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藤吉郎の人集め

 翌日、木下藤吉郎はまず最初家族に家臣を集める為、尾張に戻ってきたと伝え竹阿弥(ちくあみ)(なか)などの家族全員に信州高遠に来てくれと頼みこんんだ。


 竹阿弥(ちくあみ)は、まさか自分に武士になる機会が訪れるとはと浮かれていて、実母の(なか)は本当に藤吉郎が武士になったのか未だ半信半疑でいた。


 藤吉郎は(なか)に四郎から授かった龍朱印状を仲に見せて、正式に高遠家家臣に任じられた事を示す文章を文字が読めた竹阿弥(ちくあみ)自ら読んであげて、そこで初めて息子が本当に武家になったんだと言う実感が沸いた。



「日吉丸よ、本当にお前さんは武士になられたんだね。 しかし武士になったんだから、日吉丸は殺生をやっちまったのかい?」


「それはまだだが、もし四郎様の命を狙う輩が目の前にいるならば、躊躇なく太刀を抜く覚悟はあるよ。」


「そうかい・・・・ 私はお前さんが殺し合いに加わった結果、死んでほしくないから殺生する武士になる事はあんまり好かないんだよ。 でもあんたが武士になったからには、武運を毎日祈るさ。」


「母ちゃん、そしたら俺がもし人を殺してしまったなら、おいらが呪い殺されない様にその者の冥福も祈ってくれよ。」


「なんて事を言うんだい日吉丸よ。 仕方ないね、お前さんの言う通り祈ってあげるよ。」



 そんな会話をしていたら、祖父の関弥五郎兼員と伯母伊都の夫加藤五郎助清忠、そして五郎助の弟加藤喜左衛門清重が藤吉郎を訪ねてきた。



「日吉丸や、お前は信州で武士になったそうだな。」


「爺ちゃん、おいらは武田大膳大夫晴信様の四男高遠四郎様に御仕えする事になって、四郎様に家臣集めに一度尾張に行ってきなさいと命じられたので、戻ってきたのさ。」


「なるほどな。それはそうと日吉丸いや今は藤吉郎か、お前はもう武士なんだから、おいらなんて言葉使いなどしないぞ。」



 関弥五郎は、孫の藤吉郎が出世した事に喜びながらも今後武士としての教育を受けてない事を心配して、軽く言葉使いを(たしな)めた。



「じいちゃ、いや祖父殿、ありがとうございます。」


「身内には、そこまで(かしこ)まらんでいいぞ。」


「じいちゃん、分かったよ。 ところでじいちゃん、おいらは木下家に仕える郎党を集めに来たんだけど、じいちゃんは高遠に一緒に来る気ある?」


「いや儂も五十を超えて、新しい住処に変えるのはキツイ。 だが孫が出世したのだから藤吉郎を支えてやりたいので、弟の加藤喜左衛門清重は織田伊勢守家に仕えておるが、ここに一緒にいる儂の弟子加藤五郎助を推薦するぞ。」



 関弥五郎から話を振られた加藤五郎助は、自分が鍛冶屋として一人前なったと関弥五郎から認められた感じに推薦されたので、大変喜んで藤吉郎に話かけた。



「今、師匠から推薦された加藤五郎助清忠でござる。 二年前までは美濃斎藤家に仕えて武士をやってきましたが足に戦傷を受けた為、武士を廃業し斎藤家を致仕したでござる。 その後藤吉郎の叔母と結婚し、鍛冶屋として師匠の元で働いてたでござる。」


「藤吉郎よ、この五郎助と伊都(いと)の夫婦を連れて行ってやってくれ。 戦働きは出来ぬが、代わりに刀鍛冶として、儂が仕込んだので腕は一流だ。 (なん)なら最近流行りの種子島も五郎助は鍛造出来るぞ。」


「じいちゃん、それは頼もしい。 四郎様は目下、新式の鉄炉を普請中じゃ。 だから一流の五郎助殿が木下家に仕えてくれるのならば、四郎様も大喜びになられるだろう。」



 藤吉郎は、祖父関弥五郎からの推薦に大喜びして、諸手を挙げて喜んだ。



「藤吉郎よ、話はまだ終わってないぞ。 今、終わりでは織田弾正忠家と織田伊勢守家と織田大和守家で、三つ巴の争いをしておる。 そんな尾張に我が一族の者達を置いとけば、戦災に遭うのは必至だろう。 だから他の親戚も高遠へ連れて行ってやってくれ。」


