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「お前は自分が何を言ってるのか分かってんのか?」
朝の怒りの再来か、それ以上の顔付きで、一晃君は私を睨みつけていた。
廊下を行き交う生徒達の視線が私と一晃君に集まっているけど、彼はそんなもの感じていないかのような怒り具合だった。
「分かってるよ一晃君。だから一晃君は、紅玉堂先輩と一緒にいた方がいいと思うんだ」
しっかりと肯定すると、一晃君は顔からスッと表情を無くした。この顔付きは、一晃君の中で怒りが頂点に達したときの顔付きだ。
何が彼をそんなに怒らせるのか分からない私は困惑した。
一晃君は放課後いつものように私の教室にやってくると、当然のように私を連れて下校を促した。一晃君は部活動はしていないけれど、生徒会長をしている。なので決して暇な身ではないはずなのに、いつも当然のごとく私を連れて下校しようとする。たまに生徒会役員の人に連れ戻されているのを見ると、やっぱり暇なはずではないと思う。
だからこれ以上彼を煩わせるのもいけないし、あれだけ美人で家柄も良いらしい紅玉堂先輩が一晃君の事を好いてくれているのだったら、私が一晃君の側にいるのは得策ではないと思った。
きっと今まで思うような女性に一晃君は出会えなかったから、少しでも自分の魅力を引き立てるために私を側に置いていたのだろうけど、もうその必要もないはずだ。一晃君と並んでも遜色のない完璧な美女が現れたのだ、私はお役御免といったところだろう。
そんな旨のことを一晃君に説明したのだが、彼は私が話している最中に怒りを爆発させたのだった。
なにが気に入らないのかさっぱり分からなくて、ひたすらに困惑する私に対して、一晃君は能面のような無表情で私に言った。
「……てめぇがそのつもりなら、俺も好きにしてやる」
必死に怒りを堪えるように、歯を食いしばりながら一晃君は唸るように言った。怒りながらも、どこか切なげな表情をする一晃君に、私の胸がきゅうっと痛む。
思わず手が一晃君の手に伸びそうになったけど、既の所で思いとどまった。もう私は気軽に一晃君に触れてはいけないのだと思い出したからだった。
「一晃君……」
彼の名を呼ぶ自分の声が、思ったよりも頼りなげで吃驚した。あれだけ彼と離れるための心の準備をしていたはずなのに、いざその時になるとどうしようもなく苦しい。
一晃君は少しだけ目を瞑る。そして目を開けた次の瞬間には、いつもの一晃君の顔に戻っていた。
「今日から、もうお前は俺の側に近寄るな。登下校も一緒にしない」
「うん……」
一晃君は再び沈黙した後、そのまま私に背を向けて去っていった。
私は遠ざかる真っ赤な髪の彼の後ろ姿を見送りながら、これで良かったのだと必死に自分に言い聞かせていた。