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黒衣の宰相

 今川治部大輔義元の懐刀太原崇孚(たいげんそうふ)が躑躅ヶ崎館を訪れたのは、北条外交団一行がやってくる二日前から甲州に滞在し、武田大膳大夫晴信と会談を行ってた。


 太原崇孚(たいげんそうふ)が武田家との会談を行う理由は幾つかあるが、一つは四月に三河安祥城の攻略失敗により、三河情勢が織田方に傾く事を憂慮した今川治部大輔が太原崇孚(たいげんそうふ)の助言で、同盟国の武田家に援軍要請を行う事ともう一つは、今川治部大輔の嫡男龍王丸に武田家からの正室を迎い入れる交渉を行う積りであった。


 偶然にしても今川家と北条家の外交団が同時期に躑躅ヶ崎館を訪れていたのは訳があった。


 天文十八年四月に今川家と北条家は其々(それぞれ)大きな問題を抱えていて、今川家は第一次安祥城合戦において、本多平八郎忠高が打ち取られる大敗を喫し三河の親今川派が動揺して、昨年の第三次小豆坂合戦の勝利を台無しになった。


 北条家はもっと深刻で大きな震災が関東で発生して、武蔵や相模で大きな被害を出し領地経営が(まま)ならなくなり、領民達の多くが税の支払いが困難になった為、流民と化した。


 その結果、今年の秋に入る年貢は最悪一割程しか入らないと言う試算も密かに出ており、この事を北条家と敵対している家に知られる事を絶対に隠したかった。


 その為同盟国の中で、唯一余裕を持ってる武田家を宛にせざる得なかったので、新九郎達一行は今回の交渉、特に新九郎の縁談は北条家にとって必ず成功させなくては、今後の北条家の進退もかかっていた。


 武田家としては、双方の内情をよく知ってる唯一の家な為、当主の晴信を始め嫡男喜信や両職甘利備前守虎泰などは、以前に四郎から聞いていた武田家の未来と言うのを意識しており、もしここで今川家と北条家を自分達に優位になる様な状況を作り出す事を何度も談合されていたので、此度(こたび)今川家と北条家の外交団の接近を武田家が意図的に作り出していた。


 そして北条家が武田家から、嫡男新九郎氏親の正室を迎えたいと言う話を切り出した時、図らずも小山田鶴千代が三国融和の事を語った事で、同じ考えを密かに持ってた太原崇孚(たいげんそうふ)と四郎によって、甲相駿三国同盟の史実を知ってた武田家は、ここに至って四郎が知ってた三国同盟よりも五年早く成立するように誘導した。


 北条家外交団がいる前に晴信から呼ばれた今川家外交団代表の太原崇孚(たいげんそうふ)は、前日までに秋に再出兵する予定の三河国へ武田家からの援軍要請を成功させていたので、後は今川家と武田家の(よしみ)を深くする為、武田家から龍王丸の正室を貰う交渉が主要課題となってたので、此度(こたび)呼ばれたのは婚姻の談合だと思い部屋に入った。


 部屋に入った太原崇孚は、自分よりも先客が部屋にいた事に何かあると思い晴信に尋ねてみた。



「大膳大夫様、拙僧が来る前から御客仁が居りますが、その方達はどこの御家中の御方でしょうか?」


崇孚(そうふ)殿、まずは先に紹介しようと思う。 ここに居る御客仁は北条家からの使者で、大道寺駿河守重興殿と北条相州殿の御嫡男北条新九郎氏親殿、そして武田家家臣の小山田鶴千代である。」



 晴信から紹介された太原崇孚(たいげんそうふ)は、北条家の外交団がこの場にいる事に驚いたが近年の北条家の内情を知ってたので、北条家の使者達が武田家を頼った事は当然の成り行きだと理解した。


 そして此度(こたび)武田家が北条家外交団と引き合わせた理由を瞬時に理解した太原崇孚(たいげんそうふ)は、自らの思惑と合致してる武田家の考えに、思わず笑みを浮かべながら北条家一行に挨拶を交わした。



「初めましてでよろしいのでしょうか? おそらく北条家の人達は拙僧と駿東で御会いしたかもしれませぬが、拙僧は今川家で顧問に任じられております太原崇孚(たいげんそうふ)でございます。偶然ではありますが、ここで北条家の方々と顔合わせする事が出来たのは、御仏(みほとけ)の導きによるものでしょう。」



 太原崇孚(たすげんそうふ)が武田晴信に呼ばれて部屋に入ってきた事に大道寺駿州は大変驚いて、思わず晴信に声を上げてしまった。



「だっ大膳大夫様!! 何故ここに黒衣の宰相がここに居られるのです!! こ奴は駿東で多くの北条兵を殺しているのですぞ!!」


「重興よ、落ち着けられよ。 ここはまず我等も崇孚(そうふ)殿に挨拶をしようぞ。理由を聞くのは、その後だ。」



 新九郎が冷静に大道寺駿州を(たしな)めた後、太原崇孚(たいげんそうふ)に挨拶を行った。



「初めましてでござる。(それがし)は北条相模守氏康嫡男、北条新九郎氏親でございまする。そして隣にいるのが、此度(こたび)の武田家へ訪問した外交使節代表の大道寺駿河守重興でございまする。先程、重興が崇孚(そうふ)殿に大変失礼仕りました事を謝罪いたす。」



 新九郎は後ろにいた小山田鶴千代と一緒に太原崇孚(たいげんそうふ)に向かって頭を下げた為、不服ながらも大道寺駿州も一緒に詫びを入れた。


 それを見た太原崇孚(たいげんそうふ)も全く意に反せず新九郎達に笑顔で答えてやった。



「重興殿、戦場(いくさば)で会った時、お互い苦い思いもした事だろう。しかしここは我等が争奪しあった駿東ではなく武田殿の館の中であるからして、いがみ合う必要もなかろう。」



 それを聞いた新九郎は、まずここに太原崇孚(たいげんそうふ)を呼んだ意図を晴信へ聞いてみた。



「まず最初に言うが太原崇孚(たいげんそうふ)殿が北条家の方々を(おとし)める意図は、全くもってない。 ここに双方を引き合わせたのは、武田、今川、北条の三者共に利益な為に非公式会談を行いたく、儂の独断で集めたのだ。」



 晴信が言う利益と言う言葉に太原崇孚(たいげんそうふ)も北条新九郎も表情を変え、晴信が言う次の言葉に注目する事になった。



「武田、北条、今川の三ヵ国にて、本当は同盟締結の必要性を双方共に感じてるのではないか?」



 其々(それぞれ)の諸事情を(かんが)みると三者三様に利害調整をさせるべく、武田家と太原崇孚(たいげんそうふ)が仕込んだ策謀だと新九郎はここに来て理解するのであった。




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