異邦人との邂逅
美濃から信濃に入ると、国境で三ツ目衆の窪谷又五郎家房が猫有光江一行の帰還を番所で待っててくれた。
三ヵ月振りに頭と再会した光江は、喜びを表し引き連れてきた原蹴煤一家や傭兵の高安彦右衛門一益などを窪谷又五郎に紹介した。
「窪谷様、只今堺より戻りました。そして原蹴煤殿と奥方の林姑娘に四人の養い子を高遠にお連れしました。また近江で三井源助殿もとい藤堂源助虎高殿に御屋形様と四郎様の文を渡し、源助殿からは文を二通預かりました。」
光江は、又五郎に藤堂源助から預かった二通の文を渡すと、原蹴煤と妻の林姑娘が挨拶をしてきた。
「ハジメマシテ、クボヤドノ。ワタシハパラケルススとイイマス。ワタシハスイスデアルケミストデシテ、ケンキュウノタメニヒノモトニアルカズカズノゲンザイリョウヲモトメテヤッテキマシタ。」
「初めまして、窪谷殿。私は林姑娘、そして夫は原蹴煤と言います。夫は瑞西で錬金術師と言う貴金属や薬品などを調合する薬師のような技術者です。日ノ本にはこの国独自の素材がありますので、それらの素材を入手したくて参りました。」
「マタゴロウドノ、ワタシハジブンノケンキュウニヒツヨウナオウスイナルモノガ、コノタケダリョウニアルトアカグチドノカラキイテヤッテキマシタ。モシソレガアルバショヲシルナラバ、アンナイシテクダサイ。」
「又五郎殿、夫の研究に必要な王水なる物が、この武田領にあると堺にいた赤口殿から聞いてやってきました。もしそれがあるならば、案内してくれませんか?」
「原蹴煤殿、その様な物は拙者の知識では分りませぬが、我が主君高遠四郎様ならば、きっと知ってるでしょう。その為にも我が主君に会ってもらえませぬか。」
「ワカリマシタ。タカトウシロウドノナラバ、オウスイノバショガワカルトイウナラバ、ワタシハアイマショウ。」
「了解しました。夫は高遠四郎殿が王水がある場所を知ってるならば、面会しましょうと言ってます。」
又五郎は、光江が連れてきた異国人達がどうやら特殊な技術者だと感じて、これならば四郎に会わせたら喜ばれるに違いないと感じて、原蹴煤達と合流した事を文に書いて、傍に控えてた清智道心と言う修験者風の乱破に、異国人をこれから高遠まで案内すると伝えよと命じた。
そして又五郎は、光江が雇った護衛達に労いの言葉をかけた。
「よく無事で戻られたな光江。して其方の傍にいる者達は、畿内で雇った傭兵達だな。」
「その通りでございます。甲賀の高安彦右衛門一益殿がこの中の傭兵頭であり、それに雑賀の鈴木孫六殿、吉田雪荷流弓術の伴喜左衛門一安殿の他二十五人の者達を雇いました。」
「そうですか高安殿、よくぞ猫有光江達一行を信州まで無事に連れてきてくれた事を大変感謝します。高安殿達には高遠まで来てもらい護衛の報酬を渡しましょう。それで宜しいから高安殿?」
「それは勿論の事だが、我々は傭兵でもあるので武田家で戦があるならば、そのまま武田家に雇われても構わぬぞ。」
彦右衛門や孫六などは、そのまま手ぶらで畿内に戻るのは勿体ないので、武田家で戦があれば雇われても良いと思って来たので、その辺の話を武田家の者から聞きたかった。
「武田家としては、昨年末まで信州での戦はあったが天文十八年に入ってからは、大きな戦は行ってはないな。しかし戦国の世に何が起こるか判らないので、御屋形様は常に戦は想定してると思う。」
「なるほどな。まあ、我々も報酬を貰った後も一ヵ月ぐらい武田領内にいると思うから、その間に我々を雇ってくれるならいいさ。」
そして高遠に向かう途中に光江が畿内に行ってる間に起きた事を窪谷又五郎が教えてくれた。
越中から侵入してきた一向宗崩れの野盗達の襲撃が北信濃であった事と、武田家の姻戚木曽家が飛騨の三木家と小競り合いを繰り返してた為、武田家としては元小笠原領だった林城周辺の城塞を整備を行い、飛騨からの異変に対処出来るように筑摩郡代に馬場民部信房を任じられていた。
また武田家としては、冬季の間に大きな戦が発生しなかった事で領民への負担が軽くなったので、この貴重な期間に河川の堤防や街道整備に新田開発に労力をつぎ込める事になり、領民から春以降の農耕に大いに期待されてる事を知った。
光江の家族や三ツ目衆の者達は、普段は伊那郡の隠れ里で野良仕事を行ってるので、四郎が今まで作物の収穫量を上げたり、仕事の労力を下げる農具の開発などをここ数年の武田領内に広がってるので、自分がいない間にも新しい農作業の話を又五郎から聞けて喜んだ。
窪谷又五郎は、他にも彦右衛門や原蹴煤一行から、武田の領地はどういう所なのか質問攻めに合い、特に光江との関係をしつこく聞いてきたりと、道中の又五郎はかなり忙しかった。
四月上旬に信州高遠に着くと予め猫有光江が到着する事を知らされてた四郎は、躑躅ヶ崎館から再び高遠城に入り、家臣達と一緒に光江一行が高遠城に到着するのを待っていた。
四郎が高遠城に入って二日経った四月七日に清智道心が高遠城に入場し、窪谷又五郎と猫有光江達が合流したので、明日にも高遠城に到着するとの知らせを受けた。
