新九郎の嫁取り
北条新九郎氏親と大道寺駿河守重興の北条家外交団は、武田家の甲府へ向かう途中小山田家の谷村城を立ち寄り、小山田家当主小山田鶴千代に面会した。
小山田鶴千代は今年十二歳の元服前の童子ながら、その聡明な人物として武田家や北条家家中で知られており、武田大膳大夫晴信から将来を嘱望されていた。
その小山田鶴千代に前もって文で知らせていたのだが、此度の北条家の方針を改めて説明する為に立ち寄ったのだった。
新九郎達が谷村城へ入ると、七歳下の弟藤乙丸と鶴千代の家老小林宮内助貞親と嫡男小林刑部左衛門房実が新九郎と大道寺駿州を出迎えてくれた。
「新九郎様、大道寺駿河守様、お久しぶりでございます。昨年、父羽州が亡くなって、某が小山田家を継いだ事の報告に小田原を訪ねて以来でございます。あの時はは、北条の方々には、叔父小山田弥五郎共々大変御世話になりましたでござる。」
鶴千代は、そう言うと小山田家家臣一同、皆新九郎と大道寺駿州に平伏した。
「小山田鶴千代よ、大義である。 其方達には北条家での最後の奉公として、父上から躑躅ヶ崎館に向かう際、鶴千代を一緒に連れて武田殿との交渉に知恵を借りろと言われておる。」
「某如き小僧が新九郎様へのお力添えに叶うかどうかわかりませぬが、全力を持って新九郎様に尽くす所存でございます。」
「それでは、明日甲府へ参るぞ。」
「ははっ、承知しました。」
鶴千代達が新九郎に平伏してる時、大道寺駿州が鶴千代の家老小林宮内助に武田家の姫の事を訪ねてきた。
「ところで小林宮内助殿、武田大膳大夫様の姫君には御会いになられた事はあるか?」
「いや陪臣の某は、梅姫様や見姫様には会った事はござらぬ。しかしその事が何かあられるのか?」
「北条相州様は、武田家との絆を深める為に新九郎様の正室を武田大膳大夫様の姫君を迎える事をご所望である。それで武田家と縁戚である鶴千代殿には、その為に武田家との交渉に尽力してもらいたいのだ。」
「なるほど、そうなれば我が殿も北条家から致仕されても、心安らかにいられまする。」
「その通りだ。武田家としても北条家との縁深まれば上総武田家との繋がりを強くできるので、大膳大夫様も受け入れ易かろう。」
「大道寺駿州様、この事は小山田家にとっても是が非でも成功させたい儀となります故、我等に遠慮せず頼ってください。」
「うむ、宛にさせてもらうぞ、宮内助殿。」
大道寺駿州と小山田家家老小林宮内助は、お互いの家に双方の思惑に合致した事を確認して、此度の縁談を成功に導く事を確認して、明日の会談に赴く事にした。
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天文十八年五月中旬、躑躅ヶ崎館を訪れた北条家外交団一行は、早速武田大膳大夫晴信と嫡男太郎喜信に面会し、此度の地震被害に対しての借款金千五百両の御礼を申す為に来たと言う名目で、北条新九郎と大道寺駿州は会談を行った。
まず最初に大道寺駿州が北条家代表として、武田家への感謝の意を語り始めた。
「武田大膳大夫晴信様、武田信濃守喜信様、此度主君北条相模守氏康様より、北条家への借款を行ってくれた事に誠に篤く御礼申し上げまする。 武田大膳大夫様の御好意は、我が主君氏康は、武田家との縁を深めたくとの事を仰せ申しております。」
北条家が武田家との縁戚関係を望んでいると聞いて、晴信は大道寺駿州に質問してきた。
「此度、北条相州殿は我が武田家との縁戚を望むと聞いたが吝かではない。 してどの様な者を北条家は婚姻を望みたいのだ?」
「主君氏康様は、今隣にいられる北条新九郎様の正室を大膳大夫様の姫君を御迎えしたい所存でございます。」
晴信は大道寺駿州の隣にいる北条家次期当主の新九郎が危険を顧みず、甲府までやってきた事を大変関心した。
「新九郎殿、其方は同盟国とは言え、武田の館に少ない家臣達と一緒に来られて、不安ではなかったのか?」
「正直申しますと不安だったであります。しかし武田家との婚姻話を成功させるべく、大膳大夫様には新九郎と言う男が御眼鏡に叶う男なのか吟味してもらいたくて、躑躅ヶ崎館に訪れました。」
新九郎の言葉に晴信は甚く感心し、隣にいる喜信に話を振った。
「喜信よ、其方の妹を娶ろうと望んでる新九郎殿と同じように他国に赴いて、嫁取りを行う度胸は持っておるか?」
「父上、某はそこまでの度胸は持ち合わせておりませぬ。新九郎殿は、某よりも優れた当主になられると思います。」
「喜信はそう考えるか。儂はまず北条家と同じく同盟国の今川家との事を考えていた。 今川治部大輔義元殿に喜信と同い年の嫡男龍王丸殿がおられて、その今川家からも我が娘を譲られよとの声をかけられておるのだ。 娘は二人おるが梅は七歳、見は五歳なのだが、さてどうしたら良いかの?」
「父上、北条家と今川家は対立しておりますれば、どちらが長女梅を娶れるかで揉める可能性がありますぞ。恐らく今川治部大輔様は気位の御高き方なので、北条家よりも下に見られると激怒するに違いありませぬ。」
「確かに治部大輔殿は、今川家が武田家からどれだけ重要視してるかで、付き合いが変わりそうだな。 ならば新九郎殿、其方は次女の見と縁談する事で承知致すか?」
新九郎はチラリと大道寺駿州の顔を見た後、己の意見を答えた。
「某自身の気持ちはそれで宜しいのですが、父氏康や国元の家臣達が納得しないかもしれませぬ・・・」
その様に新九郎が困っていたら、新九郎の後ろに控えていた小山田鶴千代が発言を求めてきた。
「御屋形様、新九郎様、某の考えを言って宜しいでしょうか?」
「鶴千代、発言を許す。」
「某が思うに今川様と北条様を我々武田が講和の仲介を行って、三国融和を導くのはどうでしょうか? この話は東西に敵を持つ今川家が一番切実だと思います。」
「ならば鶴千代が言った事をこの場で聞いてみようぞ。」
晴信はそう言うと、奥の部屋に待機されてた今川家からの客人を評定の間に呼んでみせた。




