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柳生と服部

 柳生新次郎宗厳が矢作川の渡し船に乗って今川領の岡崎の地に入った頃、松平家では当主次郎三郎広忠が岩松弥八に殺される事件が起きた。


 しかも直後に起きた安祥城の戦いにおいて、陣代の本多平八郎忠高が討ち取られた為、松平家に仕える家臣や国人衆に動揺が走り家臣の出奔や致仕が後を絶たず、今川家が三河での引き締めを行ってたが織田家と通じる国人衆が数多くいた。


 その様な状況下の三河では、一年前に小豆坂の合戦で敗れた織田家が息を吹き返し松平家の本拠地岡崎城へ圧力を強めた為、主と陣代を失った岡崎城は今川家から送られてきた城代山田新左衛門尉景隆と大久保五郎右衛門忠俊を中心に何とか防衛を行ってたが、いつ落城してもおかしくない状況であった。



「山田左衛門尉殿、今川家は安祥城で敗れた後、この岡崎城が危機に瀕してる事を理解しているのか?」



 明らかに今川家への不満を口にし始めた大久保五郎右衛門に対して、山田左衛門尉も下手すると自分も捨て石にされてるんじゃないかと言う不安を内心持ちながらも、大久保五郎右衛門を諭した。



「五郎右衛門よ、現状はあの織田三郎五郎信広に翻弄されてはいるが、尾張半国しかない織田家と駿遠三の三ヵ国を治めてる今川家では地力が違い過ぎますぞ。」


「ならば安祥城で敗れたとはいえ、二万の大軍のうち半分は三河に置いてくれても良かったであろう。」


「今、今川家では三河の情勢に集中する為に太原崇孚(たいげんそうふ)様が、新たな策を行おうとしておる。 その策の為に駿府へ一度戻らざる得なくなったので、後一ヶ月はこの状況に耐えてもらいたい。」



 山田左衛門尉は、苦々しい気持ちになりながらもここで松平家が織田家に離反する事を防げと今川治部大輔義元から命じられてたので、何とか下手に出て松平家郎党の不満を抑え込もうとしてた。



「織田家に従ってる桜井松平家や大給松平家(おぎゅうまつだいらけ)が、側室於久の方が産んだ主君広忠公の遺児大給勘六を担ぎ出そうとしてるのを聞いた。 しかしそれを織田家の方が止めてる為、まだ具体的に動いていないが我々の旗頭となる跡継ぎは何方(どなた)にするのだ?」



 松平宗家の主君筋に当たる東条吉良氏一族の荒川甲斐守義広が、今の三河情勢が織田方の巻き返しに今川方の動きの鈍さに懸念を示していた。


 何故、東条吉良家の荒川甲州が焦燥感を現してるのは、東条吉良家と別離した西城吉良家が織田方に与しており、織田方の後押しで西城吉良家が宗家になるのを恐れていた。



「荒川殿、大久保殿、今川家は決して其方(そなた)達を見捨てる訳ではない。 だからここで皆が心合わせずにおれば、それこそ織田方の思いの壺に陥るだろう。 それに昨年と一昨年に小豆坂と美濃加納口で大敗している織田勢が早々大軍を率いるなんて難しかろう。」



 山田左衛門尉は織田家が二年連続の敗北が続いてたのが、久々の勝利によって息を吹き返してるだけで、根本的な戦力の補充は出来てないと三河の諸将を諭した。


 しかしその後も松平次郎三郎の従兄松平監物丞重忠、酒井左衛門尉忠親の弟酒井将監忠尚も織田方に通じており、三河十八松平家と言われる松平一族も内紛によって、織田方に付け込まれてる状況に陥ってた。



 ____________________________________________________________




 柳生新次郎は矢作川を渡った後、織田家と今川家の紛争の場になっている岡崎城周辺をなるべく短い時間で抜ける為、昼夜歩く事にした。


 本来ならば町に入り宿を取るのが正しいのだが、岡崎城の城下町も度々(たびたび)織田勢の攻撃を受けていた為、旅人相手の旅籠(はたご)などは正体知れぬ武士を宿泊させる事は避けてるだろう。


 もし行商人やお伊勢参りの旅人などは、寺社仏閣や知り合いの住人に宿を借りる為、(あて)の無い旅人は野宿を行って朝までやり過ごすしかなかった。


 三河に知り合いなどいなかった柳生新次郎は、どこか夜露を凌げる場所がないかと東海道より少し外れた野山で探していると、どうやら戦禍にあって放棄された一件の民家を見つけたので、その民家に入って今夜の宿にする為に入った。


 するとそこには最近まで使用していた形跡がある囲炉裏があり、おそらく別の旅人がここに一夜の宿を取ったと推測出来る雰囲気だった。


 新次郎は、民家の周囲で雑木を集めて、囲炉裏で暖を取ろうとすると僅かばかりだが監視を受けている気配を感じで、新次郎は少し様子を見る事にした。


 監視をしている者達が唯々(ただただ)監視を続けてるだけなので、新次郎はこのまま休息を取って無視ようかと考えてた時に、監視している者達の方から動きがあった。


 どうやら監視者の気配が変わったような感じして、新次郎の様子を見られてる気配になってたので、そのまま旅人の振りして寝てやった。


 狸寝入りをしている傍に数人の気配が寄ってきたので、もし攻撃されたら反撃やろうかと太刀を少し鞘からずらし居合抜きが出来る準備をしていたら、監視していた者達の方から声をかけられた。



