封印
地底湖を湛えた空間は広大で、しばらく飛んでみたところで対岸はまだ見えなかった。唯一の光源であるランタンの灯りは、空洞の天井にはほとんど届かなかった。
滝の音が微かに聞こえ、ランタンの灯りが湖面に揺らめいていた。
「あの辺りなのじゃ」
「何もいないね。水の中なのかな?」
リンは幾ら目を凝らしても、その空間にも水中にも、何も見つけられなかった。
「いや、水上、目の前なのじゃ」
「目の前?」
「あらあら、リン目に頼り過ぎよ。空間に歪みがあるわ」
「え? そうなの?」
オラクルとクッコロは同じ辺りに目を向けていた。リンも空間認識に意識を集中して、その辺りを探ってみた。
「確かにおかしいね。空間をくり抜いて縫い縮めたみたい」
「妙な気配が漏れているのじゃ」
「なんだろうね?」
リンはその空間に向かって銅貨を投げてみたが、特に何も起きることなくすり抜けて水面へと落下した。
「うーん、一見何も起きてないみたいだけど、銅貨がちょっとテレポートしたみたいな感覚だったね」
「そうね。テレポートしたというか、ゲートみたいな感覚ね。どうやったのか分からないけど、空間を丸ごと収納したら、こんな風になるかも知れないわね」
「空間をくり抜いて位相をズラしてるってことか。何が入ってるのかな」
「不吉な感じがするのじゃ。触らん方が良いかも知れないのじゃ」
クッコロがそう言ったのは、リンが空間の境目がありそうな辺りに手を伸ばしたのと、ほぼ同時だった。
かろうじてリンは空間の直前で手を止めたが、突然その手を淡い光でできた手が掴み取った。
光の手は問題の空間から伸び、リンの手首を握り締めたかと思うと、あっと言う間にリンをその空間に引きずり込んだ。
途端にリンの視界は光に覆われ何も見えなくなった。光に慣れてきても、何もない真っ白の空間しか見えなかった。しかし、手首には掴まれた感触が残っており、そちらに目をやると極薄らと淡い光の揺らぎが絡みついており、それが続く先を辿ると、先程は認識できなかった人型の揺らぎに気付くことができた。
「え、えっと、何かご用ですか?」
揺らぎはリンの問い掛けに答えることは無かったが、何となく笑ったような気がした。
「ここはどこなの? あなたは一体何者なの?」
恐れを隠すように、リンは質問を重ねたが揺らぎは答えず、ゆっくりとリンに近付いていったが、リンは金縛りにあったように身動ぎもできず、ただ目を見張った。
そして揺らぎがリンと重なった瞬間、パリンと音を立てて白い世界は崩壊した。
気付くとリンは先程クッコロに制止されたときと同じ位置で、手を伸ばしたままで固まっていた。
「今の気配は何じゃ?」
「隠蔽空間が崩壊したように感じたけど?」
クッコロとオラクルは疑問を呈したが、リンを含めてそれに答えられる者はいなかった。リンは起こったことの意味が理解できず、呆然と佇んでいた。
突然、地響きと共に暗闇に光が射し込んだ。上方を除いて360度全方位から光が射し、リンは目がくらんだ。
『誰じゃ! 封印を壊したのは!』
咆哮とともに、強烈な思念波がリン達を襲った。頭の中から殴られたような衝撃に意識が飛びそうになったものの、なんとか踏みとどまった。
リンがふらついている間にも、地響きは続き、地底湖の天井が動いていった。ついに空が顔を出し、湖が地底湖では無くなったときになってやっと何が起きているのかが理解できた。
頭上の岩盤と思われていたのは大きな陸亀で、それこそ山のような大きさの亀だった。
その亀の背はまさしく山で、木々に覆われ頂に神殿らしき物が載っていた。
『貴様か! 玄武が封印を破壊せしは!』
思念波は亀から発せられていたが、指向性の無かった先程と違い直接リンにぶつけられた怒りの思念にリンの意識は途切れた。
「リン!」
オラクルがリンを支え、クッコロが二人をかばうように前に出た。
「亀ごときが、偉そうにするでないのじゃ!」
いつの間にか抜きはなっていた神剣エクスカリパーを、叩きつけるように振り抜いた。衝撃波が湖水を割り玄武に向かって飛ぶが、玄武は頭を山の中に引っ込めた。衝撃波はそのまま玄武に達し、背の山を砕き割っていき、遂には頂上にあった神殿を破壊した。
『貴様ー!何をするかー!』
玄武が身動ぎと共に咆哮を上げると、クッコロに割られた山が崩れ落ちていき、中から一回り小さくなったものの、傷一つ無い甲羅が現れた。
「ちっ、傷も付いておらんのじゃ」
「倒すなら口の中から内臓を破壊した方が良いわ。でも、リンが気を失ったままだから、私はフォローできないわ。このノロそうな亀は放置して撤退した方が確実よ」
「首を切り落としたかったのじゃが、ここは撤退するのじゃ」
クッコロはリンをちらりと見てすぐに決断した。しかし、逃げるより早く、玄武の口からエネルギー波が迸り、クッコロ達を襲った。
間一髪でクッコロはオラクルとリンをひっ掴んで、玄武の攻撃から飛び退いた。そしてそのまま逃走に移ったが、その行く手を違う方向から再びエネルギー波が遮った。
見ると玄武の尾が蛇になっており、そちらがエネルギー波を出したようだった。蛇は山のような甲羅の向こう側から顔を出していた。