「分かったよ、じいちゃん。」


「ならば、お(しょう)の所にも声をかけるが良い。あ奴ら桶屋では食っていけんと時折儂の所に来て、愚痴を(こぼ)していたから、連れて行ってやれば大喜びするだろう。 後はお(せい)の旦那杉原助左衛門家利の所は行商が家業だから、藤吉郎が呼べば喜んで来るだろう。」


「はははっ、おいらの家臣に一人も強そうな者が居ないや。」



 それを聞いた関弥五郎や加藤兄弟も釣られて大笑いしてしまった。



「それはそうだぞ、藤吉郎。 親戚でも今ここにいる加藤喜左衛門も織田伊勢家に仕えてるし、お前の伯母大(ひろ)(えい)は、其々(それぞれ)斎藤家と織田大和家に仕えておるので、そりゃ簡単に他国に仕える事など無理であろう。」


「そりゃそうだなわ。 武芸に秀でてるならば、とっくに他家に仕えてるよな。」


「まあ、今は加藤五郎助と福島市兵衛正信と杉原助左衛門の三人を連れていけば良かろう。」


「藤吉郎よ、戦場での手柄は武芸を知恵で補って働けばいい。」


「分かったよ、爺ちゃん。」




 そして関弥五郎は、今ここに来ていない福島市兵衛と杉原助左衛門に文を書き、それを藤吉郎に持たせて、翌日其々(それぞれ)の家に訪ねて行った。


 まず最初にお(しょう)伯母さんの所に訪ねて行き、お(しょう)伯母さんの旦那福島市兵衛に出会った。


 福島市兵衛は、桶屋をやってると聞いたので普通の職人かと思ったら、六尺を越える大男で鍛えられた身体を持った青年だったので藤吉郎は吃驚(びっくり)したが、関弥五郎の文を渡した後、藤吉郎の郎党にならぬかと聞いてみた。



「市兵衛さん、おいらいや拙者は信州高遠家の武士になったので、親戚でもある市兵衛さんの力を借りたいんだけど、一緒に信州へ来てくれるかい?」



 すると関弥五郎からの文を読み終わった市兵衛は、藤吉郎に笑顔を見せて返事をしてきた。



「藤吉郎よ、いいぜ。 代々この尾張で桶屋を家業にしてきたが、ここの商人は阿漕(あこぎ)過ぎて、俺らが作る桶を安く買い叩こうとしてくるんだよ。 そんな桶屋の商売に嫌気さしてたし、武士になれる機会はそうそうないからな。」



 お(しょう)も関弥五郎の文を読んで、藤吉郎の力になって欲しいと書かれていた為、尾張を離れて信州に移住する事に反対はしなかった。



「ひよしま、いや藤吉郎よ。 お前さんが武士に取り立てられたと聞いた時には吃驚(びっくり)したが、ここにやってきて、こうして父ちゃんからの文を読んで、ようやく実感したよ。」


「お(しょう)伯母さん、おいら自身も四郎様が武士に取り立ててくれた事に驚いてるよ。」


「まあ藤吉郎は、幼い頃からまともに習い事してないのに、とても器用に何でもやってきてたからね。 お前さんの才覚を見抜くお偉いさんに会えた事が神仏のお導きなんだろうね。」


「そしたらこの後、お(せい)伯母さんの所にも行ってくるから、市兵衛さん引っ越す支度を行ってくれよ。」


「承知した、藤吉郎。いや今日から藤吉郎様だな。」



 福島市兵衛と伯母お(しょう)と別れた後、今度は叔母お(せい)と杉原助左衛門の家に向かった。


 杉原助左衛門と一番年上の伯母お(せい)の間には、藤吉郎の従兄妹で元服してる七郎左衛門家次、源七郎義正、おこひ、ふくがおり、三人で一緒に行商を生業(なりわい)としているが藤吉郎が助左衛門を訪ねた時、自宅に居たのは伯母お(せい)と七郎左衛門と源七郎の妹達、おこひが出迎えてくれた。


 従兄妹のおこひは婿養子の杉原助左衛門定利に嫁いでおり、長男孫兵衛、長女お(けい)、次女寧々、三女お良々(やや)の四人の子供達がいて、次女の寧々と三女のお良々(やや)はまだ生まれたばかりであったが、津島に住む子供のいない妹ふくとその夫浅野又右衛門長勝の養女になっていた。


 関弥五郎の文を伯母お(せい)とおこひに読んでもらうと、男達全員が行商で留守だったりで返答に困っていたが、後日戻って来たら事情を伝えるので、もし藤吉郎に仕える事になれば、先に文で知らせると言ったので、藤吉郎は実家に戻った。


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