物から作り出せると聞いて驚きました。 砂糖は金と同等の重さの価値があると言われてますので、農業と商売の知識が優れた人材を宛がうのが宜しいと思います。」
「どのような者が適任か?」
「こう言う時は、百姓上がりで元行商人の木下藤吉郎が適任なのですが、藤吉郎には任せてる事がありますので、保科弾正忠正俊殿の家臣井深茂右衛門重吉殿にお任せするのはどうでしょうか?」
「井深茂右衛門? どのような実績があるのだ?」
すると井深茂右衛門の主保科弾正忠が四郎に答えた。
「井深家は、代々小笠原家から善光寺の政務を任されており、昨年小笠原右馬助が上方へ逃走した時に保科弾正忠殿を頼って仕官しております。 農業の方の認識は人並みだと思いますが善光寺相手に政務をこなしていましたので、甜菜の価値がすぐに理解して栽培に関して真剣に行う事でしょう。」
「なるほどな、ならば井深茂右衛門に補佐も必要であろう。 ならば小鈴谷久左衛門を付けてやろう。」
「四郎様、その小鈴谷久左衛門とはどのような者でありますか?」
「元は尾張の知多半島出身の庄屋だったらしいが、戦に巻き込まれて故郷から逃げ出してきたらしい。そして流民となった久左衛門は信州に流れてきて、高遠での椎茸栽培を昨年春から任せてる者だ。」
「なるほど、四郎様。後はどこの土地で行うのですか?」
跡部攀桂斎と保科弾正忠は、四郎がどこの土地を選ぶか気になった。 それによりその土地が栄えるかもしれないので、ある意味国人衆達の利権も絡んだ話であった。
「それはもう決めている。明日、そこの土地の者を来るようにと予め伝えているので、井深茂右衛門と小鈴谷久左衛門が呼んだ時に顔を出すようにしたあるので、攀桂斎と弾正忠は楽しみにしておれ。」
そういうと四郎は甜菜の話題から、藤吉郎達がいつ戻るかの話を二人に振った。