「貴方様の様子を岡崎に入ってから見させていただきた。 我々は貴方様に危害を加える気はありませぬ、どうか太刀を納めていただきたい。」



 そういって、四人の忍びの者達が音も立てずに姿を現した。



「本当に失礼した。 貴方様が織田方の間者かどうかずーっと監視てもらいました。」


「なるほど、そしたら何故拙者の前に現れたのだ?」


「貴方様の(たたず)まいを見て、只ならぬ剣の腕前を御持ちいると感じました。」


「ほう、随分と拙者を持ち上げてるな。 それでそれだけの目利きが出来る者達が拙者と何を話したいのか?」


「これは只の独り言でござるので、貴方様は聞き流しても構いません。」


「拙者仕えてた松平家は当主二代に渡って非業の死を遂げて、次期当主も駿府に行くはずが人買いに売られて尾張へ連れていかれました。 そして当主以外の男子を抱えた諸家も織田方へ組しています。 おそらく松平宗家の男子はもういない事を理解し始めた国人衆も今川方を離れる可能性が出てきました。」


「この様な状況、我々伊賀の者達の身の振り方を考えなければません。 柳生の里の貴方様ならば理解出来ると思い、こうして独り言を言ってます。 我々は松平家から致仕して畿内に戻ろうと思いますので、伊賀の近くに所領を持ってる柳生殿であるならば、今後の身の振り方も判る事でしょう。」



 まるで忠告の様な事を新次郎に教えてたので、何故教えるのか疑問に感じた。



「なるほどな、拙者に態々(わざわざ)その様な事を伝えると言う事は、まるで拙者が松平家や今川家に仕官を望んでると見られたみたいだな。」


「一介の野伏ならともかく、大和の柳生新次郎と言えば畿内では武芸者として、高名(こうみょう)を得てるはず。されど東国にこうして来られてるのは、大名家への仕官を希望してるのかとお見受けられました。」


「なるほど、其方達(そなたたち)服部党の言いたい事は判った。 松平家から主家を変えるにしても何か他家への伝手が欲しいのだろう。 そこに故郷の伊賀では良く知られてる柳生の家紋を持つ武士が、三河に入国したのを見つけて監視をしていたのだな。」


「そこまで推測されると、いやはや御明察通りで御座います。」


「拙者はもう信州の木下家の陪臣であるからにして、松平や今川になどに仕官する積もりはない。 こちらへ来たのは、主家の高遠四郎様が主の木下藤吉郎様に海産物を入手しろと命じられたので、拙者がその任を受けたまでの事。織田や今川の戦に参戦する積もりはない。」



 柳生新次郎は、服部党が危害を加える気が無い事を知り警戒心を解いたので、服部党の忍び達もいつの間にか話している者以外は姿を消していた。



「なるほど柳生殿は主君に仕えておりましたか。 ならば今、拙者達服部党が二度に渡って主君を失い、三人目の主君が織田方の人質になられてる状況下で、我々の行動に咎められる要素はあると思われるか?」


「服部党の立場として拙者が考えるならば、主君が健在の時にこのような考えは離反したと責められても仕方ないでしょう。 しかし今回の松平家の場合ならば、主君を失ったばかりに今川家の従属したと思われても仕方ないし、織田家が今川家に対して反撃を行い優勢になられるとなると、松平家から離れる事は仕方ない事でありましょう。」


「やはりそうでありますか。 ならば我をの腕前を必要としてる者は、どこにいるか分かりますか?」


「兵法家の拙者としては、言葉に出したとしてもそれが服部党の雇用に繋がるとは限らないですぞ、」


「ならば近隣の大名の評価を柳生殿の主観での意見をお聞きしたい。」



 まるで急いでるかのように、必死に新次郎から情報を聞き出そうとしてる事に、何か服部党にあったのではと感じていた。



「もしかして拙者の考えで言うならば服部党の其方達(そなたたち)、主君殺しの疑念を誰かに持たれたのか?」


 すると今まで語ってた頭領が沈黙を持って、新次郎の考えを肯定してきた。



「なるほど、ならば新しい主家は今川家や松平家と対立関係でいる家が良かろう。 しかしあまり遠くだとその家の内情が分からぬし、近隣で雇う経済力ある家は武田、斎藤、北条辺りだろうか。」


「その通りで御座います。 その中で斎藤家はあの美濃の蝮の配下となれば、きっと我々は使い潰される可能性があるでしょう。 現に斎藤家の忍びは一度伊賀者を雇った事がありましたが、土岐家追放の折に手段の択ばないやり方で伊賀者は消されております。」



 斎藤道三の話を出した時から、頭領はどうやら無念そうな雰囲気を出していた。



「ならば、武田か北条が雇用する余裕があるだろうな。 しかし今、北条に向かったら近年の領国の荒廃によって、雇用は難しかろうな。 もしかして其方(そなた)、最初から武田家へ近づきたいが為に拙者に話かけてきたな。」



 新次郎が服部党が最初から武田家への伝手を求めて近づいてきた事に気が付いたので、服部党頭領は柳生新次郎に木下藤吉郎を通じて、武田家への雇用の機会を頼みこんだ。

話はいつもご都合主義ですが、史実でも服部党は松平家を一度離れて、桶狭間の戦い以降徳川家に再雇用された経緯があります。


また伊賀や甲賀、それに大和の弱小豪族達はよく他家に雇用される事が多いので、同業他社みたいな感じでお互いの基本情報位ならば、よく知っています。

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