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27 バスに乗る

 紫雲学園の校舎は、まだ午前八時前だというのに、東方からの眩しい日光に照らされて、白磁のように輝いている。そこにはいつも以上に漠然とした美しさがあった。白という色の無垢であることが何よりも強調されるのは、この朝の日差しの中でのことと決まっている。ふたりの人影は、そうしたほのかな光の反射にまみれた校舎の間をぬって、まっしぐらに紫雲学園の正門前へと向かってゆくのだった。

 日曜日の早朝であるせいか、まるで人っ子ひとりいないかのように校内は静まりかえっている。そうかと思うと、例の体育館の前を通り過ぎる時になって、若々しい掛け声とボールの弾む音が響き渡っているのが聞こえてきた。それは静寂の破壊であると共に、幻想の破壊であった。


(バレーボール部かな……)

 と八重は思った。しかし、今は由依に会っている時間はない。二人は考えている時間はないのだった。バスに乗り遅れては今日という一日が台無しになる。


 二人は、第一校舎の隣を通り、噴水広場に出た後、正門の外へと出た。正門の前の広場には、バスはまだ来ていなかった。ただ「紫雲学園前」と書かれた白いバス停の看板が、少し湾曲して、茶色く錆び付いているのが見えるだけで、その他には新緑の森が広がっているばかりだった。注目に値することは、車が通れる山道が左右に続いていることぐらいである。右手には、森の底へと下って行くなだらかな山道、左手には、山の頂きへと登ってゆく、少しばかり急な山道が続いているのだった。

「まだ来てないね……」

 と、八重は言ったが、百合菜はふと山の頂きへと登ってゆく山道の彼方から、赤色のバスが下ってくるのを見つけて、

「来ましたよ」

 と言った。


 二人は、その赤色のバスに乗り込んだ。ひやりとした冷たい風が二人の身を包んだ。クーラーが効いていたのである。二人が、一番後ろの椅子に座るとすぐにバスは動き始めた。深い新緑の森の底へとバスは下っていった。それは、清らかな水の底に沈みこんでゆくように、爽やかで心地のよい感覚だった。

「気持ちのいいところだよね、ここって……」

 と言って、八重は百合菜の顔を見た。

「昼間はとても気持ちのいいところです。でも、夜は人の死を覆い隠してしまうほど寂しげで、どこまでも冷たく感じられるけれど……」

 そう呟くように声に出した百合菜を、八重は驚きをもって見つめた。その声は、やけに重苦しくて暗いものだった。何か、恨みとも、不安ともつかない凄みが彼女の声の底に響いているように感じられた。


「長月駅についたら何をするの?」

「ある人物と会う約束をしています。長月駅前の「マトリョーシカ」という喫茶店で……」

 八重は、ある人物とは誰だろう、と思ったが、聞かなかった。間もなく会えるはずの人物を一々誰かなど聞いても仕方ない気がしたからだった。

 そうしたことを考えている間も、バスは森の影の下をまっしぐらに走ってゆくのだった。

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