37 百合菜の疑問
詩のことはこの際、仕方あるまい。今はそれどころじゃない、なにしろ脅迫状が届いたのだから。明日は一日、由依が護衛してくれるということが決まったところで、八重は由依と共に寮室を出た。百合菜の部屋を訪ねるためだった。
百合菜の部屋は三階にあった。八重と由依の部屋は二階にあるので、さらに階段をひとつ登ることになる。廊下を出ると、白い壁に囲まれて、茶色の木の階段が三階へと通じている。踊り場には窓があった。窓の外は、すでに日が暮れていて、森は黒く静まりかえり、空は紺色に染まっていた。
八重は、三階の廊下を歩き、百合菜の部屋のドアをノックした。少しの間、反応はなかったが、しばらく待つとドアが開いた。
「ああ、八重さん……どうかしましたか?」
百合菜は、少し驚いた顔であった。おまけに、ついさっきまでお菓子を食べていたらしく、右手にチョコレートのかかったクラッカーを一つ摘み、左手には赤い菓子箱が握られていた。
「ちょっと中入っていい?」
「……いいですよ」
八重と由依は、百合菜の部屋に入った。緑色のカーテンは閉じられていて、大きなダンボール箱がひとつ、部屋の真ん中に置かれていた。新居に引っ越したばかりのような雑多な感じだった。
「あのさ、大変なんだよ。これ見て?」
と、八重は例の脅迫状を出して、百合菜に見せた。
百合菜は、黙ったままその脅迫状を眺めると、ふらふらと風に煽られた風船のように頼りなく漂って、そのままベッドにどかっと座った。
「こうなるんじゃないかな……って思ってはいましたけど……私がこの学園に転入して、兄の死を解こうとなどすれば、きっとこういうことが起こるんじゃないかって……」
百合菜はそう言いつつ、真剣に文面を繰り返し読んだ。
「でも、なんだか不自然な気もしますけどね……」
と、百合菜が少し引っかかっているようなことを言った。八重は、なんのことだろう、と思った。
「まず、なぜ犯人は八重さんにだけ、このような手紙を差し上げたのでしょう。私はこのような手紙を受け取っていません」
「それは……」
ぱっと答えようとして、八重は言葉に詰まった。ちょうど良い答えはどこにも見つからなかった。
確かに、どうして犯人は百合菜に脅迫状を出さなかったのだろう。もちろん、一通だけ送ればそれで事足りるわけで、二通送らなければならない理由もないけれど、そもそも、七不思議を調べている張本人は八重ではなく百合菜だったはずだ。
「もう一つ、犯人はなぜこのような手紙を送りつけたのでしょう?」
「どういうこと?」
八重は問いの意味が分からず、首を傾げた。それはもちろん、自分と百合菜の二人を脅迫して、七不思議の調査を無理矢理止めさせるためじゃないか、今更、何を言い出すのだろう、この子、と八重は思った。
「だって、これじゃ誰がどう見ても七不思議に何かあるみたいじゃないですか。犯人は自ら、七不思議に相当な秘密が隠されていることを明らかにしてしまったんですよ。こんな脅迫状出さないで、真実を闇に隠したまま、黙ってさえいれば、これほど確実で安全な方法はなかったはずですよ?」
百合菜にそう言われると、八重は確かに変な気がした。しかし、その問いに答えることは出来なかった。ふと八重は振り向いた。後ろでは由依が、つまらなそうな顔をしていた。そんな面倒くさいこと考えなくてもいいじゃん、という顔だった。




