国友村へ向かう
京都にて、高安彦右衛門一益の親族伴喜左衛門一安を始め八人の護衛を追加した猫有光江一行は、多少信州高遠へ向かう速度が遅れながらも三月十日頃には洛中を越えて、六角氏が支配する近江の地へと踏み入れた。
南近江の支配者である六角弾正少弼定頼は、今年に入り領内に楽市令を布告した為、六角氏の居城観音寺城の城下町石寺を中心にまだ布告して二ヵ月余りしか経っていなかったが、目敏い商人などは交通の自由と市場税の撤廃と特定商人達の座の解体によって、儲けの機会だと積極的に店を出したり城下町石寺では、今まで市場で取り引きに見られなかった新参者の商人達も押し寄せて、近年の京都よりも商売が盛んになっていた。
六角領に入った猫有光江一行は、最初の関で六角家の者達に二台の荷馬車と三十人以上の大所帯の集団に少々怪しまれたが、甲州武田家の所属であると武田大膳大夫晴信が発給してる朱印状を六角家の関を守る将に見せると朱印が本物だと認めて、領内の通行を許してくれた。
そして三月十二日には観音寺城城下町石寺に到着したので、旅籠に宿泊した。そこで四郎からの文に書かれてたのは、旅籠で三井源助虎高と会って、武田家との誼を復活させよと示されていた。
光江は、三井源助と言う人は見知らぬが数年前まで、元武田家に仕えていた者だと書かれており、四郎はその三井源助と言う者を近江での協力者にしてしまおうとする考えであった。
「光江さんよ。三井源助なる者は、俺が六角家に仕官していた頃にも六角家にはいなかったぜ。もしいるとしたら近年六角家に臣従した浅井家の方にいるかもしれんな。」
以前に六角家に仕えていた高安彦右衛門が、六角家中には三井源助などといないと光江にいないと言うので、もし見つからないならばこのまま美濃へ向かおうかと考えてた。
しかし近年臣従した浅井家の家中に仕えている可能性も出てきたので、浅井家家中の者達がいないか同行してる傭兵達に聞いてみると鈴木孫六が以前国友村の者が、数年前に故郷の紀伊雑賀郷に鉄砲製造を学びに来ていたので、その時国友村の者と親しくなってるので浅井領内にある国友村を尋ねたら、浅井家家中の者ならば、知ってるのではないかと彦右衛門は言ってきた。
「もし国友村に何か知ってる御方がいるのでしたら、そこで三井源助殿の情報を教えてもらいましょう。」
「ワタシハ、トクベツイソギマセンノデ、コウコウサンノカンガエニマカセマス。」
「私は、特別急ぎませんので、光江さんの考えに任せますと夫は言っております。」
原蹴煤の妻林姑娘が、夫の拙い日ノ本の言葉を聞きやすい様に通訳してくれてるので、途中から一行に加わった伴喜左衛門一安らにも話が理解出来た。
もし国友村を目指すとしたら二日もあれば着くから、それほど遠回りにもならないので国友村に寄って、浅井家中にいると思われる三井源助の情報を集めることにした。
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六角領に入る前までは街道のあちこちに各国人衆が関所を構えてて、関所を通過する度に通行税を取られていたので、近江の大半を支配している六角領に入ると関所が廃止されていた為、驚くほど楽に領内を移動できた。
その為、観音寺城の城下町石寺から国友村までの移動が思ったよりも早く移動出来て、石寺を出発してから翌日の昼過ぎには国友村に入る事が出来た。
早速、高安彦右衛門と鈴木孫六が先に国友村に入り、孫六の顔見知りに会ってると言うので、光江一行は村の外で二人が戻るのを待っていた。
「孫六よ、お前が雑賀の庄で親しくなった国友の者とは、どんな奴よ?」