「窪谷又五郎様からの命を受けて、又五郎様から言付けを承ってきました。原蹴煤殿が、四郎様に御会いしたら王水なる物のある場所を教えてほしいと言っておりましたので、それを報告致します。」
すると傍にいた傅役の阿部加賀守宗貞や高遠家宿老保科弾正忠正俊などが、四郎に王水なる物の正体をどのような物が聞いてきた。
「四郎様、王水と言う物が如何なる物なのですか?」
「王水なる水は様々な金属を溶解させて、直接人が触れると有害な液体なのだが、金と他の金属を分離させれたり、医薬品、爆薬、肥料などの材料に使うんだ。」
「なんと! その様な物が武田家の領地にあるのですか?」
「たくさんあるが、それを回収するのがとても危険なので、俺は今までその話に触れないようにしてたんだ。なんせ有毒な空気が蔓延している地獄谷の奥にあるのだから。」
「そっ、それは確かに王水なる物を回収など、とても難しいですな・・・・」
四郎から話を聞いた阿部加州や保科弾正忠などは、異国人が欲しがってる王水なる物が大変危険な場所にある事を四郎から教えてもらって、皆難しい表情になった。
翌日、窪谷又五郎達が高遠城に着いたとの知らせを受けた四郎は、今回高遠城までやってきた傭兵を含めて、高遠にやってきた全員を面会するのと宴をもてなす事を家臣達に伝えた。
そして高遠城に入った又五郎達を全員迎い入れた四郎達は、ここで初めて原蹴煤一行にあった。
窪谷又五郎や猫有光江達の前で、宿老の保科弾正忠が長旅の労いの言葉をかけた。
「まずは、窪谷又五郎家房に猫有光江よ。よくぞ四郎様が求められてる異邦人原蹴煤殿を高遠の地まで引き連れてきたな。その苦労を四郎様は其方らに褒美を与えると言われておるので、受け取るが良い。」
保科弾正忠の隣にいた四郎の近習秋山紀伊守光次が、木綿の反物を乗せた盆を持ってきて二人の前に置いた。
「四郎様は、其方達の生活が厳しい事を憂いておる。そこにある木綿の反物は、此度の報酬として、銭とは別に与えると決めた事だ。二人とも妻や家族にその反物で着物を作ってやるが良い。」
宿老の保科弾正忠がそう言うと二人は感謝の言葉を述べた。
「拙者は四郎様に永遠の忠誠を誓います。そして我が一族も例え命が果てても四郎様に尽くします。」
「四郎様、卑しき私等にこの御心遣いをなされるとは。私の命は四郎様に捧げますので、どうかお好きな様に御使い下さいませ。」
平伏してる二人を前に保科弾正忠は、四郎に二人へのお褒めの言葉をかける様に促してきた。
「二人共、其方等の働きで、高遠まで原蹴煤殿が来られたのだ。二人共今後も武田家の為に励むが良い。そして猫有光江は、一度里帰りして疲れを癒した後、再び赤口関左衛門の元に向かうが良い。」
「「ははっ!!」」
二人に褒美を渡した後、保科弾正忠は次に原蹴煤達に声をかけた。
「原蹴煤殿、この様な遠い日ノ本まで来るのは大変だっただろう。奥方と四人の幼子を連れた旅は艱難辛苦だったと思うが、これからは四郎様が其方達を身請けするので、四郎様と一緒に武田家の為に尽くしてもらいたい。」
原蹴煤達は、まさか自分達のパトロンになる人物が幼き子供だと知って驚いたがそれでも傍には側近の大人達が何人もついていたので、気に持ち直して話始めた。
「シロウサマニミナサマ、ハジメマシテ。ワタシハパラケルスストイイマス、ソシテトナリニイルノハワタシノツマノリンコジョウトヨウシノオンデーィヌ、シルフィール、ピクシー、サラマンドラトイイマス。ワタシハコノヒノモトニキタリユウハヨーロッパデハテニハイラヌ、レンキンジュツニツカウソザイガホシクテヤッテキマシタ。ソザイヲテニイレル、ワタシノネガイハウケイレテクレルノデショウカ。」
「四郎様に皆様、初めまして。私は林姑娘と言い、夫は原蹴煤と言います。横にいるのは私達夫婦の養子で音禰濡、知風流、弾椎、更曼陀羅と言います。私達はこの日ノ本に来た理由は欧羅巴では手に入らぬ錬金術に使う素材が欲しくてやってきました。夫は錬金術の素材を手に入れる願いを四郎様は受け入れてくれるか気にしております。」
原蹴煤夫婦が武田領に来た理由は、予め知ってた四郎は原蹴煤に王水の事を話した。
「原蹴煤殿が求める王水は確かに武田の領地にあるのだが、貴方は王水が取れる場所に毒の空気が発生している場所にあると言う事は知ってるのか?」
四郎から王水がある場所にその様な毒の空気があるなんて、初めて知った原蹴煤は驚愕してしまった。
「オオッーーッ!! ナンテコトナンデショウ。ワタシハソノヨウナキケンナバショダトソウテイシテナカッタ!!」
「パラケルスス!! しっかりして!! きっと何か方法があるはずだわ!!」
原蹴煤は、王水を得るのに命がけな事を知って大い動揺してる時、四郎が一つ原蹴煤に聞いてきた。
「原蹴煤殿、一つ尋ねたいのだが宜しいか? もしかしたら王水を取りに行く方法があるんだけど?」
「エッ、エッ!!」
四郎が王水を取りに行ける可能性があると言う言葉を聞いて驚いてしまい、原蹴煤は思わず四郎の顔を二度見してしまった。




