<1>
私には幼馴染がいる。一歳年上の真っ赤な髪をした、炎のような王子様。
「おい、なにボケっとしてやがる。とっとと来い」
「あ、ごめん」
苛々した口調で不機嫌そうに眉をしかめて私を見るのは、幼馴染の金剛院一晃君。厳しい名前だけど、一晃くんはとても美しい容姿をしていて背も高い。美しいと言っても男性的な美しさというのだろうか、とにかく彼は誰から見ても完璧な美貌を持つ人だ。
一晃君は今日もやっぱりカッコイイなぁ、なんて呆けながら歩いていると、案の定一晃君からの叱責が飛ぶ。一晃君はカッコイイけど凄く短気なのだ。
「朝から馬鹿面晒してんじゃねぇ。俺の隣に立つのに相応しい顔をしろ」
生まれついた顔はどうしようもないし、一晃君の隣にいるのに相応しい顔というのも正直よく分からない。
だって私は彼みたいに美しくもないし、特別スタイルが良いわけでもない。自分で認識出来る限り、どこをとっても平々凡々なのだから。
「一晃君、相応しい顔ってどんな顔?」
なので率直に質問すると、一晃君は私をちらりと見下ろした後、これでもかと言うほど顔を顰めてから言った。
「全てにおいて完璧な俺の隣に立っていても恥ずかしくない顔だ」
物凄い自画自賛である。だけど一晃君の場合、事実だから余計に凄い。
だけどやっぱり私は彼と違って凡人なので、彼からのリクエストに簡単には応じられないのである。
「一晃君、毎朝言うのもなんだけど、そんなに無理して私と一緒に登校しなくても良いんだよ?」
そうなのだ、なぜか一晃君は私が高校に入学してからずっと一緒に登下校を共にしている。そして毎朝毎朝、嫌そうな顔で嫌々私と連れ立って学校に向かうのだ。
お母さんからよく、「あんたは心配になるくらい鈍いわ」なんて失礼な事を言われる私でも流石にわかる。
一晃君は私の事を嫌っている――なのにこうやって一緒に登下校するのは、理由があるのだ。
「馬鹿かお前は! お前ほど俺の引き立て役にピッタリのヤツはいないんだよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす一晃君に、鈍いらしい私も流石にちょっと傷つく。
知ってたけどね。でも少しくらい「姫子と一緒にいたいから」とか言って欲しいなぁ、なんて思ってしまう。それは凄くすごーく厚かましい願いだって分かってるから、絶対誰にも言わないけど。
一晃君は王子様みたいにカッコイイ。誰からも愛されるし、頭も良くて運動神経も良くて、なんでも完璧にできてしまう超人だ。
そんな彼が私を横に立たせたがる理由。平凡で突出した何かを持たない私が、彼の隣に立てる唯一の理由。
――引き立て役。
その程度の価値しか無い自分に落ち込みそうになるけど、そのお陰で一晃君の隣にいられるという特権を得られているのも事実なので、ここは前向きに行こうじゃないか。
そんなことを内心ツラツラと考えていると、私と一晃君が通う高校の門が見えてきた。
学校とは思えないほど壮麗な建物は、お金持ちの子息子女が通う有名校だ。容姿も家庭環境も平凡な私が何故こんな場所に通えるのかと言えば、推薦入学でこの高校に入ることができたのだ。私は残念なほど平凡人間だけど、勉強だけは好きなので成績だけは良い。そのお陰でこの有名校――私立神条学園へと通えることができたのだ。
今日も変わらず立派な門構えだなぁ、なんて門の上部に彫られているレリーフを見ながら歩いていると、前方から耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。いや、悲鳴じゃなくて黄色い歓声だった。
「きゃああああっ! 金剛院様ー! おはようございますぅ!」
待ち構えていたのだろう女子生徒たちが、一斉に一晃君を取り囲んでいく。
ぼんやりしていた私はあっという間に輪から弾き飛ばされ、呆然とその様子を眺めていた。
「金剛院様! あの、実はお弁当作ってきたんです! 良ければお食べになってください!」
「私はお菓子を作って参りました! 家のお抱えシェフが太鼓判を押す出来上がりなんです! 是非お食べになってください!」
「私はまだ日本では未発売の新型タブレットをプレゼントいたします! 人気の機種で海外でも滅多に入手できない代物なんです!」
次から次へと波状攻撃のように繰り出されるプレゼント攻撃に、私は邪魔にならないように横を通り抜けようとした。その途端、輪の中心にいた一晃君から、今朝何度目になるか分からない怒号が飛ぶ。
「ドジ子! てめぇ勝手にどこ行きやがる!」
どこって校舎に行くんだけど、などと思いながら振り返ると、まるでモーゼが海を割ったが如く、一晃君が女子生徒たちの波を割って私へと近づいて来ていた。憤怒の形相でも美しさが損なわれないのは、やっぱり凄いことだな、とまたもやボンヤリと考えてしまった。
「おい、俺の許可なくなんで先に行こうとした」
平均身長よりも些か小さい私を一晃君が見下ろす。平均身長よりもはるかに大きい一晃君から見下されると、威圧感が尋常じゃない。
「えぇー……だって忙しそうだし……」
「ほぉ……俺に口答えするなんて、随分と偉くなったもんだなドジ子」
傲慢なほどに強気な一晃君は、見た目の美しさと相反するように、中身は凄く短気で俺様だ。
普通の人なら怒るような事を言われても、私は怒る気になれない。彼は知り合ったときからこんな感じだったから、怒られ慣れているというか。
でも、怒られようが蔑まれようが、彼が私を見てくれている時間は素直に嬉しい。
正直に言おう。私、八嶋姫子は一晃君の事が好きなのだ。
「ごめんね、一晃君。あ、早く行かないと遅れちゃうよ?」
チラリと彼の背後に視線を移せば、私を憎々しげに見つめてくる何十という数の瞳があった。
その瞳に怯むことも傷つくこともない。だって、彼女たちが想像するような甘い関係など、私と一晃君の間には存在し得ないのだから。
「行くぞ」
横柄に一晃君は言って、こちらを振り返ることもなく校舎の中へと消えていく。私は慌ててその後を追った。
その光景は、言うなれば王子様と従者。いやいや、下手をすれば王子様と奴隷かな?
つまりはそういうことなのだ。王子様に付き従う私は、あくまで下僕のようなものであり、決して王子様からの愛など頂戴できるはずもないのだから。
だからいつか一晃君が私に飽きて遠ざけたとしても、追いすがることも懇願することもしないし、できない。
真っ赤な髪の炎の化身のような美しい王子様は、傲慢不遜で気高い存在。
私はそんな王子様に恋する平凡な女子高生。分は弁えているつもりだ。