「彦右衛門兄貴、五年前に会った奴は確か兵衛四郎と助太夫と言う二人が根来と雑賀を訪れて、鉄砲製造や射撃技術を学んでいったな。その時俺はまだ元服前の餓鬼だったが、佐太夫兄貴と一緒に射撃を学んだいたので、そいつ等も途中から混じって射撃を学んだんだ。」
「なるほどな、そいつ等ならば浅井の家臣も武具の注文を受けるから、三井源助殿の居場所も聞いた事もあるかもしれんな。」
彦右衛門と孫六はそう言いながら、国友村に近寄ると村の門番に引き留められた。
「あんた等、ここの村はどういう村か知ってるのか? 将軍足利義藤様や細川晴元様から保護を受けた国友鍛冶村なるぞ。ここには見知らぬ者を勝手に入れる訳にはいかぬ故、誰ぞの紹介がなければ、諦めて引き返すが良い。」
門番は、ここが如何に幕府にとって重要な鍛冶村なのか説明してきたので、彦右衛門と孫六は面倒くさいながらも話を聞いてから、以前雑賀庄で兵衛四郎と助太夫と言う者と一緒に射撃術を学んだと孫六は伝え、久しぶりに射撃を一緒に習った兄弟弟子達に会いにきたと伝えた。
門番は、番屋にいる若者に村に行って、兵衛四郎と助太夫に聞いてこいと命じるとすぐに走って村へ入り、十分程で二人の体格の良い鍛冶職人を連れてきた。
連れてきた二人を見た孫六は大声で二人の名前を呼ぶと、兵衛四郎と助太夫は大声で返事を返してくれた。
「おーいっ、兵衛四郎さんに助太夫さんよ!!」
「おおっ、孫六じゃねえかっ。佐太夫さんは元気にしておるか? ところで隣の武士は誰だ?」
「孫六!! 五年も会わない内にすっかり大人になったよな!! おめえさんは、種子島の腕前は上がったのか?!」
孫六を見た兵衛四郎と助太夫はニコニコして、孫六を懐かしながら大声で話しかけてきたので、孫六は彦右衛門を紹介した。
「この人は、今俺達が一緒に仕事してるお頭で、俺の兄貴分の高安彦右衛門一益だ。今日兵衛四郎さんと助太夫さんを訪ねたのも、今請け負ってる護衛の依頼人から人探しの為にここに来たんだ。」
「なるほどな。して、どこのどいつを探しているのだ?」
すると彦右衛門が二人に話かけてきた。
「兵衛四郎さんに助太夫さん、初めまして。俺は孫六と傭兵稼業で飯を食ってる高安彦右衛門一益と言うのだが、俺の雇用人が三井源助と言う元甲州武田家家臣の武士を探しているのだが、国友村の者ならば、種子島や武具の注文をあちこちの家から受けていて、きっと近江国にいる武士の消息ぐらいならば知ってるかと思い、ここの村を訪ねたのだ。」
「三井と言う名前ならば、近江にもいるが元武田家の出身ならば、数年前に藤堂家に婿養子に入った男ならば聞いた事あるな。」
「そうだな、兵衛四郎。なんか甲州から江州の親戚を頼って来た後、藤堂家の一人娘に惚れられて婿養子として藤堂家の家督を譲るので、娘と結婚してくれと頼まれてた男の話が何年か前にあったな。」
「ああ、確かあったな。源助と言う者は甲州から来たと言うが、大層な色男でさらに武芸にも秀でてるので、隣の犬掛郡一の美女が熱を上げて、婿入りを希望したと言う話があったな。」
彦右衛門は、二人が三井源助の話を余りに長く続けるので、話を遮って猫有光江達を国友村に今夜宿泊して良いかと聞いてみた。
「兵衛四郎さんに助太夫さんよ。俺らの依頼主を村の外に待たせておるのだが、今夜ここの村に泊まってようかのう?泊まってる間にも三井源助さんとも連絡を取りたいし。」
「それは構わんぞ。但し旅籠は国友村には無いので、村の南にある大通寺ならば二~三十人ぐらい楽に泊まれるはずだぞ。」
「忝い、然らば俺は光江さんに伝えてくるので、孫六は二人と四方山話を楽しんでこいよ。」
彦右衛門は孫六にそう言うと光江がいる所まで、明日にでも藤堂家の婿養子となった三井源助に会えそうだと伝えて、今夜は兵衛四郎と助太夫から教えられた大通寺に泊まる事にした。




